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第4章
三時限目
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昼休みが終わって三時限目の授業が始まる。
教室にまた集まった生徒たちは互いをうらやみ、妬み、嫉妬の炎を渦巻かせている。
クレシータ先生が満面に笑みを浮かべて教室に入っていた。そして別の大人も続く。
クレシータ先生がその大人を紹介する。
「ミレーラ先生です。宗教を担当なさいます」
新しい先生に生徒たちは好奇の目を向ける。
ミレーラ先生はぴっちりした服をまとい、豊かな成人女性の身体つきを見せつけている。女生徒たちが嫉妬の炎を立ち昇らせる。
暗黒騎士ザニバルはぽかんとする。
軍隊時代の副官、ミレーラではないか。
ザニバルに付きまとい過ぎて迷惑なので軍を辞める時に置き去りにしたら、ナヴァリア州まで追っかけてきた。それでも会わないように避けていたが、先日はぺスカ町で大騒動を引き起こされて、とうとう再会することになってしまった。
嫌いではないが困るのがミレーラだ。今回も嫌な予感がする。
「はじめまして。神聖騎士団の神聖騎士にして暗黒騎士デス・ザニバル様の副官、ミレーラ・ガゼットです。今日は神聖教団について教えます」
ミレーラの自己紹介に、ザニバルは赤く燃える眼をちらちらと瞬かせる。嫌な予感が増してくる。
「ミレーラが先生をできるの……?」
地獄の底から響くような低い声でザニバルはつぶやく。
クレシータ先生がにこにこして、
「若い皆さんにどうしても自ら宗教を教えたいと、ミレーラ先生からたっての願いがありまして、その熱い情熱にわたくし感動いたしました! 皆さん、しっかり学んでくださいね」
この芒星学園では今までクレシータ先生だけが授業をしていた。生徒たちは驚きざわめく。
「知り合い?」「うん」とパトリシアとザニバルは目配せで会話する。その様子に気付いたミレーラから激しく嫉妬の炎が噴き上がる。
「そのようなこと、ミレーラにはしてくださりませんでしたのに……!」
ミレーラがうめく。
クレシータ先生は頷いて、「そう、その嫉妬、これほどの炎はそうそう見られません。すばらしい才能ですわ!」
クレシータ先生は教室の後ろに下がり、ミレーラが授業を始めた。
ミレーラは神聖教団を説明する。
「神聖教団が奉じるのは、この星の秩序を司る偉大なる女神、アトポシス様です。アトポシス様はこの世に勇者を遣わし、暴虐な魔族から弱き人間を守ってくださいます」
生徒たちの半分ほどは魔族だ。悪者扱いされた生徒たちは冷めた目つきになる。そこにクレシータ先生が相槌を打った。
「なんてありがたいお話でしょう! 皆さん、よく聞きなさい」
すると空気が元に戻り、魔族の生徒ですら目に輝きを取り戻す。クレシータ先生、いや先生に憑りついている悪魔ペリギュラによる空気操作能力だ。
ミレーラは語り続ける。
「そして今! アトポシス様から遣わされている当代の勇者こそがこの暗黒騎士デス・ザニバル様なのです!」
皆の視線がザニバルに集中する。
ザニバルは暗黒瘴気を噴出しそうになって懸命に抑える。魔装が震えてぎちぎちと音を立てる。アトポシスなんて神様に関わったことは無い。そもそもザニバルに力を与えているのは悪魔バランだ。
「十年前、ザニバル様は帝都に降臨され、魔族による帝国転覆の陰謀を見事に阻止されました。何と偉大なアトポシス様の思し召しでしょう!」
ミレーラはうっとりした表情だ。
ザニバルは逃げ出したくなるが、空気がそれを許さない。
「そして、是非にと乞われて軍に入られたザニバル様は、ウルスラ連合王国との戦争でも大活躍をなされました。王都の包囲攻略戦は、ザニバル様の力がなければたちまち瓦解していたことでしょう。東ウルスラでの龍魔族との海戦では、海を闇の陸地に変えて龍をも震えあがらせました。そしてザニバル様の片腕としていつもこのミレーラが付き従っていたのです」
ミレーラは語りながら板書して、詳細に戦いの解説をしていく。
ザニバルは魔装の中で悶えている。ミレーラの言っていることは嘘だらけな上に、表現がやたら英雄的に誇張されていて恥ずかしさ極まりない。さらにミレーラの陶酔的な自慢がやたら混ざっていてくどい。如何にザニバルの側で役立ったかという話が延々と続く。
生徒たちはほら話を面白がりつつも宗教の授業ではなかったのかと戸惑っている。
「そしてガイレン山脈での長躯奇襲は、王国最強のサーカス魔術団をも打ち破りました。退路を失った王国軍はナヴァリア州になだれ込み、ここ芒星城一帯でナヴァリア州軍に迎撃されたのです」
ミレーラの解説が戦争後期のナヴァリア戦に至る。
生徒たちの表情が曇り始める。ナヴァリア戦では多くのナヴァリア人が斃れた。生徒たちの親族にも戦死者は多い。ナヴァリア州は経済的にも大打撃を受けて、生徒たちの家でも生活は苦しくなった。
この芒星学園も予算不足から閉鎖されて、ようやく再開できたばかりなのだ。まったく他人事ではない。
ザニバルも居心地が悪い。
自分は王国軍をうまくやっつけたつもりだったのに、残っていた王国軍がナヴァリアで惨事を引き起こしていた。どう考えても敗軍を放置した自分のせいだ。
悪魔ボウマから得た情報によれば、芒星城での戦闘こそが悪魔召喚の儀式であり、先代の領主夫妻や参戦していた塔之村のエルフも含め、多くを犠牲にしてボウマたちが召喚されたという。その黒幕はおそらく絶望の悪魔ヴラド、ザニバルが狙う仇。
つまりザニバルは仇のために働いて、ナヴァリアに不幸をまき散らしたようなものだ。
領主アニスたちの苦労も、巫女マヒメの苦悩も、ザニバルのせいだ。
そう指摘されているような気がして、ザニバルは魔装の中で縮こまる。
隣に座っているパトリシアもまた居心地が悪かった。
パトリシアの父エルフィリオ・パリエ・ナヴァスは領主一族に連なる者だが、戦時には領地のパリエ郡に引きこもって兵を出さなかった。戦後になっても非常事態だと称して州税を払わず、復興には何一つ協力していない。皆を犠牲にしたおかげでパリエ・ナヴァス家は裕福な暮らしができている。
側にいてそれがよく分かっているパトリシアは恥ずかしい。大貴族の娘としてちやほやされるのも辛い。
ザニバルとパトリシアは二人してため息をついた。
生徒の様子を気にすることなくミレーラは意気揚々と自慢話を続けているが、クレシータ先生は空気の変化に敏感だった。このままではまずい、授業が盛り下がってしまう。直ちに手を打とう。
教室にまた集まった生徒たちは互いをうらやみ、妬み、嫉妬の炎を渦巻かせている。
クレシータ先生が満面に笑みを浮かべて教室に入っていた。そして別の大人も続く。
クレシータ先生がその大人を紹介する。
「ミレーラ先生です。宗教を担当なさいます」
新しい先生に生徒たちは好奇の目を向ける。
ミレーラ先生はぴっちりした服をまとい、豊かな成人女性の身体つきを見せつけている。女生徒たちが嫉妬の炎を立ち昇らせる。
暗黒騎士ザニバルはぽかんとする。
軍隊時代の副官、ミレーラではないか。
ザニバルに付きまとい過ぎて迷惑なので軍を辞める時に置き去りにしたら、ナヴァリア州まで追っかけてきた。それでも会わないように避けていたが、先日はぺスカ町で大騒動を引き起こされて、とうとう再会することになってしまった。
嫌いではないが困るのがミレーラだ。今回も嫌な予感がする。
「はじめまして。神聖騎士団の神聖騎士にして暗黒騎士デス・ザニバル様の副官、ミレーラ・ガゼットです。今日は神聖教団について教えます」
ミレーラの自己紹介に、ザニバルは赤く燃える眼をちらちらと瞬かせる。嫌な予感が増してくる。
「ミレーラが先生をできるの……?」
地獄の底から響くような低い声でザニバルはつぶやく。
クレシータ先生がにこにこして、
「若い皆さんにどうしても自ら宗教を教えたいと、ミレーラ先生からたっての願いがありまして、その熱い情熱にわたくし感動いたしました! 皆さん、しっかり学んでくださいね」
この芒星学園では今までクレシータ先生だけが授業をしていた。生徒たちは驚きざわめく。
「知り合い?」「うん」とパトリシアとザニバルは目配せで会話する。その様子に気付いたミレーラから激しく嫉妬の炎が噴き上がる。
「そのようなこと、ミレーラにはしてくださりませんでしたのに……!」
ミレーラがうめく。
クレシータ先生は頷いて、「そう、その嫉妬、これほどの炎はそうそう見られません。すばらしい才能ですわ!」
クレシータ先生は教室の後ろに下がり、ミレーラが授業を始めた。
ミレーラは神聖教団を説明する。
「神聖教団が奉じるのは、この星の秩序を司る偉大なる女神、アトポシス様です。アトポシス様はこの世に勇者を遣わし、暴虐な魔族から弱き人間を守ってくださいます」
生徒たちの半分ほどは魔族だ。悪者扱いされた生徒たちは冷めた目つきになる。そこにクレシータ先生が相槌を打った。
「なんてありがたいお話でしょう! 皆さん、よく聞きなさい」
すると空気が元に戻り、魔族の生徒ですら目に輝きを取り戻す。クレシータ先生、いや先生に憑りついている悪魔ペリギュラによる空気操作能力だ。
ミレーラは語り続ける。
「そして今! アトポシス様から遣わされている当代の勇者こそがこの暗黒騎士デス・ザニバル様なのです!」
皆の視線がザニバルに集中する。
ザニバルは暗黒瘴気を噴出しそうになって懸命に抑える。魔装が震えてぎちぎちと音を立てる。アトポシスなんて神様に関わったことは無い。そもそもザニバルに力を与えているのは悪魔バランだ。
「十年前、ザニバル様は帝都に降臨され、魔族による帝国転覆の陰謀を見事に阻止されました。何と偉大なアトポシス様の思し召しでしょう!」
ミレーラはうっとりした表情だ。
ザニバルは逃げ出したくなるが、空気がそれを許さない。
「そして、是非にと乞われて軍に入られたザニバル様は、ウルスラ連合王国との戦争でも大活躍をなされました。王都の包囲攻略戦は、ザニバル様の力がなければたちまち瓦解していたことでしょう。東ウルスラでの龍魔族との海戦では、海を闇の陸地に変えて龍をも震えあがらせました。そしてザニバル様の片腕としていつもこのミレーラが付き従っていたのです」
ミレーラは語りながら板書して、詳細に戦いの解説をしていく。
ザニバルは魔装の中で悶えている。ミレーラの言っていることは嘘だらけな上に、表現がやたら英雄的に誇張されていて恥ずかしさ極まりない。さらにミレーラの陶酔的な自慢がやたら混ざっていてくどい。如何にザニバルの側で役立ったかという話が延々と続く。
生徒たちはほら話を面白がりつつも宗教の授業ではなかったのかと戸惑っている。
「そしてガイレン山脈での長躯奇襲は、王国最強のサーカス魔術団をも打ち破りました。退路を失った王国軍はナヴァリア州になだれ込み、ここ芒星城一帯でナヴァリア州軍に迎撃されたのです」
ミレーラの解説が戦争後期のナヴァリア戦に至る。
生徒たちの表情が曇り始める。ナヴァリア戦では多くのナヴァリア人が斃れた。生徒たちの親族にも戦死者は多い。ナヴァリア州は経済的にも大打撃を受けて、生徒たちの家でも生活は苦しくなった。
この芒星学園も予算不足から閉鎖されて、ようやく再開できたばかりなのだ。まったく他人事ではない。
ザニバルも居心地が悪い。
自分は王国軍をうまくやっつけたつもりだったのに、残っていた王国軍がナヴァリアで惨事を引き起こしていた。どう考えても敗軍を放置した自分のせいだ。
悪魔ボウマから得た情報によれば、芒星城での戦闘こそが悪魔召喚の儀式であり、先代の領主夫妻や参戦していた塔之村のエルフも含め、多くを犠牲にしてボウマたちが召喚されたという。その黒幕はおそらく絶望の悪魔ヴラド、ザニバルが狙う仇。
つまりザニバルは仇のために働いて、ナヴァリアに不幸をまき散らしたようなものだ。
領主アニスたちの苦労も、巫女マヒメの苦悩も、ザニバルのせいだ。
そう指摘されているような気がして、ザニバルは魔装の中で縮こまる。
隣に座っているパトリシアもまた居心地が悪かった。
パトリシアの父エルフィリオ・パリエ・ナヴァスは領主一族に連なる者だが、戦時には領地のパリエ郡に引きこもって兵を出さなかった。戦後になっても非常事態だと称して州税を払わず、復興には何一つ協力していない。皆を犠牲にしたおかげでパリエ・ナヴァス家は裕福な暮らしができている。
側にいてそれがよく分かっているパトリシアは恥ずかしい。大貴族の娘としてちやほやされるのも辛い。
ザニバルとパトリシアは二人してため息をついた。
生徒の様子を気にすることなくミレーラは意気揚々と自慢話を続けているが、クレシータ先生は空気の変化に敏感だった。このままではまずい、授業が盛り下がってしまう。直ちに手を打とう。
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