さみだれの初恋が晴れるまで

める太

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社会人編

雨上がり②※

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 寝室の中で、伊織と環の荒い息遣いが混ざる。締め切ったカーテンの向こう側はまだ昼間の世界だ。この雨模様で外出する人も少ないだろうが、いつもは子どもが駆け回るような時間帯だった。
 その背徳感が伊織の興奮を煽る。

 ベッドの上で伊織は、環の体にしがみついていた。その体は記憶よりも少し逞しくなっている気がする。
 無駄なくついた筋肉は見せかけではなく実用的だ。あんな風に誘った癖に、いざとなると恥じらいを見せた伊織を容易くひん剥いてしまった。

「んッ……は、ぁ……ん」

 ざらついた舌がうなじを舐める度に、ぞくぞくと腹の奥から耐え難い疼きが湧き上がってくる。シーツを握る指に力がこもった。
 先程からずっと、環の長い指が伊織の後孔に沈んでいる。念入りにほぐしているという名目で急ぐ伊織を宥めながら、体の奥に燻っていた劣情をあぶり出していた。
 ぐちゅ、とぬかるみを暴く音が恥ずかしい。自分でも分かるくらい濡れている。秘部を掻き混ぜる指が、ぷっくりと膨らんだしこりを掠めて、腰が浮いた。

「ひぁっ……!」
「ここ、好きなんだ」

 環の口角が吊り上がる。
 前立腺での快感を覚え込ませるように頻りに擦り上げていく。それだけではなく、執拗に中を捏ねくり回されて、伊織はそろそろ限界だった。いくら初めてといっても、これだけ丁寧に拵えられたら問題ないはずだ。伊織は腰をくねらせながら、縋るような視線を環に向けた。

「んぅ~~……っ、ね、さつき……ッ、もういれて……っ」
「ダメ」
「なんでっ……俺、いっちゃう、からぁっ……!」

 きゅうきゅうと後ろが咥え込んだ指を締め付けてくるのでそれは分かっている。
 伊織が涙目で睨みつけるが、環は頑なに首を横に振った。

「んぁっ……さつきの、いじわるっ……! あっ、だめ……も、むり……っ、いきそぉ……!」
「いいよ。一回楽になって」
「ぁ、あっ……やだ、あっ……! ……いく、イッ……~~~っ、ぁあッ!」

 環の指がぐうっと前立腺を強く押し込む。その瞬間、伊織の目の前で星が弾けた。腰が浮き上がり、白濁が飛び散る。ぎゅううっ、と柔い肉が環の指を締め付けていた。

「はぁっ……はぁ………」

 ゆっくりと伊織の腰がシーツの上へと落ちる。快感の余韻に、白い内腿が痙攣していた。
 伊織は乱れた呼吸を整えながら、恨めしげな視線を環に向ける。

「やだって言ったのに……」
「あのままだと浅葱も辛いだろ」
「そん、ぁん……っ!」

 ちゅぽん、とぬかるんだ肉筒から指が引き抜かれる。それすら刺激になって、伊織の体が震えた。

「……っね、もう十分、ほぐれたよ。だから、はやく、ぅっ」

 唇ごと食べられる。互いの舌を絡ませて唾液を啜る。太腿に押し付けられた熱に伊織の全身が歓喜した。
 顔を少しだけ離した。環の汗ばんだ前髪に指を差し込む。シャワーを浴びたのに乾く前に体中が濡れてしまった。
 視界を開いてやりながら、伊織は切なげな声で強請る。

「さつき、おねがい……」

 ぐう、と環の喉が獣のように鳴った。少々性急な手つきで伊織の膝裏を持ち上げる。その合間に体を滑り込ませてから、環は自身を落ち着かせるように深呼吸をした。
 誰よりも大切にしたい。伊織を求めながらも、ただの友人であった環が最後の一線を超えずに、本能を抑え込んできたのはその一点があったからだ。こんなところで、その苦労を台無しにしてなるものか。
 環が準備する間にも、伊織は焦がれるようにその姿を見つめている。彼の思考回路が鈍く、桃色に染まっているのは確かだった。
 熱烈な視線に耐え切った環が、伊織の体に覆い被さる。改めて伊織は目の前に広がるその芸術品のような美しい肉体美に、うっとりとした息を吐いた。

「……いい?」
「ん、……いいよ」

 ちゅっちゅっと後孔が先端を食んでいる。腹の奥が熱くて熱くて堪らない。じくじくじゅわじゅわ疼いている。
 伊織は環の首の裏に手を回した。甘えるように唇を重ねながら、腰をゆらりと揺らす。

「さつき……んッ、……はやく、ほしい……おねがい……っ」
「あー……クソ、マジで、煽んないで」

 環の額に青筋が浮かぶ。勢いに任せて膨れ上がった剛直を突き立てたい衝動に、必死に耐えているのだ。桃の果汁のように甘ったるく環を誘う匂いにも負けないように死に物狂いで。
 それなのに、当の本人がこれではたまったものではない。
 悪態を吐きながら環は悪戯な腰をがっしりと手で抑え込む。ちろりと唇を舐めてくる小さい舌ごと吸い付いて、咥内を分厚い舌で掻き回す。

「っん、んぅ………ン~~~~っ……!」

 キスで誤魔化すなと怒りたくなった瞬間、胎内を割り入ってくるものに、伊織の背筋がぞくぞくと粟立つ。敏感な粘膜をゆっくりと擦り上げながら、腹の中を満たしていく。
 咥内も丹念に愛撫され、呼吸すらままならなくなっていく。全身を支配されているようで、くらくらと目眩がした。

「っふ、ぅ~~~~~っ……ん、ひぁッ……!」

 こちゅんと先端が最奥に当たったのを感じるとともに、唇が離れていく。
 伊織は新鮮な酸素を求めて大きく息を吸った。
 瞬きをすると目の端から水滴がこぼれ落ちてくる。ぼやけた視界を明瞭にしたくて幾度も繰り返したが、ぽろぽろと玉のような涙が溢れて止まらなかった。
 それに気が付いた環が息を呑む。焦ったような表情を浮かべて、伊織の顔を覗き込んだ。

「っ、浅葱……どこか痛む?」

 伊織は唇を噛み締めながら首を横に振った。髪がシーツに擦れる乾いた音がする。流れる涙を拭う指先はあまりにも優しくて、目の奥が熱くなった。
 一旦引き抜こうと身動ぎをした環の腕を掴む。違う、と震える声が言葉を紡いだ。

「いたくないからっ……ただ、なんか……うれ、しくて……っ」

 伊織の片手が自らの腹部に伸びる。余計な脂肪がない分、薄らと環の形に膨らんでいるような気がした。

「……おれ、さつきのこと……、ずっと好きだったから……」

 ぐず、と鼻を啜った。
 別にセックスがしたかったわけではない。ただ、伊織が友人であったら、これは叶わなかったことだ。
 一つになってようやく、伊織はこの男のものになれたと思った。

「……ご、ごめん……その、こういうときに、泣くなんて……」

 少し冷静になると途端に恥ずかしくなってくる。環が呆れて、萎えてしまっていないか不安になった。

「……俺も同じ」
「え、………っ、ゃん……ッ!」

 環が前身を傾けたせいで、先端が抉る角度が変わる。その拍子に伊織のいいところを刺激した。伊織の喉から媚びるような声が跳ね出る。
 こつんと形の良い額が合わさる。
 環の持つ夜空に浮かぶ星がいつもより煌めいているように見えた。

「愛してる」

 囁くような声色は砂糖菓子より甘ったるく、伊織の鼓膜にするりと溶け込んでいく。
 きゅうう、と胸が苦しくなった。体が燃えるように熱くなる。それは環も同じだった。
 お互いの熱で、肌が触れ合ったところからどろどろに溶け合って一つになれたら良いのに。
 伊織が目を閉じる。はらりと最後の涙がこぼれ落ちていった。伊織が強請る前に、互いの唇が重なった。


 貪るように体を揺さぶって、汗で滑る肌を擦りつけて、いいところをたくさん突いて。
 ベッドが軋む音と溢れる愛液が泡立つ音が響いて、淫猥な雰囲気が部屋中に満ちていく。呼吸する度、熟れたオレンジのような蠱惑的な香りが伊織の肺を満たしていく。
 とろとろと蜜をこぼす後孔はきつく環のものを咥えこんでいるが、その中はふわふわで柔らかい。伊織が感じる度に胎内がきゅうきゅう畝って、全てを欲しがるように貪欲に絡みついていた。

「ァッ、あ、ぁあッ! ……お、おく、やぁっ……!」

 ごちゅごちゅ最奥を突き上げられて、伊織の目の前が白く明滅した。跳ねる腰を環が些か乱暴に押さえ込む。

「……あさぎ」
「ぁっ、……ふっ……なぁに?」
「体勢、変えていい?」

 伊織は素直に頷いた。正面から抱き合うように重ねていた環の体が、ゆっくりと離れていく。

「……んっ、ひぁ……っ」

 ずろろ、と中々達してくれない剛直が引き抜かれていく。その些細な刺激すら、もう幾度か絶頂を迎えた伊織の体には毒だった。ビビッドピンクのコンドームが半分外れかかっているのがいやらしく、伊織はそろりと視線を逸らす。
 環の腕が伊織を抱き起こす。くるりと体を裏返し、ついでに腰を持ち上げる。小ぶりな尻だけを高く上げるような体勢に伊織が困惑と羞恥を感じる暇もなく、背中に肌の温もりが重なった。

「っこれ、………ぁっ、ん~~~~っ………!」

 言葉の代わりに嬌声が唇から溢れた。後ろから挿入されると、また中に当たる角度が変わってたまらない。ぷっくり肥った前立腺を狙ったように先端が押し潰した。

「ンぁッ! ……ね、これぇ……やば、い……っ」
「……いいとこあたる?」
「ぁンっ……、うん、あたるぅ……っ!」

 緩やかな抽挿を繰り返す。引き抜く度に硬いものが前立腺を擦るので、涎を垂らすくらいに気持ちがいい。

「あっ、……ん、また……いっ、ちゃ………っ、ひぁッ!?」

 ざり、とうなじを舐め上げる感覚に伊織の腰が跳ねた。肩越しに後ろを振り返る。
 とろりと飴玉のように蕩けた双眸を間近に捉え、伊織は身震いをした。

「ほくろ、えろいよな」
「ぁっ……ぁあ、なめないで……っ」
「あっまい」

 オメガの一番敏感なところ。舌でなぞったり、唇を押し当てたり。それと同時に腰を揺すられて、伊織から甘えるような声がひっきりなしに飛び出た。

「さ、つきぃ……っ」
「なあに、浅葱」

 耳元で囁く声は、どろどろに溶けた砂糖のようだった。伊織は再び後ろを振り返る。

「俺のこと……、さつきの、オメガにして……っ」

 環は微かに固まって、そうしてどこか困ったように眉尻を下げた。
 その瞬間、伊織の心臓が嫌な響きをする。赤い唇が音を形作ろうと動くのが、まるでスローモーションのように見えた。

「……いいよ。だから」
「ぁ……」
「俺を、浅葱のアルファにしてくれる?」

 伊織の唇に触れるだけの、羽のように軽やかな口付けを贈る。強請る声は甘く、しかし火傷するくらいの熱を孕んでいた。
 目を見張った伊織の表情が、徐々にぐしゃりと崩れていく。胸の内は愛しさに満ちていて、つついたら弾けそうなくらいにいっぱいだった。
 伊織は何度も首を縦に振る。声を出した途端、嗚咽が洩れてしまいそうだった。
 環は嬉しそうに微笑んだ。
 白い肌の上に三つのほくろが並んだうなじを赤い舌が這う。下腹部がきゅうきゅうと鳴って、抱き込んだ環を甘やかに追い詰める。

「んっ、ぁあ………っ、も、おれ、いく……っ」
「………っは、俺も、限界……ッ」

 低く掠れた声に伊織の腹の奥がきゅんとした。伊織は枕を強く握り締める。皺ができるなんて、そんなことを考える余裕はなかった。

「あさぎ……っ」
「ぁん、っ……いい……っ、いいから、……さつき、…………~~~~ッ、ぁあっ!! ……ひ、ぁあ………ッ!」

 瞬間、電流のような衝撃が全身に走った。背中がなだらかな曲線を描く。バチバチと目の前で火花が散って、うなじが燃えるように熱くなる。
 少し遅れて身体中に広がっていく幸福感に身を委ねながら、伊織は何度目かの絶頂を迎えた。

「ぐ………っ」

 搾り取るような締め付けに環が唸った。薄っぺらい膜越しに、煮えたぎった熱を叩き付ける。最後の一滴まで残さず注ぎ込むように、きつく腰を押し付けていた。
 全てを出し切ったものが引き抜かれた途端、伊織の体がベッドの上にくにゃんと倒れ込む。
 ぼんやりと焦点の合わない目で快感の余韻を味わう伊織の体を、環は優しく抱き起こした。
 そのまま寝かせてやろうとベッドに横たえて、体を離そうとした環の腕に弱々しい指が縋る。

「さつき」
「どうした?」

 微かな声も聞き逃すまいと伊織の口元に顔を寄せた。とろんと蕩けた瞳が環だけを映しこんでいる。

「……おれも、あいしてる」

 マシュマロのようにふわふわとした声色とともに、伊織がはにかんだ。そこで力尽きたようで、伊織の瞼が完全に閉じてしまう。
 残された環は片手で口元を覆った。その美しいかんばせが、伊織ですら見たこともないくらいに赤く染まっている。

 目の前ですやすやと眠る、環だけの愛しいオメガ。

 自分はこの男に一生敵うことはなく、そしてそれがこのうえない幸福であるということを、この瞬間、環は身に染みて感じていた。
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