明星の蝶に告ぐ

楠丸

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36章

~道なき道~

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 頭に被せられた白い布袋が、籠った粉砕音とともに赤く濡れる時、その場に立つ者達の顔色にはみな一様に、何かの感傷のものらしい色が挿すことはなかった。
 一撃で体から力の失せた者は一発で終わり、体がまだ動いている者には、三発から四発、鏡餅を割るように、金槌が頭部に打ち込まれた。全ては、李の手によって行われたことだった。
 直径十メートルのアカマツ林の上には、雲が垂れて曇った空が広がり、キジバトとアオゲラの合唱が交差している。 
 「お前らが探ったのは、こいつらだけか」李は焦りの出た指使いで煙草を燻らせながら、五メートルほどの深さに掘られた死体埋蔵の穴に、二人から三人の人数を要して投げ込まれる骸に目を落とし、右隣の平に尋ねた。
 左隣の行川は、穴の底に重なっていく死体を目で射りながら、ぴたりと土の上に脚を吸いつかせている。表情はいつもと同じで、かすかな動きもない。
 「その辺りはまだ、完全に掴めてないもんで、これからも、神辺の下だった奴らに探りをかけるとこなんですが‥」「ちゃっちゃと進めろ」平の答えに、李は剃刀の声の語気を低くした。
 「年が明けた日にてめえの手を汚すこんな骨は、出来りゃ折りたくなかったんだよ。早えとこ収益を盤石にして、高枕で眠りてえのは、お前も同じだろうが」スコップによって骸に土砂がかけられる作業音に、近くでアオゲラの啼く声が重なった。アカマツの木群は、今、その下で行われていることに関知しないように、曇った空に向けてその姿を立てているだけだった。
 「篠原の婆あは、今はもう飾りみてえなもんだ。もっとも、そうしたのは俺らだがな。もう、間違っても俺らの指揮系統のトップじゃねえ。あいつは、一定の上がりを運んで、適当におだてこいてりゃいい。それでうるさくぎゃあつくようだったら、親子もろとも、古瀬の親爺んとこの火葬場へ行ってもらうことになるんだ」その時、行川が、視線を埋まっていく七体の死体から、李へ移した。行川の、その意味ありげな反応に、李が気づいた様子はなかった。
 薄い雪化粧に飾られた、標高三千メートル超の連山を前にした緩やかな坂を、黒のリンカーンコンチネンタルが法定速度を守って、滑るように走った。
 「張れんぞ」誰もが口をつぐむルーフの下で、ひらめいたような李の呟きがリアシートに落ちた。
 「通常、支援区分3から4の相場が百の五つから八つ、あれはその枠を越えて、もっと釣り上げられる。向こうは田畠だけじゃねえ、道、山持ちだからな」隣の平は、李の話していることの内訳がすでに分かっている顔で、彼を見た。
 行川はただ静かに、目前の助手席シートの背を射っているだけだった。
 「先にどっちをやるおつもりで」平が尋ねると、李は小さく笑った。
 「近日中に、あいつの口説きをかけるよ」「先にそっちを取って大丈夫なんですか」「大丈夫さ。利益ってもんは、優秀な兵隊の確保を基本として運ばれてくるものなんだ。新宿でぐれてた頃に学んだことだ」「そうですか‥」「俺の言うことには黙って従え。この組織じゃ、今、俺の言葉が綱領だ」李は爬虫の両眼を底光りさせ、肚からの声を低く潰した。平は何も言わず、目線を運転席のシートに戻した。行川はシートの背を射り続けていた。
 昼過ぎに長野を発ったリンカーンコンチネンタルは、上信越自動車道、関東自動車道を経由し、夕方に、港区に到着した。
 白金の二十五階建てマンション前に停車した車から、李、平、行川が降りた。 平と行川に両脇から護衛された李は、十四階の部屋の前で「明日は八時に来てくれ」と言い、ドアの向こうへ消えた。
 それから高輪で平が降り、行川は、小松川線を通り、松戸へ送られた。このリンカーンコンチネンタルは、言わば社用車で、李はこれとは別にマイカーのベントレーを所有しているのだ。
 JR松戸の駅前で降りた行川は、本町裏手の「ふらの亭」という屋号の本場北海道ラーメン店の暖簾を潜ると、券売機で旭川醬油バターとカニチャーハンのチケットを買い、六角形の赤漆塗りのカウンター席に腰を降ろし、「の」の字の目を小刻みに動かして、周囲の若者のグループや若い女達、正月休暇中の中年の男達に目を配った。その目からは、射るような鋭さは影を潜め、何かを深く思策する、普通の青年のそれになっていた。
 五分以上、八分未満の時間で、行川の前に旭川醬油バターラーメンとカニチャーハンが置かれた。
 彼は静かな手つきで蓮華を取ってスープを飲み、蓮華に載せた麺を啜り込み、チャーハンをゆっくりと口に運んだ。食っている間、それとない視線が、自分の背後を意識するように左右へ移動した。
 二品の注文品を十分前後の時間で食べ終えた行川は、店員の接客礼を背中に受けながら、革ジャンパーのポケットに手を差し入れて、上体をわずかに丸めた恰好で、ふらの亭を出た。
 店をあとにした行川は、天神通りに面した、仮の住処である三階建てワンルームマンションへ向かった。
 二階の部屋に帰りついた彼は、ジャンパーと薄手のトレーナーを脱いでインナー姿になり、細い骨格の上に薄くしなやかな筋肉の載った腕を露わにし、裾をたくし上げて、臍の脇に透明テープで貼りつけていた、直径2センチのチップを外した。
 この中には、今日の数時間あまりに山中の現場の音声、車中で交わされたやり取りの全てが録音されている。
 その盗聴チップの音声がPCに送られ、データ保存されていることを確認し、それが漏れなく録れているかを再生して確かめ、Eメールの連絡先リストにある「ナカヤマ」というアドレスにカーソルを合わせ、「202x 元旦 長野県 北緯―度」とメール文を添えて、送信ボタンをクリックした。
 送信完了の文字が表示され、それを糸を針の穴に通す時のような目で押した行川は、スティールデスクの椅子をスプリングを鳴らして腰を上げ、天井から吊ったパンチングボールを小突いて揺らし、窓際に立った。天神通りを走行する車両のライトを見、二十時前の星のない夜空を仰ぎながら、彼はまた、目に入るもの全てを射り立てる冷酷な貌に戻っていた。西側の小さな箪笥の上には、額縁に入った写真が置かれている。その額縁の中では、レストランのテーブル席から、コーヒーとフルーツパフェを前に、三十代の女と幼い女児が二人、微笑みかけていた。


 視界に入る全てのものが、色彩を失って、不愛想な暗い創造物に視える。耳に入る音楽、人の話し声、足音、車両の走行音、全てがうるさく、苛立ちだけをそそる。家に帰ると、怒涛をなした悲しみが襲ってくる。大声を張り上げて泣きたい。泣き喚きながら、鏡を叩き割り、ガラスを割り、正拳で壁を穴だらけにし、円卓をひっくり返したい。心ゆくまで泣き暮らしたいが、息子がいる手前、それは出来ない。
 顔も見たこともない、どこの何者かも分からない男が、愛する女を、その存在もろとも、自分からもぎ取っていった。その絶対的現実が、村瀬の視る世界の色を変えていた。
 それでも、元旦の業務は、私的感情は抑えきり、手を抜くことなくこなした。だが、香川、真由美を始めとする同僚達が村瀬の顔の色、表情の動きがこれまでと違うことを察しているらしいことが見て取れた。

「博人、飲みに行くか?」居間に座って、民放の新春お笑いスペシャルを観ている息子に、村瀬が声をかけたのは、二日の、夕方近くの時間だった。
 振り向き、きょとんとした顔を父親に向けた博人は、その誘いの唐突さに疑念のようなものを覚えている様子が見える。
「飲むって、酒?」博人がきょとんとなったままの顔で問うた。
「そうだよ。お前ももう大人だし、ちょっと、大久保か津田沼にでも繰り出して、一杯引っかけようぜ。俺とお前が、また親子に戻れた記念と、俺が三月から副店長に昇進するお祝いも兼ねてさ」村瀬は言い、無理な笑いを顔に作り、キッチン棚の上に置いた煙草を取り、一本を抜いて咥えた。
 「煙草、吸わないんじゃなかったの?」声をうわずらせて訊いた博人の目が丸くなった。
 「始めたんだよ。長く生きてりゃ、嗜好なんてもんは変わることがあるんだよ。そうだよ、女は男の、男も、女の趣味ってものがさ‥」村瀬が言った時、博人の顔向きがテレビ画面に戻された。
 「どうする? お前が行かなきゃ、お父さん、一人で行くぞ」「俺、いいよ。今日これから“うたのわ五時間スペシャル”、観るから。それにお酒とかって、俺、慣れてないし」「分かったよ。晩飯はこれで適当に買って食え。どっか食いに行ってもいいしな。ラーメンでも、寿司でも、何でも」煙草片手の村瀬が円卓に五千円を置くと、博人がまた振り返り、父親の顔と金を交互に見た。
 青いパッケージに品名が白文字で描かれた、古くからあり、今も年配者に好まれている銘柄の煙草を吸いきった村瀬は、長男の頭をぽんと撫で、腕時計を嵌め、ジャケットを突っかけて、マフラーを首に巻いて家を出た。
 車道沿いの公園のベンチに浅く座った村瀬は、懐からスマホを出した。誰かと繋がりたい。これが今の村瀬の心だった。
 今日、登録した早由美の電話番号を、「連絡先」ページから出した村瀬は、迷うことなく通話ボタンを押した。
 「はい、小柴です」「あ、早由美ちゃん。新年明けましておめでとう。俺、豊文だけど‥」「あ、豊文君。こないだはどうもね。登録してくれたんだね。嬉しい‥」コール二回で通話口に出た早由美は、声を弾ませた。
 「今、電話とか大丈夫?」「大丈夫。私、今日も仕事でね、売りの取引が終わって、今、西船橋なの」「そうなんだ。俺、今日はちょっと飲みたくて、息子を誘ったんだけどさ、いいって言うから‥」「じゃあ、豊文君がよかったら、津田沼辺りで合流する?」「いいよ。西船橋まで行くよ」「分かった。じゃあ、JR西船橋の改札前にいるから」「ありがとう。まだ実籾だから、申し訳ない、少し待たせちゃうけど、行くよ」「うん、待ってる」
 通話を終了させた村瀬は、スマホを懐に収め、ベンチを立った。代替には変わりない。それでも、今の自分と繋がってくれる人がいたことがありがたく、心が落ち着いていく感じを得た。

 早由美は、約束通り、JR西船橋駅の改札前で待っていた。一目で素材が高級と分かる黒の襟無しロングコートにキルトのマフラー、黒のロングブーツ、ブランド品のバッグを手から提げた姿だった。
 やってくる村瀬の姿を捉えた早由美は、レザー手袋の手を小さく振って微笑した。
 「待った?」「ううん」二人の幼馴染み同士は、今から三十年以上前によく交わされていた、若い男女の短いやり取りを交換した。
 「どこがいい? 早由美ちゃんの食べたいものでいいよ」「お好み焼きでいい? 贔屓にしてる、気の置けないお店があるの。個人経営なんだけど、珍しく節句もやってるのよ」「じゃあ、そこでいいよ」
 駅のエスカレーターを降り、並んで歩き出した村瀬の腕に、早由美の腕が絡んだ。村瀬の隣から、底の厚いブーツの籠った足音が立った。早由美のコロンが村瀬の鼻腔を刺した。それが、晦日の夜に自分が落とされた、恐怖を帯びた寂寥と悲しみの昏い沼から、自分が引き上げられる可能性の期待を胸に起こしていた。
「娘さんは、大丈夫なの?」京成西船方面へ伸びる、両脇に飲みの店が並ぶ通りで、村瀬は早由美に訊いた。
 「大丈夫。先にお代を払って、出前を頼んでるから。知恵は少し遅いけど、留守番は普通に出来る子だから」「そうか。早由美ちゃんがそう言うんだったら」乾いた口ぶりで言い放った早由美に、村瀬は腑の抜けたような相槌を返した。
 それから、どちらからともなく、どこか狂気を含んだ淫猥なムードに口をつぐんだまま、市川側の通りを歩き、十字路手前の小路に折れた。その突き当りに軒を下ろす、木看板がライトに照らされる「鉄板 みゆき家」という店の前で足を止めた。
 静物や裸婦の絵画が紺色の壁に飾られた店内は六十坪ほどの広さで、テレビはあるが点いていなく、クラシックが有線で流れていた。客入りはそこそこで、中年の女達や、年齢の高い男達がおり、奥のテーブルには小学生の兄妹二人とその両親、祖母がいる。
 出入口前の四人掛けに向かい合って座ると、村瀬と同年代の女将が接客挨拶を言い、おしぼりとお通しを運んできて、グリルに点火した。飲み物は、村瀬は生ビール、早由美は玉露ハイを注文、それと牛玉とシーフード皿を二人前づつ頼んだ。
 「いい店よ。マスターも面白くて、奥さんもいい人だし」早由美は言いながら、ロングのメンソールを一本抜いて、細いメタルメッキの高級ライターで火を点けた。
 「早由美ちゃん、仕事は、今‥」「貴金属と宝石の卸売業。富山の頃は主人の歯科医院で技工士やってたんだけど、離婚でこっち戻ってから、乳ガンで亡くなった友達がやってた卸売店、彼女の遺言で継いだのよ。上野に本店構えてて、新宿と吉祥寺と、高円寺にも支店があるの。全部、私のお店。金、銀の延棒とか、純金のネックレスとか時計、ダイヤモンドとプラチナも扱ってて、イタリアとかベルギー、あとスイスに買い付けに行くこともあるのよ。私のお店、芸能人と政財界の奥さん方も御用達なの」「そうなんだ‥」
 村瀬は違和感を覚えた。早由美の話にリアリティが伴う時代があるとすれば、それは今から三十幾年前、日経平均株価が終値約四万円台を記録した頃で、先には不況が訪れると投資アナリストが警告している慢性的乱高下の今、元は金を扱う銀行員だった村瀬には現実味を持って届かない。
 「蝶々夫人」をバックに早由美が述べた時、生ビールと玉露ハイが運ばれてきた。
 「改めて、再会を祝して、乾杯‥」早由美が言って、二人でジョッキを合わせた。生ビールを三口啜ると、血管が温かく緩む感覚を覚えた。
 「今頃どうしてるのかなって、ずっと気になってたんだよ」村瀬がジョッキを置いて言うと、早由美は色香を込めた目で彼を見た。
 「話したけど、俺の身の上にも離婚とか転職を含むいろいろなことがあって、世相も様変わりして、佐由美ちゃんはどうなってるかなってさ」「娘と、もう一人、男の子がいたの。だけど、乳幼児突然死症候群。まだ二歳だった‥」早由美は目線を伏せ、過去に過ぎないことを話す口調で呟きを落とした。
 「大変だったね」村瀬は胸にピンが刺さったような衝撃を感じ、改まって労った。死因は違うにせよ、それは菜実も同じだ。
 「悪いこと、話させちゃって、申し訳ない‥」村瀬は詫びながら、両手を膝に置き、背筋を質した。
 「いいの。もう終わったことだからね」早由美は静かに言って、メンソールの煙草を吸い込んだ。村瀬は質した姿勢のまま、視線を落として頷いた。
  早由美の離婚理由は明らかだが、村瀬が自分のそれを話すことはためらわれた。その理由の曰くを持つ相手に返礼したことも、ここでは話すまでのことではないと思った。
 娘の万引きに居直る派手な女となった、かつての妹分的存在の女に対し、今の村瀬は、気弱だが、ひたすら優しく人が良く、真面目さを取り柄とする昔の自分に戻っており、普通の納税者なら一生のうちにまず経験することのない出来事を経、未発覚の人道上の罪まで作った自分は封印されていた。
 理由はあったにせよ、自分は罪人でもあるのだ。だが、その理由を作るだけのことをした女は、心変わりをしてしまった。
 今の村瀬にとり、目の前の派手な女は、藁だった。だが、すがるものとして、軽く脆い藁、ということだけしか、今の自分には分からない。
 そんなことを頭に巡らせながら俯いて、ふっと顔を上げると、早由美がデジカメを構えていた。あっと声を上げそうになったところでシャッターの音が響き、フラッシュが焚かれた。
 わけを問い質す気持ちが起こったが、すぐに消えた。
 「いきなりごめんね」早由美が何かを誤魔化すような笑いを浮かべて言ったが、その顔に悪びれはなかった。
 「きっかけはひょんなことだったけど、再会した記念に一枚撮っときたかったの」言いながら、バッグにカメラをしまった。村瀬は、突如のことによる驚きを刻んだ顔で頷くことしか出来なかった。
 「うちの弟、覚えてるかな」村瀬が振った。「勿論。義毅君でしょ。うちの姉と四人で、お小遣い持って、ラーメン食べに行ったよね」「行ったね。だけどそこが頑固親爺がやってる店で、騒いで怒られたんだったよね」「そうそう‥」村瀬と早由美は笑顔を交わした。
 「彼は今、元気?」「元気だよ。あのはっちゃけた性格、早由美ちゃんも覚えてるでしょ。冒険野郎でさ、あっちこっち転々としてたんだけど、最近やっと松戸線沿いのほうでで所帯持ってね」「そうなの?」「うん。実はあいつから、一緒になる相手として、早由美ちゃんのこと、勧められてたんだ。でも、早由美ちゃんは、俺なんかには、あまりに壊れ物に見えちゃって‥万年筆もくれたのに‥」
 バックの曲は、ドボルザークの「遠き山に日は落ちて」に変わっていた。
「私は、豊文君のことは‥」早由美が目を伏せて言った時、二人前の牛玉とシーフードが席に運ばれた。
 「あけおめです‥」女将が新年の挨拶をし、早由美が「今年もよろしくです」と頭を下げ返した。
  女将は短い新年挨拶を終えると、忙しそうに調理場へ引っ込んだ。
 「焼こう‥」早由美の声かけに頷いた村瀬は、お玉で牛玉を掬い、鉄板の上に二人分を丸く撒いた。それから早由美が菜箸で烏賊の切身、海老を鉄板に載せた。
 それからはどちらも寡黙になり、あとの楽しみを胸に抱くようにして、酒を何杯とオーダーしながらシーフード、青海苔と鰹節を振り、マヨネーズをつけた牛玉を食べた。
 村瀬持ちの会計を済ませて店を出た時刻は、十九時前だった。
 早由美は行きの道と同じく村瀬の腕に自分の肘を絡め、彼を引くようにしてJRの方面へ足を進めた。二人の帰る方角とは逆の方向へ行くことの意味は、村瀬には分かっていた。分かっていてそれを望み、受け入れていた。
 JR沿いに建つ、「スクエア」というホテルの前で二人の足は止まり、早由美に引かれて自動ドアを潜った。
 休憩を選んで入った三階の客室は、白い天井からシャンデリアが下がり、壁は四面マリンブルーで、窓側にツインベッドがある広い部屋だった。
 村瀬はホテルまでの道中で、すでに勃起していた。早由美の、バッグを置いてコートを脱いだスカートの腰と、崩れを見せていない胸元などに完全に煽情されていた。
 「今、来てもいいよ‥」村瀬と体の距離を詰めた早由美は、彼の肘に掌をそっと添えて言った時、村瀬は彼女の肩を腕で抱き、顔を寄せ、朱色のルージュを挽いた唇に自分の唇を重ねた。熱い舌を繋ぎながら、背を反り返す早由美のニットセーターの下から右手を入れ、ブラジャーの下の乳房を揉み上げて、左手がスカートをたくし上げ、パンティの中へ潜った。厚く、しっかりとした生え具合の陰毛の感触が、村瀬の掌に捉えられた。

 今日は昼過ぎから、二回射精を受けている。電話で呼ばれ、船橋から東武野田線に乗って行ったアパートの部屋で、自分の心ならない欲求に応え続けている。
 今の自分は靴下だけを着けた全裸の姿で、カーペットに肘と膝を置き、後ろからの恥部の眺めを、男の目下に晒している。

「歯が痛くて、二日も眠れない時の苦しさって、分かる?」四つ這いの姿勢を取らされている菜実に問う河合の親指は肛門に、中指は膣に潜っていた。もう片手は、菜実の脇の下から、左の乳房をこね上げている。
「中二の時だったよ。歯痛の応急処置、してもらうために歯医者に急いでたんだ。その途中で、俺をいつもいじめてた不良グループにばったり運悪く会っちゃって。そいつらに威されて通せんぼされて、気が狂いそうなほど歯が痛いのに、歯医者に行けなかったんだよ。歯医者行きたかったら、たけしの物真似しろとかって言われてさ」無念を込めた河合の声が落ちた。
「それからまる二日間、昼も夜も、痛みにうずくまって、勉強にも集中出来なかったし、飯も食べられなくて、夜も眠れなかったんだ。予約の取り直しに行った時には、医療事務さんには怒られてさ。だけど俺は、そいつらにそれだけのことをやられて、今も一発もぶち返せてない。出来ないんだ。どんなにやりたくても、やりたくても。怒りたくても怒れないのが俺なんだ。怒れば、潰されるから‥」河合は呻くような言葉を降らせながら、菜実の肛門に親指を深く挿入した。
「俺は君と出逢うまで、誰にも理解してもらったことがないし、誰にも助けてもらったことがないんだ。俺達に視える世界は一つしかない。これは野党の党員だった養父が言ってたことで、死んだら何も視えないし、聴こえないし、感じないんだ。人間を助ける、見えない存在なんてないんだ。そんな世界で、どうして俺がこんな立場に追いやられて、こんな気持ちを噛んで、明日も見えない毎日を送って、来年も見えない年明けを迎えなくちゃいけないんだって、ずっとそんな思いばかりだったよ。物を言わない壁や椅子や棚に問いかけても、何の埒も明かない。だけど、今は幸せだよ。君が戻ってきてくれたから。だから、これからも吸い取ってよ。俺が背負った不幸を。苦しみを! 憎しみまでも!」河合が叫ぶように言った時、後ろから彼の挿入を受けた菜実の体が、肘と膝を起点にして、前後に揺れ始めた。
 粘膜の音とともに体を揺らす菜実の頬に、ぬるい涙がかかり始めた。それは、今、後ろから自分を貫いている男が叫んだことの内容が、村瀬の心にもある思いらしいことを察し取ったからだった。自分を包み込む優しさに満ちた顔と、腕、胸のぬくみから、確かな苦悩が伝わってきたことを思い出した時、自分が声を上げて泣いていることに気づいた。先日と同じように、脇の下から回された河合の掌が、菜実の乳房を搾り、痛みを感じる強さで揉み立てていた。菜実が泣いていることに気づかないはずもない河合は、行為をやめなかった。

 トランクスが下げられ、それを足踏みして足首から抜くや、全裸の早由美は水面を泳ぐ小魚を嘴で捕らえる鵜のような勢いで、勃起した村瀬の陰茎を、ぺっとんと頬張って、咽喉深くに呑んだ。ベッドの上だった。喉から小刻みな高い声を漏らしながら自分の陰茎を貪る女の項に、村瀬は貼りつかせるような視射点を落としていた。
 村瀬がベッドに背中を落とし、早由美が上になり、二人で6と9の体勢になった。早由美の唇が村瀬の陰茎、村瀬の舌が早由美の膣孔という形で体が繋がった。
 村瀬の舌が、目の前に迫った早由美の赤い膣の縁をなぞり、膣をほじくり立て、肛門にもその舌が這った。早由美は村瀬の口による愛撫を受けながら、彼の分身を根本まで唇と舌で愛で、塞がれた喉から声を上げた。
 村瀬の陰茎から口を離した早由美は、彼の顔上から下半身を降ろし、村瀬は上体を起こして座った。どの体位で一体になるかが伝心したように、早由美が村瀬の首に腕を巻きつけ、彼の腿の上に乗ってきた。乗ると、手で持った陰茎を膣にあてがい、位置を合わせ、腰を落として、体を反らせてベッドに掌を着いた。
 村瀬は早由美の首を抱き、腰を上下に突き上げ、揺すり始めた。ベッドの面が波打ち、弾んだ。
 暗く、黒く、荒んだ欲情が、過去には心の上での妹であり、それ故に壊れ物として遇していた女の体を貫通するひずんだ快楽を覚える村瀬の頭には、今日からのちの日の、「野、山」のことはなかった。
 互いの腰を落とし、せり上げ、下から突く時間が分を刻む頃、その動きのリズムに合わせ、オーシャンブルーの壁を打ち、跳ね返されて響くような声が号室に撒かれた。それは慟哭のようにも聞こえた。
 果てた村瀬の腰に早由美がすがりつき、しばらくそのままの体勢に居ついてから、体重が預けられた。
 早由美の腰を下から抱いて、背中をベッドに落とした村瀬は、呼吸を整えながら、天井のシャンデリアをただ虚ろに見上げた。今、谷津だという家で、見てくれる人もなく、一人の食事を終え、一人でテレビを観ているであろう早由美の娘、悠梨のことを案じる心も失せていた。晦日の午後、マスオマートのスタッフルームで裸寸前になった、親譲りの世間並みに可愛い見た目をしながら、何かのハンディキャップを持っていると見て間違いのない少女だった。

「赦して。悪かった‥」全裸の姿のまま、項を垂れて座る菜実に、同じく全裸の河合が、部屋の隅で煙草を吸いながら詫びた。菜実の顔には、まだ涙の跡がある。睫毛は濡れ、鼻は赤らんでいる。
「俺のこんな話を聞いてくれるのは、君しかいないんだ。それに君は否定しないで、じっと聞いてくれる。それが俺には何よりもありがたいんだよ‥」
 瞼を上げて見た河合の目は、赤く潤んでいた。
「いくらパチンコを打っても、酒を飲んでも、追ってくるんだ。感情を持たない物の中にある、無が‥」河合はこぼして、煙草をにじり消した。
「近いうちに、離婚の話をしに行こうと思ってるんだ」河合は言いながら、青のカラーブリーフを足首に通し、腰まで引き上げた。
「向こうに問題があっての離婚だから、金は発生しない。それで、俺は、君と‥」
 何度も繰り返されている河合の薄っぺらい約束を背中で聞きながら、菜実は泣いた顔のまま立ち上がり、落ちているブラジャーを拾い、ホックを留めて着けた。
 村瀬は今、どういう気持ちで過ごし、何をしているのだろうという思いが胸をよぎったが、それは胸の中でも言葉として形成されなかった。

 濃いピンクを湛えた肛門と、内へ、外へとめくれ上がる赤い陰唇の縁の眺めは、村瀬の欲望に消えない火を点けていた。二度目の交わりに挑んでいる今、早由美は獣の体勢を取り、その体を村瀬が後ろから貫いている。
 欲望に乗じて、怒りが胸に噴き上げていた。その怒りの向く方向は、一つだった。
 菜実がその体を、その腕の中に収めていると思われる、自分の知らない男。その人間はどこにいて、何をし、どんな顔をした男なのか。
 その男の体に、菜実は自分に施したものと同じものを施し、同じ表情でその男を受けているのか。考えまいとしても、浮かんで消え、また浮かぶ。
 今、自分が彼女とは別の女にしていることは、そんな現実にいくらぶち当てても、跳ねて戻ってくる駄々だ。そう、子供じみた駄々というちゃちなものでしかない。だから、憤り、憎むべき現実の壁を倒すことは出来ない。
 それを思った時、早由美の両乳房を後ろから掴む掌に、荒い力が籠った。早由美は、その痛みさえ快いものとしているかのように、ある種の非号めいた叫びを撒き続けている。それに粘膜の鳴く音が重なり、鬱蒼とした淫らさが部屋と、村瀬の心に満ちていた。
 あとの野と山など、俺には‥頭蓋の内側にはっきりと語彙化した思いが反響した時、子宮を射抜かん勢いで射精した。
 村瀬は汗の浮いた早由美の背中に崩れ臥した。両手は乳房を掴んだままだった。村瀬は意識が遠のく感覚を覚えながら、頭を伏して声を撒き続ける早由美の肩を甘く噛んだ。
 この女が、疑似の妹から、自分の欲望も受ける自分の女になった以上、この先に見る世界がどういう景観で拡がっていようと、俺はそこに、ただ入るだけ。晦日の日、この女の娘に賢しげに説いた、道なき道。娘に対し、人格者気取りの綺麗言を垂れた自分は、その母親の体を貪り、しゃぶる中醜の男であり、最低の人間。だからこの夜をもって、菜実にはふさわしくない人間となったのだ。
 村瀬の胸を、暗い絶望と鬱絶とした気持ちがまた浸し始めていたが、これからの自分はこの女を離せなくなる。
 よって、菜実はもう戻らない。一生涯に渡って、二度と。
 二度と。永遠に。
 マリンブルーの四面が、自分の哀憤を嘲笑っているように思えた。

 河合は菜実を送らなかった。部屋の前で彼と別れた菜実がパンプスの足を進めた柏西口の街は、今日も常夜の灯りがともっていた。
 河合の吐く言葉が、世間では情けないとされるのか、それとも彼のような男なりの正当性を持つものなのかは、菜実には分からない。それでもいくらか分かることがあるとすれば、彼は誰かが何かを教え、その上で、今現在その身のある世界から掬い上げる必要のある人間であるということだった。
 だが、自分がやっと思いつくことは、その彼のそばにいてやることだけだ。
 それが、自分の能力の限りで誰かにしてやれることであり、天分であると思える。それが村瀬を生き生きとさせたことからも言える。
 それでも、孝子に用あって柏に来たばかりに、本来なら憎まれるらしい経緯のある再会をし、その本来の感情が自分にはないために再び紡ぎ始めた関係のため、自分は泣いている。それは詫びと、憐憫という二つの要素があって流す涙だ。
 どうするべきかと考えを搾っても、今も、思いつくことは唯一つ。

 西口入口で酒を飲んで騒いでいる若者の集団から、お姉さん、お姉さん、という下卑た声がかかった。菜実は、それに振り向くことなくパンプスの足を送って、改札へ進んだ。二人の人数の足音が後ろから来ていることが分かった。
 入口の集団から、「ホテル行ってから明治神宮のオールナイトだ」という酒焼けの声が上がり、好色な趣きの笑いが起こった。
 菜実の前に、若者が二人、進路を塞ぐように立った。サイドをフェードした細巻パーマの髪をし、スネイク柄の上下を着た大柄な男と、黒革ジャンパーの首元から彫物を覗かせ、耳と眉と鼻翼にピアスをした男だった。
「お姉さん、どこ行くんすか?」スネイク上下の男が菜実に訊いた。菜実が脇をすり抜けようとしたところ、五分刈りの男が横にずれて、道を塞いだ。
「これから、飲まない奴の車で明治神宮行くとこなんすけど、女の子のメンバーが足りないんすよ。よかったら、一緒に行かない?」菜実は答えず、その脇をまたすり抜けようとしたが、また進路を塞がれた。
「行こうよ。この街で俺らのことシカトすっと、いいことないよ。ねえ‥」スネイク上下の男が声に凄む調子を込めて、菜実の肩に手を伸ばしてきた。
 入口の男達から、あっ、という声が沸いた。菜実の右手がスネイク上下の手首を掴み、残像も残らない速さでそれが引かれ、彼女の片足が引かれたと見えた次の瞬きの間に、男の体が半円の線を引いて、路面に倒れたからだった。
 次に、路面に背中を着けた男の顔脇に、かん、とパンプスの踵が踏み下ろされた。
 菜実が男の手首を極めていた手を離し、曲げた膝と顔前の両拳で構えると、革ジャンの男が恐れを刻んだ顔で、二歩、後ずさった。入口の男達も、誰もが体を固くし、唖然と菜実を見ているだけだった。周囲の驚きもよく伝わった。
「痛いのしちゃって、ごめんなさい‥」菜実は詫び、ちょんと頭を下げると、二人の男をよけて、券売機に向かった。男達が追ってくる気配はなかったが、不可解なものを見た驚愕の視線が刺さるのを、菜実は感じた。

 西船から各停に乗り、シートに座った二人の腕は、軽く組まれていた。早由美は情事後の虚脱に身を任せるようにして、村瀬の肩に頬を乗せ、まどろむ目で、窓外を通り過ぎる灯りを追っていた。村瀬の目は、人の座っていない向かいの席に寄っていた。
 彼の頭には、現実を拒むことで生まれた虚無が落ちている。二人の間に、言葉は交わされなかった。
 電車が谷津に停まった時、席を立った早由美は名残を惜しむ、寂しく力のない笑顔を見せた。
「じゃあ、また‥」手を振ってドアの向こうへ消える早由美に、村瀬は頷いて挙手した。その時、スマホがバイブしていることに気づいた。
 画面には、「恵梨香」と出ていた。
「私、正職員なんだ。仕事もきつくて、人間関係も大変だけど、月に結構稼げっからさ、これから毎月、そっちに金、送るよ」実籾駅前からかけ直し、出た恵梨香は、ぶっきらぼうに言った。
「いや、ありがたいけど、お前は大丈夫なのか」村瀬は問い返した。
「これから、あいつ、博人のグループホームの入居の前金とか、かかんだろ? そういうのの足しにしろよ」「でも、お前‥」「送るかんな」村瀬がもう一言加える間もなしに、電話はがちゃりと切れた。
 普通の感情で、嬉しいという気持ちを抱いた。そののち、また、菜実を喪失した孤独の寂然とした思いが心を覆い始めた。
 村瀬は、込み上げる涙を指で拭いながら家路をたどった。成長していた娘の不愛想な温情への嬉しさも確かに覚えながら、菜実への寂寥がそれを圧倒していた。
 博人はまだ起きていて、うたのわを観ていることだろう。彼に対しては、純然と飲みを楽しんできたということにするしかない。
 曇り続きの夜の空を仰いだ時、涙が顎から滴って落ちた。歩きながら泣いている中年の男に、まばらな通行人は誰も気づいていないようだった。涙の理由は、自分が菜実に適さない男になり果ててしまったということが多くの割合を占めていた。

 民家のまばらな区域にひっそりとある、六十㎡にも満たない面積の小さな神社だった。しめ縄が巻かれ、白い紙垂の下がる鳥居を、行川は、一人潜った。小さな社の前には、光の弱い外灯に浮き上がる男の影が一つあった。その影輪郭から、行川よりも世代的に上の齢恰好の男であることが分かる。
「新年の挨拶は省略だ。これから喪中が出ることも考えられるからな。組織の全権を事実上掌握した、スコーパスアルファは今‥」トレンチコートの肩を寒そうに畳んだ、六十年配のスキンヘッドの男が社の前で行川に尋ねた。スコーパスとは、ギリシャ語で「標的」という意味らしい。
「明日の午後から十日間、日本を空けます。色の女と一緒にサイパンです」行川が、高く掠れた地声で答えた。
「昨日は音声データの採取と、送信、ご苦労だった。この半年の間、君が提供してくれたデータの功績で、方々の拠点も特定出来たし、金の流れ、人脈的な繋がりなどもだいぶ掴めた。かなりの割数が半島に送金されてることもな。君も知っての通り、我々は今張ってるものは、法に則ったものでない地下の捜査線であって非常線であって、組織的な後ろ盾も、事のあとの救済もない。よって、これから可能な限りのショートスパンで終了に持っていかなければならないんだ。その上、全概要を闇の底に、跡形もなく綺麗に葬らなくてはいけない」薄闇の落ちた狭く小さな境内に、官の然を持つ男の声が低く響きならされた。
「二年前に県警を退官するまで、君は術科の腕も立つ上、優れた捜査手腕を持つ巡査部長だった。それが警察の職を辞した理由は、ある障害者の母娘の訴えを警察が退けて、その親子が自殺したことだった。娘が、イベントで知り合った男の睦言で、惨い内容のポルノ映像を撮られて、それで脅されて、呼び出されては言いなりにされている。つど、複数の男からな。その訴えを、警察は取り合わなかった。それが組織的に行われてるものだと呼びかけて、君は捜査班の編成を訴えかけた。だが、それも聞き入れられることはなかった。何故なら、その時すでに上部からの圧力が来ていたからだ。それは、霞が関絡みのものだった。県に地盤を持って、参議院議員を七期務めた旭日の賞を持つ人間からのな。要は、その孫が、ちょうどその頃に奴らが斡旋を始めていた女の顧客で、君が救えなかった娘さんのレイプビデオにも映っていたからということだ。しかしその孫の男というのが、警察の心情では裁きづらいものがある人間なんだ。分かるかね」
 男の声揚には、心からの憐みが籠っている。それは話中の母娘のみではなく、行川にも向けられている旨がある。
「離婚の処理をした元、の奥さん、子供は元気そうかね」「佐賀で問題なく暮らしてます。幼稚園の編入手続きも終わったそうです」「そうか」
 男はトレンチコートの裾ポケットから、白い小箱を出し、ゆっくりとした動作でそれを行川に差し出した。
「念のため、中を確認してくれ」男が言い、受け取った箱の蓋を行川がそっと開けた。
 行川は、白綿のクッションに包まれた9mm口径の回転式を取り、その銃体に視線を蒸着させるようにして、隅々を見た。
「言わば斬首。そのための必要分は装填されている。今日、ここで私がこれを君に渡した意味は、極力早い処断が求められるということになる。ましてアルファが今、疑心暗鬼を募らせてるなら一層だ。あの母娘をきっちり弔うためにもな」男が言うと、行川は覚悟を呑んだ目で銃身に射りの目を這わせ、拳銃をそっと小箱に収め、蓋を閉めた。
「これから我々が行おうとしてる、事後保証も何もないこれは、どんな形容が当てはまるんだろうな」二人並んで鳥居門を出た男が、寒さにかじかんだ声で言い、行川は、男の顔を振り返り見た。
「道なき道、でいいと自分は思います」行川は残し、男が行くものとは方向の違う、金ケ作の住宅街へその姿を溶け込ませ、消えた。その身を神社の鳥居前に残した男は、後ろ姿が見えなくなるまで、行川を見送った。
 正月二日の、二十一時過ぎだった。
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