5 / 14
5
しおりを挟む
クリスマスまであと一ヶ月。
今日、俺は半年ほど付き合った彼女と別れた。
昼休みに空き教室に呼び出され、告げられたのはまさかの別れの言葉。
突然の展開に呆然とする俺を見兼ねた友人たちによって、講義終わりに大学近くの居酒屋へ連行され、今に至る。
「涙ぐんで他に好きな人ができたの、って……泣きたいのはこっちの方なんだけど……!?」
空になったジョッキを叩きつける勢いでテーブルの上に置くと、焼き鳥の串が皿から飛び散った。
満席の店内は騒がしいから、少しばかり叫んでいても構わないだろう。
血が昇ったのかぐらぐらと目の前が揺れて、俺はそのまま机に突っ伏した。
顔も体も燃えるように熱い。たった今飲み干したビールが何杯目かも分からなかった。
「もうすぐクリスマスだっていうのに……可哀想に」
「ほんと鬼畜の所業だよ」
同じ学部の友人の一人が顔面をタコのように真っ赤にして俺の肩を抱き、もう一人が天を仰ぐ。
大学では同じ学部の五人でつるんでいるが、他の二人はバイトがあるため、慰めのメッセージをくれていた。
「クリスマス……道理で当日はバイトがあるとかなんとか言ってたわけだよ……」
ハナから俺と過ごす気は無かったのだろう。
天然気質な愛らしい子だと思っていたけれど、案外したたかなのかもしれない。
「誠人、お前は良いヤツだよ。すぐ次が見つかるって。な?」
「いや……もう当分いいわ……」
「そんな事言うなよ~! とにかく今日は飲め飲め!嫌な記憶ぶっ飛ばしてけ」
ああ、机がひんやりとしていて気持ちいい。
ぼうっと追加されたばかりのジョッキを眺める。白い泡がぷつぷつと弾けていた。
のろりと起き上がると、目の前がまたぐらりと揺れる。
「見てろよ……次はもっと美人で、賢くて、優しくて、そんで、えろい子と付き合ってやるからなぁ……!!!」
「おお、その意気だ!」
「頑張れ誠人!! ビッグな夢でも、お前ならいける!!」
友人たちの声援を背に、ジョッキをぐっと傾ける。
むしゃくしゃした気分も一緒に、冷えたビールで胃の中に流し込んでいった。
そうやって大して強くもないくせに、ペースも考えずに飲んでいけば結果は目に見えているわけで。
「おーい、誠人ぉ。生きてるか~」
「…………むり」
一番酒に強い友人が、俺の肩を叩く。
俺の周りだけ重力が倍にでもなったかのように、体が怠くて重たい。そして磁石でもくっついたかのように瞼も重い。
俺は机にべったりと張り付きながら、ジョッキの中の溶けかけた氷をぼんやりと眺めていた。
「俺も飲みすぎた……二人もおぶって行けねえよお」
友人の嘆く声が聞こえる。もう一人の友人は完全に潰れてしまったらしい。
寝転んでいるのか、姿さえ見えなかった。
「あー……すまほ、どこだっけ」
そのままの体勢でごそごそとポケットを漁る。
いつもの倍の時間をかけて引っ張り出したスマホのロックを解除して、メッセージアプリを開いた。
目当ての人物とのトーク画面を開く。先日遊んだオンラインゲームの話で会話が終わっていた。
眠すぎて、目がしょぼしょぼする。霞む視界の中、スマホを持ち始めた頃のようなのろいタイピングでメッセージを送る。
漢字に変換することさえ億劫だった。
「一人ずつなら行けっかなあ~……」
「…………いま、むかえよんだ、から。あいつを家までつれてってやって……」
「マジ? 大丈夫かよ」
「たぶん」
俺のスマホの通知音が鳴る。浮かび上がったポップアップを横目で見ながら、上手く回らぬ舌で答えた。
「とりあえず、会計してくるわ」
「おれのさいふ、かばんの中」
「今日は奢りだから気にすんなよ」
「おー……ありがとう」
よろよろと立ち上がった友人の背を見送る。
その背中が完全に見えなくなると、とうとう耐えきれずに瞼がくっついてしまった。
「瀬川」
「……ん、う」
細く開けた視界に、見目麗しい男の姿が飛び込んでくる。
不安げに歪んだ表情が、ほっと僅かに和らいだ。
「……あわいだ」
「そう、俺だよ」
「めっちゃ、顔いいなおまえ」
「ありがと。……ほら、帰ろうか」
「んー……」
促されるままに阿波井の首にゆるゆるとしがみつく。次いでふわっと浮遊感が体を襲った。
「飲ませすぎちゃって、すんません」
「大丈夫です。むしろご迷惑をおかけしました」
「いや、ほんと俺らが飲ませたんで……にしても、誠人にこんなイケメンな友達がいるとか、知らなかったっす」
頭の中がふわふわとしている。それでも聞こえてきた友人の言葉にぴくりと体が揺れた。
しがみつく腕に力を込めて、友人に得意げな顔をしてみせる。
「あわい、いいだろ。おれんだよ」
「えっ」
友人が驚いたように目を丸くしていた。変な顔だ。
こんなに美形で、しかも中身までデキた男はそうそういない。そんな男が俺の、幼なじみなんだぞ。羨ましかろう。
くふくふと笑いながら、その肩に額を擦り付ける。
「……そろそろ限界そうなんで、帰りますね。ありがとうございました」
「あ、はい……」
「またなあ」
潰れたもう一人を肩に背負う友人に手を振る。友人は阿波井に背負われた俺を見ながら最後まで、なんとも言えない変な顔をしていた。
今日、俺は半年ほど付き合った彼女と別れた。
昼休みに空き教室に呼び出され、告げられたのはまさかの別れの言葉。
突然の展開に呆然とする俺を見兼ねた友人たちによって、講義終わりに大学近くの居酒屋へ連行され、今に至る。
「涙ぐんで他に好きな人ができたの、って……泣きたいのはこっちの方なんだけど……!?」
空になったジョッキを叩きつける勢いでテーブルの上に置くと、焼き鳥の串が皿から飛び散った。
満席の店内は騒がしいから、少しばかり叫んでいても構わないだろう。
血が昇ったのかぐらぐらと目の前が揺れて、俺はそのまま机に突っ伏した。
顔も体も燃えるように熱い。たった今飲み干したビールが何杯目かも分からなかった。
「もうすぐクリスマスだっていうのに……可哀想に」
「ほんと鬼畜の所業だよ」
同じ学部の友人の一人が顔面をタコのように真っ赤にして俺の肩を抱き、もう一人が天を仰ぐ。
大学では同じ学部の五人でつるんでいるが、他の二人はバイトがあるため、慰めのメッセージをくれていた。
「クリスマス……道理で当日はバイトがあるとかなんとか言ってたわけだよ……」
ハナから俺と過ごす気は無かったのだろう。
天然気質な愛らしい子だと思っていたけれど、案外したたかなのかもしれない。
「誠人、お前は良いヤツだよ。すぐ次が見つかるって。な?」
「いや……もう当分いいわ……」
「そんな事言うなよ~! とにかく今日は飲め飲め!嫌な記憶ぶっ飛ばしてけ」
ああ、机がひんやりとしていて気持ちいい。
ぼうっと追加されたばかりのジョッキを眺める。白い泡がぷつぷつと弾けていた。
のろりと起き上がると、目の前がまたぐらりと揺れる。
「見てろよ……次はもっと美人で、賢くて、優しくて、そんで、えろい子と付き合ってやるからなぁ……!!!」
「おお、その意気だ!」
「頑張れ誠人!! ビッグな夢でも、お前ならいける!!」
友人たちの声援を背に、ジョッキをぐっと傾ける。
むしゃくしゃした気分も一緒に、冷えたビールで胃の中に流し込んでいった。
そうやって大して強くもないくせに、ペースも考えずに飲んでいけば結果は目に見えているわけで。
「おーい、誠人ぉ。生きてるか~」
「…………むり」
一番酒に強い友人が、俺の肩を叩く。
俺の周りだけ重力が倍にでもなったかのように、体が怠くて重たい。そして磁石でもくっついたかのように瞼も重い。
俺は机にべったりと張り付きながら、ジョッキの中の溶けかけた氷をぼんやりと眺めていた。
「俺も飲みすぎた……二人もおぶって行けねえよお」
友人の嘆く声が聞こえる。もう一人の友人は完全に潰れてしまったらしい。
寝転んでいるのか、姿さえ見えなかった。
「あー……すまほ、どこだっけ」
そのままの体勢でごそごそとポケットを漁る。
いつもの倍の時間をかけて引っ張り出したスマホのロックを解除して、メッセージアプリを開いた。
目当ての人物とのトーク画面を開く。先日遊んだオンラインゲームの話で会話が終わっていた。
眠すぎて、目がしょぼしょぼする。霞む視界の中、スマホを持ち始めた頃のようなのろいタイピングでメッセージを送る。
漢字に変換することさえ億劫だった。
「一人ずつなら行けっかなあ~……」
「…………いま、むかえよんだ、から。あいつを家までつれてってやって……」
「マジ? 大丈夫かよ」
「たぶん」
俺のスマホの通知音が鳴る。浮かび上がったポップアップを横目で見ながら、上手く回らぬ舌で答えた。
「とりあえず、会計してくるわ」
「おれのさいふ、かばんの中」
「今日は奢りだから気にすんなよ」
「おー……ありがとう」
よろよろと立ち上がった友人の背を見送る。
その背中が完全に見えなくなると、とうとう耐えきれずに瞼がくっついてしまった。
「瀬川」
「……ん、う」
細く開けた視界に、見目麗しい男の姿が飛び込んでくる。
不安げに歪んだ表情が、ほっと僅かに和らいだ。
「……あわいだ」
「そう、俺だよ」
「めっちゃ、顔いいなおまえ」
「ありがと。……ほら、帰ろうか」
「んー……」
促されるままに阿波井の首にゆるゆるとしがみつく。次いでふわっと浮遊感が体を襲った。
「飲ませすぎちゃって、すんません」
「大丈夫です。むしろご迷惑をおかけしました」
「いや、ほんと俺らが飲ませたんで……にしても、誠人にこんなイケメンな友達がいるとか、知らなかったっす」
頭の中がふわふわとしている。それでも聞こえてきた友人の言葉にぴくりと体が揺れた。
しがみつく腕に力を込めて、友人に得意げな顔をしてみせる。
「あわい、いいだろ。おれんだよ」
「えっ」
友人が驚いたように目を丸くしていた。変な顔だ。
こんなに美形で、しかも中身までデキた男はそうそういない。そんな男が俺の、幼なじみなんだぞ。羨ましかろう。
くふくふと笑いながら、その肩に額を擦り付ける。
「……そろそろ限界そうなんで、帰りますね。ありがとうございました」
「あ、はい……」
「またなあ」
潰れたもう一人を肩に背負う友人に手を振る。友人は阿波井に背負われた俺を見ながら最後まで、なんとも言えない変な顔をしていた。
128
お気に入りに追加
191
あなたにおすすめの小説
推し変なんて絶対しない!
toki
BL
ごくごく平凡な男子高校生、相沢時雨には“推し”がいる。
それは、超人気男性アイドルユニット『CiEL(シエル)』の「太陽くん」である。
太陽くん単推しガチ恋勢の時雨に、しつこく「俺を推せ!」と言ってつきまとい続けるのは、幼馴染で太陽くんの相方でもある美月(みづき)だった。
➤➤➤
読み切り短編、アイドルものです! 地味に高校生BLを初めて書きました。
推しへの愛情と恋愛感情の境界線がまだちょっとあやふやな発展途上の17歳。そんな感じのお話。
もしよろしければ感想などいただけましたら大変励みになります✿
感想(匿名)➡ https://odaibako.net/u/toki_doki_
Twitter➡ https://twitter.com/toki_doki109
素敵な表紙お借りしました!(https://www.pixiv.net/artworks/97035517)

失恋したのに離してくれないから友達卒業式をすることになった人たちの話
雷尾
BL
攻のトラウマ描写あります。高校生たちのお話。
主人公(受)
園山 翔(そのやまかける)
攻
城島 涼(きじまりょう)
攻の恋人
高梨 詩(たかなしうた)

初恋はおしまい
佐治尚実
BL
高校生の朝好にとって卒業までの二年間は奇跡に満ちていた。クラスで目立たず、一人の時間を大事にする日々。そんな朝好に、クラスの頂点に君臨する修司の視線が絡んでくるのが不思議でならなかった。人気者の彼の一方的で執拗な気配に朝好の気持ちは高ぶり、ついには卒業式の日に修司を呼び止める所までいく。それも修司に無神経な言葉をぶつけられてショックを受ける。彼への思いを知った朝好は成人式で修司との再会を望んだ。
高校時代の初恋をこじらせた二人が、成人式で再会する話です。珍しく攻めがツンツンしています。
※以前投稿した『初恋はおしまい』を大幅に加筆修正して再投稿しました。現在非公開の『初恋はおしまい』にお気に入りや♡をくださりありがとうございました!こちらを読んでいただけると幸いです。
今作は個人サイト、各投稿サイトにて掲載しています。


もしかして俺の人生って詰んでるかもしれない
バナナ男さん
BL
唯一の仇名が《 根暗の根本君 》である地味男である< 根本 源 >には、まるで王子様の様なキラキラ幼馴染< 空野 翔 >がいる。
ある日、そんな幼馴染と仲良くなりたいカースト上位女子に呼び出され、金魚のフンと言われてしまい、改めて自分の立ち位置というモノを冷静に考えたが……あれ?なんか俺達っておかしくない??
イケメンヤンデレ男子✕地味な平凡男子のちょっとした日常の一コマ話です。


【完結】愛してるから。今日も俺は、お前を忘れたふりをする
葵井瑞貴
BL
『好きだからこそ、いつか手放さなきゃいけない日が来るーー今がその時だ』
騎士団でバディを組むリオンとユーリは、恋人同士。しかし、付き合っていることは周囲に隠している。
平民のリオンは、貴族であるユーリの幸せな結婚と未来を願い、記憶喪失を装って身を引くことを決意する。
しかし、リオンを深く愛するユーリは「何度君に忘れられても、また好きになってもらえるように頑張る」と一途に言いーー。
ほんわか包容力溺愛攻め×トラウマ持ち強気受け

【完結】I adore you
ひつじのめい
BL
幼馴染みの蒼はルックスはモテる要素しかないのに、性格まで良くて羨ましく思いながらも夏樹は蒼の事を1番の友達だと思っていた。
そんな時、夏樹に彼女が出来た事が引き金となり2人の関係に変化が訪れる。
※小説家になろうさんでも公開しているものを修正しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる