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高校生編
遠花火①
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たった一度のこの夏で褐色の肌を更に黒くした優斗が、口も目もまん丸にして呟く。
「めぐりんの家が太いってガチだったんだ……」
伊織も同意を示すように深く頷いた。
伊織たち四人は夏休みの締めくくりとして夏祭りを選んだ。
用事があるという龍成だけ現地集合で、残りの三人は一緒に行こうということになり、伊織と優斗は環の家に迎えに来ていた。
環から位置情報が送られてきた時から薄々分かってはいたが、環の家は所謂高級住宅エリアにあり、実際、見るからに上級そうな一軒家が目の前に建っている。
「でも藤は中学一緒だったんじゃなかった?」
「同じクラスにはなったことねーんだよ。噂で聞いてただけ」
そう言って優斗は、早月の表札を注意深く確認してからインターフォンを押した。
すぐに環の声がして、少し待っていてくれと言う。 背後で何かバタついているような音がした。
待つ間、伊織と優斗は落ち着かない様子で辺りを見渡す。どの家も無機質な細格子があり、家の前に車が何台も止まっているのが目に入った。
扉が開く音がして、二人揃ってそちらを見る。家から出てきたのは環と、あともう一人。
見覚えのない顔だが、伊織は小さく息を呑んだ。
「あれっ、櫻木じゃん!」
伊織とは違って、優斗は彼を知っているようだった。
「お、藤だ~! 久しぶり」
櫻木と呼ばれた青年は目を輝かせてこちらに駆け寄ってくる。近くでその顔を見て、伊織は思わず呼吸を忘れてしまった。
環は飛び抜けて美しい男だと思っているが、目の前の彼も負けず劣らぬ美青年だった。
頭のてっぺんからつま先まで丁寧に磨きあげられ、春の花のような可憐さを纏っている。
たっぷりと光を吸い込んだ瞳が、優斗から伊織に向かう。伊織が会釈をする前に、彼は「あっ」と声を上げた。
「もしかして浅葱くん?」
「えっ、うん……」
「わあ、マジ、本物! めぐるがお世話になってますー!」
彼は伊織の手を取った。ぶんぶんと上下に振りながら、咲き誇るような笑顔を向けてくる。あまりにも眩しい。されるがままの伊織の瞳がきゅっと細まった。
「ハル、浅葱が困ってんだろ」
見兼ねた環がその細い手首を掴んだ。優斗に櫻木と呼ばれ、環にハルと呼ばれた男は、しまったという顔をして伊織を見上げる。
小動物のようにくりりとした瞳に、伊織の顔が映り込んだ。
「ご、ごめんな~。つい興奮しちゃって……」
「全然大丈夫だよ」
「浅葱が優しくてよかったな」
滑らかな手のひらの温もりが離れていく。
環は手首にその手を添えたままだ。それを見つめながら、伊織は首を傾げた。
「えっと……はじめまして、だよね?」
向こうは伊織の名前を知っているが、伊織は知らない。
遠慮がちに問うと彼はっとして、慌てたように名乗った。
「俺、櫻木春生って言うんだ。よろしく浅葱くん!」
「ハルは俺の幼馴染。藤とは中学んとき同じクラスだったんだよな?」
伊織はゆっくりと瞬きをする。
なるほど、彼が。
春生の言葉に優斗も頷いてみせる。
「そうそう、二年の時な」
「よろしくね、櫻木くん。俺は……ってもう知ってるんだっけ」
「うん! めぐるがよく話してるから」
「そうなんだ。もしかして愚痴だったりする?」
「んなわけないだろ。そんな目で見るなって」
伊織が冗談めかして訊ねると、環は唇を緩く曲げた。春生も首を横に振る。
「逆だよ。めぐる、めっちゃ浅葱くんのこと好きだもん」
「うわ、バカ。やめろって」
「めぐりん俺のことは何て言ってんの?」
「あー、藤? 藤はね、めぐりんて呼ぶのムカつくって言ってる」
「なんで! 可愛いじゃんかよ」
「可愛くないし、そもそも可愛さは求めてねえの」
飛び交う掛け合いに笑っていると、伊織のスマホが音を立てて震えた。画面にメッセージアプリの通知が浮かび上がる。
「龍成からだ。あとどれくらいで着く、だって」
「げっ、もうそんな時間? こっからどんくらいかかるんだろ」
「電車で二十分くらいだと思うけど」
「じゃあそうやって言っておくね」
本来の目的を思い出したかのように、皆が一斉に動き出す。
龍成にメッセージを送信した伊織が春生を見た。躊躇うように口の中で言葉を転がした後、結局訊ねることにした。
「櫻木くんも、祭り、一緒に行く?」
「うわぁ、いいの? ぜひ行きたい! ……って言いたいとこなんだけど、これから用事があってさ……」
春生はがっくりと肩を落としてため息を吐いた。
伊織はそれは残念だと口にしたが、何故だが安堵のようなものを抱いていた。
隣の家に春生を玄関まで送り届けて、三人はようやく駅に向かっていく。
春生の家も例外なく、このエリアに相応しい佇まいをしていた。
「櫻木、相変わらず綺麗な顔してんなー。中学んときからレベチだったけど、ますます磨きがかかってね?」
歩きながら藤が環に言う。
伊織は中学時代の春生の姿を知らないが、それは愛らしい美少年だったのだろうと容易に想像がつく。環の眉間に皺が寄った。
「やんねえぞ」
「うわ、なんだその父親ムーブ。つうか彼氏面? 俺は巨乳好きだから櫻木は範疇外だっての!」
「それはそれでムカつくな……」
「めぐりん何なの? こえー」
優斗がわざとらしく体を震わせてみせる。
伊織は胸のあたりが重たくなったような気がして、そこを服の上から手で押さえながら尋ねた。
「そういえば、さっき何話してたの?」
別れ際に春生が環に何やら耳打ちをしていたのを見かけた。恥じらいからか、ほんのりと桜色に染まった頬が頭に浮かぶ。
思い出したかのように、環の口元が緩んだ。
「あー、なんかリンゴ飴買ってきて欲しいって。あいつ、わたあめとかそういう子どもっぽいもん好きなの」
先ほども同じ顔をしていたな、と伊織は思った。自分や優斗のような、他の友人に向けるものとは違う顔。
ほとんど無意識だろうその表情にはやはり甘さが滲んでいる。
呼吸が、少しだけ詰まった。
「めぐりんの家が太いってガチだったんだ……」
伊織も同意を示すように深く頷いた。
伊織たち四人は夏休みの締めくくりとして夏祭りを選んだ。
用事があるという龍成だけ現地集合で、残りの三人は一緒に行こうということになり、伊織と優斗は環の家に迎えに来ていた。
環から位置情報が送られてきた時から薄々分かってはいたが、環の家は所謂高級住宅エリアにあり、実際、見るからに上級そうな一軒家が目の前に建っている。
「でも藤は中学一緒だったんじゃなかった?」
「同じクラスにはなったことねーんだよ。噂で聞いてただけ」
そう言って優斗は、早月の表札を注意深く確認してからインターフォンを押した。
すぐに環の声がして、少し待っていてくれと言う。 背後で何かバタついているような音がした。
待つ間、伊織と優斗は落ち着かない様子で辺りを見渡す。どの家も無機質な細格子があり、家の前に車が何台も止まっているのが目に入った。
扉が開く音がして、二人揃ってそちらを見る。家から出てきたのは環と、あともう一人。
見覚えのない顔だが、伊織は小さく息を呑んだ。
「あれっ、櫻木じゃん!」
伊織とは違って、優斗は彼を知っているようだった。
「お、藤だ~! 久しぶり」
櫻木と呼ばれた青年は目を輝かせてこちらに駆け寄ってくる。近くでその顔を見て、伊織は思わず呼吸を忘れてしまった。
環は飛び抜けて美しい男だと思っているが、目の前の彼も負けず劣らぬ美青年だった。
頭のてっぺんからつま先まで丁寧に磨きあげられ、春の花のような可憐さを纏っている。
たっぷりと光を吸い込んだ瞳が、優斗から伊織に向かう。伊織が会釈をする前に、彼は「あっ」と声を上げた。
「もしかして浅葱くん?」
「えっ、うん……」
「わあ、マジ、本物! めぐるがお世話になってますー!」
彼は伊織の手を取った。ぶんぶんと上下に振りながら、咲き誇るような笑顔を向けてくる。あまりにも眩しい。されるがままの伊織の瞳がきゅっと細まった。
「ハル、浅葱が困ってんだろ」
見兼ねた環がその細い手首を掴んだ。優斗に櫻木と呼ばれ、環にハルと呼ばれた男は、しまったという顔をして伊織を見上げる。
小動物のようにくりりとした瞳に、伊織の顔が映り込んだ。
「ご、ごめんな~。つい興奮しちゃって……」
「全然大丈夫だよ」
「浅葱が優しくてよかったな」
滑らかな手のひらの温もりが離れていく。
環は手首にその手を添えたままだ。それを見つめながら、伊織は首を傾げた。
「えっと……はじめまして、だよね?」
向こうは伊織の名前を知っているが、伊織は知らない。
遠慮がちに問うと彼はっとして、慌てたように名乗った。
「俺、櫻木春生って言うんだ。よろしく浅葱くん!」
「ハルは俺の幼馴染。藤とは中学んとき同じクラスだったんだよな?」
伊織はゆっくりと瞬きをする。
なるほど、彼が。
春生の言葉に優斗も頷いてみせる。
「そうそう、二年の時な」
「よろしくね、櫻木くん。俺は……ってもう知ってるんだっけ」
「うん! めぐるがよく話してるから」
「そうなんだ。もしかして愚痴だったりする?」
「んなわけないだろ。そんな目で見るなって」
伊織が冗談めかして訊ねると、環は唇を緩く曲げた。春生も首を横に振る。
「逆だよ。めぐる、めっちゃ浅葱くんのこと好きだもん」
「うわ、バカ。やめろって」
「めぐりん俺のことは何て言ってんの?」
「あー、藤? 藤はね、めぐりんて呼ぶのムカつくって言ってる」
「なんで! 可愛いじゃんかよ」
「可愛くないし、そもそも可愛さは求めてねえの」
飛び交う掛け合いに笑っていると、伊織のスマホが音を立てて震えた。画面にメッセージアプリの通知が浮かび上がる。
「龍成からだ。あとどれくらいで着く、だって」
「げっ、もうそんな時間? こっからどんくらいかかるんだろ」
「電車で二十分くらいだと思うけど」
「じゃあそうやって言っておくね」
本来の目的を思い出したかのように、皆が一斉に動き出す。
龍成にメッセージを送信した伊織が春生を見た。躊躇うように口の中で言葉を転がした後、結局訊ねることにした。
「櫻木くんも、祭り、一緒に行く?」
「うわぁ、いいの? ぜひ行きたい! ……って言いたいとこなんだけど、これから用事があってさ……」
春生はがっくりと肩を落としてため息を吐いた。
伊織はそれは残念だと口にしたが、何故だが安堵のようなものを抱いていた。
隣の家に春生を玄関まで送り届けて、三人はようやく駅に向かっていく。
春生の家も例外なく、このエリアに相応しい佇まいをしていた。
「櫻木、相変わらず綺麗な顔してんなー。中学んときからレベチだったけど、ますます磨きがかかってね?」
歩きながら藤が環に言う。
伊織は中学時代の春生の姿を知らないが、それは愛らしい美少年だったのだろうと容易に想像がつく。環の眉間に皺が寄った。
「やんねえぞ」
「うわ、なんだその父親ムーブ。つうか彼氏面? 俺は巨乳好きだから櫻木は範疇外だっての!」
「それはそれでムカつくな……」
「めぐりん何なの? こえー」
優斗がわざとらしく体を震わせてみせる。
伊織は胸のあたりが重たくなったような気がして、そこを服の上から手で押さえながら尋ねた。
「そういえば、さっき何話してたの?」
別れ際に春生が環に何やら耳打ちをしていたのを見かけた。恥じらいからか、ほんのりと桜色に染まった頬が頭に浮かぶ。
思い出したかのように、環の口元が緩んだ。
「あー、なんかリンゴ飴買ってきて欲しいって。あいつ、わたあめとかそういう子どもっぽいもん好きなの」
先ほども同じ顔をしていたな、と伊織は思った。自分や優斗のような、他の友人に向けるものとは違う顔。
ほとんど無意識だろうその表情にはやはり甘さが滲んでいる。
呼吸が、少しだけ詰まった。
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