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雪がちらつくほど寒い夜でも、街全体を浮ついた雰囲気が包み込んでいる。
歩いて十五分ほどのドラッグストアの明かりさえ、いつもより華やかに見えるような気がした。
店内は少し暑いくらいだ。
ぐるぐる巻きにしたマフラーを緩めながら、俺は陳列された商品を物色する。
必要なものはもう既にカゴに入っている。けれど、それ単体でレジに出すには、とてもじゃないが精神的に耐えられそうに無かったので、苦し紛れのカモフラージュを模索しているのだ。
それにしても、最近のドラッグストアは薬品だけでなく、日用品や食品の種類も豊富で、見ていて飽きない。
昔から、コンビニやスーパーの商品を眺めるのが好きな質で、用が無いのにふらりと入ってしまうところもあった。
「何か買う?」
阿波井がひょっこりと後ろから顔を覗かせた。
俺は商品棚のカップラーメンを眺めながら、商品を二つ指さす。片方はリピートしているもので、もう片方は初めて見る。新商品だろう。
「これとこれで迷ってる」
「どっちも買えば?」
「いや、二つはちょっと。それに今は腹減ってないし」
それに、一人暮らしの大学生が買うにはカップラーメンは少し贅沢品だ。
こういう時優柔不断な俺は交互に見比べながら唸る。
ふと阿波井の手が伸びた。迷っていると告げた二つとも取って、俺の片腕に引っ提げていたカゴの中に入れた。
少し驚いて阿波井を見上げると、阿波井が目元を緩めてこちらを見ていた。
「はんぶんこしようぜ」
「おー……ありがと」
こういうことをさらりとやってのけて、それが様になる男である。
「阿波井は何か買いたいものある? 酒?」
「またそうやって。すぐ酒いれようとする」
「いいだろ」
「そんなに強くないくせにな」
「そう言うお前は強いくせに飲まないじゃん」
ケースの前で足を止めて阿波井を見る。
陳列された缶チューハイをちらりと見て、阿波井は緩く首を横に振った。
「今日は酒は無しな。……あとは?」
「うーん……あとはいいかな」
「なら、レジ行こうか」
こんな日の夜にわざわざドラッグストアに出向く人は少なく、表に出ている店員は一人だ。
それこそ同い年くらいの女性で、クリスマスに一人働いているというのに目は死んでいないから、多分バイトを始めたばかりの新人では無かろうか。
「いらっしゃいませ~」
名札には案の定研修中の若葉マーク。客相手ににこやかな笑顔を浮かべているところが、擦れていなくて眩しい。
が、その笑顔が躊躇いなく阿波井にばかり注がれているのを見て苦笑いがこぼれる。
流れ作業でカゴから商品をスキャンしているのを眺めていたところで、女性の動きが一瞬止まる。俺の後ろから、阿波井が追加で商品を差し出したからだ。
カウンターに置かれたそれを見て、俺の息も止まった。がばりと勢い良く隣の阿波井を見上げる。
「おまっ!!」
「え、瀬川ん家に無いだろ」
羞恥にわなわなと唇が震える。狼狽える俺に対して、当の本人は平然としていた。
阿波井がカウンターに置いたのはコンドーム。
清涼感のあるパッケージだけれども、極薄の文字が生々しさを醸し出していた。
店員も若干フリーズしている気がする。まともに店員の顔が見られなかった。
俺は声を潜めて、阿波井を睨み付けた。
「あるわ! ……一応」
「俺のサイズある?」
「……っ」
口を噤む。パッケージをちらりと見遣った。
阿波井の言う通り、阿波井のサイズのそれは家に無いだろう。
阿波井は俺よりも体格が良いから当然なのだが、言い難い敗北感が胸の内に広がる。
できるだけ店員と視線を合わせたくない俺は、俯いたまま阿波井の脛を蹴った。阿波井は痛いよ、と小さく笑う。
「レジ袋はどうしますか?」
「あ、ください」
結局、阿波井がまとめて会計をして、それなりに膨らんだレジ袋を受け取っていた。
外に出た途端、温まった体を冷気が急速に冷やしていく。吐き出した息が雲のように白い。
レジ袋を持とうと手を伸ばすと、阿波井は自然な仕草で袋を持ち替えて、するりと逃げられた。
代わりに空いた片手で、宙ぶらりんになった俺の手を取る。
「……外だぞ」
「誰も見てないよ」
阿波井は視線を前に向けたまま言う。俺は鼻を鳴らして、繋いだ手をぎゅうと握り締めた。
ひっそりと手を繋いだまま、二人で夜道を歩く。
すれ違う人もほんの数人で、おまけに暗くて寒いから、本当に誰もこちらを一瞥もしなかった。
暫くお互い無言で二人きりの道を歩いていたが、先程の出来事がふと蘇って、俺は阿波井をぎろりと睨んだ。
「さっきのあれ、なんだよ」
「あれって?」
「ゴっ……厶のこと……!」
一応外なので小声になる。
阿波井はああ、と俺を見た。
「それが何?」
「あんな堂々と出すか、普通……!? 店の人もびっくりして固まってたじゃんか」
「そうか? ……まあ、凄い面白い顔はしてたけど」
どんな顔だ。
阿波井の面白い、は少し分かり辛い。
「それに別になんの問題無いだろ」
「なっ、いけど……恥ずかしさで死にそう……」
会話だって露骨だった。
あの女性店員がどう受け取ったか分からないが、後から出したコンドームと、カップラーメンで隠すようにカゴの中に入っていたアレを見たら、大抵何をするか想像がつくだろう。
がっくりと項垂れる俺に、阿波井は愉しそうに声を立てて笑った。でもさ、と囁くように阿波井は続ける。
「あれは瀬川の態度がモロすぎんだよ」
「あ? 俺が悪いって言いたいのかよ」
眉間に思わず皺が寄る。阿波井はそんな俺の表情に、何故か頬をゆるりと緩ませた。
いや、俺は今イラついているんだけど。
「そもそも、クリスマスの夜にコンドーム買うって行為自体がアレだ」
「アレ、って」
「えろいことします、って言ってるようなもん」
阿波井の口角が緩やかに吊り上がって、その瞳の奥がキラリと光る。
俺は言葉を失った。頬を撫でる空気は冷たいのに、顔が熱くて仕方ない。
「……バカ」
「いて!」
先程とは逆の脛を蹴る。態とらしく声を上げた阿波井には、大した効果は無かったようで、悪戯が成功した子どものようににやついていた。
歩いて十五分ほどのドラッグストアの明かりさえ、いつもより華やかに見えるような気がした。
店内は少し暑いくらいだ。
ぐるぐる巻きにしたマフラーを緩めながら、俺は陳列された商品を物色する。
必要なものはもう既にカゴに入っている。けれど、それ単体でレジに出すには、とてもじゃないが精神的に耐えられそうに無かったので、苦し紛れのカモフラージュを模索しているのだ。
それにしても、最近のドラッグストアは薬品だけでなく、日用品や食品の種類も豊富で、見ていて飽きない。
昔から、コンビニやスーパーの商品を眺めるのが好きな質で、用が無いのにふらりと入ってしまうところもあった。
「何か買う?」
阿波井がひょっこりと後ろから顔を覗かせた。
俺は商品棚のカップラーメンを眺めながら、商品を二つ指さす。片方はリピートしているもので、もう片方は初めて見る。新商品だろう。
「これとこれで迷ってる」
「どっちも買えば?」
「いや、二つはちょっと。それに今は腹減ってないし」
それに、一人暮らしの大学生が買うにはカップラーメンは少し贅沢品だ。
こういう時優柔不断な俺は交互に見比べながら唸る。
ふと阿波井の手が伸びた。迷っていると告げた二つとも取って、俺の片腕に引っ提げていたカゴの中に入れた。
少し驚いて阿波井を見上げると、阿波井が目元を緩めてこちらを見ていた。
「はんぶんこしようぜ」
「おー……ありがと」
こういうことをさらりとやってのけて、それが様になる男である。
「阿波井は何か買いたいものある? 酒?」
「またそうやって。すぐ酒いれようとする」
「いいだろ」
「そんなに強くないくせにな」
「そう言うお前は強いくせに飲まないじゃん」
ケースの前で足を止めて阿波井を見る。
陳列された缶チューハイをちらりと見て、阿波井は緩く首を横に振った。
「今日は酒は無しな。……あとは?」
「うーん……あとはいいかな」
「なら、レジ行こうか」
こんな日の夜にわざわざドラッグストアに出向く人は少なく、表に出ている店員は一人だ。
それこそ同い年くらいの女性で、クリスマスに一人働いているというのに目は死んでいないから、多分バイトを始めたばかりの新人では無かろうか。
「いらっしゃいませ~」
名札には案の定研修中の若葉マーク。客相手ににこやかな笑顔を浮かべているところが、擦れていなくて眩しい。
が、その笑顔が躊躇いなく阿波井にばかり注がれているのを見て苦笑いがこぼれる。
流れ作業でカゴから商品をスキャンしているのを眺めていたところで、女性の動きが一瞬止まる。俺の後ろから、阿波井が追加で商品を差し出したからだ。
カウンターに置かれたそれを見て、俺の息も止まった。がばりと勢い良く隣の阿波井を見上げる。
「おまっ!!」
「え、瀬川ん家に無いだろ」
羞恥にわなわなと唇が震える。狼狽える俺に対して、当の本人は平然としていた。
阿波井がカウンターに置いたのはコンドーム。
清涼感のあるパッケージだけれども、極薄の文字が生々しさを醸し出していた。
店員も若干フリーズしている気がする。まともに店員の顔が見られなかった。
俺は声を潜めて、阿波井を睨み付けた。
「あるわ! ……一応」
「俺のサイズある?」
「……っ」
口を噤む。パッケージをちらりと見遣った。
阿波井の言う通り、阿波井のサイズのそれは家に無いだろう。
阿波井は俺よりも体格が良いから当然なのだが、言い難い敗北感が胸の内に広がる。
できるだけ店員と視線を合わせたくない俺は、俯いたまま阿波井の脛を蹴った。阿波井は痛いよ、と小さく笑う。
「レジ袋はどうしますか?」
「あ、ください」
結局、阿波井がまとめて会計をして、それなりに膨らんだレジ袋を受け取っていた。
外に出た途端、温まった体を冷気が急速に冷やしていく。吐き出した息が雲のように白い。
レジ袋を持とうと手を伸ばすと、阿波井は自然な仕草で袋を持ち替えて、するりと逃げられた。
代わりに空いた片手で、宙ぶらりんになった俺の手を取る。
「……外だぞ」
「誰も見てないよ」
阿波井は視線を前に向けたまま言う。俺は鼻を鳴らして、繋いだ手をぎゅうと握り締めた。
ひっそりと手を繋いだまま、二人で夜道を歩く。
すれ違う人もほんの数人で、おまけに暗くて寒いから、本当に誰もこちらを一瞥もしなかった。
暫くお互い無言で二人きりの道を歩いていたが、先程の出来事がふと蘇って、俺は阿波井をぎろりと睨んだ。
「さっきのあれ、なんだよ」
「あれって?」
「ゴっ……厶のこと……!」
一応外なので小声になる。
阿波井はああ、と俺を見た。
「それが何?」
「あんな堂々と出すか、普通……!? 店の人もびっくりして固まってたじゃんか」
「そうか? ……まあ、凄い面白い顔はしてたけど」
どんな顔だ。
阿波井の面白い、は少し分かり辛い。
「それに別になんの問題無いだろ」
「なっ、いけど……恥ずかしさで死にそう……」
会話だって露骨だった。
あの女性店員がどう受け取ったか分からないが、後から出したコンドームと、カップラーメンで隠すようにカゴの中に入っていたアレを見たら、大抵何をするか想像がつくだろう。
がっくりと項垂れる俺に、阿波井は愉しそうに声を立てて笑った。でもさ、と囁くように阿波井は続ける。
「あれは瀬川の態度がモロすぎんだよ」
「あ? 俺が悪いって言いたいのかよ」
眉間に思わず皺が寄る。阿波井はそんな俺の表情に、何故か頬をゆるりと緩ませた。
いや、俺は今イラついているんだけど。
「そもそも、クリスマスの夜にコンドーム買うって行為自体がアレだ」
「アレ、って」
「えろいことします、って言ってるようなもん」
阿波井の口角が緩やかに吊り上がって、その瞳の奥がキラリと光る。
俺は言葉を失った。頬を撫でる空気は冷たいのに、顔が熱くて仕方ない。
「……バカ」
「いて!」
先程とは逆の脛を蹴る。態とらしく声を上げた阿波井には、大した効果は無かったようで、悪戯が成功した子どものようににやついていた。
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