暗黒騎士の大逆転

モト

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第1章

お姉ちゃん

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 巨大な魔装メロッピの中で暗黒騎士ザニバルは震えている。
 両要塞からの火球が次々と命中してメロッピは激しい衝撃に打たれ、全身が爆炎に包まれる。

 目前には怒り狂った蒼龍フレイア。その全身はあふれる魔力で蒼く輝き、四枚の翼を広げた姿は神々しく見える。
 龍といえば強すぎるがゆえに隙だらけなものだが、この蒼龍は違う。二枚の盾と二本の鍬を構え、その眼は油断なくメロッピを見据えている。

 ザニバルに憑りついている悪魔バランは、恐怖を喰らって闇の瘴気に変え、さらに瘴気を闇の金属である黒銀に変えることができる。
 黒銀はザニバルを守り力を与える魔装となる。
 要塞兵士たちから凄まじい恐怖を喰らったバランは大量の黒銀を生成して巨大な魔装メロッピを構築した。
 ザニバルはその内部に潜んで操っている。

 兵士たちから恐怖を引き出しすために、ザニバルはメロッピの姿を選んだ。ヒョウタンのような形の果実に大きな目と口、細い手足を付けた姿だ。動きづらくて戦いにくい。

<決闘しようよ!>
 ザニバルはフレイアに呼びかける。
 メロッピは細い腕で構え、大きく口を開いて舌を伸ばす。精一杯の戦闘スタイルだ。

<貴様、愚弄するか!>
 蒼龍は鍬を薙ぎ払ってきた。メロッピの長い舌が切り飛ばされる。

 ザニバルは震え上がる。しっかりよけたつもりなのに。
 じりじり後退すると王国側要塞の神眼が近づいている。神眼の発する強い斥力が巨大なメロッピを押し戻そうとしてくる。
 前からは圧倒的な魔力と技を兼ね備えた蒼龍が怒り迫ってくる。
 あまりにも怖い。バランでも喰らいきれないほどに。

 ザニバルはこれほどの恐怖を長らく味わったことがなかった。こうなるように自ら導いてきた結果だが本当に恐ろしい。獣耳は総毛立ち、全身は冷や汗でびっしょりだ。

<でも、まだだだもん! あのときのお姉ちゃんはもっと怖かったもん!>
 ザニバルは思い返す。あのときの恐怖を。


 デス・ザニバルがまだマリベル・デル・アブリルと呼ばれていた幼い頃。
 マリベルは弱くて小さくて恐怖に並外れて過敏だった。
 そんなマリベルは大きなお姉ちゃんが怖くてたまらなくて、でも大好きだった。

 お姉ちゃんは強くて格好良くてきれいで勇ましかった。
 マリベルはお姉ちゃんと遊びたくて、でもお姉ちゃんは忙しくてあまりマリベルを相手にしてくれなかった。
 だからマリベルはいたずらをした。お姉ちゃんの服に蝉虫の抜け殻をくっつけたり、お姉ちゃんの帳面にこっそりお姉ちゃんの似顔絵を描いておいたり。
 そうするとお姉ちゃんはかんかんに怒ってマリベルを捕まえに来た。とても怖くてすごく楽しかった。
 もっともっと相手にして欲しくてマリベルはがんばった。お姉ちゃんはもっともっと怒った。

 そんな怖くて穏やかな日々も終わりを告げた。
 マリベルたちが住んでいた王都は帝都に名を変えて、帝国は戦争の準備を始めた。戦う相手は魔族と王国。

 マリベルのお父さんは人間、お母さんは獣魔族。一家は魔族からも人間からも敵と呼ばれ裏切り者とされた。どこにも居場所がない。

 そこに救いの手が現れた。
 異種同士の家族を王国が引き取るというのだ。その頃のマリベルはまだ本当に小さかったからあまり意味は分からなかったけど、安心して暮らせる場所に引っ越すのだと聞いていた。

 そして運命の集会が開かれた。
 アブリル一家と同様な立場の家族たちが教会に集められた。
 不安がるマリベルをお姉ちゃんは叱った。

 家族たちの前に男が現れて説明を始めた。
 帝国にはもう居場所がないこと。
 でも皆さんには大事な役割があること。

 男はなんだか変で、どこを見ているのか分からない目つきをしている。
 マリベルは怖がった。お姉ちゃんにまた叱られた。

 男は話し続けた。
 自分は魔王に仕える悪魔であること。
 この男の身体はただの操り人形であること。

 あからさまにおかしな話になってきた。
 お父さんたちはふざけるなと怒ったけれど男は聞く耳を持たない。
 皆が出ていこうとしたら扉も窓も開かなくなっていて、お父さんは結界だと叫んだ。

 男の身体を黒いものが覆っていき、頭に角が、背中に翼が、手には長い爪が生えた。悪魔の姿だ。

 教会の中が恐怖にあふれかえるのをマリベルは感じた。マリベルはがたがた震えてお母さんに抱きしめられた。

 悪魔の男は語った。
 この地に魔族が生きていてはならない。魔王の邪魔になる。
 魔族とつながりを持とうとする人間も許されない。魔王の敵になる。
 でも喜んでほしい。
 皆さんの絶望は魔王の役に立つ。

 教会の床に魔法陣が輝き現れた。五芒星に二重円、後はごちゃごちゃとした紋様。

 悪魔の男は自らを悪魔ヴラドの化身と名乗り、絶望の力によって偉大なる悪魔を召喚するのだと宣言した。

 前列に座っていた老人を悪魔ヴラドは爪で刺した。
 老人は血の中にくずおれた。
 ヴラドはすばらしい絶望だと喜び、次々に刺していった。

 お父さんは戦おうとして、得意なはずの魔法が使えなくなっていることに気付いた。この教会の中では魔法が封印されてしまっていた。
 ヴラドに素手で殴りかかったお父さんは胸を深く切り裂かれて倒れた。お父さんは、お母さんとお姉ちゃんとマリベルの名前を呼びながら動かなくなった。

 ヴラドは至福のほほえみを浮かべた。とても良い絶望だと言った。

 大勢の家族たちが無造作に殺戮されていった。
 誰もかなわない。絶望しかない。マリベルはひたすらに恐怖した。

 お母さんは獣魔族の力で爪を鋭く伸ばし、しばしためらい、そして自らの心臓を貫いた。
 お姉ちゃんとマリベルに覆いかぶさってお母さんは息絶えた。自分の死体で娘たちを隠し守ろうとしたのだ。
 でも娘たち二人共を覆うのは無理だった。どうしてもはみ出てしまう。
 
 お姉ちゃんはマリベルを押し込んで、自分は立ち上がった。
 その身体はひどく震えていた。

 マリベルは怖くてたまらなくて、お姉ちゃんにすがろうとする。お姉ちゃんはそっとマリベルを抱きしめてから、今までに一番怖い顔をしてマリベルをもう一度お母さんの下に押し込んだ。

 お姉ちゃんは静かに立ち上がり、マリベルから遠ざかる方へと歩んでいった。

 マリベルはお姉ちゃんから目を離さなかった。
 涙があふれてくるのを懸命に押しとどめる。
 怖くてたまらない。お父さんは殺された。お母さんは死んでしまった。そしてお姉ちゃんも今。
 心は張り裂けそうだったが、それでも目を離すわけにはいかなかった。お姉ちゃんはとても怖がっている。でも絶望してはいない。お姉ちゃんはマリベルのために戦っているのだ。

 お姉ちゃんが堂々とヴラドに立ち向かい、倒れていく様をマリベルは目に焼き付けた。ヴラドはお姉ちゃんから絶望が喰らえなかったことを舌打ちしていた。

 お父さんの、お母さんの、お姉ちゃんの死。生き残りを殺して回る悪魔の男。あまりにも大きな恐怖。
 それでもマリベルは泣き崩れず、気絶せず、ひたすらに恐怖を直視した。
 お父さんは悲しかった。お母さんは辛かった。お姉ちゃんは悔しかった。だからせめて怖がりな自分は恐怖から逃げちゃいけない。

 マリベルから闇が立ち昇る。
 マリベルを中心にして魔法陣が展開していく。
 次元の穴が開き、魔界からとてつもない力が流入してくる。
 それは強大な魔法生命体、悪魔だった。
 悪魔はマリベルの魂からあふれる恐怖に喰らいつく。

 マリベルから闇の瘴気が爆発的に膨れ上がる。
 闇の瘴気は黒銀の装甲に変じ、重なり合い、マリベルの全身を覆って魔装となる。

 マリベルはお母さんの身体をそっと横たえて立ち上がる。
 その姿はもはや小さなマリベルではなかった。
 大の男を上回る巨躯を持つ全身甲冑の暗黒騎士だった。

<いいねえ! この魂! これほどの恐怖を抱くことができるとは、かつてない逸材だよ! 封印も破れようってもんさ!>
 魔装に宿る悪魔が喜びの叫びを上げる。

 ヴラドは絶望にうめいていた。
 恐怖の悪魔バラン、封印されし禁断の悪魔を召喚してしまったと。こんなはずではなかったのにと。

 失敗の後始末をしようとヴラドは暗黒騎士に襲いかかってくる。
 暗黒騎士は闇の瘴気を巻き上げて巨大な槌に変えて、ヴラドを頭から叩き潰した。

 ヴラドが憑りついていた男は即死。だがそこからヴラドの本体である魔法生命体が分離してくる。
 ヴラドはバランと暗黒騎士を呪い、魔王のためにまたいずれやり直すことを宣言しながら異界へと呑みこまれていった。悪魔は単独では存在できないのだ。

 全てが終わってから教会になだれ込んできた帝国兵士たちは、そこに暗黒騎士が立ち尽くしているのを見つけた。
 捜査の結果、この事件は暗黒騎士による敵対魔族の殲滅として決着した。死んだ魔族たちは魔法による破壊工作を企んでいたとみなされた。
 暗黒騎士は英雄とされ、この事件は残虐にして勇敢な行為として称えられた。帝国は魔族が支配する王国をこれから攻め滅ぼそうとしていたから。

 暗黒騎士となったマリベルはデス・ザニバルと名乗り、復讐の戦いを始めた。
 魔王とは連合王国を治める王の異名だ。連合王国と戦えば、いずれ魔王に仕えるヴラドにもたどりつけるだろう。ヴラドを、そしていずれは魔王を倒すと暗黒騎士ザニバルは誓った。
 

 今、ザニバルは恐るべき蒼龍フレイアと対峙している。
 フレイアの強さと美しさと怒りはお姉ちゃんを思い起こさせる。

<でも、まだ足りないもん。あのときのお姉ちゃんはもっともっと怖くてもっともっと強かったもん!>
 ザニバルは恐るべき蒼龍を直視する。
<もっと怖くなれ!>
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