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 次に目が覚めると、もう西田蔵駅に着いていた。

 「おはよう、あたし達、本当に帰って来れたんだね!」

 まだ眠そうなヒューマを抱えて、運転室に飛び込む。

 「おはよう!そうだね、本当に帰って来れてよかった」

 二人はとりあえず家に帰ることにした。ヒューマは霏々季が連れ帰ってめんどうを見ることになった。

 「お疲れ様でした。本当に戻って来られるなんて奇跡みたい…!」
 「そうだよね、自分でも信じられないよ」
 「ねえ、また会えるよね?」
 「うん、また会いたいね」
 「…一つお願いがあるんだけど、いいかな?」

 霏々季はにやりと笑い、耳打ちする。
 航はちょっと困った顔をしながらも、お願いを聞いてくれると約束した。

 「…分かった。けど、あんまり期待しないでね…!」

 三にんはぎゅうっと抱き合うと、その場で別れた。
 西田蔵駅に黄泉行きの列車を残して…。

 「ヒューマくん、あたし以外とお喋りしたら相手をびっくりさせちゃうから、家族の前ではただのぬいぐるみのふりをしてね」
 「はあい」

 勇気を出して店の鎧戸を叩くと、母親がそれを上げて現れた。

 「霏々季!」
 「お母さん!」

 背骨が折れそうなほど強く抱き締めてくれた。なんせ娘の初めての朝帰りなのだ。

 「どこに行ってたの!本当に心配したんだから!」 
 「…すごく遠い所」

 警察への捜索願を取り下げて、学校も一日休むことになった。結局昨日は無断欠席で学校から家に連絡があったらしい。
 その内戻ってくるだろうと思っていた両親も、夜の九時になっても娘が戻って来なかったので、ついに警察に連絡した。そして一晩経って無事霏々季が帰って来たことを、心の底から喜んでくれた。

 「…嫌なら体育祭の練習期間中はずっと休んでもいいのよ?私の方から担任に連絡するから…」
 「…ううん、いいの。あたし、逆にやる気が出ちゃった。今日休んだら明日からは参加するから」

 なんとなく逞しくなったような娘に、母親は戸惑いながらもほっとした。
 彼女は遅めの朝ごはんを食べながら、航のことを考える。
 きっと今頃、藤田家でも大騒ぎになっているに違いない。なんせ、七年も行方不明だった娘が、突然帰って来たのだから…。

 体育祭当日の昼休み。
 そろそろかなと思っていると、案の定現れた。
 真っ白なTシャツに日除けの帽子、細身のスキニーパンツというややしゃれた格好の青年だ。
 皆がいきなり現れた美男子に注目している。
 霏々季は気をよくしながら、堂々と彼、否彼女の側まで近づいた。

 「ありがとう、航!忙しいのにわざわざ来てくれて嬉しい!」

 航と同じようにおしゃれした霏々季がわざとらしく満面の笑みを浮かべ、腕に絡みついた。
 眼鏡を失くしたのをきっかけにコンタクトに乗り換え、美容室で重かった髪もばっさりと切り落とした。そして今は元気いっぱいな応援団の衣装に身を包んでいる。

 「…大好きな、ひ、霏々季の為なら…」

 たまらず耳打ちをする。

 「航ちゃん、棒読みになってるよ!」
 「ご、ごめん…」

 気を取り直して、航は事前に指示されたとおり小さな花束を相手に差し出した。薔薇はやりすぎなので、お手頃価格のかわいらしいものだ。

 「頑張ってね、応援してる」
 「うん!」
 「神山さん、その人は?」

 同じ学級の女子達に囲まれ、好奇心いっぱいの目で見つめられる。

 「彼氏の航くんだよ」
 「ど、どうも、初めまして」

 彼氏と言い切ると、甲高い声が運動場に響き渡った。

 「え、神山さん彼氏いたの!?」
 「いいな~!」
 「かっこいい~!」
 「超イケメンなんだけど!」

 他の女子も集まって、ちょっとした人だかりができてしまう。辺りを見回すと、いつの間にか男子達も集まっていた。突然女子が騒ぎ始めたので何事かと様子を見に来たようだ。

 「霏々季ちゃん…!」

 これはいいと、霏々季は航の手を引いて、吉川のところまでずんずんと歩み寄った。

 「あんたは一年前、あたしと手を繋ぐと手がけがれるって言ってたけど、あたしの彼氏は癒されるって言ってくれるよ。…あんたにもそういう彼女が早くできるといいわね」

 恋人繋ぎを見せつけるように、手を持ち上げた。

 「……」

 吉川は何も答えることができずに黙っていた。周りの男子達も固まってしまっている。
 突然見た目が変わったかと思うと今度は彼氏が現れたので、皆ついていけないらしい。

 「じゃ、うちらはこれで」

 彼を見返すことができた霏々季は余裕の笑みを浮かべて、その場を後にした。
 その日のうちにあの神山 霏々季にイケメンな彼氏ができたと全校に知れ渡った。
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