毎日告白

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告白二日目

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 火曜日の昼休み、高志は遥に映研の部室まで呼び出された。
「さあ、今日の映研作戦会議を始めよう」
 薄暗い部室には遥と高志の二人。
 遥は椅子に座り、牛乳を飲んでいる。

 高志もテーブルにコーヒーとパンを並べて、
「なあ、俺が陸上部だって知ってる?」
 カレーパンをかじり始める。

「うん、次の告白はそれを活用することにした」
 遥の言葉に高志は嫌な予感がした。
 遥はなにかヤバいことを考え付いた顔をしている。

「昨日は、俺、その、告白に、入ることすらできなかったんだけど」
 高志は目を落とす。
 遥が高志の右手に目をやって、
「手は大丈夫?」
「擦り傷は痛いけど、腫れてはいないし、部活はできるね」
「良かった!」
 遥がニカッと笑う。
 こいつが心配してくれるのかと高志が少し感動しかけたとき、
「今日は神社長距離をやってもらうからさ」
 高志はコーヒーを噴き出しそうになって危ういところで耐える。

 神社長距離とはこの石同高校の陸上部名物。
 石同高校からスタート、この地方で一番大きな神社である西府神社をゴールとしてマラソンに近い距離を走るのだ。
 昔の神事が由来だそうだが、今は単に陸上部のしごきである。

「お前なあ、そういうのは前もって言ってくれよ」
「ライブ感を大事にしたいんだよねえ」
 高志は呆れる。
 今回の撮影では、遥は脚本を見せてくれずにぶっつけ本番である。
 ただシチュエーションだけが指示されて、高志のセリフも全部アドリブ。
 先輩に脚本が渡されているのかどうかも遥は教えてくれない。
 先輩が告白にどう答える予定なのか、高志は不安でならなかった。映画の中とはいえ覚悟がいる。

 遥がホワイトボードに「吊り橋効果」と大書する。
「今回の告白テーマは吊り橋効果だよ。吊り橋の上で怖くてドキドキしていると、相手を好きでドキドキしているのとごっちゃになって、告白を受けてしまうという」
「それと神社長距離が関係あるのか」
「おおありだね!」

 遥は勢いよくペンを走らせて「新記録ドキドキ作戦!」と記す。
「ゴールの神社には広阪先輩が待っている。ただし高志が今までの記録どおりに走ってちょうどたどり着くはずの時間に、広阪先輩は帰ってしまう」
「それってつまり、新記録を出してゴールインしないと先輩に会えないってことか?」
「そのとーり! ドキドキだよね!」
 遥はうれしそうにペンをぶんぶん振り回す。
「先輩にはわざわざ西府神社で待ってもらうのか」
「うん、だからがんばらなくっちゃねえ」
「放課後から走り始めると暗くなってしまうぞ」
「だから早く走ろう!」
「先輩には……?」
「もうそれで予定を組んでもらってるよ」
「陸上部の練習もあるんだが」
「陸上部長には話を付けておいたから。いい練習になるからがんばれってさあ」
 
 高志は頭を抱える。とんでもないことを考え付くやつだ。

 遥はヘルメットを取り出して、ライブカメラを装着し始める。
「あたしは高志を自転車で追っかけながら撮影。現地班は先輩を撮影しながら待機。オーケー?」
「お、おーけー」
 ともかく新記録で走りきれば今日も先輩に会える。高志はそう考えて自分を慰める。
 広阪先輩、待っていてください!


 放課後、石同高校の校門。
 映研の部員たちがビデオカメラを設置し、陸上部の部員たちは取り巻いて見物。
 野次馬も集まってきた。

 今日も青空だが肌寒い。
 高志はTシャツにハーフパンツとランニングタイツ姿で、準備運動を済ませたところ。体は軽くて絶好調だ。
 ストップウオッチを構えた陸上部の部長が、スタート位置に着くよう促してくる。

 高志は脳裏に広阪先輩の優しい顔を思い描く。
 成し遂げれば先輩に会える。
 映画とはいえ告白できる。
 もしかしたらそれがきっかけで進展することだってあるかもしれない。
 やってやる!

 号砲が鳴った。
 高志は気合いを入れて足を踏み出す。
 勢いよく校門を飛び出した。
 陸上部長からストップウオッチを渡された遥が自転車に乗ってそれに続く。
 遥のヘルメットと自転車にはそれぞれライブカメラが装着されていて、高志を捉えている。

 学校を出てしばらくは川べりの道が続く。
 川の土手には短い草が茂り、河川敷にはくつろぐ人たち。ゆっくりと川が流れている。
 高志の耳には自分の規則的な呼吸音が響いている。
 体が暖まって走りやすくなってきた。

 道にはのんびり散歩中の老人が多い。
 高志は邪魔をしないように距離を置いて抜き去る。
 
 後ろからは遥が乗る自転車の音。
「その調子でがんばれ! 今日こそ告白だあ!」
 遥が声援してくる。
 老人方がこちらに目をやる。

「そんなの大声で言うなよ。それに録音されちゃうだろ」
 高志が走りながら言うと、
「アフレコするから平気だよお!」
 遥が元気な声で答えてくる。そういう問題ではないのだが。

 こいつはいつもこんな調子だよなと高志は思い返す。
 遥が映画を撮り始めたのは高校入学して映研に入ってからだった。
 撮影を手伝えと強引に呼び出された高志は、現場で広阪先輩に初めて出会った。
 遥に誘われて出演しに来ていた先輩は気高く美しくてまるで別世界の住人。高志は目を離せなくなってしまった。
 その時の楽しさが忘れられず、遥から撮影に呼ばれたらなんだかんだ付き合ってきている。

 高志は規則的に足を動かし続ける。
 目印にしている橋を抜ける。
 腕時計を見ると、いつも通りの通過タイム。
 もっとペースを上げないと自己記録を上回れない。
 足と呼吸のテンポを速める。
 
 景色がだんだんと緑色を増してきた。
 周辺の建物がまばらになり、川べりの道は幅広くなってくる。
 冷たい空気は草の匂いを強める。
 走りやすくなってきた。

 自転車の車輪を回す音が後ろから響き続ける。
 高志は後ろの遥がどんな様子なのか見るまでもなく分かる。
 面白がって、にこにこしているはずだ。

「どうして、告白、なんだよ」
 振り返ることなく高志が尋ねる。
「言いたいことあるだろお? なにも言えてないだろお?」
 図星だった。
 この二年間、高志は先輩に気持ちを伝えたくて、しかし一言たりとも言えていない。
「余計な、お世話」
「だったらどうして走ってるのかなあ?」
 遥には全て見抜かれていると高志は嘆息する。

「カメラの嘘はすべてを許す。何を言っても大丈夫、安心して告白したまえ」
 遥はそう言って笑う。

 川べりを抜けて、緩やかな丘陵地帯の道に入る。
 広い車道の脇にある歩道を走っていく。
 高志はタイムを確認した。自己記録よりも二分早いペース。これならいけるかもしれない。

 道の周囲にはミカン畑やイチゴ栽培の温室。だだっ広い光景が広がる。
 このコースが良いのは信号で止められないところだ。最初から最後まで信号がない。さすがは田舎だ。不確定要素を気にせずタイムを競うことができる。

 目的地には午後六時までに到着せねばならない。
 今は午後四時半を回ったところ。
 ペースを上げた分、スタミナはいつもより消耗している。
 遥が渡してきたドリンクボトルからスポーツドリンクを飲んで、またボトルを遥に返す。
 
 車道を大型ダンプが通り過ぎて、排気ガスで煙たくなる。
 ハイペースな走りで呼吸が苦しくなってきた。
 しかしこのペース維持が新記録達成の条件だ。
 緩やかな丘陵の道を上り続ける。

 丘陵の頂きまで来て下りに入る。
 広大な畑や林、横のほうには山も見渡せる。
 そして道をまっすぐ進んだ先には、黄色い看板に重機、工事作業者たち。
 工事中につき通行禁止、回り道を進めとの案内。

 高志は驚きあせる。
 いつものコースが使えないじゃないか!

「右に行くか左に回るか大ピンチ! でもアクション映画はこうでなくっちゃねえ!」
 遥はうれしそうだ。
「アクション、映画、だったのかよ……」
 高志は絞り出すようにつぶやく。遥のやつめ知っていやがったな!

 右に進めば平たん路だが信号が多い。
 左に回れば信号はないものの急坂な山。
 高志はすばやく計算。
 信号の数からみて右は最悪五分以上のタイムロスになる。
 左は本来のルートより遠回りになるものの信号なし。山の坂道をがんばればタイムロスは減らせる。

 高志は左を決断した。
 山道へと進む。
 坂はみるみる急になっていき、高志の息も上がっていく。
 テンションを上げすぎて判断をミスったかと高志は思うが後の祭り。
 想定外の負荷にスタミナ配分が狂う。
 
 じめじめした山道は気温も低い。
 日も落ちてきて、道がよく見えなくなってきた。
 山道に灯りはない。
 遥の自転車がライトを点けるも明るさはたかが知れている。
 ようやくきつい上りを終えて下りに入ったが、それはそれで足への衝撃が大きくて負担になる。
 体が冷えて、高志は意識がぼんやりしてきた。

 後ろから強いライトで照らされて、はっとする。
 車が来たのか。
 しかしなかなか追い抜いていかない。
 どうしたことかと高志が振り返ったら、遥の自転車は脇に避けていて、車が高志の後ろにつけていた。

 車は後部席の窓を開けて、そこから広阪先輩が顔を出す。
「がんばって高志君!」
 にっこり笑って手を振ってくる。
 高志の意識は一気に覚醒した。
「がんばります!」
 心臓が突然元気になって熱い血流を全身に送り出す。
 足が軽快に動く。

 車のライトが足元を明るく照らしてくれるので安心して走れた。
 気持ちも明るくなってくる。
 すぐに山道を下り終わって住宅街の道に入った。本来のコースに復帰だ。

 街灯が道を照らしている。
 そこまでずっと後ろにいた車が加速して先を行く。
 広阪先輩が振り返り、
「ガッツよ!」
 そう言ってガッツポーズをとってくれた。

 先輩は大会社社長のご令嬢なので、家の運転手がゴールまで送迎するのだろう。
 それにしても助かった。さすが先輩…… いやタイミングが良すぎる。
 自転車の遥に目をやると、遥もガッツポーズをとってきた。
「元気出たでしょお!」
 こいつめ、仕込んでたな。
 脚本はなくてもストーリーが用意されてやがる。

 住宅街の道をしばらく走るといよいよ最後の難関が近づいてきた。
 ゴールの神社は高く長い石段を上った先にある。
 自動車で行けるルートもあるが、石段を上ってこそご利益があると言われている神社である。もちろん神社長距離では石段ルートしか認められていない。

 タイムを確認、このペースで行けば午後六時前には到着、自己記録を三分ほども短縮できそうだ。
 いける! 確信した高志の目に入ってきたのは、石段の入口で立ち尽くす老婦人。
 老婦人は石段を上ろうとしているようだが、よろよろとしていてとても上れそうにない。

 タクシーを使って車で行けばいいのに。
 いやどうしても祈りたい大事なことがあるのかもしれない。
 もしかしてこれも仕込みか?

 高志はぱっと遥を見る。
 遥はぶんぶんと頭を左右に振る。
 仕込みではないのか。

A.老婦人を気にせず上って新記録達成、先輩に告白する。
B.老婦人を担いで上り、間に合わずに先輩は去っている。

 AかBか。
 しかしAの俺が告白したとして、そんな男に先輩がイエスと言ってくれるものか?
 さりとてBも虚しすぎる。

C.老婦人を担いで新記録達成、先輩に告白。

 これしかないだろう!
 高志は決断した。

 老婦人の前にしゃがんで背中を見せ、
「どうぞ、俺を使ってください」
 声をかける。
「いいんですか、本当に」
「ええ、どうぞどうぞ」
「では、ありがたくお言葉に甘えまして」
 老婦人を背負って高志は立ち上がる。
 意外と重い。
 老婦人が持ってた風呂敷包みの重量だ。
 なぜにご老人方は重い荷物を無理して持つのかと思うも、置いていくわけにもいかない。
「俺が持ちますよ」
 高志は風呂敷包みも受け取って手に提げる。

 石段を上り始める。
 一歩一歩がずっしり重い。
 息を切らせながら足を左右に一歩一歩、こけたりしたら大変だ、慎重に、しかしテンポよく駆け上がる。

 自転車を降りた遥もビデオカメラを手持ちして後ろからついてくる。
「一、二、一、二、あと三分だよ!」
 遥が言う。

 高志は見上げた。
 石段の上、紅い鳥居。
 その脇に広阪先輩が待っていた。
 目が合うと、にっこり笑って手を振ってくる。
 高志はなにか感動してしまって目頭が熱くなった。

 いかん、まだゴールは先なのに。
 高志は力を振り絞る。
 石段を上って上って、そして遂に石段が終わった。
 鳥居までたどり着く。
「やったわね、新記録達成よ!」
 先輩が声をかけてくれる。
 老婦人をそっと降ろす。

 高志を疲れがどっと襲う。
 ここまでの突発的なイベントが高志に疲れを忘れさせて体を無理に動かさせていたのだ。
 目の前が暗くなってくる。

 高志は残ったわずかな気力を振り絞る。
 だめだ、これでは終われない。
 俺は告白するためにここまで走り抜いてきたんだ。
 近づいてきた人影に、勇気を振り絞って、
「ずっと好きでした。付き合ってください」
 人影が答える。
「さっき下であったばかりなのに、まあ情熱的なことで」
 高志の足がもつれる。
 力尽きて、高志の意識がふっと途絶えた。
 
 気が付くと、高志は神社のベンチにもたれていた。
 隣には遥が座ってビデオカメラをチェックしている。
「あ、起きた? さっきまで先輩が膝枕してくれてたんだよ。覚えてる?」
 遥の言葉に高志はショックを受ける。全くまるで覚えていない。
「先輩は……?」
「門限だから帰るって」
「ぬおおお……」
 なんと勿体ないことをしてしまったのか。先輩に膝枕してもらうだなんてありがたすぎるのに!

「俺の、告白は?」
 遥はくすくす笑って、
「私があと五十若ければお受けしたくございますが、だってさ」
 高志は自分が誰に告白したのか理解して頭を抱える。

 遥は饅頭が並んだ箱を高志に差し出す。
「お礼だって。食べなよ」
 すでにいくつか饅頭は減っている。
 高志は饅頭を取って包装を破り、一口で平らげた。力を使い切った体に饅頭の甘さが染み入る。
 やりきった感はあるのだが、またしても先輩に告白できていない。
 高志は遠い目をする。
 もう時間は夜、高い場所にある神社からは街のきらめく夜景が見える。
 ロマンチックな告白向けの光景なのになあとぼんやり眺める。

「いいシーン撮れたよ、お疲れ様」
 遥がねぎらう。
「そうか…… だったらそれは良かったよ」
「高志がおばあちゃんに告白するシーン、一生ものだね!」
「頼む、後生だ、消してくれ!」

 それが告白二日目だった。
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