鍛冶師ですが何か!

泣き虫黒鬼

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11巻

11-1

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  プロローグ 妖精再建



 センティリオらハイエルフ氏族が主導した甲竜街こうりゅうがい侵攻の失敗により、傷ついた兵たちが各郷に辿たどり着いた頃、時を同じくして『天樹』が倒壊した。そのことによって天樹国てんじゅこくの妖精族たちは精神的支柱をも失い、『国』としてのまとまりを失いつつあった。
 各氏族の郷が自分たちの今後を模索する中、アクアエルフ氏族族長リーリエ・クアーレの呼びかけで、彼女の郷『清湖の郷ピューレゼーエンドルフ』にて各郷の氏族長による話し合いの場が持たれることとなった。
 清湖の郷は、その名の通り天樹国の輪状山脈内にある湖のかたわらに築かれており、郷から臨む湖の風景は、話し合いのため来訪した、いくさで傷ついた各氏族の者たちの心を慰め、安らぎを与えた。
 清湖の郷に設けられた氏族長会合の会場からも湖が見え、会場に集まった各氏族長たちも、その眺めに一時のくつろぎを感じていた。だがそんな中で、一人苛立いらだちを隠さずブツブツと悪態をきながら、会合の始まりを今か今かと待つ者が――響鎚の郷エアシーネハマーのドワーフ氏族族長ヨゼフ・グスタフだ。
 彼は、輪状山脈のふもとにある自らの郷から遥々はるばる清湖の郷にまで足を運んだにもかかわらず、なかなか会合が始まらないことに、苛立いらだちを抑えることができないでいた。
 そして、最後に会場に姿を現した者を目にして、ヨゼフはついに我慢ができなくなった。

「くっ、なぜこの場にこやつがいるのじゃ! リーリエ殿、説明願いたい‼ こやつは先のいくさにて背後より天樹国軍を襲撃し、敗走へと追い込んだ張本人。そのような者が、なぜ我ら妖精族の行く末を決める重要な氏族長の集いの場に来ているのじゃ⁉」

 ヨゼフは声をあららげ、そのままリーリエに詰め寄ろうとしたが――

「控えられよ、ヨゼフ殿」

 リーリエの近くにたたずんでいたデュラハン氏族の族長ロンバルト・ゲッペルスが、彼の前に立ちふさがった。小脇に抱えた頭部から放たれる鋭い眼光に一瞬にして射竦いすくめられたヨゼフは、顔を引きらせながら悪態をきつつ、元いた場所へ戻っていった。
 そんなヨゼフの姿に深く溜息ためいききながらも、リーリエは気を取り直した。来場した者――リヒャルト・アーヴィンは、ヨゼフの言葉も、会場にいる幾人かの氏族長からの敵意も意に介すことなく、案内するアクアエルフ氏族の者に従い、平然と指定された席へと腰を下ろした。
 そのあまりにも堂々とした姿に、それまで湖を眺めていた各氏族長たちからもうめき声が漏れた。
 泰然自若たいぜんじじゃくとしたリヒャルトの振る舞いと、他の氏族長たちの姿に、リーリエは再び溜息ためいきく。それを見てかすかに苦笑を浮かべたロンバルトだったが、リヒャルトを最後に、声をかけた全ての氏族長たちが集まったことを確認して、リーリエに目配せをする。
 リーリエも会場に集う氏族長たちを見回し、ロンバルトの目配せの意味を理解すると、改めて気合を入れるように大きく深呼吸をし、声を上げた。

「お待たせをいたしました。お声がけさせていただいた各氏族を代表される方々〝全員〟がお集まりになりましたので、今後の〝妖精族〟について話し合いをさせていただきたいと思います。申し遅れました、先のいくさにて身罷みまかりました母コーリッシュ・クアーレに代わり、アクアエルフ氏族の族長の座を拝命いたしましたリーリエ・クアーレでございます。以後、お見知りおきくださいませ」

 言い終えると、深々とこうべを垂れた。それに対し、ともに戦場に立った氏族の族長たちは納得の表情を浮かべた。だがヨゼフをはじめ、バグベア氏族、レッドキャップ氏族など、数名の氏族長はまだ歳若いリーリエの姿に侮蔑ぶべつとも取れる表情を浮かべる。彼らの不躾ぶしつけな視線からリーリエを隠すように、脇に控えていた鎧姿の男ロンバルトは進み出ると、小脇に抱えた頭の瞳でギロリとにらみつける。その威に、たちまち視線を彷徨さまよわせるヨゼフたち。

「見知りおきの者も多かろうが改めて、儂はデュラハン氏族の族長ロンバルト・ゲッペルス。昨今の妖精族の在りようを嘆いておられたリーリエ殿から相談を受け、この会合をもよおすことに助力させていただいた。先のいくさから……否、それ以前より思うところがある者もおられたことだろう。此度こたびの会合は、それら全てのことについて忌憚きたんなく意見を出し合い、各妖精族の関係を改めて構築する足がかりができればと考えておる。各人からの活発な発言を期待する!」

 この挨拶あいさつで会合がアクアエルフ氏族単独ではなく、デュラハン氏族とともに進められたものだと知り氏族長たちは驚いた。
 妖精族の間では、支柱であった天樹を失い、これまで自分たちを抑えつけてきたハイエルフ氏族の郷も滅び去ったことで、強い勢力を保持する氏族の勝手がまかり通る、群雄割拠の様相を見せはじめていた。彼らはそんな状況をよしとしていた。
 先のいくさで負傷者を献身的に治療したアクアエルフ氏族の呼びかけだから、顔を立てて出席はする。だが、話し合いの場では自分たちの主張をゴリ押しし、主張が通らないときには力に物を言わせて有耶無耶うやむやにしてしまおうと考えていた。
 ところが、この状況で好き勝手に振る舞うと、デュラハン氏族の武威の前に抑え込まれることになる。自分たちの思惑通りには事が運ばなくなったと、苦虫をつぶしたような表情を浮かべる各氏族長たち。
 彼らの様子が視界に入ってきたが、リーリエは意に介することなく、言葉を続けた。

「今日お集まりいただいたのは、わたくしたち妖精族の支柱となっていた光翼竜蛇ケツアルコアトル様が座しておられた天樹が倒壊したことで、『天樹国』という枠組みが崩壊しました。それにより、氏族間でのまとまりが失われ、同じ妖精族でありながら氏族間での争いが起きている現状を憂慮ゆうりょしてのものにございます。妖精族は本来、今はなき天樹のもとで、それぞれの資質に合った精霊とともに、互いに補い合い、豊かな生活を享受きょうじゅしてまいりました。しかし、いつの頃からか精霊術を行使できるから他の種族よりもすぐれているなどといった妄想が蔓延まんえんし、愚かにも他国への侵攻という暴挙に走ってしまいました。その暴挙は、わたくしたち妖精族の敗走という形で終局を迎えました。さらに、そのすきをついた何者かによって輝樹の郷シエロバオム穢呪アイジュの病が発生し、ハイエルフ氏族は自らの郷を失い、また妖精族が心のりどころにしてきた天樹は枯れ果て、倒木へと至ってしまったのです。事ここに至り、わたくしアクアエルフ氏族族長リーリエ・クアーレは、これまでの特定の一氏族による統治ではなく、各氏族より選出された代表による合議によって、妖精族の今後を考えていきたいと考えております。お集まりの各氏族の方々は、どのようにお考えでしょうか?」

 リーリエは会合の主旨を告げ、集まった各氏族長たちを見回した。
 彼女の言葉に、氏族長たちは各々様々な反応を見せた。
 眉間みけんしわを寄せて歯軋はぎしりをする者。面倒なことを、と天を仰ぐ者。隣り合った者同士でささやき合う者。中には、リーリエの言葉に公然と異を唱える者もいた。しかし、リーリエの真向かいに座るリヒャルトは、腕を組み、かすかな笑みを浮かべながらも、静かに目を閉じていた。
 会場内が騒然とする中、子供のような背丈と、それに比べて異様に長い手と異様に幅の広い足を持つ赤髪の妖精、ピクト氏族の族長イェニー・マルギットが、おずおずと手を挙げた。

「す、すみません。私どもピクト氏族は、今回のハイエルフ氏族の主導による甲竜街侵攻に参加をしておりません。光翼竜蛇様のおわす天樹が倒壊したことに動揺していたところに、レッドキャップ氏族の者が郷に乗り込んできて、食料を採取していた森を奪いました。今後はレッドキャップ氏族の許可なしに食料の採取は許さないと告げられ、困惑していたのです。そんなときにリーリエ様に呼びかけていただき、応じれば少しは何が起きているのか分かるのではと思い、この場にやってまいりました。先程、響鎚の郷のヨゼフ様は、豊樹の郷フルフトバールバウムのリヒャルト様に対して敵意き出しの発言をして、驚いておるところにございます。リヒャルト様の豊樹の郷は、これまでこの場に集うどの氏族よりも妖精族の国に対して尽くしてこられたことは、妖精族ならば誰もが認めるところ。なのになぜ、ヨゼフ様はあのようにリヒャルト様をざまののしられたのか? 一体、先のいくさで何があったのでしょう。お教えいただけぬでしょうか」

 最初は小声で聞き取りづらかったイェニーの声だったが、徐々に大きくなり、氏族長たちの耳にはっきりと届くようになると、彼らの視線はヨゼフとリヒャルトへと注がれることとなった。
 氏族長たちからの視線に、ヨゼフは額に汗を浮かべ、所在なさげに視線をあちらこちらへと飛ばしながら、何やらモゴモゴと口を動かすものの、明確な言葉とはならなかった。
 そんなヨゼフに、苛立いらだちを見せはじめた氏族長たち。と、発言の機会を求めて手を挙げる者が現れた。リーリエの横に座る、デュラハン氏族族長ロンバルト・ゲッペルスだった。
 彼はテーブルの上に置いていた頭部を小脇に抱え、横に座るリーリエと正面に座するリヒャルトの方にチラリと視線を飛ばしてから、おもむろに立ち上がった。

「イェニー殿、その問いにはそれがしがお答えいたそう。当事者たるご両所からは何かと言いづらいこともあるだろうからな。事の起こりは、甲竜街への侵攻よりも前にさかのぼる。この場にお集まりの各氏族の方々も耳にされたのではないかな? 豊樹の郷で穢呪の病が発生したことを」

 これを聞いてあわてたのはヨゼフだった。
 彼はリーリエの呼びかけに際し、天樹国とたもとを分かつと宣言したリヒャルトは欠席するものと考えていた。そうなれば、豊樹の郷が穢呪の病にみまわれた際に、響鎚の郷に避難したダークエルフ氏族に対して自分たちのおこなった非道が、他の妖精族の耳に入ることはない。
 その上で、今回の話し合いで作られる新たな枠組みの中でも、武具や防具の供給者として以前と変わらぬ地位を確保できると踏んでいた。
 ところが、なぜかリヒャルトが会合に姿を現した。このままでは不味まずいと、ヨゼフは先のいくさでダークエルフ氏族が天樹国軍本陣を強襲した事実を声高にさけぶことで、リヒャルトを追い払おうとしたのだ。しかし、それが裏目となり、今、自らの非道な行いが公の場でさらされようとしていた。
 ヨゼフはロンバルトの発言をさえぎらねばと、椅子から立ち上がりかけたが、各氏族長の後方で警備に当たっていたアクアエルフ氏族に肩を押さえられ、無理やり着座させられる。同時に、

「ヨゼフ様、今はロンバルト様がお話し中です。お静かに!」

 と、制止されてしまった。
 そんなヨゼフの醜態しゅうたい尻目しりめに、ロンバルトは淡々と、豊樹の郷が穢呪の病に侵されてから、先のいくさが終わるまでのことを嘘偽りなく説明していった。
 ロンバルトが語り終えると、詳細を求めたピクト氏族イェニーは言葉を失い、顔からは血の気が引いていた。それでも気丈に、悪行が白日のもとにさらされたレッドキャップ氏族、バグベア氏族、そしてドワーフ氏族を、非難するように一瞥いちべつした。

「な、なるほど。今お聞きしたことが事実であれば、リヒャルト様をはじめとしたダークエルフ氏族の者たちの行動を一方的に非難することはできません。もし、同じような状況に追い込まれたとしたら、非力な我らピクト氏族であっても、ハイエルフ氏族に対して一矢むくいようと行動を起こしたかもしれません。ですが、今のお話は事実なのでしょうか? ハイエルフ氏族の指揮のもとに行われようとしていた豊樹の郷の襲撃は、ロンバルト様が体験されたこと。また先のいくさの際にダークエルフ氏族がおこなった天樹国軍の本陣襲撃は、リーリエ様の目の前で行われたことでしょうから、事実なのだと思います。ですが、その原因となった、ラクリア様の策謀で穢呪の病が豊樹の郷で起こされたことや、響鎚の郷へ避難したダークエルフ氏族に対する労苦などは、一体どなたからお聞きになられたのでしょう? もしそれがリヒャルト様から語られたものであるとすると、一概に信ずることはできかねますが」

 イェニーの問いは、この場に集まった他の氏族長にとっても知りたいことだったようで、彼らの視線はロンバルトへと注がれることとなった。
 その様子を見て、肩身を狭くしていたヨゼフとレッドキャップ氏族・バグベア氏族の族長たちは、上手く行けばダークエルフ氏族の作り話だとして、自分たちの罪を隠すことができるのではと、悪辣あくらつな思いを巡らせていた。
 一方のロンバルトは、問いかけにすぐには答えず、眉間みけんしわを寄せていたが、数瞬の間をおいて何か覚悟を決めたような顔で口を開こうとした矢先――会合をおこなっている建物の外からあわてふためくような声が聞こえてきたかと思うと、部屋の扉が開かれた。

「失礼します! リーリエ様……」

 あわてた様子で飛び込んできた、一人の武装したアクアエルフ氏族が、リーリエに何かを伝えようとしたが、その言葉をさえぎるように別の者の声が会合の場に響いた。

「騒がせることになってしまってすまぬが、ちと邪魔をするぞ」

 その言葉とともに、扉を開いたアクアエルフ氏族の足元をチョコチョコと通過し、そのままヒョイッと妖精族の族長たちが座る円卓の上に飛び乗ったのは――一見するとまるで猫のようにも見える幼い黒虎だった。
 そしてこの黒子虎は、注がれる視線を気にすることもなく、そのまま毛繕けづくろいをしはじめた。
 そんな黒子虎の姿を茫然ぼうぜんと見つめていた族長たち。彼らのうちの何人かは、黒子虎の人を食ったような態度に苛立いらだち、怒りを露わにして立ち上がり、怒声を上げようとした。だが、黒子虎のひとにらみで、金縛かなしばりにあったように体を硬直させたかと思うと、次の瞬間には口から泡を吹いて崩れ落ち、気絶してしまった。

「ガタガタと五月蠅うるさいのぉ。先程、デュラハン氏族の者が口にした事実を誰から聞いたのかとたずねていたようじゃから、その張本人を連れてきてやったというのに。妖精族というのはしつけがなっておらんようじゃなあ。まあよいわ。樹光シュグァン! ……何をぐずぐずしておるのじゃ、早よぉ来んか‼」

 黒子虎が、しかりつけるような声を上げると、開け放たれていた扉から、フヨフヨと綿毛に包まれた蛇のようなものが、背中の羽を動かしつつ黒子虎のもとへと飛んできた。
 その綿毛の姿を見たロンバルトは、それまで保っていた悠然とした態度から一転、極度の緊張で体はガチガチになり、引きった表情に変わっていた。
 人間とのいくさにおいて先陣を切るダークエルフ氏族に続いて戦場を駆け回り、敵を退けてきたデュラハン氏族。その中でもロンバルトは、族長でありながら常に先頭に立ち、指揮をる姿から〝騎士王〟の二つ名で呼ばれることもある武人だった。
 そんな彼の緊張する姿に、族長たちも一体何事かと色めきだった。
 周囲の反応を毛繕けづくろいをしながら眺めていた黒子虎は、軽く溜息ためいきき、改めて口を開いた。

「さて、デュラハン氏族の者の発言の出どころじゃが、響鎚の郷での一件は、儂が話して聞かせた。穢呪の病については、ここにいる樹光が一部始終をこずえの上から見ておったので、ロンバルトに話して聞かせたまでのことじゃ。もし他に証人が要るというなら、シュバルツティーフェの森を治める賢猪サビオハバリーが証人になるじゃろう。アヤツも、儂とともに穢呪の病に侵された豊樹の郷を訪れ、その後響鎚の郷に出向き、全部見ておる。儂の言葉だけでは納得できぬのであれば、サビオハバリー本人にも確認を取るか? あやつなら喜んで証言してくれると思うが、どうじゃな」

 これを聞き、ヨゼフたちは苦虫をつぶしたような表情で黒子虎をにらみつけることしかできなかった。一方、ロンバルトに問いかけたイェニーは、得心がいったのか満足そうな表情を浮かべた。

「そうですか、分かりました。わざわざ妖精族の族長が集まる中でその身を明らかにし、また他にも証人となる御方がおられるというのであれば、その言は信用にあたいすると考えます。私は、ロンバルト様の発言に異論をはさむ余地などないと判断いたします」

 そう告げると、問いただしたことを謝罪するようにロンバルトに対し深々と頭を下げた。その上で、再び口を開く。

「であれば、リヒャルト様をはじめ、ダークエルフ氏族の皆様は被害者であり、そんな彼らにさらに罪を着せるようなことがあっては、妖精族は他の種族から愚か者のそしりを受けることでしょう。むしろ、ハイエルフ氏族を筆頭に、ダークエルフ氏族に害をなした者たちこそが糾弾きゅうだんされるべきだと考えますが、異論のある方はおられますでしょうか?」

 そう告げたイェニーを憎々しげににらみつけるヨゼフ以下三氏族の者たち以外は、それぞれに肯定する旨を表情に浮かべていた。それを確認したリーリエは、おもむろに立ち上がる。

「では、リヒャルト様についてはよろしいですね。次に甲竜街への侵攻についてですが、そちらについてはここにお集まりの、多くの氏族の方が参加しており、それぞれに思うところがおありでしょう。ですが、この場でそのことを言い合っても実のある話し合いにはならないと思われます。ですので、この場ではハイエルフ氏族の号令で行われたいくさで無用の血が流され、侵攻をおこなった我らが敗れ去ったということでよろし……」
「待て、そんなまとめ方があるか! そもそも勝ちいくさであったものを、我らの背後から襲いかかった裏切り者のせいで敗走することになったのではないのか‼」

 リーリエが先のいくさについては端的にまとめようとしたところ、再びヨゼフが怒声を上げてさえぎった。
 ロンバルトが語ったことと、妖精族内で広まりつつある風聞から、ヨゼフはダークエルフ氏族がハイエルフ氏族を襲ったために、天樹国軍は敗走のき目にあったと主張したかったようだ。だが……

「ふざけるな! リヒャルト殿が介入するまでもなく、翼竜街からの援軍が到着した時点で、我らに勝機などなかったわ!」

 ヨゼフに反論したのは、先のいくさで最も多くの戦死者を出したヴィーゼライゼン氏族で新たに族長となったマルゴット・ボニファーツだった。また、同じく多くの犠牲ぎせいを出したコボルド氏族の族長ゼップル・ロンナーも、マルゴットに同調し怒りの表情でヨゼフをにらみつけていた。
 マルゴットの糾弾きゅうだんは続いた。

「そもそも、先のいくさ烏合うごうの衆としか呼べない各氏族の寄せ集めを、ただ兵数が多いからと、なんの考えもなく突撃させただけ。確かに、一時は自らの命を捨てるかのようなトロール氏族の強引な突撃によって、甲竜街側の一部を敗走させはした。だが、その後は練られた防御陣形の前になすすべなく、翼竜街からの援軍が投入された途端、我らは敗走せざるを得なかったのだ。そもそも、我らに支給された響鎚の郷からの武具や防具は、甲竜街側の防御陣にわずかな穴を開けることもできずに刃毀はこぼれをおこした。そして、反撃に出た翼竜街騎獣団の攻撃を受けると、一合も耐えることなく無残にも打ち砕かれたのだぞ! 何がすぐれた武具・防具を産出する鍛冶師の郷だ。今や見た目ばかりのナマクラしか生み出さぬ鍛冶師の郷ではないか‼」

 マルゴットの発言に、ヨゼフは怒りで顔を真っ赤にし、立ち上がって怒声を上げようとした。だが、他の氏族長たちも、マルゴットの発言を肯定し、響鎚の郷で作られた武具防具を非難する声を次々と上げた。
 その多くは、先のいくさで使用された武具・防具に対してのものだった。しかも中には、ダンカンたちがおこなっていた、連綿と受け継がれてきたドワーフ鍛冶の技法をまもってきた者たちの武具・防具と、ヨゼフが推奨すいしょうしアロガンたち若き鍛冶師がし進めてきた、精霊を酷使して生み出した武具・防具とでは、隔絶した差が存在すると指摘。さらに、ヨゼフが推奨すいしょうするものは使用に耐えられない玩具おもちゃだと言い切る者まで現れた。
 彼らの声に、真っ赤になっていたヨゼフの顔色は蒼白に変わり、最後にはどこを見ているか分からない、虚ろな表情へと変わっていた。リーリエは、そんなヨゼフに『自業自得だ、愚か者め!』と心の中でつぶやくと、この場を収めるために声を上げた。

「お集まりの各氏族長の方々、響鎚の郷で産する武具・防具については、この辺でよろしいでしょうか? 皆様のお話は大変興味深く、捨て置くことのできる問題ではないとは思います。ですが、各郷においてご多忙の中をご足労おかけしておりますので、響鎚の郷の件については、後日改めてということにいたしたいと存じます。先のいくさについては、ロンバルト様とマルゴット様が今お話しいただいたものを、この場では統一見解とさせていただきます。そして、リヒャルト様並びに豊樹の郷のダークエルフ氏族の行動についても、これまでハイエルフ氏族の非道に対する報復が先のいくさと重なっただけであり、今後わたくしたち妖精族がこの件に関してなんら非難するものではないとさせていただきます。先のいくさに関する責は、主導したハイエルフ氏族とその話に乗ってしまったわたくしたち自身にあったものといたします。続きまして、天樹の倒壊と天樹におられた光翼竜蛇ケツアルコアトル様についてですが、この件に関しては、残念ながらわたくしのもとには皆様方に改めてお話しできる情報は届いておりません。もし、お集まりの皆様方の中で、天樹や光翼竜蛇様に関する情報がおありでしたら、お聞かせ願いたいのですが……」

 リーリエは甲竜街への侵攻をそう統括した上で、天樹の倒壊などの情報提供を呼びかけた。
 ほとんどの者は、自責の念を抱えつつ納得したように肯定し、レッドキャップ氏族とバグベア氏族の代表も、流れには逆らわず渋々しぶしぶながらもうなずいた。
 だが、天樹の倒壊などの情報を持っている者はいないのか、しばし沈黙がその場を支配した。

「……樹光、何を黙っておるのじゃ。己の口から話さぬか!」

 突然、テーブルの上で妖精族を見守っていた黒子虎が、苛立いらだち混じりにかたわらにいる綿毛をしかりつけた。それによって周囲の視線は、一斉に綿毛――樹光へと注がれた。集まった視線に、フワフワだった綿毛が硬化して針のように逆立ったが、すぐに柔らかさを取り戻し、樹光は数拍の間をおいて話しはじめた。

「……分かっております。そうかさなくてもよいではありませんか。この者たちの前で自らの失態を話すのは、心構えが必要なのですから。はあ……。ではお話しいたしましょう。妖精族の者たちよ、心して聞きなさい。天樹の倒壊は、ハイエルフ氏族族長センティリオの妻ラクリアによって起こされたことです。ラクリアは甲竜街への侵攻の最中、輝樹の郷に残ったハイエルフ氏族の者たちを、全て自身の住居としていた族長の邸宅に集めて拘束こうそくしました。そして、首だけを出した状態で邸宅の床にめ、その前にあなたたちの郷から送られてきていた大量の食糧を置いたのです。まず、目の前に食糧があるのにもかかわらずえて死にゆく子供の姿を、母親たちに見せつけました。次に、母親たちの憎悪と飢餓感きがかんが極限まで高まったところで彼女たちを殺し、その場に大量の魔気(瘴気)を生み出し、大地に穢呪の病を発生させたのです。穢呪の病は大量に生み出された魔気をかてに、輝樹の郷に急速に広がり、大地をくさらせていきました。天樹もまた、穢呪の病によって生み出された穢液アイエキの侵食を受け、根から立ち枯れていきました。そして、大きく枝葉を広げた天樹は、その大きさゆえに樹幹を支えられなくなり、倒れることとなったのです」

 樹光が語る内容に、集った各氏族の者たちは驚愕きょうがくし、怒りに震えてしばらくの間、言葉を発することができなかった。

「……で、では、我が同胞が命を散らしている間に、輝樹の郷ではラクリアによって天樹がけがされていたというのか……それではあのいくさは一体なんだったのだ? センティリオは……ハイエルフ氏族は、天樹国が甲竜街によって受けてきた数々の屈辱くつじょくを晴らし、我ら妖精族の繁栄のためのいくさだと宣言していた。あの宣言は何だったのだ⁉」

 誰のものとも判然としないさけびが、静寂の中に響き渡った。この言葉は、清湖の郷に集まった多くの妖精族たちの共通の思いだった。
 境を接し交流を持つ街(国)に攻め込むなど信義に反する。そんな行為を実行するのに、センティリオの宣言をよりどころにして自らをゆるしていた妖精族たちにとって、自らの足元が崩れ去る思いだった。彼らに悲しそうな目を向けながら、樹光はさらに妖精族を驚かせる言葉を口にした。

「侵攻などというものは、どう言いつくろおうとも許されざる行為です。が、センティリオの宣言はの者の本心だったことでしょう。たとえそれが巧妙に操られ、そそのかされたものだったとしても……」
「巧妙に操られ、そそのかされた? センティリオの宣言、そして侵攻は、彼が何者かによって操られておこなったものだと言うのですか?」

 リーリエが悲鳴のごとき声で問いただすと、樹光は一層悲しげな表情を浮かべ、この場にいる者に分かるように大きくうなずいた。

「誰だ! 誰がセンティリオを操り、我らを愚行へと走らせたのだ‼」
「許さぬ! 許さぬぞ‼」
「何者であろうとも必ず見つけ出し、罪に相応ふさわしいむくいを受けさせてくれる!」

 次々と上がる怒りの声。しかし、樹光は答えず、騒ぐ氏族長たちに冷徹な視線を向け、ただ一人ジッと事の成り行きを見守るリヒャルトへと視線を向けていた。そして、そのことに気付いたリーリエやロンバルトもリヒャルトを見つめ、それを皮切りに、声を上げていた氏族長たちも徐々に口を閉じ、同じように彼へと視線を向けた。

「はあ……。樹光様、皆が犯人探しに狂騒しているときに視線を向けられては、まるで犯人であるかのような誤解を与えてしまうとお分かりのはず。迷惑にございます」

 大きな溜息ためいきとともに発せられた言葉に、樹光はあわてて周囲の様子を見回した。

「こ、これは、なんとしたこと。違います! リヒャルト殿らダークエルフ氏族の者たちは、扇動者によってあおられたハイエルフ氏族による被害者。ただ、事の経緯から、扇動者が何者か分かっているだろうと思い――」
「ま、まことですか⁉ リヒャルト様、何者なのです? ハイエルフ氏族を操り、私たちに甲竜街への侵攻という罪を犯させた者は」

 樹光の言葉をさえぎり、リーリエが詰問きつもんした。

「ここまでの話を聞いてもなお気が付かないとは、いかに巧妙に姿を隠し、妖精族の意識を操っていたかがよく分かる、恐ろしいものだ。皆、気付かないのか? 先程から何度も出てきていただろう『ラクリア』という名が。全ての元凶はあの女だ。そもそも、妖精族の中に種族に優劣があるという考えはなかったし、種族間での優劣を論じる人間を嫌ってもいたはず。それがいつの間にか『妖精族は精霊術を使うことができるから、他の種族よりも優秀だ!』などといった愚かな妄想が蔓延はびこった。そんな考えが妖精族の中でささやかれるようになったのは、どこからともなく現れたラクリアが、センティリオ殿――ハイエルフ氏族族長の妃の座にいた頃からではなかったか」

 リヒャルトの言葉に、各氏族の者たちは呆けたような表情を見せるも、言葉の意味を理解していくと、段々と表情を強張こわばらせていった。


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