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第3章
マヒメとゴニ
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暗黒騎士ザニバルがナヴァリア州都に戻ってきての翌朝。
部屋のベッドで目覚めたザニバルは、まずゴブリン少女のゴニが侵入していないことにほっとして、次いで自分の寝ている場所が塔の中であることを思い出した。
ザニバルは魔装を解いた少女マリベルの姿だ。寝るときはその方が好きだった。
ザニバルはゴニを警戒している。
いつもゴニはいきなり部屋に侵入してきて、魔装を解いたザニバル即ちマリベルを猫かわいがりしようとするのだ。アニスも乱入してきて離してくれないからザニバルはとても困る。
下手をすると魔装の中身が少女マリベルだとばれかねない。そんなことになったら皆がザニバルを怖がってくれなくなってしまう。
でもこの塔の中なら安心だ。久しぶりの自分の家なのだ。
ザニバルは魔装をまとった。
扉を開くと美味しそうな匂いがしてくる。
今ザニバルがいるのは、アルテムの杖を変じた塔の中。ザニバルの部屋は十一階、食事の間は一階。
ザニバルは螺旋階段を下りて一階に行く。
炊き立てのコメが盛られたお碗や、湯気を立てている発酵豆のスープなど、テーブルには暖かいご飯が並んでいる。二人分だ。
そして、ザニバルが席に着くのを優しい顔で待っているマヒメ。
「おはよう、ザニバル。ご飯はきちんと一緒に食べるんでしょ」
ザニバルはめまいがしそうになる。もうずっと前に失ったはずの光景だ。家族だ。身体が震えて涙があふれてくるのをじっと我慢する。
ザニバルの動きが止まったのを見て、
「あ、見られたくないのね。後ろ向いてるから」
勘違いしたマヒメは席から立ち上がって後ろを向く。ザニバルが食事をするには魔装を解く必要がある。
ザニバルは気を落ちつけてから魔装を解く。
「……もういいよ。おはよう」
少女のザニバルが席に着く。マヒメも座り直す。
「いただきます」
二人は声を合わせてからご飯を食べ始める。
いつも戦場でこっそりひとり飯ばかりだったザニバルにとって、暖かくてできたてのご飯は驚きのおいしさだ。小さな口に夢中でほおばる。
「私、村で最年少だったから妹が欲しかったのよね」
マヒメはザニバルの様子を微笑ましく眺める。ほっぺたについたコメの粒をとってやる。
ザニバルはご飯をおかわりしてお腹いっぱいになるまで食べた。
満足してあくびをしたところで、外から塔を叩く音。
せっかくの気怠い時間を邪魔されてむっとしたザニバルが無視していると、音はさらに激しくなる。それでも無視を続けたら、
「開けなさい!」
ゴブリン少女ゴニの大声だ。
「大事な話があります!」
応対するまで去りそうもない。ザニバルは仕方なく立ち上がって魔装をまとい、
「開け」
塔に指示をする。塔の扉が主の命に従って開く。
ゴニが塔内にずかずかと踏み込んできた。素早く室内に目を配ってからザニバルをにらみつける。
「ザニバル、依頼はどうしたんですか」
「終わったもん」
「頼まれていた魔物を退治したというんですか」
「約束どおり、こてんぱんにしたもん」
「嘘じゃないでしょうね!」
「私が依頼主よ。確かに魔物はザニバルに負けたわ」
ゴニの詰問にマヒメが答える。
「負けた魔物はどうしたんです。きちんと仕留めてきたんでしょうね?」
「あなたの目の前にいるわよ」
「え?」
「負けたから暗黒騎士に仕えることになったわ」
ゴニは眉根を寄せてマヒメを見る。見るからに清らかで美しいエルフの巫女だ。ふざけているようには思えない。
「ともかく依頼は終わったのだとして…… 魔物とナヴァリア中を暴走していたのはどういうことです! 大変な騒ぎですよ! 言い訳はありますか」
ゴニは気を取り直して別件でザニバルを責め始める。
「あれは遷宮の祭りです。ご迷惑をおかけしたことはお詫びしますが、我らエルフにとって百年に一度の神聖な祭事なのです」
マヒメが丁寧に頭を下げる。
「あれが……?」
ゴニの舌鋒は行き場を失って口ごもる。
しばらく目を泳がせたゴニは思い出して、
「そう、ザニバル、芒星城の前に許しもなくこんな真っ黒い塔を建てて! 悪魔の巣くう塔にしか見えませんよ!」
「ザニバルのお家だもん。これからここに住むんだもん」
「……見当たらないようですが、マリベルもですか?」
ゴニが尋ねる。
マヒメは怪訝そうな顔で、
「マリベルだったらそこに」
言いかけて、ザニバルがあたまをぶんぶん振るので黙る。
「虎猫の少女ですよ。どこです?」
ゴニはマリベルをかわいがりたくてたまらないという顔をしている。
マヒメはなんとなく事情を察する。
「あ!」
ザニバルの兜の奥の赤い眼が瞬く。
「忘れてた!」
エルフの塔之村でマヒメと競争を始めたとき、ザニバルはヘルタイガーのキトを置いていった。そしてそのまま忘れて放置している。
ザニバルは愕然として立ち上がる。
「迎えに行かなきゃ! ねえ、みんなはすぐ外に出て!」
両親も姉も失って過ごしてきたザニバルにとってキトこそが家族だったのに。
ゴニはザニバルから外に押し出される。マヒメも外に出る。
「ベンダ号!」
ザニバルが塔に向かって叫ぶとたちまち塔は縮小しながら変形。二輪車の形となる。
ザニバルは二輪車にまたがった。全身から暗黒の瘴気を噴き出し、瘴気は二輪車に吸い込まれる。二輪車は轟き始める。
「待ってて、キト!」
二輪車の車輪は激しく回転して土煙を上げ、猛加速して発進した。爆音を残して街道の彼方に走り去り見えなくなる。
マヒメの身体を白い稲妻が覆い始める。
「私も行こうかしら。村に荷物を残しているし」
稲妻は広がり伸びて長大な雷蛇の姿をとる。稲妻の音が重なり合ってけたたましい音楽となる。
マヒメは雷蛇の頭上に乗って走り出した。こちらもすぐに見えなくなった。
ひとり残されたゴニはぽかんとしている。
「なんなんですか、あなたたちは……」
ザニバルは塔之村にたどり着いた。そしてキトをどこにも見つけることができなかった。
部屋のベッドで目覚めたザニバルは、まずゴブリン少女のゴニが侵入していないことにほっとして、次いで自分の寝ている場所が塔の中であることを思い出した。
ザニバルは魔装を解いた少女マリベルの姿だ。寝るときはその方が好きだった。
ザニバルはゴニを警戒している。
いつもゴニはいきなり部屋に侵入してきて、魔装を解いたザニバル即ちマリベルを猫かわいがりしようとするのだ。アニスも乱入してきて離してくれないからザニバルはとても困る。
下手をすると魔装の中身が少女マリベルだとばれかねない。そんなことになったら皆がザニバルを怖がってくれなくなってしまう。
でもこの塔の中なら安心だ。久しぶりの自分の家なのだ。
ザニバルは魔装をまとった。
扉を開くと美味しそうな匂いがしてくる。
今ザニバルがいるのは、アルテムの杖を変じた塔の中。ザニバルの部屋は十一階、食事の間は一階。
ザニバルは螺旋階段を下りて一階に行く。
炊き立てのコメが盛られたお碗や、湯気を立てている発酵豆のスープなど、テーブルには暖かいご飯が並んでいる。二人分だ。
そして、ザニバルが席に着くのを優しい顔で待っているマヒメ。
「おはよう、ザニバル。ご飯はきちんと一緒に食べるんでしょ」
ザニバルはめまいがしそうになる。もうずっと前に失ったはずの光景だ。家族だ。身体が震えて涙があふれてくるのをじっと我慢する。
ザニバルの動きが止まったのを見て、
「あ、見られたくないのね。後ろ向いてるから」
勘違いしたマヒメは席から立ち上がって後ろを向く。ザニバルが食事をするには魔装を解く必要がある。
ザニバルは気を落ちつけてから魔装を解く。
「……もういいよ。おはよう」
少女のザニバルが席に着く。マヒメも座り直す。
「いただきます」
二人は声を合わせてからご飯を食べ始める。
いつも戦場でこっそりひとり飯ばかりだったザニバルにとって、暖かくてできたてのご飯は驚きのおいしさだ。小さな口に夢中でほおばる。
「私、村で最年少だったから妹が欲しかったのよね」
マヒメはザニバルの様子を微笑ましく眺める。ほっぺたについたコメの粒をとってやる。
ザニバルはご飯をおかわりしてお腹いっぱいになるまで食べた。
満足してあくびをしたところで、外から塔を叩く音。
せっかくの気怠い時間を邪魔されてむっとしたザニバルが無視していると、音はさらに激しくなる。それでも無視を続けたら、
「開けなさい!」
ゴブリン少女ゴニの大声だ。
「大事な話があります!」
応対するまで去りそうもない。ザニバルは仕方なく立ち上がって魔装をまとい、
「開け」
塔に指示をする。塔の扉が主の命に従って開く。
ゴニが塔内にずかずかと踏み込んできた。素早く室内に目を配ってからザニバルをにらみつける。
「ザニバル、依頼はどうしたんですか」
「終わったもん」
「頼まれていた魔物を退治したというんですか」
「約束どおり、こてんぱんにしたもん」
「嘘じゃないでしょうね!」
「私が依頼主よ。確かに魔物はザニバルに負けたわ」
ゴニの詰問にマヒメが答える。
「負けた魔物はどうしたんです。きちんと仕留めてきたんでしょうね?」
「あなたの目の前にいるわよ」
「え?」
「負けたから暗黒騎士に仕えることになったわ」
ゴニは眉根を寄せてマヒメを見る。見るからに清らかで美しいエルフの巫女だ。ふざけているようには思えない。
「ともかく依頼は終わったのだとして…… 魔物とナヴァリア中を暴走していたのはどういうことです! 大変な騒ぎですよ! 言い訳はありますか」
ゴニは気を取り直して別件でザニバルを責め始める。
「あれは遷宮の祭りです。ご迷惑をおかけしたことはお詫びしますが、我らエルフにとって百年に一度の神聖な祭事なのです」
マヒメが丁寧に頭を下げる。
「あれが……?」
ゴニの舌鋒は行き場を失って口ごもる。
しばらく目を泳がせたゴニは思い出して、
「そう、ザニバル、芒星城の前に許しもなくこんな真っ黒い塔を建てて! 悪魔の巣くう塔にしか見えませんよ!」
「ザニバルのお家だもん。これからここに住むんだもん」
「……見当たらないようですが、マリベルもですか?」
ゴニが尋ねる。
マヒメは怪訝そうな顔で、
「マリベルだったらそこに」
言いかけて、ザニバルがあたまをぶんぶん振るので黙る。
「虎猫の少女ですよ。どこです?」
ゴニはマリベルをかわいがりたくてたまらないという顔をしている。
マヒメはなんとなく事情を察する。
「あ!」
ザニバルの兜の奥の赤い眼が瞬く。
「忘れてた!」
エルフの塔之村でマヒメと競争を始めたとき、ザニバルはヘルタイガーのキトを置いていった。そしてそのまま忘れて放置している。
ザニバルは愕然として立ち上がる。
「迎えに行かなきゃ! ねえ、みんなはすぐ外に出て!」
両親も姉も失って過ごしてきたザニバルにとってキトこそが家族だったのに。
ゴニはザニバルから外に押し出される。マヒメも外に出る。
「ベンダ号!」
ザニバルが塔に向かって叫ぶとたちまち塔は縮小しながら変形。二輪車の形となる。
ザニバルは二輪車にまたがった。全身から暗黒の瘴気を噴き出し、瘴気は二輪車に吸い込まれる。二輪車は轟き始める。
「待ってて、キト!」
二輪車の車輪は激しく回転して土煙を上げ、猛加速して発進した。爆音を残して街道の彼方に走り去り見えなくなる。
マヒメの身体を白い稲妻が覆い始める。
「私も行こうかしら。村に荷物を残しているし」
稲妻は広がり伸びて長大な雷蛇の姿をとる。稲妻の音が重なり合ってけたたましい音楽となる。
マヒメは雷蛇の頭上に乗って走り出した。こちらもすぐに見えなくなった。
ひとり残されたゴニはぽかんとしている。
「なんなんですか、あなたたちは……」
ザニバルは塔之村にたどり着いた。そしてキトをどこにも見つけることができなかった。
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