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大学生編
泡沫の夜①
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煌びやかな海と色鮮やかな花々を、初々しい陽射しが照らしている。
論文も無事提出し、二日前に大学を卒業したばかりの伊織と環は熱海に訪れていた。
「晴れて良かったね」
駅から一歩外に出て、空を仰いだ伊織は後ろを振り返った。
雲ひとつないとまではいかずとも太陽の姿は見えている。つい先日まで雨予報だったので、よく頑張ってくれたと褒め讃えたいところである。
「だな。この調子で明日までもってくれるといいけど」
同じように空を見上げながら、環は眩しそうに目を細めた。
今日はなんとかなりそうだが、明日は雨予報のままである。一応折り畳みの傘は持ってきていたが、晴れているほうが都合が良い。
「じゃあ晴れてるうちに海行かなきゃ」
「その前に荷物な」
環がそうやって窘めるように笑うので、伊織は自分がはしゃいだ子どものように思えて、少々気恥ずかしくなってしまった。
直前まで鬱々とした気持ちを抱いていたくせに、なんと単純な男なのだろう。
宿までのバスに揺られながら、伊織は重苦しいため息を飲み込む。
伊織には一つ、決めていることがある。
チェックインまでは時間があるので荷物だけを預け、身軽になって再びバスに乗った。
駅から商店街を散策して、まずは腹ごしらえをした。つやっつやの海鮮がてんこ盛りになった丼は頬が落っこちてしまうくらい美味しかった。
膨れた腹を抱えて、ビーチに向かった。いくら温暖な地域とは言っても、海水浴ができるような季節ではない。同じように旅行に来ている学生は写真を撮っていたり、子連れの家族はボール遊びをしていたり。
別に海に入れなくたって、青い海を眺めながら砂浜を歩いて他愛のない話をするだけで楽しかった。流行りのバンドにソロキャンプと、昔と比べて随分と話題は豊富になったけれど、最終的には映画の話になってしまうのは変わらない。
最近公開された映画の話になって、環が少々不満そうな顔をした。
「最近行ってないよな、映画」
「……あー、そうだね。卒論とかバイトとか、引越し準備もあったし」
「まあ、お互い色々忙しかったか」
環の言う通り、久しく二人で映画を観に行っていなかった。映画どころか、前に二人でどこかに出掛けたのも随分前の話だ。
誘いがあっても、予定が合わないと伊織が断っていたのだ。それでも卒業式や別の旅行で顔を合わせていたから、あまり久しぶりな気はしない。
「ていうか、学生料金最後じゃね?」
「えっ……ほんとだ。うわあ、やばいよ、行かなきゃ」
衝撃の事実に気が付いてしまった。
あと二週間もないが、なんとか今リストアップしている作品は観に行かなければ。伊織は一緒に行こう、とは言わなかった。
日が傾き始める頃に、伊織たちは旅館に戻った。
案内された部屋に足を踏み入れた途端、伊織は自分か憂慮していたことも忘れて、ぽかんと口を開けたまま固まってしまった。
宿選びは環に任せていたので、詳細については知らされていなかったのだ。学生最後の旅行だからとそれなりに予算は確保していたし、豪遊する気持ちでいた。それでもこれは予想を超えている。
伊織は呆然としながら、広々とした和室を見て回った。
「えっ……ひろ、広すぎない? 六人くらい泊まれるよ?」
「いや六人は無理だろ、布団ないし」
「雑魚寝ならいけるって………待って」
「どうした?」
「早月、凄いよ……風呂から海が見える……」
「おー、マジだ。景色良いな」
「ここ、泊まる部屋?」
「そうだよ」
「………すご」
広いだけでなく、海が見える半露天風呂付き。本当に予算内に収まったのか疑問に思ってしまうくらいだ。
興奮冷めやらぬまま、座椅子に腰掛けてひと息吐く。部屋に備え付けられているだけではなく、展望の露天風呂もあるらしい。
温泉旅行に来たからには、何回も入らないと勿体ないという気持ちにさせられる。
淹れたての緑茶によって大分気持ちも落ち着いてきた。それと同時に、今まで見えていなかったものが見えてくる。
例えば、既に敷かれている布団がぴったりくっついていることだとか。
「暖房の温度、下げるか?」
「えっ、なんで?」
「いや、顔赤いからさ。暑いのかと思って」
「だ、大丈夫」
勢いをつけて首を横に振る。環は不思議そうに伊織を見ていた。
布団を少し離さないか、などと言い出せばかえって意識していると思われてしまう。だから伊織はそれに触れることはしなかった。
「夕食は何時なんだっけ?」
「あと一時間くらいある。とりあえず先に風呂行っとく?」
「あ、いいね。まずは普通の温泉行こうよ」
気が緩みそうになるところをぐっと締め付けながら、伊織は立ち上がった。自分の荷物から、着替えを探していた手が止まる。万一の時の透明のポーチ。あと、一応、念の為、迷った挙句持ってきたそれをバッグの底へと押し込んだ。
流石の伊織も、環の裸体を見ただけで戦闘不能になるということはない。高校では水泳の授業もあったし、二人きりということが初めてであるだけで、友人たちと大人数で銭湯に行ったこともある。そもそも他人の裸をまじまじと見るようなことは普通ないので、その美しい顔だけ見ていれば問題はない。
少々ドキマギしながら展望の露天風呂を楽しんだ後、浴衣に着替えてレストランで食事をした。
のぼせるといけないので伊織はソフトドリンクにしておいたが、環の手元にはビールジョッキが置いてある。
ぐつぐつと音を立て始めたいろり鍋の様子を気にしながらも、伊織は感心せずにはいられなかった。
「早月って……ほんとなんでも似合うんだね」
「はは、そんなしみじみしながら言うことか?」
「んん、改めて思っちゃったから」
濡羽色の髪と白い肌に、端正な顔立ち。髪をセットしていないからいつもより少しあどけない。
浴衣姿は初めて見たが、さらりと着こなしていてよく似合っている。普段とはまた違った装いに胸がときめいたのは秘密だ。
環はやんわりと目を細めた。
「浅葱も似合うよな」
「そうかな? こういう時くらいしか着ないけど……」
一度自分の格好を見下ろしてから、再び顔を上げる。何故か環はさっと不自然に視線を逸らした。ビールジョッキで口元を隠す環に、伊織は怪訝そうに首を傾げた。
懐石料理を楽しんで部屋に戻る頃には、伊織の心も体もすっかり解れきっていた。
綺麗な景色に美味しい食事、癒しの温泉と贅沢な旅。最高だ。
「食べた後にすぐ横になると、牛になるって言うよねえ……」
「寝転がりながら言う台詞じゃないだろ」
とうとう欲求に負けて、ごろりと布団に横になった。ふかふかの枕に頬を乗っけながらぼやくと、環が穏やかにツッコミを入れてくる。
伊織はその気の抜けた格好のままスマホを取り出して、カメラロールを開いた。今日だけで随分写真が増えた。どこに投稿するわけでもなく、伊織の思い出のひとつとして残っていく。
衣擦れの音ともに、環の気配が近寄る。伊織は隣に座った男の顔を見上げた。
環の手が持ち上がり、伊織の髪に触れる。指先が髪に緩く絡む。撫でる手つきは優しく、照れ臭さはあれど甘んじて受容していた。心地良さそうに目を細める伊織に、環は小さく笑う。
伊織のものよりも大きい手のひらが、するりと伊織の頬を包んだ。親指がその形を確かめるかのように唇をなぞる。先程までとは違う、含みのある触れ方だった。
じっとりと、部屋の湿度が上がっていく。
スマホを伏せて、代わりに環の手を掴んだ。決めていたのに、伊織の良心が躊躇っている。しかし引き剥がそうにも、伊織はそこから先に動けなかった。
環は何も言わない。ただ伊織を見つめている。
環の視線は穏やかなのに熱っぽい。艶やかな黒曜石の瞳が伊織を惑わしていく。
「……浅葱」
甘やかすような声色で名前を呼ばれてしまえば、伊織は呆気なく陥落した。
伊織は僅かに隙間に入り込んだ爪先を柔く食む。ちゅうと舌で吸い付くと環は擽ったそうに目尻を緩めた。
「….…んっ、う」
環の指先が唇を割って入る。指の腹で円を描くように舌の表面を撫でられて、背筋をぞくりと何かが這っていく。生理的に分泌の増えた唾液が混ざり、くちゅ、と微かな水音が鳴った。粘膜を直に愛撫されて、伊織の体温は否が応でも上がっていく。
伊織が嘔吐かないように気を遣いながらも、この行為は伊織を征服しようとするもののように思える。
「………っ、はぁ」
ゆっくりと引き抜かれていく指が濡れて光っている。伊織は堪らず熱の篭った息を吐き出した。環の姿は涙で少しぼやけていたが、瞬きをすればやがて明瞭になる。
環は相変わらず、何も言わない。ただ妙に色を含んだ双眸で伊織を見つめている。
環はどういうつもりなのだろう。
伊織はずっと分からなかった。環が何を考えていて、何故こうやって触れてくるのか。
伊織の感情を揺さぶって、いいようにしている。それを責め立ててしまいたくなる一方で、伊織の耳元に誰かが囁いているのだ。
自分だって、いいようにしてしまえばいい。利用してしまえ。
離れようとする手を伊織は離さなかった。環が微かに目を見張った。
「お風呂」
切り取りすぎた言葉に、環が不思議そうに首を傾げる。
伊織は顔に熱が集まっていくのを感じながら、腹をくくって言葉を続けた。
「……お風呂、一緒に入る? 部屋のやつ」
骨張った手の甲を指先で撫でた。先手を打ってしまえば案外平気なものだ。
対する環ははっと息を呑んで、そのまま呼吸を止めてしまったかのように見えた。
「………………入る」
たっぷりと間を置いてから頷いた環の耳先は、ほんのりと赤くなっていた。
論文も無事提出し、二日前に大学を卒業したばかりの伊織と環は熱海に訪れていた。
「晴れて良かったね」
駅から一歩外に出て、空を仰いだ伊織は後ろを振り返った。
雲ひとつないとまではいかずとも太陽の姿は見えている。つい先日まで雨予報だったので、よく頑張ってくれたと褒め讃えたいところである。
「だな。この調子で明日までもってくれるといいけど」
同じように空を見上げながら、環は眩しそうに目を細めた。
今日はなんとかなりそうだが、明日は雨予報のままである。一応折り畳みの傘は持ってきていたが、晴れているほうが都合が良い。
「じゃあ晴れてるうちに海行かなきゃ」
「その前に荷物な」
環がそうやって窘めるように笑うので、伊織は自分がはしゃいだ子どものように思えて、少々気恥ずかしくなってしまった。
直前まで鬱々とした気持ちを抱いていたくせに、なんと単純な男なのだろう。
宿までのバスに揺られながら、伊織は重苦しいため息を飲み込む。
伊織には一つ、決めていることがある。
チェックインまでは時間があるので荷物だけを預け、身軽になって再びバスに乗った。
駅から商店街を散策して、まずは腹ごしらえをした。つやっつやの海鮮がてんこ盛りになった丼は頬が落っこちてしまうくらい美味しかった。
膨れた腹を抱えて、ビーチに向かった。いくら温暖な地域とは言っても、海水浴ができるような季節ではない。同じように旅行に来ている学生は写真を撮っていたり、子連れの家族はボール遊びをしていたり。
別に海に入れなくたって、青い海を眺めながら砂浜を歩いて他愛のない話をするだけで楽しかった。流行りのバンドにソロキャンプと、昔と比べて随分と話題は豊富になったけれど、最終的には映画の話になってしまうのは変わらない。
最近公開された映画の話になって、環が少々不満そうな顔をした。
「最近行ってないよな、映画」
「……あー、そうだね。卒論とかバイトとか、引越し準備もあったし」
「まあ、お互い色々忙しかったか」
環の言う通り、久しく二人で映画を観に行っていなかった。映画どころか、前に二人でどこかに出掛けたのも随分前の話だ。
誘いがあっても、予定が合わないと伊織が断っていたのだ。それでも卒業式や別の旅行で顔を合わせていたから、あまり久しぶりな気はしない。
「ていうか、学生料金最後じゃね?」
「えっ……ほんとだ。うわあ、やばいよ、行かなきゃ」
衝撃の事実に気が付いてしまった。
あと二週間もないが、なんとか今リストアップしている作品は観に行かなければ。伊織は一緒に行こう、とは言わなかった。
日が傾き始める頃に、伊織たちは旅館に戻った。
案内された部屋に足を踏み入れた途端、伊織は自分か憂慮していたことも忘れて、ぽかんと口を開けたまま固まってしまった。
宿選びは環に任せていたので、詳細については知らされていなかったのだ。学生最後の旅行だからとそれなりに予算は確保していたし、豪遊する気持ちでいた。それでもこれは予想を超えている。
伊織は呆然としながら、広々とした和室を見て回った。
「えっ……ひろ、広すぎない? 六人くらい泊まれるよ?」
「いや六人は無理だろ、布団ないし」
「雑魚寝ならいけるって………待って」
「どうした?」
「早月、凄いよ……風呂から海が見える……」
「おー、マジだ。景色良いな」
「ここ、泊まる部屋?」
「そうだよ」
「………すご」
広いだけでなく、海が見える半露天風呂付き。本当に予算内に収まったのか疑問に思ってしまうくらいだ。
興奮冷めやらぬまま、座椅子に腰掛けてひと息吐く。部屋に備え付けられているだけではなく、展望の露天風呂もあるらしい。
温泉旅行に来たからには、何回も入らないと勿体ないという気持ちにさせられる。
淹れたての緑茶によって大分気持ちも落ち着いてきた。それと同時に、今まで見えていなかったものが見えてくる。
例えば、既に敷かれている布団がぴったりくっついていることだとか。
「暖房の温度、下げるか?」
「えっ、なんで?」
「いや、顔赤いからさ。暑いのかと思って」
「だ、大丈夫」
勢いをつけて首を横に振る。環は不思議そうに伊織を見ていた。
布団を少し離さないか、などと言い出せばかえって意識していると思われてしまう。だから伊織はそれに触れることはしなかった。
「夕食は何時なんだっけ?」
「あと一時間くらいある。とりあえず先に風呂行っとく?」
「あ、いいね。まずは普通の温泉行こうよ」
気が緩みそうになるところをぐっと締め付けながら、伊織は立ち上がった。自分の荷物から、着替えを探していた手が止まる。万一の時の透明のポーチ。あと、一応、念の為、迷った挙句持ってきたそれをバッグの底へと押し込んだ。
流石の伊織も、環の裸体を見ただけで戦闘不能になるということはない。高校では水泳の授業もあったし、二人きりということが初めてであるだけで、友人たちと大人数で銭湯に行ったこともある。そもそも他人の裸をまじまじと見るようなことは普通ないので、その美しい顔だけ見ていれば問題はない。
少々ドキマギしながら展望の露天風呂を楽しんだ後、浴衣に着替えてレストランで食事をした。
のぼせるといけないので伊織はソフトドリンクにしておいたが、環の手元にはビールジョッキが置いてある。
ぐつぐつと音を立て始めたいろり鍋の様子を気にしながらも、伊織は感心せずにはいられなかった。
「早月って……ほんとなんでも似合うんだね」
「はは、そんなしみじみしながら言うことか?」
「んん、改めて思っちゃったから」
濡羽色の髪と白い肌に、端正な顔立ち。髪をセットしていないからいつもより少しあどけない。
浴衣姿は初めて見たが、さらりと着こなしていてよく似合っている。普段とはまた違った装いに胸がときめいたのは秘密だ。
環はやんわりと目を細めた。
「浅葱も似合うよな」
「そうかな? こういう時くらいしか着ないけど……」
一度自分の格好を見下ろしてから、再び顔を上げる。何故か環はさっと不自然に視線を逸らした。ビールジョッキで口元を隠す環に、伊織は怪訝そうに首を傾げた。
懐石料理を楽しんで部屋に戻る頃には、伊織の心も体もすっかり解れきっていた。
綺麗な景色に美味しい食事、癒しの温泉と贅沢な旅。最高だ。
「食べた後にすぐ横になると、牛になるって言うよねえ……」
「寝転がりながら言う台詞じゃないだろ」
とうとう欲求に負けて、ごろりと布団に横になった。ふかふかの枕に頬を乗っけながらぼやくと、環が穏やかにツッコミを入れてくる。
伊織はその気の抜けた格好のままスマホを取り出して、カメラロールを開いた。今日だけで随分写真が増えた。どこに投稿するわけでもなく、伊織の思い出のひとつとして残っていく。
衣擦れの音ともに、環の気配が近寄る。伊織は隣に座った男の顔を見上げた。
環の手が持ち上がり、伊織の髪に触れる。指先が髪に緩く絡む。撫でる手つきは優しく、照れ臭さはあれど甘んじて受容していた。心地良さそうに目を細める伊織に、環は小さく笑う。
伊織のものよりも大きい手のひらが、するりと伊織の頬を包んだ。親指がその形を確かめるかのように唇をなぞる。先程までとは違う、含みのある触れ方だった。
じっとりと、部屋の湿度が上がっていく。
スマホを伏せて、代わりに環の手を掴んだ。決めていたのに、伊織の良心が躊躇っている。しかし引き剥がそうにも、伊織はそこから先に動けなかった。
環は何も言わない。ただ伊織を見つめている。
環の視線は穏やかなのに熱っぽい。艶やかな黒曜石の瞳が伊織を惑わしていく。
「……浅葱」
甘やかすような声色で名前を呼ばれてしまえば、伊織は呆気なく陥落した。
伊織は僅かに隙間に入り込んだ爪先を柔く食む。ちゅうと舌で吸い付くと環は擽ったそうに目尻を緩めた。
「….…んっ、う」
環の指先が唇を割って入る。指の腹で円を描くように舌の表面を撫でられて、背筋をぞくりと何かが這っていく。生理的に分泌の増えた唾液が混ざり、くちゅ、と微かな水音が鳴った。粘膜を直に愛撫されて、伊織の体温は否が応でも上がっていく。
伊織が嘔吐かないように気を遣いながらも、この行為は伊織を征服しようとするもののように思える。
「………っ、はぁ」
ゆっくりと引き抜かれていく指が濡れて光っている。伊織は堪らず熱の篭った息を吐き出した。環の姿は涙で少しぼやけていたが、瞬きをすればやがて明瞭になる。
環は相変わらず、何も言わない。ただ妙に色を含んだ双眸で伊織を見つめている。
環はどういうつもりなのだろう。
伊織はずっと分からなかった。環が何を考えていて、何故こうやって触れてくるのか。
伊織の感情を揺さぶって、いいようにしている。それを責め立ててしまいたくなる一方で、伊織の耳元に誰かが囁いているのだ。
自分だって、いいようにしてしまえばいい。利用してしまえ。
離れようとする手を伊織は離さなかった。環が微かに目を見張った。
「お風呂」
切り取りすぎた言葉に、環が不思議そうに首を傾げる。
伊織は顔に熱が集まっていくのを感じながら、腹をくくって言葉を続けた。
「……お風呂、一緒に入る? 部屋のやつ」
骨張った手の甲を指先で撫でた。先手を打ってしまえば案外平気なものだ。
対する環ははっと息を呑んで、そのまま呼吸を止めてしまったかのように見えた。
「………………入る」
たっぷりと間を置いてから頷いた環の耳先は、ほんのりと赤くなっていた。
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