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ちくしょうっ!
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男は身を投げた。
冬の冷たい海原の闇に飲み込まれた彼を気にかける者はいない。
彼は何処にでもいるような、何処にいても少し浮く、真面目で陰気な男だった。才能に憧れて、あれこれと手を出しては挫折することを人並みに繰り返し、何も成さずに老いて腹の出た、そんな淋しい独りぼっちの男だった。
彼はある日鏡を見て、毛髪が数えられるほどしか残ってないことに気がついた。いっそ、剃ってしまえばまだ見栄えが良いだろう髪の毛を寄せ集め、頭に線の少ないバーコードを描いた瞬間に彼は壊れた。
この髪の毛がなくなるとともに死んでやろう。
そう決意した瞬間から彼は無敵になった。電車では優先座席に脚を広げて座り、居酒屋ではお手拭きで顔を存分に拭い、釣り銭を受け取る際はレジの綺麗なお姉さんの手を少し握った。
残り少ない余生を我がままに生きる彼に、ある朝出会いが訪れた。なんと、枕の上で息絶えた筈の髪の毛達が絡み合い、一匹の灰色の猫が生まれたのだ。それは掌に収まるような小さな小さな命だった。
彼はその猫にバーコと名付け、色んなところに連れて行ってあげた。動物園、遊園地、水族館。それらは、いつかと思い浮かべた、彼女や子供を連れて行きたい場所でもあった。
彼は存在しない愛する人の代わりにバーコにありったけの愛情を注いだ。
バーコは彼の愛と抜け落ちた髪の毛を糧に少しづつ大きくなり、言葉を話すようになった。そして、水族館が気に入ったのか、本物の海を見たいと言った。
もちろん彼は快く承諾し、海に連れて行ってあげた。
しかし、バーコは突風で海に吹き飛ばされてしまった。冬の冷たい海だ。少ない髪の毛の集まりであるバーコは助からないだろう。それでも彼は諦めなかった。
彼は身を投げた。体温を奪い続ける海に必死で潜り続け、ついにふにゃふにゃに伸びきったバーコを見つけ、握りしめて陸に上がった。
彼の頭にはもう髪の毛は残っていなかった。すべて波にさらわれてしまった。
それでも彼は構わなかった。何故なら大切な家族を見つけたからだ。
彼は手のひらを開いた。
そこにはワカメがいた。
冬の冷たい海原の闇に飲み込まれた彼を気にかける者はいない。
彼は何処にでもいるような、何処にいても少し浮く、真面目で陰気な男だった。才能に憧れて、あれこれと手を出しては挫折することを人並みに繰り返し、何も成さずに老いて腹の出た、そんな淋しい独りぼっちの男だった。
彼はある日鏡を見て、毛髪が数えられるほどしか残ってないことに気がついた。いっそ、剃ってしまえばまだ見栄えが良いだろう髪の毛を寄せ集め、頭に線の少ないバーコードを描いた瞬間に彼は壊れた。
この髪の毛がなくなるとともに死んでやろう。
そう決意した瞬間から彼は無敵になった。電車では優先座席に脚を広げて座り、居酒屋ではお手拭きで顔を存分に拭い、釣り銭を受け取る際はレジの綺麗なお姉さんの手を少し握った。
残り少ない余生を我がままに生きる彼に、ある朝出会いが訪れた。なんと、枕の上で息絶えた筈の髪の毛達が絡み合い、一匹の灰色の猫が生まれたのだ。それは掌に収まるような小さな小さな命だった。
彼はその猫にバーコと名付け、色んなところに連れて行ってあげた。動物園、遊園地、水族館。それらは、いつかと思い浮かべた、彼女や子供を連れて行きたい場所でもあった。
彼は存在しない愛する人の代わりにバーコにありったけの愛情を注いだ。
バーコは彼の愛と抜け落ちた髪の毛を糧に少しづつ大きくなり、言葉を話すようになった。そして、水族館が気に入ったのか、本物の海を見たいと言った。
もちろん彼は快く承諾し、海に連れて行ってあげた。
しかし、バーコは突風で海に吹き飛ばされてしまった。冬の冷たい海だ。少ない髪の毛の集まりであるバーコは助からないだろう。それでも彼は諦めなかった。
彼は身を投げた。体温を奪い続ける海に必死で潜り続け、ついにふにゃふにゃに伸びきったバーコを見つけ、握りしめて陸に上がった。
彼の頭にはもう髪の毛は残っていなかった。すべて波にさらわれてしまった。
それでも彼は構わなかった。何故なら大切な家族を見つけたからだ。
彼は手のひらを開いた。
そこにはワカメがいた。
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