鍛冶師ですが何か!

泣き虫黒鬼

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10巻

10-1

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   プロローグ 妖精狂奏、竜人哀歌



 天樹国てんじゅこくの代表であり、輝樹の郷シエロバオムに住むハイエルフ氏族族長、センティリオ・ファータ様は、突然、これまで友好関係にあった甲竜街こうりゅうがいに対して宣戦布告をした。
 我が主、甲竜街の領主――壌擁掩ジョウヨウエン様は、義弟でもあるセンティリオ様に真意をただすため、甲竜街衛兵団第一分団副団長たるわしともの者五名を、使者として輝樹の郷に派遣した。
 儂たちは天竜賜国てんりゅうしこくと天樹国を分かつ輪状山脈のみねを越え、そのほぼ中心にそびえ立つ巨木・天樹の根元にある輝樹の郷に辿たどり着いた。
 以前であれば、輝樹の郷は甲竜街の使者を笑顔で迎え入れてくれた。道ですれ違う儂らに、その眉目びもく秀麗しゅうれいな顔に笑みを浮かべ、声を出して挨拶あいさつする者も多かった。
 だが、今回、儂らを待っていたのは、人通りの消えた道の両脇に建つ家々から放たれる嫌悪と猜疑さいぎ、そして敵意のこもった視線だった。

「ふ、副団長……」

 郷の雰囲気ふんいきおびえた副官が、心配そうな顔を向けてきた。

「あ、ああ。しかし、我らはセンティリオ様にじかにお会いしなければならぬ。皆、心して事に当たるように!」
「「「「「はっ!」」」」」

 これまで何回か郷を訪れている儂も、以前とのあまりの違いに不安に押しつぶされそうになりながらも、お役目を果たすために副官たちを叱咤しったし、センティリオ様の住まわれる館へ歩を進める。
 館に到着した儂らは、館の前に立っていた守衛に訪問の目的を告げると、すぐに一つの部屋に案内された。しばらく待っていたところ、センティリオ様がお会いしてくださるとのしらせがあり、部下たちはそのまま部屋に残り、儂と副官だけがセンティリオ様が待つという館の奥へと通された。
 天樹の幹を登る長い階段を進んだ先にある扉を開けると、部屋の奥に、今まで見たことのないいびつな笑みを浮かべたセンティリオ様が、豪奢ごうしゃな椅子に座っておられた。その椅子へ続く真っ赤な絨毯じゅうたんの両脇には、響鎚の郷エアシーネハマーのドワーフ氏族が鍛えたと思われる鱗状甲冑スケイルアーマー直剣ロングソードで身を固めたハイエルフ氏族の衛士たちがずらっと並び、儂らをじっと見つめていた。
 儂らが赤い絨毯じゅうたんを進み出て、片膝をつき、拱手こうしゅ礼拝をすると、センティリオ様から声をかけられた。

「遠路はるばるご苦労。それで、わざわざ甲竜街衛兵団第一分団の副団長殿が一体何用かな?」

 そこで儂が返答しようと顔を上げたところ――目に飛び込んできた光景に絶句した。
 なんと、甲竜街で一方的に宣戦布告を告げていった、あのアモリッツアが、センティリオ様の隣に立ち、薄笑いを浮かべて儂らを見ていたのだ。

「き、貴様はアモリッツア!」

 儂は思わず声をあららげ立ち上がろうとした。だが、両肩を衛士たちに掴まれ、そのまま強引に組み伏せられてしまった。と同時に、後方に控えている副官の苦悶くもんうめき声が聞こえてきた。儂は副官の様子を確かめたかったが、衛士たちに押さえつけられて身動き一つ取れず、どうすることもできない。せめてもの抵抗にと、声を張り上げた。

「センティリオ様! 過日、そこにいるアモリッツアが突然、甲竜街の領主邸宅に押しかけ、擁掩様の許しを得ることなく、邸宅の奥におられたエクラ様のもとへ押し入りました。その後、擁掩様に甲竜街への宣戦布告とも取れる傍若無人ぼうじゃくぶじんな物言いをし、さらにそれを街中まちなかで声高に吹聴ふいちょうし、街に騒動を巻き起こしたのです。しかも、アモリッツアはそれがセンティリオ様がおっしゃったことだと申しました。それは真のことか、ぜひセンティリオ様におたずねするようにと、擁掩様より言付かってまいったのです。甲竜街と天樹国は長らく友好をつちかってまいり、擁掩様のもとにセンティリオ様の妹君であらせられるエクラ様が輿入こしいれなされました。擁掩様はセンティリオ様のことを、実の弟君であられる擁彗ヨウスイ様以上に頼りにされてこられたのです。そんなセンティリオ様が、甲竜街に対し宣戦布告などするはずがない、と擁掩様は申しておりました。センティリオ様、お答えください! そこにいるアモリッツアが申した甲竜街に対する要求などした覚えはないと! 宣戦布告など根も葉もない偽りだと‼」

 床に押さえつけられながら必死で訴える儂の言葉を、センティリオ様は椅子に座ったまま、悠然と耳を傾けていた。やがて、顔を伏せ、小刻みに肩を震わせられる。
 その姿を見て、訴えが聞き届けられたかに思われた。しかし、儂の耳に届いたのは、センティリオ様の口かられてくる嗤笑ししょうだった。

「ふ……ふ、ふっふっふっふっふぁはっはっはっはっはっはっは……」
「なっ……何をお笑いになるのです、センティ……」

 突然笑い出したセンティリオ様に抗議しようと声を上げ、押さえつけられながらも、どうにか視線を上げてセンティリオ様を見ると――瞳は憎悪ぞうおに染まり、嗤笑ししょうの声を上げるその口は裂けたかのように大きく開き、髪は目の前にいる儂を威嚇いかくするように総毛立っていた。これまでの、常に笑みをたたえ、どんなときも穏やかで慈愛じあいあふれる『光の妖精』の姿はなかった。
 儂は言葉を失い、変質したセンティリオ様を見つめることしかできなかった。

「擁掩が私に信頼を置き、頼りにしている? 何を馬鹿なことを! 我が妹エクラ下賤げせん甲羅蜥蜴甲竜人族などに差し出さなければならなかった屈辱くつじょくが、貴様らに分かるか‼ 妹をけがされ、むべき甲羅蜥蜴の子まで産ませられた。それでも、耐え忍ばなければならなかった私の気持ち、そして我が国民のうらみなど、我らを見下みくだしてきた貴様ら甲羅蜥蜴どもには考えが及ばなかったのだろう。だが、そんな忍従の日々も今日までだ‼」

 センティリオ様は椅子から立ち上がり、荒々しい足音を響かせて、部屋を抜け露台バルコニーへ出た。
 その後ろ姿を目で追っていた儂も、衛士によって無理やり立たされ、センティリオ様の後を追うように露台バルコニーへ出ると、眼下に広がる光景に息をんだ。

「「「「「「「「「「ウォォォォォォォ~‼」」」」」」」」」」

 センティリオ様が姿を現したことでき上がる声。
 それは、儂らが輝樹の郷に着いたときには目にすることがなかった群衆――武装を整えた、ハイエルフ氏族をはじめとする様々な妖精族が、手をかかげるセンティリオ様に呼応して、手にした武具をかかげつつ上げたときの声だった。
 儂は、そのおびただしい数の武装した妖精族に言葉を失った。センティリオ様は……天樹国は、本気で甲竜街に侵攻するつもりなのだという事実を、まざまざと見せつけられたのだ。

「天樹の民よ!」

 センティリオ様が高らかに呼びかける。

「天樹の民よ! ついに悲願を果たすときが来た‼ 我ら、多くの精霊に愛されし大いなる種族に対し、その分もかえりみず、高圧的な態度で多くの大事なモノを奪ってきた甲羅蜥蜴どもに、そのむくいを受けさせるときが来たのだ! これより私、センティリオ・ファータは、ハイエルフ氏族の族長として! 天樹の民を導く者として! ここに、愚かなる甲羅蜥蜴の街、甲竜街の誅伐ちゅうばつを宣言する‼」
「「「「「「「「「「ウヲォォォォォォォォ~」」」」」」」」」」

 センティリオ様の宣言により再び雄叫おたけびを上げる天樹国の妖精族たちの姿を目にして、儂は全身の血がこおりつくような感覚に襲われた。
 これまで友好をはぐくんできた天樹国の妖精族が、甲竜街に対して牙をき、襲いかかる。そのとき、翼竜街よくりゅうがいのような頑強がんきょうな城塞で囲われていない甲竜街は、なすすべもなく蹂躙じゅうりんされ……
 そんな恐ろしい光景が脳裏を駆け巡っていたせいで、儂はセンティリオ様がいつの間にか目の前にまで迫っていることに気付かなかった。そして――

「ごっほっ……」

 腹部に鋭い痛みが走り、生温かい鉄の味がする液体が口からあふれ出し、儂の体を赤く染めた。突然のことに思考停止におちいりながらも、痛みを訴える腹部へと視線を下げる。するとそこには、豪奢ごうしゃな装飾が施された一本の短剣が突き立っていた。その短剣を辿たどり視線を上げれば、憎悪ぞうおゆがんだセンティリオ様の顔が――
 口と腹からの大量の出血によって、体から急速に熱と力が抜けていくのを感じ、その場に崩れ落ちそうになる。
 しかし、儂を拘束こうそくしている衛士たちは、儂が倒れ込むことを許さず、膝をついた状態からそれ以上倒れないように体を掴んで離さない。
 と、腹から短剣が引き抜かれる。痛みでうめき声がれるも、儂はなんとか短剣の行方ゆくえを追うと……狂気に染まり嗜虐的しぎゃくてきな笑みを浮かべたセンティリオ様が、それを振り上げ、次の瞬間、首に鋭い痛みが走り、視界が真っ赤に染まった――



   第一章 精竜せいりゅうえきが勃発しましたが何か! ~開戦~



 地に木霊こだまする数多あまたの靴音。それは重く、力強い音をかなでていたが、耳の良い者ならばそれぞれに違いがあることに気付いただろう。
 列の先頭を歩く者のものは、壊れかけの木靴や革靴を引きずるような音。中ほどまで来ると、作りの良い、丈夫そうな革を、びょうや鉄板で補強した長靴ブーツが、しっかりと大地を踏みしめる音に変わる。そして最後に響くのは、軽い金属音を伴い軽快に地を蹴る、まさに軍靴ぐんかの交響曲とも評すことができる靴音だった。
 この音を響かせる一団は、響鎚の郷にて休息を取った後、物資を補充し、各自の装備を整えると、大集団と十分の一ほどの小集団の二手に分かれ、再び行軍を開始した。
 小集団は、軍装を隠すように外套がいとうまとい、一路いちろ豊樹の郷フルフトバールバウムへと続く森の小道に姿を消した。
 一方の大集団は、響鎚の郷から延びる街道をまっすぐ甲竜街に向けて進んでいく。その姿は、自らの威容いようを周囲に見せつけるがごとく威風堂々いふうどうどうとしたものだった。
 そんな彼らを、響鎚の郷へ向かおうとしていた荷馬車を引く商人の一団が視認し、あわてて進路を変え、元来た道を戻っていった。そんな商隊のあわてふためく姿は、輿こしに乗り大集団――自らの軍勢を最後尾からながめていたセンティリオの目にも留まり、かたわらに控えていたアモリッツアに問いただす。

「アモリッツアよ。甲羅蜥蜴どものからい出てきたであろう者たちが、我が軍の姿に恐れおののき逃げていくさまは実に滑稽こっけいではあるが、軍を発する前に、甲竜街へ使者の首を送り返したのではなかったか?」
「はい。おおせの通りにございます、センティリオ様。使者の首は副官に持たせ、その者ごと、此度こたびいくさには参加しないと告げたルフトエルフ氏族の者に、甲竜街へ送り届けさせたはず。愚鈍ぐどんな甲羅蜥蜴どものこと、我らの敢然かんぜんとした意思の表明にあわてふためくだけで、街に住む者たちに対して満足に指示を与えることもできぬのでしょう。それにしても、なんという愚かな種族なのでございましょう。私が最初にセンティリオ様の書簡を持ち宣戦布告を告げた折、わざわざ甲竜街の街中まちなかで擁掩めに告げたことと同じことを話して聞かせたというのに……。指示がなかったとしても、あのように私の言葉を信じずに天樹国の郷である響鎚の郷へノコノコやって来るとは、度しがたい者たちにございます」

 アモリッツアの答えに、センティリオは満足そうにうなずいた。

「であろうな。このような愚かな者たちの風下に立ち、これまで苦汁をめ続けていたのかと思うと、はらわたえくり返る思いだ。しかし、それも此度こたびいくさにて終わる。彼奴きゃつらの血をもって真に優秀な種族がどちらであったのか、はっきりと知らしめてくれる!」

 語気をあららげるセンティリオに対し、アモリッツアはさらにお追従ついしょうを口にする。

「もちろんでございます。無論、勝利の凱歌がいかは我が主センティリオ様のもとに鳴り響くことは疑いなきこと。そもそも甲羅蜥蜴どもはいまだになんの備えもできておらぬことでございましょう。センティリオ様の軍勢が街の近くに姿を現したとき、彼奴きゃつらの右往左往する姿が目に浮かぶようでございます」
「さもあろうな。それでは、醜態しゅうたいさら彼奴きゃつらの姿を存分に楽しむこととしよう。ところで、先ほど逃げていった商隊をいかにするつもりだ?」
「そのことなのですが、すぐに追いかけ捕えるようにヴィーゼライゼン氏族に指示を出したのですが、フラムエルフ氏族の族長フォルナート殿がそのまま見逃せとおっしゃられまして……」

 アモリッツアの言葉に、センティリオが怪訝けげんな顔をする。

「なに、フォルナートが? どういうつもりだ、甲羅蜥蜴の巣に逃げ込もうとする者どもを見逃せとでもいうのか?」
「いえ、フォルナート族長殿がおっしゃるには、一族の者を使って面白い座興ざきょうをセンティリオ様にお目にかけたいと……」
「面白い座興ざきょうとな? ふっふふふふ……そうか、あやつがそのようなことを。それではその座興ざきょうとやら、じっくり観覧させてもらうとしようか。ふっ、ふぁっはっはっは……」

 軍靴ぐんかが響く中、センティリオは笑い声を響かせるのだった――


         ◇


 甲竜街領主・壌擁掩ジョウヨウエンめいを受けて天樹国へとおもむいた使者を殺し、その首を甲竜街に送りつけるという前代未聞の行為に対して、擁掩は激高げきこうし、天樹国とのいくさを決意。即日、配下に置く甲竜街衛兵団第一分団と親衛隊、さらに擁彗配下の第二分団にもいくさの準備を進めるように通達した。
 それを知った耀緋ヨウヒ麗華レイカは、俺――津田驍廣つだたけひろたちに擁彗と甲竜街のことを託し、バトレル、レアン両名をともに、援軍を求めるため翼竜街へ急いだ。一方、リリスとルークスはサビオとともに自らの故郷である豊樹の郷へと向かった。
 甲竜街に残った俺たちは、擁彗ヨウスイとその配下の墨擢ボクテキの武具を鍛えている間に、設楽したらゆう稀葉賦楠まれはふくすに、天樹国の動向を探るよう依頼した。
 二人は、輪状山脈を越え、そのふもとにある響鎚の郷を発して甲竜街に迫る天樹国の軍勢(以降、天樹国軍と呼称)を発見し、俺たちに報告してくれた。
〝天樹国軍発見〟の報に接した擁彗は、墨擢率いる第二分団から選抜した偵察隊を先発させた後、兄の擁掩率いる第一分団に先んじて、第二分団とともに甲竜街から出陣しようとしていた。
 その準備の最中さなか、甲竜街の街門に詰める守衛のところへ、第二分団の出陣を伝えるために先行していた衛兵の一人が、おおあわてで戻ってきた。

「ヨ、擁彗様! 大変なことが……」
「何事だ! 甲竜街の衛兵ともあろう者がそのようにあわてふためく姿をさらしては、街の皆を不安にさせるではないか! 常日頃から言っているだろう。何か事が起こったときは、まずは落ち着き、正確に報告するようにと! で、一体どうしたのだ?」

 墨擢が叱責しっせきすると、駆け込んできた衛兵はハッとした表情になり、あわてて姿勢を正す。そして、一回二回と大きく深呼吸をして、落ち着きを取り戻した。

「はっ! 申し訳ありません、墨擢団長、お見苦しいところをお見せいたしました。改めてご報告申し上げます! 我らの出陣を街門の守衛詰所に伝達している最中、一組の商隊があわてた様子で街門に来着。その様子を不審に思い、守衛の衛兵とともに事情をただしましたところ――頼んでいた装飾品を受け取りに響鎚の郷へ向かう途中、その方向よりおびただしい数の天樹国軍と思われる武装した妖精族の集団に遭遇そうぐう。先日、甲竜街の街中まちなかで声高にさけばれた天樹国の宣戦布告を思い出してあわてて戻ってきた、とのことでした。しかし、事はそれだけではありません。この報告に詰所が騒然とする中、報告した商人の体と、街門の外に停め置かれていた荷馬車から、突如炎が噴出。その光景を周囲にいた多くの者が目撃してしまい、街門周辺は騒乱状態におちいっております!」
「なっ、なんだと⁉ 守衛を務める衛兵たちは何をやっておるのだ⁉ 急ぎ街門へ戻り、騒ぎをしずめるように命じよ!」

 墨擢は、街門に詰める衛兵の動向に気を取られ『突如炎が噴出』という言葉に気を留めることなかったが、そんな彼に擁彗が待ったをかける。

「待ちなさい! 墨擢、尋常じんじょうならざることが街門で起きているようです。この場からただ騒ぎをしずめよと命じても、それは難しいでしょう。私たちも街門に向かい、現状の確認と直接事態の収拾に当たります。報告、ご苦労でした。休憩を、と言いたいところですが、事態は逼迫ひっぱくし、一刻の猶予ゆうよもありません。このまま街門への先導をお願いします」

 厳しい表情を浮かべる擁彗は、衛兵を急かすように駆け出した。そんな彼の動きにあわてつつも、墨擢以下その場にいた第二分団の衛兵たちは、主に遅れまいと、後を追った。
 俺たちは彼らを見送りつつ、行動を起こすことにする――


         ◇


 擁彗たちが街門に近づくと、何かを遠巻きにしている数多あまたの野次馬がいた。彼らは、嫌悪の表情を浮かべて、そばにいる者同士でささやき合っている。
 そんな野次馬の視線の先には、黒く焼け焦げたような固まりがあった。擁彗が目をらすと――それは炭化した荷馬車と、それを引いていたと思われる四脚の獣、そして炎に焼かれる苦しみから助けを求めるように手を伸ばしたまま事切れた商隊の者たちの焼死体だった。
 そのあわれな焼死体を前に、街門を守る守衛役の衛兵たちは茫然ぼうぜんと立ちすくみ、肉や木の焼けた臭いが周囲に立ちこめていた。

「なんと……なんとむごい。ヨ、擁彗様⁉」

 現場の陰惨いんさんな光景を目の当たりにして、言葉を失う墨擢たち第二分団員。そんな中、一人擁彗だけは目の前の光景に歩みを止めることなく、野次馬の壁をき分けて、無残なむくろさらす商隊のもとへと歩み寄り、ただ見ているだけの衛兵に対して声を上げた。

「何をほうけておる、しっかりせぬか! お前たちはそれでも甲竜街を守る衛兵か‼」

 普段の物静かな擁彗からは想像もつかない一喝いっかつが周囲に響き渡った。その声に守衛役の衛兵は驚き、声のした方向へ一斉に視線を向け、そこに擁彗の姿を認めると、あわてた様子で姿勢を正して拱手こうしゅし、頭を下げた。

「も、申し訳ありません。突然のことに気が動転してしまい……」
「弁解は無用です。そのような暇があるなら、急ぎ周囲に幕を張り、好奇の目から被害にわれた方々を守りなさい!」

 守衛役は命令に従い、幕を取りにおおあわてで詰所へ向かい、その間に墨擢たちが野次馬の排除に取りかかった。衛兵たちの動きを確認した擁彗は、一人焼け焦げた商隊の者たちのそばへ行き静かに黙祷もくとうを捧げると、張り詰めた表情で声を上げた。

「街門の守衛長はいますか? 一体何があったのか詳しく報告しなさい。それから、詰所を訪れた商人のご遺体はどちらですか? 案内をお願いします」

 いつもと変わらない穏やかな口ぶりではあるものの、逆らうことなど一切許さないといった気迫がめられた言葉に、作業を進める衛兵たちは一層身を引きめた。そんな中、擁彗の意を受けた一人の衛兵が進み出る。

「擁彗様、見苦しき醜態しゅうたいさらし、申し訳ございません。街門の守衛長を務める宋厘ソウリンであります。詰所にご案内いたします。どうぞこちらに……」

 と、宋厘は擁彗を詰所に案内しながら、何が起こったのかを語る。

「事の起こりは、響鎚の郷へと繋がる道より、荷馬車を引いた商隊が街門に来着したことから始まります。私どもはいつもと同じように街門前で街に入る者の様子に目を光らせていたのですが、そこへ、荷馬車が土煙を上げて来着したのです。何事か! と警戒し、様子をうかがっていると、一人の男が荷馬車から飛び降り『急ぎ知らせたいことがある』と言って、私どもが詰める守衛詰所に駆け込んできました。男は我らとは顔なじみの、甲竜街に店を構える商人でした。その者いわく『商品の仕入れを行うために響鎚の郷に向かう途中、郷の方角から向かってくる武装した集団と遭遇そうぐうしたので、あわてて甲竜街に引き返してきた。武装した集団の装備は統一されてはいなかったが、構成人員は全て妖精族で占められているようだった。整然と靴音を響かせ、街道をまっすぐ甲竜街へ向かってきていた』とのこと。衛兵の一人が、その集団はどれほどの規模だったのだ、とたずねました。それに対し、商人が『遠くから見ただけなので正確な数は分からないが、響鎚の郷に続く街道をめ尽くすほどだった』と告げた途端……体中をきむしり、苦しげにうめき声を上げたのです。そして次の瞬間、体中の穴という穴から火が噴き出し、あっという間に炎に包まれてしまったのです。時を同じくして、街門前に停めていた荷馬車の馬と馭者ぎょしゃの男も体から火を噴き出し、火はまたたく間に荷馬車にも燃え広がってしまい……私どもはなすすべなく見ていることしかできませんでした」

 説明を終えた宋厘は、擁彗を案内した詰所内に残されている、炭化し四肢ししを硬直させて苦悶くもんの表情を浮かべる商人の変わり果てた姿に、祈りを捧げた。
 そんな宋厘に、擁彗はあえて慰めの言葉をかけず、

「そうですか、その商人の方は甲竜街にとって大変に重要な情報を伝えてくれたのですね。しかし、突然体中から火を噴き出すなど、今まで聞いたこともありませんが、一体?」

 と、まずは天樹国の情報を届けてくれた商人に感謝を告げた。その上で、商人の身に起きた摩訶まか不思議な現象について疑問を口にしたものの、宋厘以下詰所にいた衛兵たちも答えは持っていなかった。そこへ突然――

「ふん! これは精霊術によるものじゃな。しかし、なんともむごい術を使ったものじゃ。のうエン、そうは思わんか?」

 擁彗の問いに対する答えが、詰所の外から投げかけられた。


         ◇


 詰所にいた者全員の視線が、詰所の外にいる驍廣紫慧しえ、アルディリアへと向けられた。
 俺は、先ほどまでの作務衣さむえ姿ではなく、黒い金属光沢を放つ鎖帷子くさりかたびらまとい、腕と足にはそれぞれ筒籠手つつごて筒臑当つつすねあて、太ももを覆う佩楯はいだてを身につけている。頭には、普段被っている布ではなく、額から前頭部までを守る簡易な兜――鉢金はちがねを被っていた。
 さらに、紫慧は朱色の裲襠甲りょうとうこうまとい、額に鉄の板がついた鉢巻はちまきを巻いている。また、アルディリアは髪を首の後ろで結び、紫慧と同じ形状の鉢巻きを巻き、ブリガンダインで身をかため、肩に凶悪な三日月大鎌をかついでいた。
 また、俺の頭の上には、いつものように仔虎姿のフウが鎮座し、紫慧の肩には紅い熊鷹くまたかエンがとまり、何かを威嚇いかくするように頭頂部にある飾り羽を立てていた。
 突然姿を現した俺たちに色めき立つ衛兵を、擁彗は片手を挙げて抑え、声の主であるフウに対して拱手こうしゅした。

「フウ様、先ほどのお言葉をお聞きしますと、この場で起きたことについて何かお心当たりがおありのご様子。ぜひとも何者がこの惨劇さんげきを起こしたのか、お教え願えませぬか?」

 突き刺すかのごとく鋭い眼光で見つめながら、それでも賢獣玄尊精君であるフウに対して失礼のないよう言葉を選んでいる擁彗。だが、フウは前足で顔を洗うような仕草で毛繕けづくろいを始めてしまった。
 このフウの態度に、何も知らない衛兵たちは鬼のような形相を浮かべた。

「擁彗様がおたずねになっておられるのに、なんと無礼な!」

 声をあららげ掴みかかろうとする衛兵たちに、擁彗から叱責しっせきが飛んだ。

「やめなさい! こちらの御方は賢虎・フェイオンフウ様であらせられます。領主の実弟にすぎない私などよりもとうとい御方に対し、無礼は許しません。フウ様、お見苦しき醜態しゅうたいさらしてしまい、まことに申し訳ございません。ご容赦ようしゃのほどを……」

 擁彗は再び拱手こうしゅし、深々と頭を下げた。それを見た衛兵たちは、顔を青くしてあわてて彼にならい、片膝をついて拱手こうしゅし、顔を伏せた。
 この様子を横目でチラリと見つつ、なおも毛繕けづくろいを続けるフウだったが、背後から伸びてきた手により首元をつかまれ、持ち上げられてしまった。

「こら、フウ! 意地悪していないで、知っていることがあるのなら、擁彗様に話してあげないと駄目だよ‼」

 フウを持ち上げたのは、紫慧だった。
 擁彗が下手したてに出るほどの相手をしかりつける彼女の姿を目撃した衛兵たちは目を見開き、唖然あぜんとする。一方、擁彗は、俺やアルディリアに意味ありげな視線を向けてきたが、俺たちは肩をすくめ苦笑するだけで、何も言わずに成り行きを見守る。
 紫慧にしかられたフウは体をキュッと縮めて耳を伏せ、反省の態度を示しながらも、

「そのように怒らずとも、チョットしたお茶目ではないか……」

 と言い訳を口にした。すると今度は、紫慧の肩に乗っている炎が口を開いた。

「フウ様、もう少し時と場合を考えてくださいませ。今はそのようにらしている状況ではないことくらい、お分かりになりませんか? 擁彗さんをはじめ、甲竜街の皆様、フウ様が失礼をいたし、申し訳ございませんでした。擁彗さんのおたずねの件、フウ様に代わってわらわがお答えいたします」

 紅い熊鷹くまたかがいきなりしゃべり出したことに、今度は衛兵たちだけでなく、擁彗まで驚きで硬直してしまった。だが、炎はそれを意に介さず話を続けた。

「商人の方々をこのような無残な姿にしたものは精霊術です。それも、火精霊サラマンダーの力を用いて行われた精霊術に間違いないでしょう。今もわずかですが、火精霊が行使した力の残滓ざんしを感じることができますから……」

 悲しげに語る炎の言葉に、いち早く硬直が解けた擁彗は、多少狼狽うろたえながらもたずねた。


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