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カフェを出てそのまま、近くの居酒屋に入った。
存外俺はこの男と会うのが嬉しかったのだと思う。
そうでなければ、講義もバイトもサークルもぎっしり詰めた予定の中で、丸一日空いている日を選ばなかっただろう。
水曜の夜だからか、店の客入りはぼちぼちだ。壁際の席に案内されて、メニューを手に取る。値段の割に、飲み放題の種類が豊富で感心した。
二十歳になって一年も経っていないのに、そんなことを言うのはイタイ気がして口には出さない。
「阿波井って酒、強いの?」
「あー、普通くらいかな。あんまり強いお酒はそもそも飲まないし。瀬川は……弱そう」
「うるさいなあ。俺も普通だよ」
飲むと直ぐに顔が真っ赤になってしまうが、決して下戸というわけでは無い。
大袈裟に顔を顰めると、阿波井がおかしそうに笑い声を洩らした。
「俺はビールにするけど阿波井は?」
「カシオレ」
「ほんと、甘いの好きな」
ホテルの最上階のスイートルームで、美女とウイスキーでも嗜んでそうなビジュアルなのに、酒を覚えたての女子大生のような酒を選ぶ。
さっきだって、ジンジャエールの甘口を選んでいた。昔から何も変わらない。
卓上に備え付けのタブレットで注文した酒と、適当なつまみの何品かはすぐに運ばれてきた。それらを口に運びながら、交互に他愛の無い話をする。
────それにしても。
相槌を打つ阿波井から、僅かに視線を外した。
先程から阿波井越しに、チラチラと見える女性二人組の視線が痛い。
ひそひそと一人が耳打ちをして、片割れが頷いた。
あ、来るな、これは。
「あのぉ」
「お兄さん達二人ですか? 私達も二人なので、よかったら一緒に飲みませんか~?」
テーブルの傍らに寄ってきた女性二人組が、案の定声を掛けてきた。
こんなことを言うのは失礼かもしれないが、どちらも世間一般で言う美人に属する見た目をしている。露出が多めの服装から覗く素肌に少しどきりとした。
要するに、逆ナンされているわけだけれども、俺の心は躍らない。二人、とは言いながら女性たちの視線は阿波井のその花のかんばせに注がれているのだ。
このような経験は初めてでは無い。阿波井といればしょっちゅうだ。
ただ、同じ男としてはそれは少し面白くないわけで。
ビールのグラスを傾けつつ、じとりと阿波井の顔を見遣った。
「あー……ごめんなさい。二人で飲みたいから」
阿波井は困ったように眉尻を下げて、女性たちへ断りの言葉を口にする。
「え~! 男二人って退屈じゃないですか~??」
「そうですよお。大人数の方が楽しいですって!」
尚も食い下がる女性たちに、阿波井がちらりとこちらを見た。その子犬のような縋る視線にため息を噛み殺す。
俺は掴んでいたグラスを離して、テーブルの上に乗った阿波井の手の甲を指先で引っ掻いた。
「悪いけど、デート中なんすよ」
「えっ……?」
視界の外からひょこりと飛び出してきた平凡な男に、女性達の目がまん丸になった。
そんな二人を呆れた目で眺めながら、そのまま阿波井の長い指を搦めて握り込む。俺の方が酔いが回るのが早いのか、少しひんやりとした肌が心地よかった。
阿波井の手に力がこもる。俺は平然とした顔をしながら、肩が跳ねそうになるのを堪えた。
場に似つかわしくない静寂が広がる。
ようやく何が、どうなっているのかを理解したのか、女性たちの頬の紅がぽっと濃くなった。
「ご、ごめんなさいっ!!」
二人して何か言い合いながら逃げるように去っていく。
化け物に出くわした、と表現するには何だか楽しそうで、俺は一人首を捻った。
「……瀬川」
「あっ……わ、悪い」
阿波井の声に慌てて握っていた手を離す。
阿波井は離れた手を少しだけ見つめてから、ほっとしたような微笑みを俺に向けた。
「ありがと。ていうか、ごめんな。俺だけで断りきれなくて」
「いや、いいよ。お前も大変だよなあ……」
断っても食い下がってくるような、ああいうタイプの人間と阿波井の相性はあまり良くはない。阿波井はどんな人間であっても、冷たく接しないからだ。
イケメンにはイケメンの苦労がある、とはこういうことだろう。
憐憫を込めて阿波井を見つめていると、阿波井が唐突に噴き出した。
「えっ、何!? 今面白いポイントあった?」
「ふはっ……いや、デートって言った時の、あの人たちの表情が面白かったなって」
「ああ……まさに鳩が豆鉄砲食らった、ってやつ?どんな顔だよとは思ってたけど、あんな顔なんだろうな」
女性たちの去り姿を思い浮かべながら枝豆をつまむ。
少し惜しいことをしたと思わないでもないが、どうせ四人で飲んでいても俺は置物だから、これで良かったのである。
「でも、デートって少しビックリした」
手も握ってくるし、と付け加えられて、俺は視線を泳がせた。空になったグラスを、意味もなく手で弄びながら口を開く。
「……ああ言えば、あれ以上構ってこないと思って」
「まあ、確かに」
「気持ち悪かったんだったら謝るわ」
あれは困っていた阿波井を助けるための苦肉の策だったので、文句を言われたらそれはそれで腹が立つけれど。
阿波井は驚愕に目を見開いて、勢い良く首を横に振った。
「全然。そんなわけないだろ」
「あっ……そう」
大真面目に返されてしまい、思わず俺は視線をメニュー表に落とした。
ここはキショいとか、言い合うノリじゃねえの。
そういう男同士のノリがどうにも似合わない奴だ。
なんだか妙な空気が流れているように感じて、俺はひたすらロック、水割り、ソーダ割りの三つの羅列を見つめていた。
ふと俺の頭上に影がかかって、瀬川、と近くで声が響く。
耳殻に掛かった吐息に弾かれたように顔を上げると、阿波井がメニューを見下ろしながらある一点を指さした。
「俺、次ファジーネーブル」
「え……」
「ン? 頼むんじゃないの?」
俺の手元の空のグラスを机の際に移動させながら、阿波井が首を傾げた。とぼけた表情をしている俺を、阿波井は不思議そうに見つめる。
「瀬川?」
「……っ、いや、そう! ファジーネーブルな! 俺は、あー……うん、梅酒にしとこうかな!」
若干の早口でそう言いながら、俺はタブレットを触る。
ハハ、と口元に浮かべた笑顔は自分では見えないが、恐らくかなりぎこちない。
阿波井はそんな俺の態度を気にも留めていないようだった。メニュー表を見ながら、次に頼むつまみたちを物色している。
気まずさを感じているのが俺だけというのが気に食わなくて、あとどうにか気分を切り替えたくて、俺は全く別の話題を振った。
「あ、阿波井は、SNSとかやってないの?」
「SNSか、……やってないな。一応アカウントは作ったけど」
「マジか。どれ?」
阿波井がポケットからスマホを取り出してすいすいと操作する。誰もが知っている写真投稿サイトを開くと、画面をこちらに向けてきた。
やっていない、というのは本当のようで、本名で登録されているアカウントのフォロワー数は、十数人しかいなかった。
投稿も三つだけ。空と、海と、満月の写真。
しかも全部、三年前のものだ。
「アイコンは……うさぎ?」
「中学の遠足で動物園に行ったろ?あの時のうさぎ」
「うわー懐かしい! 名前なんだっけ」
「マコちゃん」
阿波井の頬が緩む。その表情には慈しみが滲み出ていた。
はて、と内心で首を捻る。阿波井はそんなにウサギが好きだっただろうか?
それはともかく、イメージ通りの男である。
この美貌であれば、自撮りを一枚アップするだけで万バズしそうなものだけれど、実際は自撮りどころか人間の写真すらアップしていないときた。
俺が阿波井のように整った顔立ちをしていたら、と考える。
SNSに張り付いて、承認欲求の塊になっていたかもしれない。
周りに溶け込む平凡な顔で良かった。
「瀬川こそ、SNSやってる?」
「ああ。同じやつ」
「見せてよ」
こちらから話を振った手前、嫌だとは言えない。
阿波井よりは使ってはいるが、身内や顔見知りと繋がる程度のアカウントだ。
興味深そうに阿波井かスマホを覗き込む。
画面を差し出すと、長い指が下へとスクロールしていく。
旅行だとか、食べ物だとか、そういう写真ばかりだけれど、いざ目の前でまじまじと見られると恥ずかしい。
むず痒い気持ちを持て余していると、ぴたりと阿波井の指が止まった。
「これ……」
「うわ、恥ずかしっ! ……でもまあ、よく撮れてるだろ」
阿波井が手を止めたのは、大学生になって初めての夏休みに、友人たちと沖縄に行った時の写真だ。
友人たちと並んで写る俺は、満面の笑みでカメラを見ている。
雲ひとつない青空も、持ったシークワーサーのドリンクの色合いも、現地で買ったアロハシャツも、全てが綺麗に写り込んでいてお気に入りだった。
「ああ、よく撮れてる。めっちゃいいな、楽しそう」
「だろ。阿波井は、彼女とかと旅行に行かないの?」
「たまに行くよ。でも瀬川ほどでは無いかな」
「俺もそんなに頻繁に行くわけじゃないよ。そういうところに行った時に写真をアップするから、そう見えるだけ」
阿波井のつむじを眺めながら言う。
阿波井、彼女がいることを否定しなかったな。そりゃそうだ。まともな感性があればこんな男、放って置かないだろう。
見目麗しく、高身長で、おまけに文武両道なこの男と付き合う女性が、どんな人なのか気になってしまう。
むくむくと湧き上がる好奇心のままに口を開いた瞬間、阿波井がスマホから顔を上げた。
「フォローしていい?」
「えっ」
「あれ、違った? フォローって言うよな?」
間違えたと思ったのか、阿波井が眦をほんのり染めてはにかむ。
つい先程まで別のことを考えていたから、反応が遅れてしまったのだ。俺は首を横に振った。
「あ、うん、合ってる。俺もフォローしたいし、交換しようか」
そうして阿波井と俺のフォロー数とフォロワー数が一人ずつ増えた。
阿波井のフォロー数も同様に少ないから、その中の一人だと思うと少しばかり嬉しくなる。実際は本人が全くSNSを運用していないだけだけれども。
阿波井は満足気な顔でスマホをしまうと、今度は沖縄の事について尋ね始めた。
誰と行ったとか、どこに泊まったとか、少し驚くくらいに根掘り葉掘り。
大方、次に誰かと行く時の参考にでもしたいのだろう。
そうやって、今まで会っていなかった分の空白を埋めるかのように互いの話をして、気付けば終電ギリギリの時間になっていた。
下宿先まで歩くには二人とも少し距離がある。慌てて店から飛び出した俺たちは、人もまばらな改札口前に立っていた。
阿波井のほんのりと赤い顔を見上げる。
「阿波井の家って俺と逆方向だっけ?」
「そう。だからここでお別れだな」
阿波井と駅で別れるなんて新鮮だった。
実家が隣同士だから、中学までは帰宅直前まで一緒にいたし。高校からは別の学校に通っていたから、一緒に帰るということ自体無くなってしまった。
それを寂しいと思ったことは無かったけれど。いや、本当は寂しかったんだろうか。
アルコールのせいか、なんだか感傷的になっていた。
改札を通った後、阿波井が立ち止まってこちらを振り向く。
「なあ、瀬川」
「うん?」
「またデートしようぜ」
阿波井が目元をくしゃりとさせて、悪戯っぽく笑った。
思わずくらりとしたのはきっと身体中に巡ったアルコールと、夏の夜の蒸し暑さのせいだと思う。
存外俺はこの男と会うのが嬉しかったのだと思う。
そうでなければ、講義もバイトもサークルもぎっしり詰めた予定の中で、丸一日空いている日を選ばなかっただろう。
水曜の夜だからか、店の客入りはぼちぼちだ。壁際の席に案内されて、メニューを手に取る。値段の割に、飲み放題の種類が豊富で感心した。
二十歳になって一年も経っていないのに、そんなことを言うのはイタイ気がして口には出さない。
「阿波井って酒、強いの?」
「あー、普通くらいかな。あんまり強いお酒はそもそも飲まないし。瀬川は……弱そう」
「うるさいなあ。俺も普通だよ」
飲むと直ぐに顔が真っ赤になってしまうが、決して下戸というわけでは無い。
大袈裟に顔を顰めると、阿波井がおかしそうに笑い声を洩らした。
「俺はビールにするけど阿波井は?」
「カシオレ」
「ほんと、甘いの好きな」
ホテルの最上階のスイートルームで、美女とウイスキーでも嗜んでそうなビジュアルなのに、酒を覚えたての女子大生のような酒を選ぶ。
さっきだって、ジンジャエールの甘口を選んでいた。昔から何も変わらない。
卓上に備え付けのタブレットで注文した酒と、適当なつまみの何品かはすぐに運ばれてきた。それらを口に運びながら、交互に他愛の無い話をする。
────それにしても。
相槌を打つ阿波井から、僅かに視線を外した。
先程から阿波井越しに、チラチラと見える女性二人組の視線が痛い。
ひそひそと一人が耳打ちをして、片割れが頷いた。
あ、来るな、これは。
「あのぉ」
「お兄さん達二人ですか? 私達も二人なので、よかったら一緒に飲みませんか~?」
テーブルの傍らに寄ってきた女性二人組が、案の定声を掛けてきた。
こんなことを言うのは失礼かもしれないが、どちらも世間一般で言う美人に属する見た目をしている。露出が多めの服装から覗く素肌に少しどきりとした。
要するに、逆ナンされているわけだけれども、俺の心は躍らない。二人、とは言いながら女性たちの視線は阿波井のその花のかんばせに注がれているのだ。
このような経験は初めてでは無い。阿波井といればしょっちゅうだ。
ただ、同じ男としてはそれは少し面白くないわけで。
ビールのグラスを傾けつつ、じとりと阿波井の顔を見遣った。
「あー……ごめんなさい。二人で飲みたいから」
阿波井は困ったように眉尻を下げて、女性たちへ断りの言葉を口にする。
「え~! 男二人って退屈じゃないですか~??」
「そうですよお。大人数の方が楽しいですって!」
尚も食い下がる女性たちに、阿波井がちらりとこちらを見た。その子犬のような縋る視線にため息を噛み殺す。
俺は掴んでいたグラスを離して、テーブルの上に乗った阿波井の手の甲を指先で引っ掻いた。
「悪いけど、デート中なんすよ」
「えっ……?」
視界の外からひょこりと飛び出してきた平凡な男に、女性達の目がまん丸になった。
そんな二人を呆れた目で眺めながら、そのまま阿波井の長い指を搦めて握り込む。俺の方が酔いが回るのが早いのか、少しひんやりとした肌が心地よかった。
阿波井の手に力がこもる。俺は平然とした顔をしながら、肩が跳ねそうになるのを堪えた。
場に似つかわしくない静寂が広がる。
ようやく何が、どうなっているのかを理解したのか、女性たちの頬の紅がぽっと濃くなった。
「ご、ごめんなさいっ!!」
二人して何か言い合いながら逃げるように去っていく。
化け物に出くわした、と表現するには何だか楽しそうで、俺は一人首を捻った。
「……瀬川」
「あっ……わ、悪い」
阿波井の声に慌てて握っていた手を離す。
阿波井は離れた手を少しだけ見つめてから、ほっとしたような微笑みを俺に向けた。
「ありがと。ていうか、ごめんな。俺だけで断りきれなくて」
「いや、いいよ。お前も大変だよなあ……」
断っても食い下がってくるような、ああいうタイプの人間と阿波井の相性はあまり良くはない。阿波井はどんな人間であっても、冷たく接しないからだ。
イケメンにはイケメンの苦労がある、とはこういうことだろう。
憐憫を込めて阿波井を見つめていると、阿波井が唐突に噴き出した。
「えっ、何!? 今面白いポイントあった?」
「ふはっ……いや、デートって言った時の、あの人たちの表情が面白かったなって」
「ああ……まさに鳩が豆鉄砲食らった、ってやつ?どんな顔だよとは思ってたけど、あんな顔なんだろうな」
女性たちの去り姿を思い浮かべながら枝豆をつまむ。
少し惜しいことをしたと思わないでもないが、どうせ四人で飲んでいても俺は置物だから、これで良かったのである。
「でも、デートって少しビックリした」
手も握ってくるし、と付け加えられて、俺は視線を泳がせた。空になったグラスを、意味もなく手で弄びながら口を開く。
「……ああ言えば、あれ以上構ってこないと思って」
「まあ、確かに」
「気持ち悪かったんだったら謝るわ」
あれは困っていた阿波井を助けるための苦肉の策だったので、文句を言われたらそれはそれで腹が立つけれど。
阿波井は驚愕に目を見開いて、勢い良く首を横に振った。
「全然。そんなわけないだろ」
「あっ……そう」
大真面目に返されてしまい、思わず俺は視線をメニュー表に落とした。
ここはキショいとか、言い合うノリじゃねえの。
そういう男同士のノリがどうにも似合わない奴だ。
なんだか妙な空気が流れているように感じて、俺はひたすらロック、水割り、ソーダ割りの三つの羅列を見つめていた。
ふと俺の頭上に影がかかって、瀬川、と近くで声が響く。
耳殻に掛かった吐息に弾かれたように顔を上げると、阿波井がメニューを見下ろしながらある一点を指さした。
「俺、次ファジーネーブル」
「え……」
「ン? 頼むんじゃないの?」
俺の手元の空のグラスを机の際に移動させながら、阿波井が首を傾げた。とぼけた表情をしている俺を、阿波井は不思議そうに見つめる。
「瀬川?」
「……っ、いや、そう! ファジーネーブルな! 俺は、あー……うん、梅酒にしとこうかな!」
若干の早口でそう言いながら、俺はタブレットを触る。
ハハ、と口元に浮かべた笑顔は自分では見えないが、恐らくかなりぎこちない。
阿波井はそんな俺の態度を気にも留めていないようだった。メニュー表を見ながら、次に頼むつまみたちを物色している。
気まずさを感じているのが俺だけというのが気に食わなくて、あとどうにか気分を切り替えたくて、俺は全く別の話題を振った。
「あ、阿波井は、SNSとかやってないの?」
「SNSか、……やってないな。一応アカウントは作ったけど」
「マジか。どれ?」
阿波井がポケットからスマホを取り出してすいすいと操作する。誰もが知っている写真投稿サイトを開くと、画面をこちらに向けてきた。
やっていない、というのは本当のようで、本名で登録されているアカウントのフォロワー数は、十数人しかいなかった。
投稿も三つだけ。空と、海と、満月の写真。
しかも全部、三年前のものだ。
「アイコンは……うさぎ?」
「中学の遠足で動物園に行ったろ?あの時のうさぎ」
「うわー懐かしい! 名前なんだっけ」
「マコちゃん」
阿波井の頬が緩む。その表情には慈しみが滲み出ていた。
はて、と内心で首を捻る。阿波井はそんなにウサギが好きだっただろうか?
それはともかく、イメージ通りの男である。
この美貌であれば、自撮りを一枚アップするだけで万バズしそうなものだけれど、実際は自撮りどころか人間の写真すらアップしていないときた。
俺が阿波井のように整った顔立ちをしていたら、と考える。
SNSに張り付いて、承認欲求の塊になっていたかもしれない。
周りに溶け込む平凡な顔で良かった。
「瀬川こそ、SNSやってる?」
「ああ。同じやつ」
「見せてよ」
こちらから話を振った手前、嫌だとは言えない。
阿波井よりは使ってはいるが、身内や顔見知りと繋がる程度のアカウントだ。
興味深そうに阿波井かスマホを覗き込む。
画面を差し出すと、長い指が下へとスクロールしていく。
旅行だとか、食べ物だとか、そういう写真ばかりだけれど、いざ目の前でまじまじと見られると恥ずかしい。
むず痒い気持ちを持て余していると、ぴたりと阿波井の指が止まった。
「これ……」
「うわ、恥ずかしっ! ……でもまあ、よく撮れてるだろ」
阿波井が手を止めたのは、大学生になって初めての夏休みに、友人たちと沖縄に行った時の写真だ。
友人たちと並んで写る俺は、満面の笑みでカメラを見ている。
雲ひとつない青空も、持ったシークワーサーのドリンクの色合いも、現地で買ったアロハシャツも、全てが綺麗に写り込んでいてお気に入りだった。
「ああ、よく撮れてる。めっちゃいいな、楽しそう」
「だろ。阿波井は、彼女とかと旅行に行かないの?」
「たまに行くよ。でも瀬川ほどでは無いかな」
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阿波井のつむじを眺めながら言う。
阿波井、彼女がいることを否定しなかったな。そりゃそうだ。まともな感性があればこんな男、放って置かないだろう。
見目麗しく、高身長で、おまけに文武両道なこの男と付き合う女性が、どんな人なのか気になってしまう。
むくむくと湧き上がる好奇心のままに口を開いた瞬間、阿波井がスマホから顔を上げた。
「フォローしていい?」
「えっ」
「あれ、違った? フォローって言うよな?」
間違えたと思ったのか、阿波井が眦をほんのり染めてはにかむ。
つい先程まで別のことを考えていたから、反応が遅れてしまったのだ。俺は首を横に振った。
「あ、うん、合ってる。俺もフォローしたいし、交換しようか」
そうして阿波井と俺のフォロー数とフォロワー数が一人ずつ増えた。
阿波井のフォロー数も同様に少ないから、その中の一人だと思うと少しばかり嬉しくなる。実際は本人が全くSNSを運用していないだけだけれども。
阿波井は満足気な顔でスマホをしまうと、今度は沖縄の事について尋ね始めた。
誰と行ったとか、どこに泊まったとか、少し驚くくらいに根掘り葉掘り。
大方、次に誰かと行く時の参考にでもしたいのだろう。
そうやって、今まで会っていなかった分の空白を埋めるかのように互いの話をして、気付けば終電ギリギリの時間になっていた。
下宿先まで歩くには二人とも少し距離がある。慌てて店から飛び出した俺たちは、人もまばらな改札口前に立っていた。
阿波井のほんのりと赤い顔を見上げる。
「阿波井の家って俺と逆方向だっけ?」
「そう。だからここでお別れだな」
阿波井と駅で別れるなんて新鮮だった。
実家が隣同士だから、中学までは帰宅直前まで一緒にいたし。高校からは別の学校に通っていたから、一緒に帰るということ自体無くなってしまった。
それを寂しいと思ったことは無かったけれど。いや、本当は寂しかったんだろうか。
アルコールのせいか、なんだか感傷的になっていた。
改札を通った後、阿波井が立ち止まってこちらを振り向く。
「なあ、瀬川」
「うん?」
「またデートしようぜ」
阿波井が目元をくしゃりとさせて、悪戯っぽく笑った。
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