さみだれの初恋が晴れるまで

める太

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高校生編

遠花火②

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 この地域で一番規模の大きい夏祭りと言われるだけあって、屋台の並ぶ会場は人で溢れ返っている。

「人酔いしそう」

 会場近くで合流した龍成は早くも顔色が悪いが、初めに買ったイカ焼きは既に平らげているようだった。
 伊織は龍成の様子を横目で窺いつつ、自分の分のイカ焼きの残りを口におさめた。
 金魚すくいにリンゴ飴と、立ち並んだ色とりどりの屋台からは、煙に混じる香ばしい香りや、人々が楽しむ笑い声が聞こえてくる。
 時折すれ違う人に押されながら、目移りするのを止められなかった。

「次、あれやろうぜ!」

 人混みに鬱々とした表情を浮かべる龍成とは反対に、優斗は幼子のように目を輝かせながら三人の行き先を先導している。
 イカ焼き、トルネードポテトときて、次に優斗が目をつけたのは射的だった。
 安物の玩具や駄菓子、あとは可愛らしいマスコットなど、ごろごろと並んでいる。
 四人が近寄ると、先に遊んでいたカップルが揃って環に視線を向けた。二人とも頬を染めて、そそくさと立ち去っていく。

「龍ちゃんはこういうの得意だろー」
「は? 俺がやるの?」
「おう。あの光ってるやつな」
「自分でやれよ……」
「俺がやるより確実じゃん? なー、お願い!」

 龍成はため息を吐いた。しかし腕を買われていて悪い気はしないらしい。
 龍成はかなりのゲーマーでもあった。中でもシューティングゲームは、見ているこちらが引くほど上手い。

「光ってるやつってどれ?」
「さっすが~、あのルービックキューブ!」

 調子の良いことを言いながら、優斗は陽気な店主に一回分の料金を支払った。
 陽気な店主から玩具の銃器を受け取ると、龍成は次々と光の色が変わるルービックキューブを見据える。構え方がそれっぽい。
 
「まだ台空いてるし、二人もやれば?」
「俺はいいかな」
「伊織ノーコンだもんな」
「うるさいなあ」

 伊織が優斗を睨む。否定できない。伊織は運動はできる方ではないが、特に球技は壊滅的だった。ゴールのような的を狙うということがどうも苦手なのだ。やったことはないが、恐らく射的も駄目だろう。
 結局、龍成と環の二人が射的に挑戦することになった。

 軽快な音が鳴り響き、龍成の手元から放たれた弾丸が次々と命中していく。背後を通った男性が感心したような声を上げていた。
 優斗が欲しがったルービックキューブをさっさと撃ち落として、残り弾で駄菓子を狙い撃つ。予想通り、龍成の得意分野だったようだ。
 伊織はその隣に視線を移した。丁度最後の一発が、マスコットに当たって跳ね返ったところだった。

「あー……あとちょっとなんだけど」

 環が残念そうにライフルを置く。
 環が狙っていたものを見て、伊織が不思議そうに呟く。

「ペンギン?」

 目線の先にあるのは、ぼてっとした淡いクリーム色のペンギン。色合いは可愛らしいが、顔は驚くほど無愛想だった。
 見るからに重さがあって、一発で撃ち落とすのは難しそうだ。
 恐らく景品の目玉なのだろうが、環の趣味ではなさそうだった。
 何故これを狙っていたのだろうか。

「俺もあんま知らないんだけど、なんか流行ってるらしい」
「そうなんだ。言われてみれば、見たことあるかも?」
「ハルが好きなんだよ、これ」

 そう言って、環が視線を巡らせた。
 後ろに待っている客はいない。それをいいことに、龍成は店主にワンコインと引替えに追加の弾を貰っている。
 環が店主に声をかけた。龍成と同じように、もう一回挑戦するらしい。
 無愛想なペンギンは倒れてはいないものの、その位置は確実に初期値からずれている。あと二発ほどあれば、ころりと転げ落ちていきそうだった。

「龍ちゃん、次あれ。あれ取って!」
「おーおー、任せろ」

 龍成の後ろから優斗が顔を覗かせて騒いでいる。それを見た環が、伊織に向かって首を傾げた。

「浅葱も欲しいもんある?」

 まただ。胸に何かがつっかえている。
 伊織は景品を一瞥してから、首を横に振った。

「ううん、俺はいいや」

 分かったとだけ言って、環は再び玩具のライフルを構える。
 一発、そして二発目で見事にペンギンが台から撃ち落とされた。いつのまにか見物客がいたようで、若い女性の歓喜の声が幾つか重なった。
 二回目の弾丸を全て撃ち終えると、龍成と環は満足したらしい。四人が来た時よりも少し寂しくなった景品台に背を向ける。
 元気な声で見送ってくれた店主の顔は、心なしか青くなっていた気がした。

 それからも四人は屋台を渡り歩いた。
 伊織は基本、祭りのような場では見ているだけで満足できるタイプである。
 そんな伊織が口にしたのはイカ焼きに焼きそば、あとはチョコバナナ。チョコバナナは環が甘すぎるからとくれたものだ。
 チョコバナナを差し出された時、トイレに行った龍成の荷物を預かっていて、伊織の両手は塞がっていた。少々行儀が悪いとは思いつつそのまま齧り付いたら、環の動きがぴたりと固まってしまったのである。
 どうしたのだろうかと見つめると、さっと視線を逸らされた。その仕草が少し変だなとは思ったものの、それもすぐに忘れてしまう。楽しい時間はあっという間に過ぎていった。
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