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綺麗なあのコはずるいから
しおりを挟む「なあー、蜜柑くらい自分で剥けよ」
目線の少し下の方で癖っ毛がひょこひょこ揺れる。くすんだブラウンに染めた髪の根元は、地毛の黒色が見え始めている。
俺は不満げな顔をする瀬川の肩に額を擦り付けた。
「やだ。瀬川がやって」
「赤ちゃんかよ」
ぶつくさ言いながらも手を動かしているから、多分皮を剥いてくれている。
瀬川は俺にかなり甘い。
大学も冬休みに入り、年末に俺たちは一緒に帰省した。もちろん一緒に年越しをして、正月。
今は三が日の特番を、炬燵に入ってだらだらと見ながら過ごしている。
炬燵に蜜柑、そして腕の中に瀬川。
まさに至福。一生正月ならいいのにと本気で思った。
「んっ……おいこら」
「赤ちゃんはこんなことしないだろ」
無防備なうなじに唇で触れる。可愛らしい声を上げて振り返った瀬川の顔は少し赤い。
「おばさんに見られたらどうすんだよ」
「大丈夫だって。どうせ仲良しね、で終わりだよ」
「……確かにおばさんド天然だけどさあ」
遠い目をした瀬川がぼやく。
帰省してすぐに、瀬川を後ろから抱きしめて炬燵に入るこのスタイルを、俺の母親にうっかり目撃されたけれど、「仲良しね~嬉しいわあ」と微笑まれて終わった。
ただし、天然でのんびり屋の母親だが、妙に鋭いところはあるので、俺たちの関係に気付いていそうではある。
言うとくっつかせてくれなくなるので言わないが。
「瀬川、早く」
「ワガママ」
口をぱかりと開けると、瀬川は呆れたようにため息を吐いて、つるりとした蜜柑の実を放り込んだ。口の中で身が弾け、甘い香りが広がる。
べったりくっついても怒られないし、蜜柑も手ずから食べさせてくれる。それに去り際の指を意味深に舐めると、頬を赤くして恥じらう姿を見ることができる。
これが恋人特権ってやつだ。過去の俺が知ったら、羨ましさに狂うだろうな。
ちなみに、恋人になっても苗字呼びは健在だった。曰く、普通の時に名前で呼ばれるとぞわぞわするとのこと。
そのぞわぞわは、気持ち悪いとは逆の方らしいので仕方なく譲歩している。
「明日、飲み会なんだっけ」
「あー、そうだよ。高校の同級生たちと」
「へえ」
瀬川が口を引き結んで、すいと視線を逸らした。ちょっとむくれてる。かわいい。
「ただの同級生たちとの飲み会だぜ」
「ふーん。ただの同級生が、あんなメッセージ送ってくるんだ」
瀬川がこんな態度をとるのは、飲み会の幹事の女子からのメッセージが原因だった。
送られてきたメッセージが思わせぶりな文章だっただけならばまだしも、その子が元カノだということが気に食わないらしい。
要するにヤキモチを妬いているのだ。かわいい。
「何も無いって。その子、きっと彼氏いるし」
「そうだなー、めっちゃ可愛いもんな」
剥いた蜜柑の皮を弄びながら瀬川がぶっきらぼうに言う。
ぶすくれている瀬川には悪いが、俺は口元がにやけるのが止まらなかった。
「一次会だけで、日付が変わる前に帰ってくるから、な?」
ご機嫌取りのために、癖っ毛を撫でながら囁く。
騙されないぞ、と言わんばかりにじろりとこちらを見て、瀬川は鼻を鳴らした。
「いいよ、別に。二次会でも三次会でも行けば。その代わり行く前に俺んち寄れよ」
「なんで?」
「マーキングする」
息が止まった。
そんな俺には気付かず、鼻歌でも歌い出しそうな調子で瀬川が言葉を続ける。
「俺の香水ぶっかけてやるよ。虫除けスプレー並に」
なんだ、こいつ、くそかわいいな。
「……違う方法でもいいけど」
「は? 違う方法って?」
きょとん、と目が丸くなる。瀬川の目は黒目がちで、子犬みたいに可愛らしい。
瀬川の耳の後ろの柔い部分を、わざとリップ音を鳴らして吸い付いた。
「キスマークとか」
「っ、この……えろ魔神……っ!!」
ショートケーキの苺みたいに顔を真っ赤にして、瀬川が俺を睨んだ。違う部屋にいるとはいえ母親は在宅で、叫びたくても叫べないのか、潜めた声がかえってやらしい。
「えろい彼氏は嫌い?」
首を緩く傾けて、瀬川の顔を覗き込む。じっと逸らすことなくその目を見つめた。
瀬川によく、話す時に目を見すぎだと文句を言われることがある。でもそれは仕方ない。
瀬川は綺麗だ。
髪のひと房から足のつま先まで余すことなく綺麗だけど、一番はその瞳だろう。
瀬川の瞳は、雲ひとつない夜空のような色をしている。じっくりと眺めていると、まるで星の煌めきが見えるよう。
だから俺はついついその煌めきを探して見つめてしまうのだ。
その夜空を閉じ込めた瞳が揺れたかと思えば、瀬川が小さく唸った。
「ずるいよ……お前」
それを降参と捉えた俺の頬が緩む。
今度はうなじに吸い付くと、瀬川の肩が微かに跳ねた。
洩れた吐息は確かに艶めいていて、堪らない気分になる。
「瀬川、今夜何時に帰ってくる?」
「ええ、どうだろ。日付超えるかもなあ」
帰省してからお互いの家に交互に泊まっているので、今夜もそうしようと尋ねると、瀬川は宙を見つめながら首を捻った。
上向いていた気持ちが急速に萎んでいく。
「俺はさっさと帰ってくるのに……」
「俺のは男ばっかりの、むさい飲み会だっての。お前のとは全然違うだろ」
飄々と言ってのける瀬川に、今度は俺が機嫌を崩す番だった。
瀬川は今夜、高校の友人たちと飲みに行くらしい。瀬川は男友達だけだからと軽く言うが、俺は気が気では無かった。
「なー、早く帰ってきてよ」
「えー……」
瀬川は渋い顔をする。
これは本気で日付を超える。それどころか朝帰りしかねない。
なお俺が粘ろうとすると、瀬川が俺の肩に頭を預けて上目遣いで見上げてきた。
「皆と会うの、一年ぶりなんだよ。……ダメ?」
「………分かった」
きゅるんと効果音でもつきそうな、まあるい目が訴えかけてくる。そうなればもう俺は頷くしか無い。
瀬川は俺のことをずるい、と言うけれど、ずるいのは瀬川の方だ。
今もそうだし、昔からそうだった。
肝心なことは俺に言わせたがるところや、思わせぶりなことをしておいて、いざとなると逃げてしまうところ。
全部ずるくて、そんなところが死ぬほどかわいい。
「んは、ありがと阿波井」
瀬川が調子良く、にっこりとえくぼの映える笑顔を浮かべた。
ああ、かわいい。どうにかなりそう。
瀬川と初めて会った時のことを、今もまだ鮮明に覚えている。天使のように綺麗な子だと思った。
柔らかい癖っ毛とまろい頬の子どもが、他の園児に踏みつけられた花壇の花に、労わるように水をあげていた。俺の他に誰も気が付かないほど、ひっそりと。
その瞳は光を吸い込んでキラキラしていて、びっくりするくらい綺麗だった。
長年引きずりまくって拗れた好きは、今もなお毎秒更新されていく。
ずるいなあ。ほんとに。
「……俺もマーキングしとこ」
「わ、擽ったいって!」
ぐりぐりと頭を首元に押し付ける。髪が擦れるのか、けらけらと瀬川が笑い声を立てた。
悪いな、瀬川。実はもうマーキングは済んでるんだ。
じゃれあいながら、瀬川のうなじを盗み見る。トレーナーの襟から丸見えのところ。
そこにはくっきりと、赤い花が一つ咲いていた。
かわいい子には虫除けせよ。これは悩める恋人の鉄の掟だろ?
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BLタグから辿り着き、最後まで楽しく読ませていただきました(*´꒳`*)現代物ならではの切なさや生々しさが絶妙で、読んでるこちら側が赤面しそうな甘い空気感に悶えさせていただきました笑。これだからBL小説はやめられません。トキメキを補充させていただき感謝です🫶