鍛冶師ですが何か!

泣き虫黒鬼

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鍛冶武者修行に出ますが何か!(海竜街編)

第弐百弐拾八話 『諍い果てての契り』となりましたが何か!

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トライデンとの穂先が土間に落ちる音が鍛冶小屋に響いたものの、その後静寂が広がっていた。
俺は振り降ろした焔を血振るいをするように軽く振り、逆手に持ち替えて刀身を背中に隠すように持ち、『遣り過ぎたか?』と思いながら周囲を見回すと、トライデントを突き出したままの恰好で身動きを止めていたスフォルツは俺が視線を振った途端その場にストンと腰を下ろしたかと思うと、臀部の下の土間が変色し始め微かだがアンモニアの臭いが漂ってきた。
俺は慌てて視線をスフォルツから逸らして、他の者達へと移すとフォルテは腕で頭や体を庇うような格好で蹲っていたが、ゆっくりと周囲を見回し大きなため息と共に安堵の表情を浮かべ、フィナレは険しい表情を浮かべてスフォルツを睨み付けていた。
そして、鍛冶小屋の主であるボルコスはと言うと、俺が背後に隠すように持つ焔から視線を離さず、ジッと見つめていた。

「あ、あの~なんと言えばいいのか。そのぉ・・・」

行き成り襲い掛かられたとはいえ、トライデントの穂先を斬り落とすといった強硬手段に出てしまった事に対して何と釈明しようかと考えながら言い淀んでいると、

「頭を下げなければいけないのは此方の方だよ。済まなかったねぇ、怪我はないかい?」

とフィナレが謝罪の言葉を告げて来た。俺は軽く

「いや、怪我なんてほんのかすり傷程度だから問題ない。ただ、後で針と糸を貸して欲しいなぁ。俺の一張羅に穴が開いちまったから繕いたいんだ。」

と返すと、フィナレは少し表情を弛めたものの直ぐに引き締め、

「そうかい?それじゃ後でフォルテに言って繕ってもらっておくれ。それで、この始末だが・・・スフォルツの首とあと私の首で許してもらう訳にはいかないかねぇ。」

と、とんでもない事を言い出した。そのフィナレの申し出に慌てたのは俺だけでなく、

「族長!」

悲鳴雑じりの声を上げるフォルテ。

「なんて声を上げるんだい。族長たる者は、村の者が犯した罪で村にわざわいが降りかかろうとした際には、自分の首を掛ける覚悟をしているものと常々言い置いていた事だろ。
私の後を継ぐ者として、こんな事で動揺してどうするんだい!」

そんなフォルテを優しく叱るフィナレだったが、俺は大慌てで二人のやり取りを遮った。

「ちょ、ちょっと待ってくれ! ただの鍛冶師、それも海に流されて漂着した所を助けた相手になんでそんな『首』を差し出すなんて過激な話になるんだ!?」

狼狽しつつ声を荒げると、フォルテは俺の方に振りかえり綻んだ表情を見せた。しかし、フィナレは、

「何を・・ただ・・の鍛冶師な訳が無いじゃない事くらい分かってるよ。今、あんたが持っている武具は二振りとも紛れもない『命宿る武具』じゃないか。そんな物を持ってる者なんて街の領主にも獣王国の頭領にもいやしないよ。
今、海に流されたって言ったけど大方、国賓として招かれ獣王国かレヴィアタン街に向かう途中だったんじゃないのかい。
そんなお方に対して忠告されたにもかかわらず武具を向けあまつさえ手傷を負わせたんだ。あんたが良くたってこんなちっぽけな島でも住民を導く者として何もなかった事には出来ないんだよ。」

諭し聞かせるように、告げる言葉にフォルテは身に涙を溜めグっと奥歯を噛み締めた。

「だ、だったら!こんな奴は殺してこの島に流れ着いた痕跡をすべて消してしまえばいい・・・」

「馬鹿をお言いじゃないよ! まだ分かんないのかい!!このお人が本気になったらお前が何十人で一度に掛かって行ったって武具の一振りで全て冥界行さ。
それだけじゃない、こんな島なんてアっという間に消し飛んじまう。それだけの『力』を持っているんだよ、このお人は!
あぁ、腹立たしい。お前の顔なんぞ見たくもない!外に居るんだろぉ、この馬鹿をこの場から連れて行っておくれ!!」

未だ失禁したまま土間から立ち上がれないにもかかわらず、スフォルツは俺の殺害と証拠隠滅を提案してきたが、フィナレはスフォルツが言い終わらない内に怒鳴り付けて言葉を封じ、外にいる守手衆を呼び込みスフォルツを鍛冶小屋から追い出した。
スフォルツは守手衆に両脇を抱えられ鍛冶小屋を出て行ったが、その最中もフィナレや連れ出そうとする守手衆に俺の口封じを訴え続けたが、聞き入れられる事は無く最後には罵詈雑言を口にし始めた所で左右両脇を抱える守手衆に殴られて強制的に口を封じられ連行されていった。
その姿に俺は唖然としながら見送ったが、そのまま斬首なんて事になると不味いと思い、

「お、おい! 連れて行った先でいきなり斬首なんてないだろうな!?勘弁してくれよ。俺はフィナレが考えるような御大層な者じゃない。俺のせいで人死にが出たなんて事に成ったら漂着したところを助けて貰ったってのに寝覚めが悪くて困る!!」

改めてフィナレに再考をお願いすると俺の顔をジッと見つめた後、困ったような気の抜けた表情になり

「は~ぁ、寝覚めが悪いとまで言われたら、首を差し出したところで逆に嫌がらせをしている様なもんだねぇ。ここはあんたの顔を立てて首を差し出す事は無しにするよ。
だけど、罪は罪だからね。この後起こる事は飽く迄も村の規律に係わる事だ、あんたには関係ないから気にしないでおくれ。
それで、あんたに鍛冶師の腕を見せてもらうって話だったけど、そんな武具を持ってるお人に腕を揮ってもらう必要もなくなったんだが、どうしたもんかねぇ・・・」

兜割り八咫太刀を見たフィナレは俺をどう扱っていいか悩み始めた。そこへそれまで事の成り行きを黙って見守っていたボルコスが口を開く。

「・・・命宿る武具の持ち主だという事は良く分かったが、島に居る間何もしないのでは鍛冶師の腕が鈍るのではないか?ならば、吾輩に御主おんしの腕を見させてくれんだろうか。
吾輩もこの島に根を下ろして幾星霜、己一人でやって来てそれなりの矜持も持ってはおるが、やはり一人でと言うのも限界がある。吾輩のように旅の鍛冶師という者も少なくこの島に漂着した鍛冶師は吾輩以外、御主が初めてだ。それで、今の鍛冶の技術が吾輩がこの島に流れ着いてからどれほど進んだのか御主の腕を見させてもらって確認したいと思うのだが、どうだろうか?それに気になる事もあるし・・・」

と提案をしつつその眼は俺が背に隠した太刀に釘付けになっていた。その眼は背後に隠した焔が何を鍛えて打たれた武具かを探っているようだった。
そのボルコスの気持ちを分からなくもない。何しろ、ボルコスはその物を求め海を渡ろうとしたのだから。もし俺がボルコスと同じ立場に置かれたとしたら同じよう・・いやもっと強引に問いただしたかもしれない。
それをしないだけボルコスは節度を持った対応だと評価できる。それに、ボルコスの提案・・も理解できる。
 鍛冶師をはじめとした『職人』と呼ばれる職種の世界は少し閉鎖的な所があり、自分の技術が他人に模倣される事を嫌うものだ。
多くの職人は指示する師匠・親方の元で修業を積んだ後は、そのまま師匠と同じ地に定住するか新たな地に居を構える者が多い。
そんな中、ボルコスは居を一所に構える事無く、村や街を渡り歩き請われるままに武具を鍛えて来た稀有な鍛冶師だろう。
そんなボルコスが、流れ着いた島でその場に留まり長らく鍛冶を続けてきて所に俺の様な鍛冶師が現れたら、興味を持たない訳が無い。

「そう言ってもらえるとありがたい。多分、俺を探しに仲間が動いているだろうから遠からず助けが来るとは思うが、ただ漫然と助けを待っているだけではボルコス殿の言う通り腕が鈍ってしまうだろうから、俺としては願ったりかなったりだ。
だが、一番興味を引いているのはコイツなんじゃないのか?」

俺はボルコスの申し出を受けながら背中に隠していた焔を刃を返して俺の方に、棟をボルコスに向ける様にして掲げた。
目の前に差し出された焔にボルコスは生唾を飲み込む様に喉を鳴らすと、その刀身に視線が注がれた。

「こいつは羅漢獣王国の商人組合の参与を名乗る商人から、試に打って欲しいと言われて譲渡された魂鋼で鍛えた物だ。まぁ、俺自身の武具として思う儘に鍛えた物だからかなり変わった武具になってしまったが、これまで多くの切所せっしょを斬り抜けるのに大いに役に立ってくれた良き相棒だ!」

俺は焔を差し出しながらボルコスに話すと、いきなり焔が小刻みに震えたかと思ったらいきなり刀身か火焔を吹き出したかと思ったら、本体(刀身)はそのままに吹き出した火焔が応龍の姿を模すしたかと思ったら、火焔の応龍が瞳から炎の涙を流し

「主殿~ぉ! 主殿にその様な言葉を賜れるとは、主殿の様なあるじに仕えられてやつがれは感無量でございます!!」

感極まったように声を上げた。そんな応龍の姿に、無を剥き出しにして驚きながらもボルコスは

「ほ~ぉ、魂鋼には『龍』が宿ると聞くが、まことの事であったか。しかも、ただの龍ではなく龍を統べると言われる応龍だとは、いやはや魂消たまげたわい!」

驚嘆し声を上げた。そんなボルコスの「龍を統べる」と言われて焔は、

「ほ~ぉ、これは・・ドワーフの者の中にもなかなかの識者がおったようだな。善き哉善き哉♪」

上機嫌になり、纏う火焔を鍛冶小屋内に広げててしまった。その火焔に近くにいたボルコスは勿論、少し離れて俺とボルコスとの話の成り行きを見守っていたフィナレとフォルテは、自分達の身に迫る火焔に表情を歪めて手で顔や頭を覆うようにしながら蹲り、少しでも火焔から身を守ろうとしていた。その様子に俺は慌てて、

「焔!」

声を飛ばして注意を促すと、焔は俺の声にビクリと一瞬硬直し、瞳を動かして火焔から逃れようとする人魚族の二人を見ると慌てて、体から広がっていた火焔を収め、

「すまぬ。水を友として生きる者に『火』は御法度であった。やつがれとしたことが面目次第もない。」

謝罪の言葉を口にして申し訳なさそうに頭を垂れた。
鍛冶小屋内に広がった火焔が収まり、焔の謝罪の言葉を耳にしたフィナレとフォルテは、覆っていた手を頭部から外し恐る恐る周囲を見回してからフィナレは安堵、フォルテは怒りの表情をそれぞれ浮かべた。

「ふぅ~。火が周囲を埋め尽くした時には、冥界への入り口が開かれたかと思ったがどうやらまだお呼びじゃなかったようだね。」

「何を暢気な事を・・驍廣!貴方、私達を焼き殺す気なの!!」

フィナレは責める様な事は言わなかったが、フォルテからはしっかりとお叱りのお言葉を頂戴した。

「すまない、そんな物騒な事は一切考えていない。だが、武具のしでかした過ちは使用者の責!申し訳なかった。」

と深々と頭を下げ謝罪すると、フォルテは俺があっさりと頭を下げ謝罪の言葉を口にした事に少し驚いていた。

「な、なによ!?そんな風に頭を下げられたんじゃもう何も言えないじゃない・・・まぁ私にも族長にも火傷などは無かったから今回は許すわ。でも、次は無いですからね!武具の扱いには気を付けて下さい。」

と、何とか矛を収めてくれた。そんなフォルテと俺たちとのやり取りを見ていたボルコスは、何かを納得したように何度も頷き、

「なるほど。津田殿は武具という物についてよく理解をしている様だ。
迎えが向かっているだろうという事だが、それまでの短い時間となるかもしれぬが、御主と共に鎚を揮えると思うと実に楽しみだ。
宜しくな、津田殿♪」

満面の笑みと共に右手が差し出された。

「はい!色々とご厄介をお掛けするかもしれませんが、こちらこそよろしくお願いします。」

そう言いながら俺は差し出されたボルコスの右手を強く握り返した。







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