7 / 7
現実世界
しおりを挟む
ヒロは東京行きの高速バスに揺られていた。さっきまでいたフェリーでの優越感はなく、再び現実世界に放り出された孤独感を感じた。
「昨日の出来事は夢だったのかな。」そう呟くと、窓の外を眺めた。たしかに現実世界についたとき、時間は昨日フェリーに乗った午前10時に戻っていた。外はなぜか明るかった。サラに言われたことを疑うわけではないが、ヒロはこれまで起きたことは「本当は夢だった」と片付けるほうが自然だと思った。そう考えつつも、逃島での不思議な体験や、サラにかけてもらった言葉を思い出し、懐かしんでいた。
「さあ、明日からがんばるぞ!」
そう、心の中のサラに向かい、力強く誓った。
ヒロは東京に戻ってからというもの、それまでとはうって変わって色々な会社の説明会に参加した。人事担当や会社で働く人の話を聞きながら、自分が働く未来を想像した。就職活動を始めた頃は億劫だった自分が嘘のように、自分が働く会社、未来を選ぶことが楽しく感じられた。
ヒロは就職活動中、サラからもらった
"明日の陽が沈む前、今日来た船着き場のフェリーに乗ること"
と書かれたメモ書きを、お守り代わりに持ち続けた。
就職活動の末、ヒロはホテル関係の仕事に就き、大学卒業後はホテルマンとして働きはじめた。
ホテルでの仕事は大変なことも多かった。お客様に満足していただくための心を込めたおもてなしはもちろん、若手時代はルームクリーニングからフロント、レストランのウェイターなど、幅広くこなした。しかし、大変だったこともいずれやりがいに変わっていった。お客様にいかに満足して楽しんでいただくことができるか、考えながら働くことが、ヒロにとっての生き甲斐になった。
それから年月が経ち、ヒロは支配人として、ホテルの先頭にたち、働いていた。社会人になってからというもの順風満帆で、天職に出会えたことに感謝していた。嫌なことがあっても自分の生涯の趣味になったバドミントンをやったり、過去に逃島で経験したことと同じように、海辺に寝転び、ボーッと過ごしたりすることでうまく現実逃避できるようになった。
そんなある日、レストラン部門で働くシェフが、茶色の紙袋を持ってきた。
「先ほどうちを訪れた営業の女性が持ってきました。コーヒーの提案だったんですが、これはぜひ、支配人に味を見てもらいたいと言って置いていきました。どうやら、コーヒーに合うとのことです。」
ヒロは紙袋を開けると、中にはきれいな焼き目がついたバターロールが三個入っていた。
「ほぉ、美味しそうじゃないか。」
ヒロはそのうちの一つを口に運んだ。すると、上質なバターの香りにしっとりとした食感、それと、味わいの奥の方に懐かしい焚き火の記憶が蘇った。
「間違いない。サラさんだ!」
そう確信すると、ヒロはすぐさまサラのことを探しに外に出た。とにかくあの時のお礼がしたかった。
「今、あの時サラさんに励ましてもらったお陰で、とても充実しています!」と、伝えたかった。しかし、もうサラだと思われる人物は見当たらなかった。
ヒロはサラにもう一度会えるかもしれない期待を裏切られ、肩を落として事務所に戻った。そして、もう一度紙袋を見ると、中には小さなメモ用紙が入っていた。そこには、
"ヒロさんがキラキラと働く姿をお伺いできて、本当によかったです。これからも応援しています"
と書かれていた。ヒロの目からは自然と涙がこぼれ落ちた。二度と会えない、そう思っていたから尚更泣けた。
"また、会いに来てくれてありがとう。お陰様で充実しています"
ヒロはそう書き記した手紙をシェフに預けた。そして、
「これを、この前の営業さんに渡しておいて」とお願いした。
「これ、手紙ですか?」とシェフは不思議そうな顔をしていた。
「やっと、19年前のお礼を伝えることができるんだよ」ヒロは満足そうに微笑むと、普段の仕事へと戻っていった。
「昨日の出来事は夢だったのかな。」そう呟くと、窓の外を眺めた。たしかに現実世界についたとき、時間は昨日フェリーに乗った午前10時に戻っていた。外はなぜか明るかった。サラに言われたことを疑うわけではないが、ヒロはこれまで起きたことは「本当は夢だった」と片付けるほうが自然だと思った。そう考えつつも、逃島での不思議な体験や、サラにかけてもらった言葉を思い出し、懐かしんでいた。
「さあ、明日からがんばるぞ!」
そう、心の中のサラに向かい、力強く誓った。
ヒロは東京に戻ってからというもの、それまでとはうって変わって色々な会社の説明会に参加した。人事担当や会社で働く人の話を聞きながら、自分が働く未来を想像した。就職活動を始めた頃は億劫だった自分が嘘のように、自分が働く会社、未来を選ぶことが楽しく感じられた。
ヒロは就職活動中、サラからもらった
"明日の陽が沈む前、今日来た船着き場のフェリーに乗ること"
と書かれたメモ書きを、お守り代わりに持ち続けた。
就職活動の末、ヒロはホテル関係の仕事に就き、大学卒業後はホテルマンとして働きはじめた。
ホテルでの仕事は大変なことも多かった。お客様に満足していただくための心を込めたおもてなしはもちろん、若手時代はルームクリーニングからフロント、レストランのウェイターなど、幅広くこなした。しかし、大変だったこともいずれやりがいに変わっていった。お客様にいかに満足して楽しんでいただくことができるか、考えながら働くことが、ヒロにとっての生き甲斐になった。
それから年月が経ち、ヒロは支配人として、ホテルの先頭にたち、働いていた。社会人になってからというもの順風満帆で、天職に出会えたことに感謝していた。嫌なことがあっても自分の生涯の趣味になったバドミントンをやったり、過去に逃島で経験したことと同じように、海辺に寝転び、ボーッと過ごしたりすることでうまく現実逃避できるようになった。
そんなある日、レストラン部門で働くシェフが、茶色の紙袋を持ってきた。
「先ほどうちを訪れた営業の女性が持ってきました。コーヒーの提案だったんですが、これはぜひ、支配人に味を見てもらいたいと言って置いていきました。どうやら、コーヒーに合うとのことです。」
ヒロは紙袋を開けると、中にはきれいな焼き目がついたバターロールが三個入っていた。
「ほぉ、美味しそうじゃないか。」
ヒロはそのうちの一つを口に運んだ。すると、上質なバターの香りにしっとりとした食感、それと、味わいの奥の方に懐かしい焚き火の記憶が蘇った。
「間違いない。サラさんだ!」
そう確信すると、ヒロはすぐさまサラのことを探しに外に出た。とにかくあの時のお礼がしたかった。
「今、あの時サラさんに励ましてもらったお陰で、とても充実しています!」と、伝えたかった。しかし、もうサラだと思われる人物は見当たらなかった。
ヒロはサラにもう一度会えるかもしれない期待を裏切られ、肩を落として事務所に戻った。そして、もう一度紙袋を見ると、中には小さなメモ用紙が入っていた。そこには、
"ヒロさんがキラキラと働く姿をお伺いできて、本当によかったです。これからも応援しています"
と書かれていた。ヒロの目からは自然と涙がこぼれ落ちた。二度と会えない、そう思っていたから尚更泣けた。
"また、会いに来てくれてありがとう。お陰様で充実しています"
ヒロはそう書き記した手紙をシェフに預けた。そして、
「これを、この前の営業さんに渡しておいて」とお願いした。
「これ、手紙ですか?」とシェフは不思議そうな顔をしていた。
「やっと、19年前のお礼を伝えることができるんだよ」ヒロは満足そうに微笑むと、普段の仕事へと戻っていった。
0
お気に入りに追加
2
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
【R15】メイド・イン・ヘブン
あおみなみ
ライト文芸
「私はここしか知らないけれど、多分ここは天国だと思う」
ミステリアスな美青年「ナル」と、恋人の「ベル」。
年の差カップルには、大きな秘密があった。
Eカップ湯けむり美人ひなぎくのアトリエぱにぱに!
いすみ 静江
ライト文芸
◆【 私、家族になります! アトリエ学芸員と子沢山教授は恋愛ステップを踊る! 】
◆白咲ひなぎくとプロフェッサー黒樹は、パリから日本へと向かった。
その際、黒樹に五人の子ども達がいることを知ったひなぎくは心が揺れる。
家族って、恋愛って、何だろう。
『アトリエデイジー』は、美術史に親しんで貰おうと温泉郷に皆の尽力もありオープンした。
だが、怪盗ブルーローズにレプリカを狙われる。
これは、アトリエオープン前のぱにぱにファミリー物語。
色々なものづくりも楽しめます。
年の差があって連れ子も沢山いるプロフェッサー黒樹とどきどき独身のひなぎくちゃんの恋の行方は……?
◆主な登場人物
白咲ひなぎく(しろさき・ひなぎく):ひなぎくちゃん。Eカップ湯けむり美人と呼ばれたくない。博物館学芸員。おっとりしています。
黒樹悠(くろき・ゆう):プロフェッサー黒樹。ワンピースを着ていたらダックスフンドでも追う。パリで知り合った教授。アラフィフを気に病むお年頃。
黒樹蓮花(くろき・れんか):長女。大学生。ひなぎくに惹かれる。
黒樹和(くろき・かず):長男。高校生。しっかり者。
黒樹劉樹(くろき・りゅうき):次男。小学生。家事が好き。
黒樹虹花(くろき・にじか):次女。澄花と双子。小学生。元気。
黒樹澄花(くろき・すみか):三女。虹花と双子。小学生。控えめ。
怪盗ブルーローズ(かいとうぶるーろーず):謎。
☆
◆挿絵は、小説を書いたいすみ 静江が描いております。
◆よろしくお願いいたします。
日給二万円の週末魔法少女 ~夏木聖那と三人の少女~
海獺屋ぼの
ライト文芸
ある日、女子校に通う夏木聖那は『魔法少女募集』という奇妙な求人広告を見つけた。
そして彼女はその求人の日当二万円という金額に目がくらんで週末限定の『魔法少女』をすることを決意する。
そんな普通の女子高生が魔法少女のアルバイトを通して大人へと成長していく物語。
ブラック企業を退職したら、極上マッサージに蕩ける日々が待ってました。
イセヤ レキ
恋愛
ブラック企業に勤める赤羽(あかばね)陽葵(ひまり)は、ある夜、退職を決意する。
きっかけは、雑居ビルのとあるマッサージ店。
そのマッサージ店の恰幅が良く朗らかな女性オーナーに新たな職場を紹介されるが、そこには無口で無表情な男の店長がいて……?
※ストーリー構成上、導入部だけシリアスです。
※他サイトにも掲載しています。
マリンフェアリー
國灯闇一
青春
家族共々とある離島に移住してきた藍原希央(あいはらきお)は、順風満帆な離島ライフを送っていた。ところが、同級生の折谷菜音歌(おりたになのか)に嫌われていた。
心当たりはなくモヤモヤしていると、折谷がどこかへ向かっているところを見かけた。
折谷が部活以外に何かやっているという話がよぎり、興味が湧いていた藍原は折谷を尾行する。
その後、彼女が島の保護活動に関わっていることを知り、藍原は保護活動の団員であるオジサンに勧誘される。
保護活動団の話を聞くことになり、オジサンに案内された。
部屋の壁にはこの島で噂される海の伝説、『マリンフェアリー』の写真が飾られていた。
海の伝説にまつわる青春の1ページ。
―――今、忘れられない夏がはじまる。
※こちらの作品はカクヨム、pixiv、エブリスタ、nolaノベルにも掲載しております。
フツウな日々―ぼくとあいつの夏休み―
神光寺かをり
ライト文芸
【完結しました】
ごくフツウな小学生「龍」には親友がいる。
何でも知っている、ちょっと嫌なヤツだけど、先生に質問するよりずっと解りやすく答えてくれる。
だから「龍」はそいつに遭いに行く。
学校の外、曲がりくねった川の畔。雨が降った翌々日。石ころだらけの川原。
そいつに逢えるのはその日、その場所でだけ……のハズだった。
ある暑い日、そいつと学校で逢った。
会話するまもなく、そいつは救急車にさらわれた。
小学生「龍」と、学校の外だけで会える友人『トラ』の、何か起きそうで、何事もなさそうな、昭和の日常。
ユーズド・カー
ACE
恋愛
19歳の青年、海野勇太には特殊なフェチがあった。
ある日、ネット掲示板でErikaという女性と知り合い、彼女の車でドライブ旅に出かけることとなる。
刺激的な日々を過ごす一方で、一人の女性を前に様々な葛藤に溺れていく。
全てに失望していた彼が非日常を味わった先で得られたものとは…。
”普通の人生”に憧れてやまない青年と”普通の人生”に辟易する女性のひと夏の物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる