【アンラッキーセブン】オーバースペック美少女ロボはプロレスなんかに興味無い

よこぎハル

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一、加護なしセブン

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加護なしアンラッキーセブン』と言えば、例の一面と引退試合が有名だ。
 
 一、加護なしセブン
 
 アリーナは対岸が霞がかるほどの凶悪な熱気に満ちていた。
 満員御礼のブロックは全部で八つ、熱狂するファンは三千人余り。六千の目がリングの後方、十メートル弱の真っ赤な花道を見つめている。アナウンスに続いて声援が弾けた。
「コールが鳴りやまないっ‼ 前年度の第六スフィア無差別級チャンプ、『無敗のヒイロ』の入場です!」
「リングインを前にしてこの熱量、まるで嵐の真っただ中。フリンジシティ地区大会、ローカルとは思えない大盛況の幕開けっ‼」
 コールが小さな星、小さなアリーナの天井をぶち壊すような勢いで膨れる。チャンプは相棒と共にさっさと花道を渡った。声援もコールも、まるで耳に入らない。チャンプはただ真っすぐ前を、これからぶちのめす相手を見ている。
 歓声の中心、正方形に並ぶライトの真下には、縦横一二メートルのロープで仕切られたリングがあった。リングは底面が分厚い鉄板、コーナーポストはコンクリート製だ。ロープの材質に決まりはない。例えば有刺鉄線、電熱線でも構わないのだが、このアリーナでは一万ボルトの電気柵を採用していた。柵をくぐり、リングインする相棒、やがて重い音を立ててスイッチが押され、ロープに電流が走って、
 ゴングが鳴った。
 耳をかち割る歓声。リングの上、文字通り火花を散らしてぶつかり合うファイターたち。状況はどう見てもチャンピオンが優勢、挑戦者はほとんど一方的に重量のあるパンチを食らい続けていた。
「やはり強い。チャンピオン、余裕の表情です。相手は逃げるしかないか」
「対戦相手は加護なしセブン、相棒はストライクです。いやあしかし、名前の通り運がないですね。初戦で彼と当たってしまうとは。これじゃあまるでサンドバックだ」
 流れるように続く、フック、ストレート、ジョブ。拳は一秒間に三十発と降り注いで、相手のボディを穴だらけにした。センサ、それと関節をいくつか潰され、挑戦者がよろよろと間合いを取ろうとする。
 無駄だった。
「決まりました! アッパーカット! ストライクの顎が飛ぶっ!」
「チャンピオンの相棒は、今月三体目の新顔です。ネオダイン社の人型機、並ぶ三つの目と最強の動体視力がウリだとか」
「チャンピオンは機体を替え続けることで有名ですね。また、名前をつけないことも。それでも彼は宇宙最強、おーっと、これは⁉」
「逃げッ、逃げろォ‼ ストライク‼」
 対角線上、相手のマスター、つまりファイターの所有者が叫んでいる。砕けた頭、半壊した右脚を引きずりながらガチャガチャと逃げる多脚機械。逃しはしなかった。人型はアームを強く、関節が千切れるような速度で引くと、真っすぐ頸を狙って打ちぬいた。
「K――――O――――‼ 一回戦の勝利は、王者の風格! 無敗のヒイロ、相棒はネオダインの人型機です‼」
「予想通りの展開ですね。会場にはコールが響いています。今度の公式戦、彼の優勝を予想するオッズは一.〇一だとか」
「まったく賭けになりません。博打屋泣かせですよ、彼は』
 チャンピオンが、挑戦者の機体をパンチ一つで粉々にした。
 期待通りの展開である。観客は腕を、タオルを振り回し、パイプ椅子を持ち上げて興奮を表す。歓声は今日一番の大きさだった。現チャンピオン、ヒイロは喧噪にもまるで興味を示さず、愛機の関節から上る煙を眺めている。この機体ももう替え時だろう。球体関節は自由度こそ高いが摩耗が早すぎた。ぶつくさと呟く王者のもと、マスコミたちがわらわらと集まってくる。まるでハイエナだ。
「完膚なきまでの圧勝でしたね。なぜ地区大会に?」
「タイトルマッチについての質問です。前回は資金援助でしたね。今年は何を望みますか? 前々回のチャンプは、アイランドへの移住を決めたそうですが……」
 矢継ぎ早に質問され、少年は呆れたように頭をかいた。金にも女にも、アイランドにも興味はない。リングに立つ理由は一つだけだ。
「どの大会でも一緒だ。俺は金が欲しい。賞金で、コイツよりもっと強いロボを買う。それだけだ」
 リビングのど真ん中で、運転中の車内で、ダウンタウンのビジョンで、皆がその試合を見ていた。お目当ては当然チャンプのヒイロ、画面が切り替わる一秒前、一瞬映った敗者には見向きもしない。
「撃破に要した時間は二分半です。見るものを圧倒する強烈なファイトでしたね。引き続きフリンジシティ地区大会をお楽しみください」
 
 最初のバイオスフィア、その失敗から五百年近く。人類はついに成し遂げた。太陽系の外に、いくつかの循環都市ができたのだ。
「二回戦の開始は十五分後です。物販や御手洗は入口を出て左、またビールなどは会場でもお求めいただけます」
 叡智をかけて設計され、人間に貢献し尽くしたロボット達は、入植者の減衰と共に大部分の仕事を失った。彼らの居場所は今やただ一つ。
「気になる第二回戦、対戦カードは元耕作機対元建設機。必殺三重ブレードの『ヨサク・タイガー』と圧殺ロードローラーの『スギヤマ・デーモン』です。どちらも人型、二メートル越えの巨漢たち。見ごたえのあるファイトを約束します」
 縦横一二メートル、一万ボルトの電気柵で仕切られた正方形の墓場。それが機械たちに残された、ただ一つの居場所である。
 
「あのー……すみません」
 スタッフの一人が困っている。無名のファイター、鉄くずを前に佇む少女の名前が分からないのだ。少女はもそもそと、屈辱的な通り名を口にする。
「セブンだ。……加護なしセブン」
「セブンさん。次のトラックは一時間後ですよ」
 スタッフはあからさまに安堵すると、肩を落とした少女、足元の残骸を見下ろした。砕けた外装に割れたエンジン、焦げ付いた配線。復帰は絶望的、全壊と言える状況だった。よくある光景である。特に階級不問のアマチュア戦、それなりの賞金に目がくらみ、無謀な挑戦を決めてしまった若いマスターには。セブンは電脳チップを握ったまま、ずるずるとコンクリートに尻を下ろす。割れた液晶に染み付いているのは、『ごめんなさい』という意味のコードだった。
「ああ……」
 セブンはため息をつく。
 ストライクは、半年前に拾ったロボットだ。弱いからと捨てられ、太陽電池が壊れるまで半永久的にさまよっていた工作機械である。セブンはストライクを拾い、鍛え上げ、野良のファイトでは何度か勝利も重ねていた。アマチュア御用達の小さな大会、その初戦でタイトルホルダーと当たったのは、完全なる不運だ。
「はあ~あ‼」
 ぼさぼさの金髪を掻きむしり、真っ赤なジャケットを羽織り直す。短い眉も鋭い視線も、今日は覇気なく垂れ下がっていた。
「私の、ストライク……」
 穴ぼこだらけの外装をそっと抱く。声をかければぴかぴかと反応した電飾も、今はひび割れ中身のフィラメントを晒すだけだ。
「見たか、今のガキ。ロボットに発情してやがる」
 通りがかったマスターが、うずくまるセブンをせせら笑った。思わず顔を上げる。バカ丸出しのモヒカン頭、下品にテカるまっ黄色の相棒。名前が分からない、つまり自分と同じ泡沫選手だ。けれどその隣には、アクセサリー代わりの女の姿が。同じ泡沫でも、自分よりは稼いでいる。セブンはモヒカンの背中、イラつくカーキ色を睨みつけた。
 勝者であれば。金と女さえあれば。
 こんな、惨めな気持ちになることだってなかったのに。
「はあ……」
 うるさい黄色がアリーナに消える。ほどなくして歓声が上がった。次のマッチが始まったのだ。見に行く気にもなれず、セブンはよろよろと立ち上がる。アリーナの外、滲んだ夕暮れの中にボロっちいトラックを見つけた。セブンはもう一度割れた外装を抱くと、財布を開き札を探す。
 
 第六スフィアは、三百年ほど前に新設された循環都市である。入植者のための特別政策も終わり、目立った産業も、物珍しい風景も存在しない灰色の陸惑星は、ここ五十年ほどロケットの減便に悩まされていた。
 居住区は発着場を中心に、ドーナツ状に広がっている。生地部分は四つに区分され、それなりに栄えるダウンタウン、ジムだらけのフリンジシティなど、地区ごとに様々な特徴があった。問題は穴の中である。発着場、その周囲十数キロに広がっているのは、役人だって目を逸らす広大なゴミ捨て場とバラックだ。
『立ち退き命令 L二〇三~』
『戦争反対』
 遠くに発射直前のロケットが見える。ビラだらけのフェンスを急いでくぐった。週に二回、轟音と煙に晒される危険地帯の辺縁、発射の衝撃と熱を受けてもぎりぎり建造物が崩れないライン。粗末なバラックがひしめき合う一角、セブンは最前線のトレーラーハウスに住んでいた。タイヤがぺちゃんこに潰れた車の中、マットレスの山に飛び込む。かび臭い匂いが部屋中に広がった。
「……」
 三秒後。ごうごうと地響きがして、壁が激しく揺れる。
 顔を上げた。テープでべたべたの窓の外、真っ白な水蒸気が全てを覆っている。打ち上げ成功だ。今日ならアイランド行きの便だろう。お隣、オレンジの海惑星はアイランドと呼ばれ、リゾート地として成功していた。開発も入植希望者も途絶えず、今だってプロレスに明け暮れるような暇なロボットはいないだとか。
 当分霧は晴れないだろう。寝返りを打つ。マットレスが傾き、鼻先をホコリが掠めた。手のひらの中、電脳チップをそっと棚に置く。もう目を覚ましたくないセブンは枕にしがみついて眠った。
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