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2巻
2-1
しおりを挟むプロローグ
「許さぬぞ! 貴様たちのような半人前にも満たぬ未熟者が、他国の街の要請に対して『鍛冶師でございます』と大手を振って向かうなど、断じて許さぬ! そのような真似、ドワーフ氏族の鍛冶師として恥ずかしくてできぬわ。大体、族長も族長じゃ。いくら息子が可愛いからといって、未熟な者を響鎚の郷の『鍛冶師』として郷から送りだすなど、通ると思っておられるのか? このようなことを許したら、今まで我らドワーフ鍛冶師の先達が築いてきた誇りと栄誉が地に堕ちることは必定。なぜそれが脳裏をかすめなかったのか……。よいですな! 絶対に、この者たちが翼竜街に赴くことは許しませんぞ!! それでは、儂は仕事が残っておるので失礼します」
そう言い捨てたのは、豊かな髪と髭に白いものが交じる一人のドワーフだった。老いの影が僅かばかり見えるものの、まだ体躯は巌のように頑強で、その眼光も鋭い。彼が大きな足音を響かせ荒々しく扉を閉め去っていくまで、後に残された者たちはその剣幕に言葉を失っていた。
「族長、だから言ったのだ! 鍛冶総取締役に話をする必要はないと。大体アイツは、ラクリア様からの『多くの武具や防具を早く揃えて欲しい』という要請を、公然と拒否したというではないか。いくら鍛冶師としての腕が立つからと言って、天樹国を治めるハイエルフ氏族の族后ラクリア様の要請を頭から拒否するなど、天樹国に籍を置く者として問題だろう!」
年若く覇気溢れるドワーフの若者が、唾を飛ばす勢いで出て行ったドワーフを罵る。
すると、族長と呼ばれた年老いたドワーフが諌めるように、
「アロガン、お前の言うことも分かる。分かるが、残念ながら今はあの堅物がドワーフ鍛冶師の総取締役なのじゃ。それは、五年に一度催される『腕試し』であやつが勝ち取ったもの。鍛冶師の差配については、族長の儂とて、あやつを差し置いてどうこうできる問題ではないのだ」
「だったら、トントはこのままいつまで経っても、鍛冶師見習いから独り立ちできないということになるが、族長はそれでいいのか? 父親として口惜しくないのか?」
アロガンの言葉に、唇を噛みしめるように顔をしかめたドワーフ氏族族長だったが、一つ大きくため息をつくとガックリ肩を落とした。
「口惜しくないはずがなかろう。痛いところを突いてくるものじゃ……仕方あるまい。アロガンそれにトント、よく聞け。内々の話なのじゃが、間もなく鍛冶総取締役はハイエルフ氏族の御方たちが住まうシエロバオムに召喚されることになるじゃろう。その機を逃さず、トントは供を連れて翼竜街へ向かうのじゃ。そして、翼竜街の生産者ギルドに、鍛冶師としての腕を認めさせてしまうのじゃ。そうすれば、あとから鍛冶総取締役が何を騒ごうと問題はない。よいな、なんとしても自分を翼竜街の鍛冶師だと認めさせるのだ。そうせねば、後々どのような災いが降りかかるか知れたものではないぞ。分かったな!!」
「なるほど。鍛冶総取締役の居ぬ間に、既成事実を作ってしまうということか。考えたな族長。これで、ハイエルフ氏族にも顔が立つというものだ。しかし、ハイエルフ氏族の御方たちもおかしなことを持ちかけてきたものだな。鍛冶師がやめてしまうという翼竜街に『腕の未熟な鍛冶師』を送り込めなどと。しかも、鍛造法での鍛冶の腕が、未熟ならば未熟なほどいいとは。鍛造法による鍛冶を至上とする、古臭い考えに凝り固まっている総取締役が拒否するのも分かる。まぁ、今や鍛造法そのものが、古臭いカビの生えた技法だがな」
ニヤリと、蔑むように口元を歪ませるアロガン。そんなアロガンとは対照的に、『未熟者の鍛冶師』と称されたトントは、唇を噛み足元へと視線を落とす。強く握りしめたその両の拳は小刻みに震えていたが、何かを思い付いたように顔を上げ、
「お、親父様。鍛冶師としての腕を認めさせ、翼竜街の鍛冶師としての地位を既成事実化しろと言うが、いきなり行っても、鍛冶場の手配などは一体どうすればいいのだ? 翼竜街にこれといった伝手はないのに…」
と、不安を口にする。そんなトントに、族長は僅かに笑みを浮かべ、
「心配いらぬ。大体、翼竜街の方から、鍛冶師に来てほしいと言っているのだ。『響鎚の郷からやってきた鍛冶師』だと言えば、諸手を挙げて歓迎するじゃろう。鍛冶場は、鍛冶師をやめると言っている、スミス何某とかいう単眼巨人族の鍛冶師が使っていた鍛冶場が空いているだろうから、それを使えば問題はなかろう。それに、ハイエルフ氏族の方より、内々ではあるが、翼竜街に頼りになる者がいるので何かあったときには頼れと言われておる。何の問題もないわ」
「頼りになる者? ……では、その者の名を教えてもらえれば何の憂いもなく旅立てる。何という者なのです?」
「その者の名か。その者の名は――」
数日後、族長が口にした通り、響鎚の郷の鍛冶総取締役に対して、ハイエルフ氏族族長センティリオ・ファータと族后ラクリア・ファータ両名の名で、天樹国の中心――国の象徴たる天樹のたつ地シエロバオムへの召喚状が届いた。
鍛冶総取締役は、自身の弟子を一人と、響鎚の郷の鍛冶師の中から、若手の者に一目置かれているアロガンを供につれ、シエロバオムへと向かった。
彼らの姿が輪状山脈に消えると、それを待ちかねていたかのように、響鎚の郷に一台の馬車が到着し、数人の年若いドワーフをその黒く頑丈そうな箱車の中に呑み込んだ。そして、シエロバオムとは反対方向となる天竜賜国の翼竜街へ向け、走り去っていった。
◇
「くそっ! なんでこんなところに魔獣が姿を現すんだ!!」
細身の双剣を振るう兎人族の男が吐き捨てた。
翼竜街と甲竜街を繋ぐ交易路。シュバルツティーフェの森から離れた、普段なら魔獣はおろか、獣族でさえ姿を見せることがほとんどない、見晴らしのいいその道に、後背部から炎を上げる狸――見た目は童話かちかち山の悪狸――焼狸(天樹国の妖精族はバーンラクーンと呼ぶ)が十匹以上姿を現した。
男女四人の武装した集団は、彼らと戦闘を繰り広げている。予期せぬ遭遇だったせいで、陣形は上手く整えられなかった。今は、三人の男たちが、三方から女性の弓使いを護るようにして、襲いかかる焼狸を打ち倒していた。とはいえ、焼狸の数は多く、苦戦を強いられている。
「知るかよ! そんなことを口にしてる暇があったら、一匹でもいいから数を減らせ。いくら個体としては弱く魔獣ランクFに分類される焼狸だったとしても、このまま仲魔を呼ばれたら、俺たちじゃ手に負えなくなるぞ!!」
槍で焼狸の腹部を次々と突き、近寄らせないようにしている翼竜人族の男が、愚痴を口にした双剣の兎人族を叱りつける。
魔獣ランクFとは、討伐者一人で十分討伐可能な魔獣を示している。もちろんそれは、一対一での場合でだが。
「っく。このままでは埒が明かない。精霊術で何とかならないか?」
男たちの一人、妖熊人族の男が、柄が身長と同じほどもある大斧を地面へ振り下ろし、それによる砂礫で焼狸を牽制しながら、背後に庇う褐色の肌の弓使いの女性に問いかける。
女性は申し訳なさそうに、
「ごめん。水精霊術や氷精霊術なら、広範囲に効果のある術で一気に倒せるかもしれないけど、焼狸相手に私の闇精霊術や土精霊術じゃ、行動阻害はできても、大した効果は与えられないわ。詠唱している間に、一太刀、一射でも多く振るった方が速いわ!」
と声を上げつつ、焼狸に弓を放ち、地面へと縫いつけた。
「いや、行動阻害効果のある精霊術で動きを封じ、一気に殲滅を図ろう。男どもは詠唱の邪魔が入らないように踏ん張れよ!」
「わかった! もう槍の穂先が曲がって使い物にならなくなってきた。早いところ片付けて街に戻らないと、手持ちの武具がなくなるからな。ここら辺が潮時だ!!」
と、翼竜人族の男が頷く。
「またぁ? いったい何本駄目にすれば気が済むのよ。街に戻ったら、もう少し腕を磨いてよね!いくら魔獣を狩っても、その度に武具を買い替えていたら割に合わないわよ」
「仕方ないだろう。これでも気を付けて使ってるんだ! 武具の方が問題なんだよ。やっぱり、安物の鋳造品じゃダメかぁ? かといって鍛造品は高いし、翼竜街のスミスの爺さんは鍛冶場閉めるって言ってたし……くそっ!!」
「愚痴を言うのはその辺にしておけ。でないと、愚痴すら言えない骸になるぞ! それよりも精霊術を早く!!」
妖熊人族の男は、翼竜人族の男を窘めつつ、弓使いの女性に向かって叫んだ。
「了解よ。土精霊、邪なる思いに呑み込まれた者たちの動きを、土の戒めによって封じよ! 土束縛!!」
弓使いの女性の詠唱で、彼女たちの周りを取り囲んでいた焼狸の足元の土が盛り上がったかと思うと、まるでトラバサミのごとく焼狸の足に次々と咬みつき、彼らを拘束していく。
焼狸の注意が土のトラバサミに向いたのを見計らい、三人の男たちは手に持った武具を振りかざし、焼狸に襲いかかった。
後背部の炎によって武具が傷むのも顧みず殲滅を果たし、自分たちに降りかかった出来事を知らせるべく、翼竜街へと急いだ。
だが彼らは、翼竜街ギルドの討伐窓口に報告した際に知らされる。
自分たちが遭遇したような、通常ならばいるはずのない場所に魔獣が姿を現したり、魔獣ランクの上位に位置されるような、魔獣が出没するといった出来事が、翼竜街と隣接するシュバルツティーフェの森周辺で頻発していることを。
後に『魔獣騒動』と呼ばれることになる出来事の始まりだった。
第一章 長靴をはいた猫の拵え細工師が現れましたが何か!
「遅い、待ちくたびれたわい!」
いつもと同じ時間に鍛冶場に着いた俺――津田驍廣と紫慧を出迎えたのは、鍛冶場の主スミス・シュミートの不気味な笑みと銅鑼声だった。
「何をグズグズしておったのじゃ。お天道様はとうの昔に頭の上に昇っておるぞ! まったく、今日は昨日焼き入れを済ませたナイフを研ぎ上げて、出来を確かめねばならんというに。ほれ、さっさと始めるぞ!」
そう鼻息も荒く言い放ったスミス爺さんは、扉を開けた途端に浴びせられた銅鑼声に固まっていた俺の腕を掴むと、有無を言わさず中へと引きずり込んだ。
どうやらスミス爺さんは、昨日焼き入れを終え、夜も更けているということで作業を中断したナイフを、一刻も早く仕上げ、出来栄えを確認したかったらしい。だが、さすがに俺が鍛えたナイフを勝手に仕上げるわけにもいかず……。その思いが高じて目が冴えてしまい、昨夜は寝付けず、空が白み始めると早々に鍛冶場で仕上げの準備を整え、俺たちが来るのを今か今かと待っていたという。でも、そんなことになっているなどとは知るはずもない俺たちが、いつもの時間に暢気に顔を出したため、つい大声が出てしまったんだそうだ。
しかし、お爺さんと呼んで差しつかえないスミス爺さんが、まるで子供のように好奇心一杯にナイフを眺める姿に、俺も思わず頬が緩む。銅鑼声を浴びせられたけれど、苦笑し、許せてしまった。
スミス爺さんの言う通り、今日は昨夜焼き入れを行ったナイフを仕上げ、武具として使いやすく体裁を整えるために、柄と鞘を調達しなければならない。
だが、俺には柄や鞘を調達する伝手がない。その辺はどうしようかと考えていたのだが、いい案を思い付くわけもなく、素直にスミス爺さんに尋ねてみることにした。
「爺さん、始めるのはいいんだが、柄と鞘の加工も鍛冶師が行うのか?」
「いや、儂は今まで、自分の鍛えた武具の拵えは、専門の職人に任せておった。今回も、その者に任せようと思うんじゃが、もし驍廣に何か別の考えがあるのなら、そちらを優先するがどうじゃ?」
「いや、俺も特にこれと言った伝手があるわけではないし、専門の職人がいるなら任せたいと思う。それに、特に柄は武具を使う者の意向に添ったものを仕立てた方がいいだろうしな。それじゃ、ナイフを仕上げた後で、その職人のところにナイフを持っていけばいいのか?」
「いやいや、職人には儂が昨夜のうちに話を通しておいたのでな。鍛冶場に顔を出すと言っておったよ。あやつも、儂が鍛冶場を閉めると言ったときに随分残念がっておってな。今回、驍廣のおかげで鍛冶場を閉めずに済むことになったと話したら、それは喜んでくれてのぉ。驍廣に是非挨拶がしたいと言っておった。じゃから、その者が顔を出すまでにナイフを仕上げておきたいのじゃ。ほれ、さっさと仕事にかかるぞ!」
と、俺はスミス爺さんに尻を叩かれ、そそくさと仕事に取りかかることにした。
まず、昨夜の『焼き入れ』で必要以上に焼きが入って硬化しすぎた部分をなくし、より刃物としての粘りを出すために、『焼き戻し』を行う。
この焼き戻し作業は、焼き入れのときほどナイフに熱を入れず、適度に熱していくものだ。焼き入れで硬化がきつく入り過ぎると、固くなる半面、金属に粘りがなくなり刃が欠けやすくなったり折れやすくなったりすることがある。それを防ぐ目的で行われる。
武具に熱を入れるということで、形状を整えることも可能になるため、この際、細かな修正も行ってしまう。
刃の形を整え、刀身の柄の中に入る部分――日本刀では茎と呼ばれる――に、柄をはめたときに抜けないように目釘という棒を通す穴を開ける。鑢を使って茎の形も整えた。そして、そこに風を司る『風天神(=風神)』の梵字を銘として刻んだ。
そのとき俺の額にある真眼は、ナイフに宿るイタチが丸くなり、緑色の風に包まれていくのを捉えていた。
最後の仕上げに、刀身の汚れを鑢で削り落とし、荒砥からだんだんと目の細かい砥石に変え、研ぎ上げていく。
刀身が美しく磨かれるにつれて、イタチ全体を包んでいた緑色の風は、イタチの体の表面に沿うように流れ出した。焼き入れをしたばかりのときにはボンヤリとしていたイタチの姿が、徐々に明確になっていく。
黒剛鋼が持つ漆黒の地色の中に緑の光沢が浮かび、刀身の刃紋がはっきりしてくる。その頃には、緑色の風に体毛を揺らめかせていたイタチは、体を覆う緑の風を竜巻状に操り、その上にちょこんと座り、前脚を上げた格好で嬉しそうにじっと俺の方を見つめていた。
「驍廣、できたのぉ!」
「う、あぁ……」
満足げに発せられたスミス爺さんの声は、耳には届いていたのだが、鍛冶場に響くその声よりも、ナイフに宿ったイタチの声に俺は気を取られていた。
「創造主、ようやく貴方様と言葉を交わせます。わたくしの声が届いておられるでしょうか?」
「……これは、お前がしゃべっているのか?」
「はい! よかった、創造主にもわたくしの言葉は届いているのですね♪」
「う~ん。小鴉のときもそうだったが、鍛えた武具に命が宿り、こうやって話ができるというのは、何とも奇妙な感じがするなぁ。まあ、この世界ではよくあることのようだから、俺が慣れていくしかないんだが」
「よくあることですか? それはちょっと違うと思うのですが……」
俺の言葉に困ったような表情を見せるイタチだったが、すぐに周囲をキョロキョロと見回し始める。
「どうした? 落ち着きなく周りを見ているようだが、何か探しものか?」
そう尋ねても、「いえ、たいしたことでは……」と言って、しきりに周りに視線を飛ばし、匂いを嗅ぐように鼻をヒクヒクと動かしたあと、目をつむりじっと耳を澄ましていたのだが……ついに、
「創造主~。お教えください! 昨日、わたくしの誕生の際にこの場におられた御方は、今どこにおられるのですか~?」
イタチは、今にも泣き出しそうな顔で、黒い瞳を潤ませる。俺がその姿に面食らっていると、
「おい、驍廣! 儂を無視してボソボソ呟いたかと思ったら、何を顔を引きつらせておるのじゃ!ナイフに何か不具合でも見つかったのか!?」
と、スミス爺さんが心配そうに声をかけてきた。
「いや、不具合とかそんなんじゃないんだ、安心してくれ。……なあ爺さん、武具に宿った命ってのは、やっぱり一刻も早く自らの使い手となる主に会いたいもんなのか?」
爺さんは、俺の質問に一瞬怪訝そうな表情をするが、すぐに何か思いついたのか、何度か頷きながら、
「そうじゃな。いくら一個人のために鍛える鍛造法だからと言って、その武具がはじめから持ち主に適合するかなど分かりはせぬ。通常は、鍛え終わってからも、使い手に合わせて調整を余儀なくされることが多い。それがたとえ命宿る武具だとしても、そうは変わらぬじゃろう。ただし、そのナイフは少し事情が異なるじゃろうな」
「事情が異なる? それは一体どういうことだ。何かまずいことでもあるのか!」
スミス爺さんの言葉に焦りを隠せない俺。スミス爺さんはそんな俺を落ち着かせるように、その大きな手を俺の肩に置くと、
「安心せい。事情が異なるのは、そのナイフに新たな命が宿った際に、主となる者がその場に立ち会っておったから、というだけのことじゃよ。驍廣、ナイフに宿った命――精獣に主はどこじゃと聞かれたのじゃろ?」
スミス爺さんの指摘に俺が言葉に詰まる一方で、ナイフのイタチが、
「ご老人! ご老人のおっしゃる通りです。わたくしの主は? 主はどこにおられるのですか? 昨日、わたくしが新たな命を授かったときに触れてくださったあの方の、柔らかでありながら力強い『風』に、わたくしは一瞬で虜になってしまいました。まだ、仕上げを行われていないわたくしでは分不相応だとあの場では諦めましたが、こうやって身を整えていただいた上は、一刻も早くあの御方のもとに行き、生涯をともにしたいと思っております。ご老人! どうか我が主のもとへわたくしをお連れください!!」
と、自らの姿をナイフの上に現し、スミス爺さんに深々と頭を下げ懇願する。
その姿にスミス爺さんは呆気にとられ、イタチと俺の顔を交互に何度も視線を動かしていた。だが、頭を掻きながら苦笑する俺に対し、やがて盛大にため息をつき、
「驍廣。小鴉についても驚いたが、よもやこれほどの武具に仕上げるとはのぉ。焼き入れの際、このナイフは精獣を宿したとは思っておったが、まさかここまではっきり姿を見せ、自らの意思を流暢な言葉で伝えられるとは思いもしなかったぞ。まったく、おぬしには驚かされてばかりじゃわい。ナイフに宿りし精獣よ。よくお聞き、お前の主はここにはおらぬ。なぜなら、お前はまだ主となる者に渡せる準備が整っておらぬからじゃ。儂ら鍛冶師ができるのは、今お前に施したところまでじゃが、主となる者に渡す前に、もっとお前を磨き、主がお前を使いやすいように細工を施さねばならぬ。その細工を施さねば、お前はお前が慕う主を傷つけてしまうことになるじゃろう。主となる者が分かっておるのにすぐに会えぬのは寂しかろうが、もう少しの間我慢するのじゃ、よいな」
スミス爺さんは、ナイフのイタチに語りかけながら優しい笑みを浮かべる。イタチも涙を溜めた瞳を前脚でこすると、ぎこちないながらも笑顔を作り、
「はい、ご老人。わたくしは我が主を慕うあまり、大事なことを失念しておりました。そうですね、こんな抜き身のままの武具ほど危険なものはありません。まだ我が身を整えてもらっている最中だというのに、なんと愚かなことを口にしていたのでしょうか。創造主、醜態を晒し、申し訳ございませんでした。お許しください」
そして、まるで土下座をするように、前脚も竜巻の上につけ、頭をこすりつけるように深々と下げた。
その様子に、紫慧と賢虎のフウはクスリと笑いながら、
「イタチ君。そんなに畏まらなくてもいいよ。だって、君を鍛えた驍廣自身が大概なやつなんだから。よく暴走するし、突飛な行動は取るし、色んな意味で桁違いの力は持ってるし。そんな驍廣の鍛えた武具に宿る精獣が普通なわけないんだから、いいんだよ気にしなくて。スミスお爺さんの言葉にすぐに反省できるだけで上等だよ♪」
「そうじゃな。鍛えた者の日頃の行いに比べたら、精獣の先走り発言など可愛いものじゃ」
と失礼極まりないことを言い出す。
俺はムッとしながらも、ここで腹を立てたら紫慧やフウの言葉を肯定するようなものだと、ジッと我慢し、睨みつけるだけに止めておいた。だが、そんな俺たちを見て呆れたのか、スミス爺さんは苦虫を噛み潰したような顔をし、イタチは苦笑した。
「ご免くださいニャ。スミス爺はおられますかニャ」
俺が仏頂面を浮かべていると、扉の外から鍛冶場の中の空気を全く読まない声が響いた。そしてその後、勢いよく鍛冶場の扉が開かれると、そこには一匹の『猫』が立っていた。
「猫?」
「驍廣! 失礼じゃろうが!!」
スミス爺さんの怒声とともに、彼の拳が俺の頭に落ちた。
「ぐっ、痛いぃぃ……」
あまりの痛さに、俺はうめき声を上げながら頭を抱えて蹲る。
「まぁまぁスミス爺、いきなりその大きな拳骨を振り下ろすのはやめてあげて欲しいのニャ。お若いの、大丈夫ですかにゃ?」
その声に、俺は顔を上げる。
声の主である猫は、いわゆる『キジトラ』と呼ばれる茶の地色に黒い縞模様の入った毛並みで、ピンと立った耳の先端が俺の肩に届くか届かないかくらいの背丈だった。二本足で直立歩行している姿は、まるで童話『長靴をはいた猫』だ。そんな、詰襟の袖口の広い中華服を着た『猫』が、俺を笑っているかのような細い目で覗き込んでいる。
「傑利、こやつがこの程度のことでどうにかなる柔な者じゃったら、儂も苦労はせぬわ。甘やかすような言葉をかけずともよい」
笑い声を滲ませながら、スミス爺さんは猫に声をかける。
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