鼻毛

町野交差点

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鼻毛

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「あなた、鼻毛が出ているわよ」
 腕の中で女が疎ましげに呟く。
 「伸ばしているんだよ、洒落ているだろう」
 冗談めかして答える私は、実のところ、ここ数年来鼻毛というものを切った事がなかった。鼻毛が菌の体内に入るのを防ぎ身体を守っているのだという話をどこかで聞いて以来、鼻毛というものを些か過大に評価するようになり、愛おしいとすら思うようになった。しかし面白いもので、勝手に抜けてしまうのか、自ら手間を掛けて切らずとも鼻の穴から全てがはみ出すというほどのことではなく、時折数本が顔を見せる程度で、その数本も今しがたのように女に見つかってはその手で抜かれてしまい、外で指摘されるほどに伸びることもない。無論、抜かれてしまった鼻毛に対して申し訳なく思ったりはするのだったが、抜かれても抜かれても生えてくるその様がまた愛おしく、女を怒る気も沸きはしない。むしろ己では抜くことの出来ぬものを抜いて、己では現わすことの出来ぬ鼻毛の姿を呈してくれるその行為に感謝してすらいるのだった。
 「だらしのない男は嫌いよ」
 鼻を抓り微笑を浮かべながら述べられる彼女の言葉は、しかし微笑を含んではいなかった。どうやら本当に怒っているらしく、鼻を抓む手に力が入っている。
 「鼻毛を切る姿というのもだらしないだろう」
 陰毛を剃るだとか脇毛を剃るだとか、恥部を清潔に保とうとするその心意気はともかくとして、その行為それ自体はやはり滑稽に違いない。
 「人に見られないようにすればいいじゃないの」
 「どう努力したところで、結局は自分に見られてしまう」
 女は拗ねたようにそっぽを向く。その姿は愛らしかったが、己の言いたいことが伝わらぬもどかしさも残る。
 「自分の男がどこかで嗤われるかもしれないなんて、耐えられない」
 そう呟く彼女の背中はいつにもまして遠くにいるように見えた。何を言っても無駄だということを悟っているような、それでいて文句を言わずにはいられないのだということを、その背中は訴えかけてくるようにも思われる。
 「わかったよ、こまめに切るようにする」
 両腕で彼女の身体を抱きしめ、首筋にキスをして伝えてはみるものの、無論切るつもりなど毛頭なかった。彼女はそれもまた悟っているかのように、小さく息を吐いた。
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