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大学生編

泡沫の夜③※

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 布団の上に転がされて恥ずかしがる間もなく、環の体が覆いかぶさってくる。
 伊織は首の後ろに腕を回して、自分の方へと環の体をぐいと引き寄せた。旅館の備え付けのシャンプーの香りの中に、いつもの爽やかさと甘さが混じった匂いが仄かに香る。
 薄らと色付く美貌にくらりとするが、こうすれば自分の体を隠すことができ、はしたなく興奮しているところを見られまい。
 しかし環はそれを別の意味と受け取ったのか、伊織の唇に吸い付いた。
 ちゅっちゅっ、と啄むような軽い口付けがなんだか無性に可愛らしく思えてくる。耐え切れず、伊織は微かに笑みをこぼしてしまった。
 吐息が唇を撫でるような距離で環が尋ねる。

「なぁに、どうしたの」

 砂糖をまぶしたように甘い。きゅうん、と胸の奥が鳴った。
 この時、この瞬間だけでも、その甘ったるい感情が自分に向けられていることに言いようのない歓喜が湧く。
 伊織は衝撃で散らばりそうな言葉を必死にかき集めた。

「……キス、好きなんだなって」
「ああ。結構好き」
「そっか」

 さっと横切る仄暗い感情は気が付かないふりをする。
 今この男の目の前にいるのは自分なのだから、それでいい。
 自分の心を誤魔化すように、今度は伊織から唇を寄せた。しかし軽く触れただけで、逆にぱっくりと環に食いつかれてしまった。遠慮なしに潜り込んできた舌が絡まり合う。
 絡まって、擦れあって、流し込んで。まるで口の中でまぐわっているようだと思った。そう思えば血液が煮え立つくらいに興奮して、腹の奥がむず痒くなる。

「ンっ、んぅ………っん~……ッ!」

 浴衣の隙間から再び悪戯な手が忍び込んできて、伊織の半身を下着の上から揉んだ。ぐちゅ、ぬちゃ、と先走りやら何やらで濡れた生地が擦れてぞわりとした。
 かと思えば、ウエストの部分から更にその先へと隔たりを越えてくる。温かい手のひらが竿を緩く包み込む。
 伊織の腰が浮いた。

「やあっ、ぅ、んん~~……ッ!」

 抗議の声は唇でまるごと奪われた。頭を支える片腕と伊織よりもがっしりとした体の重みが、伊織に抵抗を許さない。
 既に張り詰めて滑りが良くなった性器を、環の手が優しく上下に扱いていく。今まで他人に触れられたことのない部分への直接的な快感は伊織には強過ぎた。頭を殴られるような刺激だ。
 己の意思とは関係なく細腰はくねり、水音の粘り気は回数を重ねるごとに増していく。
 あられもなく媚びた声を上げることはない。その代わり塞がれた唇の隙間から、伊織の鼻にかかった声が溢れる。咥内をねっとりと愛撫されて、飲み込みきれなかった唾液が垂れるのも気にする余裕もないくらいに頭の中が茹だっていた。
 元から高められていた熱はあっという間に頂まで昇り、環の下でびくびくと震える腰が伊織の限界を訴えている。ある瞬間、戯れのように指先が先端を押し潰したところで、伊織の熱は簡単に弾けた。

「ン~~~~~っ……!」

 環に縋る腕が強ばり、腰が緩やかに反る。悲鳴じみた嬌声も環の唇の内側へと消えていく。
 初めて、他人の手で達してしまった。羞恥と歓喜が波のように押し寄せる。
 そのうえ、快感の余韻を引き伸ばすかのように緩い愛撫と口付けは続いた。
 時間をかけて伊織の体の奥にじっとりとした熱を燻らせてから、最後に甘く痺れる下唇をやわく食んで、環はそっと唇を離した。引き抜かれていく舌を追いかけるように伊織の舌先がちろりと覗く。
 環の喉が低く鳴った。再び食らいつくのは寸でのところで踏み止まった。

「………っはぁ………ふ、ぁ……」

 目の前がくらくらする。 出した後は頭が冴えるものだが、刺激が強すぎたのか、中々戻ってこられない。
 伊織は気怠い腕をぱたりと敷布団の上へと投げた。
 濡れた下着を不快に感じつつ、荒い呼吸を繰り返した。

「大丈夫か?」
「だい……じょうぶに……っ、見える……?」

 乱れた息遣いのまま、咎めるように言うと環が額に口付けをひとつ落とした。それで機嫌を取れると思うなと、そのくらい言ってやりたかったが、生憎そんな余裕はなかった。
 酸素不足で些かぼんやりとした頭で環を見上げる。
 暖色に落ち着いた照明は伊織の目にしっかりとその姿を映し出した。環の浴衣も大概乱れていて、胸元がぱっかりと開いている。普段の伊織ならさっと目を逸らすところだが、如何せん、理性の方が負けていた。
 まじまじと眺めてしまう。
 惜しげもなく晒された白い肌に汗が滲んでいるのが欲を唆る光景だと思った。
 その玉のような美貌が悩ましげな表情を浮かべているのも相俟って、花の盛りのような濃密な色香が放たれている。 無意識に吸い込むと、甘くて柔らかい匂いに包まれる。じゅわりと腹の奥が熱くなって、伊織は体を丸めた。
 環は目敏かった。

「勃った?」
「うるさい……」

 図星である。吐いた悪態にも勢いがない。
 環が揶揄うように笑うので、伊織は苛立ちに任せて軽く蹴飛ばしてやろうとした。しかしそれは完遂できなかった。太腿に触れた熱に息を呑む。

「……人のこと、言えないでしょ」
「仕方ないだろ」

 今度は環が恥じらう番だった。眉を顰めてみせるが、その目尻は色濃くなっている。
 伊織の内心は驚愕と困惑に満ちていた。

「なんで……?」
「……マジで言ってる?」
「うん」
「浅葱さ……もう少し自分がえろいの、自覚した方がいいよ」

 えろい。伊織の困惑は益々強まった。環はすぐそこまで出かけたため息を飲み込む。
 ほとんど引っ掛けているだけになっている浴衣から、薄らと染まった肌が覗いている。簡単に組み敷いてしまえる華奢な体と、無防備にとろんと溶けた表情は男の欲を掻き立てる。
 しかし当人にはまるで自覚がないのが問題だ。現に伊織は頭の上に疑問符を飛ばしている。

「えろいって、どこが……?」
「あー……長くなるから、また今度な」

 環は一度放棄することにした。環にだって、顔に出ていないだけでさほど余裕はないのである。
 環の手が、ほとんど剥き出しになっている伊織の太腿に伸びる。
 伊織が風呂で言っていたほくろは左の腿の付け根にあった。白い肌にひとつだけ散っているのが、なんともいやらしい。そこを指先で擽るように撫でられて、伊織は分かりやすく体を震わせた。
 奥で燻っていた熱が、じわじわと滲み出す。
 それと同時に、伊織の中にとある感情が湧き上がってくる。風船のように膨らんだ、期待にも不安にも似た何か。

「……最後まで、する?」

 それをおそるおそる口にした伊織に、環が一瞬天を仰いだ。何かを振り落とそうとするように、首を横に振る。
 再び伊織を見据えた環は、困ったように目尻を下げて微笑んだ。

「しねえよ。……浅葱のこと、大事だから」

 その瞬間、伊織は冷や水を掛けられたような心地になった。

 よく覚えている。あの日、環の家に行った時のことだ。あの時も言われたのだ。
 大事な友達だから、ダメなのだと。

 伊織は静かに目を伏せた。風船は瞬く間に萎んでいく。後に残ったのは落胆だけ。

「……浅葱? 大丈夫か?」

 急に黙ってしまった伊織の顔を、気遣わしげに環が覗き込む。伊織はそっと視線を上げた。

「うん、なんでもない」
「でも…………っ、!」

 まだ何か言いたげなところを、伊織は半ば強引に遮った。下着の上からでも分かるほど硬くなった中心を膝でやんわりと持ち上げたのだ。
 そんなことより、と口元に妖しい微笑みを浮かべてみせる。

「これ……どうするの?」
「……どこで覚えるんだよ、それ」
「早月、意外とこういうの好き……んんっ!」

 言葉ごと環の唇が飲み込んでしまった。反撃できたことに喜びを覚えつつ、幾分か慣れてきた口付けを味わう。自らも舌を絡めながら舌先の愛撫を甘受していれば、あっという間に熱は上がっていった。

「……はっ……浅葱のここも、すっかり元通りだな」
「んっ……早月のせいでしょ……っ」

 緩く擡げていただけだったそこは、気が付けばまた硬く膨らみ始めている。
 環は伊織の下唇をちろりと舐めて、うっとりとするような笑みを浮かべた。

「俺のせい?」
「そうだよ」
「俺のも浅葱のせいなんだけど」
「……言いがかりだ」
「違えよ。なあ、責任取ってくれる?」

 太腿にわざとらしく擦り付けられるものの硬さに息が止まる。焼けるような熱さに伊織の腹の奥が疼いた。

「……どうしてほしいの?」

 環は僅かに目を見張って、そして喉を鳴らした。おもむろに体を起こすと布団の上に座る。環はぽんと自らの膝を叩いた。

「こっち来て」

 伊織はさりげなく浴衣の前を引き寄せながら、ゆっくりと体を起こした。それを見ていた環が自分の緩んだ帯を解き始めたので、思わず伊織は顔を逸らす。
 伊織の耳に衣が擦れる乾いた音が聞こえてくる。

「浅葱」

 最後に何か軽いものが落ちる音がして、名前を呼ばれてしまった。伊織は仕方なく、おずおずと視線を戻す。
 完璧な体だと思った。陰翳のくっきりした体つきには筋肉にも脂肪にも無駄がない。下着一枚でも、平然とした顔をしていられるのも納得がいく。

「ほら、おいで」
「うっ……分かったよ」

 いっそ眩いとさえ感じる光景を前に目を薄らと開きつつ、環の傍へと近寄る。その体を跨ぐように乗っかった。
 伊織が浴衣の襟を握りしめているのを見ながら、環は小首を傾げる。

「それ、邪魔じゃないか?」
「……ないよりマシなの」

 環は無理に脱がせるようなことはしなかった。
 膝の上に乗り上げた体を抱き寄せて、緊張したように固く結ばれた唇を食む。一方で、不埒な片手が小ぶりな尻をやわく揉んでいた。

「ん……へんたいっぽい……」
「悪かったな」
「ひぁっ……! そこっ……ぐりぐりしちゃ……ぁあっ!」

 下着の上から濡れそぼった蕾を押されて、伊織の腰が跳ねる。とろとろと中から蜜が溢れ出しているのが分かる。
 なんだか負けん気が出てしまって、思い切った伊織は環の中心に手を伸ばした。

「……っふ、………」

 耳元で洩れ出た声に背中がぞわりとした。硬い膨らみを先程自分がされたように揉むと、布越しにぴくりと跳ねるのを感じた。
 おっかなびっくり下着越しに触れながら、環の様子を窺う。
 鼻筋に皺を寄せながら快感に耐える表情がかわいらしい。きゅうんと胸の奥が締まった。

「………ん、ひぁっ」

 油断していたところに再び尻のあわいをつつかれて、高めの声がまろびでた。羞恥心を抑え込み、伊織もたどたどしく環のものを刺激する。
 ただでさえ手で収まりきらないほどだったのに、益々硬く膨らんでいくそこに伊織は目を見張る。どこまで大きくなるのだろうと恐れさえ抱いてしまいそうだ。
 環が伊織の下唇をやわく食んだ。熱に浮かされたような艶っぽい瞳が、伊織をじっと見つめている。

「……直接触って」
「……うん」

 環が腰を浮かせたので、伊織がその下着を下げる。勢いをつけて飛び出てきた剛直に、伊織は生唾を飲んだ。
 太さも長さもまるで伊織のものとは違って逞しく、色味も赤黒い。つるりと皮の向けた先端からは透明な先走りが溢れていた。造形がいくら良くてもグロテスクであるには違いないのに、不思議と嫌悪感は湧かない。むしろ、と伊織の下腹部が疼く。
 伊織が指先が触れるとやはりぴくりと震える。もちろん経験はないけれども、とにかく自分が気持ちいいところを思い浮かべながら、伊織は陰茎を擦り上げた。

「………くっ」

 掠れる色っぽい声に心臓が大きく脈打つ。
 技巧など大してなくて、ただ時々裏筋や亀頭を刺激しながらも、基本は柔く幹を扱いているだけであるにも関わらず、伊織の手の中で雄がどんどん育つのだ。
 伊織の呼吸も知らずうちに浅くなっていく。重みを増していく剛直に、無意識に腰が揺らめいてしまう。

「ぁ、待っ……! はっ……ぁんっ……、あぁ……ッ!」

 忘れた頃にやってくる刺激は脳みそを揺さぶるかのようだった。環は器用なもので、片手で伊織の下着を容易くずり下げると、勃ち上がった男性器を少々性急な手つきで愛撫する。裏筋を中心に先端を責め立てるので、腰が砕けそうになるのを必死に堪えて手淫を続けた。
 ぬちゅ、ぐちゅ、と粘着質な水音が鼓膜を犯す。どちらのものか分からないのが余計に興奮を煽った。
 切なげな吐息を洩らして、環が伊織の首元に顔を寄せた。擽ったさに伊織は身を捩るが、それを追うように鼻先を埋める。溢れる蜜のように甘ったるい匂いが環を惹き付けて止まない。唾液の分泌が増して、食欲とも似た劣情が溢れそうになった。
 おもむろに環は唇を開いた。

「んぅ~……っ、ひぁ………ァっ!?」

 ガチン、と硬いもの同士がぶつかる音がした。
 環はもう一度チョーカーを噛んだ後、隠れていない素肌を労わるように舐めた。ざらりとした舌の感触もネコ科の肉食獣を想起させる、
 食われるのだと思った。興奮と恐怖が混ざり合う。
 お互いの手の動きが早まる。伊織は這い上がる快感に押し出されるように息を吐き出して、環の胸元に擦り寄った。吸い込んだ匂いに、ぶわりと身体中の毛穴が広がるような気がした。
 だめだ。くる。
 ぎゅっと目を固く閉じる。

「……ひぁ、……んんッ、いっちゃ、ぁ……~~っ!」
「………っは、ぁ……ッ」

 ぶるりと腰を震わせて、伊織は二度目の精を吐き出した。
 少し遅れて伊織の手の中のものも大きく脈打つ。手のひらに生暖かい液体がどくどくと溢れるのを感じて、伊織の下腹部がじんわりと熱くなった。

 伊織が湿ったまつ毛を持ち上げると、随分と近いところに美しい黒曜石が二つ揃っていた。水彩の絵の具を使ったようにぼんやりと蕩けている。絶頂の後の余韻に浸りながら見つめ合った。
 言葉もなく、余計な雑音さえ邪魔をしないたった二人きりの部屋には、お互いの荒い息遣いだけが響いている。
 環の唇をちろりと舐めて、口付けを強請る。環の目尻がふんわりと和らぎ、伊織が望む通りに唇を重ね合わせた。
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