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壱話 本能寺

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 天正十年六月二日、未明。京、本能寺の奥御殿で就寝していた織田信長は鬨の声で目覚めた。障子ごしに少々煙たい。
 白小袖のまま、部屋を出、板の間に降りる。
 「信長さま~!!」
 板の間の向こうから、白小袖姿の四人の近習がやって来た。
 信長の近習を務める森四兄妹だ。
 先頭をやって来るのは森蘭丸。蘭丸を支えるように肩を借しているのが、双子の妹のらん。その後から坊丸と力丸の二人が槍や弓矢を持って、ついて来る。
 四人は信長の前まで来ると膝をつき、叩頭する。
 「何事だ。誰の奇襲じゃ?」
 「旗印は水色、桔梗紋・・・・」
 信長の問いに答えたのは痩せて蒼白い顔をした蘭丸だった。
 「・・・・・っ!?光秀、か・・・・!!」
 信長は門の外に目を向け、ふっと笑った。
 「是非もなし、か・・・・。まこと、この世は面白いのう」
 坊丸が持っていった槍を持ち、庭に降りようとした信長に蘭丸、坊丸、力丸の三兄弟は意外な提案をする。
 初めは一笑した信長だったが、多勢に無勢の自軍の様子と蘭丸たちの説得に提案を受け入れ、奥御殿のさらに奥に入り、火を放つよう命じた。

 「何故じゃ!!何故、これだけ探して骨の一本も出てこない・・・・」
 六月二日の夕暮れ刻。明智光秀は燃え落ちた本能寺の前でたたらを踏んだ。
 きれいに焼け落ちた奥御殿からは誰一人の遺骸もなく、奥の間は爆薬を使ったのか、壁が破壊され、埋められていった。
 「この奥を掘り起こせ~!!!何が何でも信長の遺骸を見つけよ!!!」
 光秀は必死の体で命じる。その様は、とても天下を手中に収めた天下人ではなかった。
 「従兄上、落ち着いて下さい!!これを掘り起こすには、刻が足りませぬ。それよりも、二条と安土を抑えなくては・・・・」
 従弟である明智左馬之助の言に渋々うなずく光秀。恨みがましく土壁をにらみ、左馬之助に安土を抑えるよう命じ、二条城で足留めを余儀なくされている織田信忠を討つべく、軍を動かした。

 完全に光秀の軍勢が本能寺を離れたのを、京の人々と往来で見ていた人影があった。紗が付いた深編笠を被ったその人物は一つうなずくと人垣から離れ、小路へ入っていった。

 明けて、天正十年、六月三日。
 備中高松城を攻略中の羽柴秀吉がいる本陣に、高松城を水攻めにする為の堤防を築いていた、軍師黒田官兵衛が駆け込んできた。
 官兵衛は挨拶もそこそこに、秀吉に人払いを願い出た。
 二人きりになると官兵衛は、毛利軍の偵察兵が持っていた密書を差し出した。秀吉は密書に目を通し、やがて号泣し始めた。
 人払いを命じられた重臣たちが本陣をのぞき込むなかで、官兵衛が秀吉に近づき、何かをささやいた。秀吉は泣き叫ぶのをやめ、官兵衛の顔をまじまじと見つめる。しばらくして、秀吉が涙と鼻水でぐしゃぐしゃの顔を空へと向ける。
 青い青い、澄み渡った天。見上げる秀吉の口がにんまりと笑みの形に型どられる。
 「官兵衛!和睦じゃ!!清水宗治に使者を送れぇ~っっっ!!!」
 「すでに講和の使者を送りもうした。兵糧は押さえてありますれば、応じるのも刻の問題でしょう!?殿は畿内へお戻りになる御準備を・・・・」
 「・・・・うむ。皆の者~~、急ぎ、出陣の準備をせよ~~~!!騎馬隊だけで構わぬ。畿内へ戻り、逆臣明智日向守光秀を討つ!!!?」
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