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 「結構様になってるじゃない、似合ってるわ」
 「いえ、メルメナさんの方こそ、おきれいです」

 彼女はひだがふんだんにあしらわれた真っ赤な衣装を着ていた。

 「…正直に言うわ、あなたが舞台に立つのはまだ早過ぎる」
 「え…」

 突然暗い顔でそう言われたので、霏々季は反応に困ってしまった。

 「もちろん、意地悪で言ってるわけじゃないのよ、あなたがだめというわけでもないの。…でも私なんて何年も稽古を続けてやっと舞台に立てるようになったんだから、初心者のあなたが今日いきなり舞台に立つなんて普通はありえないでしょう?」
 「確かに、そうですよね…」

 運がいいのか悪いのか。

 「つまり何が言いたいのかというと、気負わないで気楽にやって欲しいということ!できなくて当たり前なんだから、後は見様見真似でやればいいの」
 「ありがとうございます」

 どうやら励ましたいだけなのだと分かると、彼女も少しほっとした。

 「最後に一つだけいいことを教えてあげるわ」
 「なんですか?」
 「途中で上手く踊れなくなっても、堂々としていること!あたかも間違えてなんかないふりをするの。お客さんも案外分からないものなのよ」
 「メルメナさんも知らんふりをしたことがあるんですか?」
 「あるわよ」

 彼女があまりにも正直に答えるので、霏々季は思わず吹き出してしまった。おかげで緊張がほぐれた。

 「じゃあ始まるから、もう行くわね」

 彼女はそういうと、すぐに袖から舞台に移動した。
 音楽が流れ、幕が上がると、メルメナは歌いながら踊る。
 すぐに昆虫や蝶に扮した男女の役者が現れ、主人公に進むべき道を教えてくれた。
 舞台袖からとはいえ、まともな歌劇を初めて見て感動していると、すぐに霏々季達の番がやって来た。

 「ビッキー、行くよ!」
 「は、はい!」

 捌けた虫の役者達と入れ違うようにして観客の前に躍り出ると、一瞬時が止まった。
 みんながわたしを見ている。
 踊れるところだけでも踊らなければ…!

 霏々季は覚悟を決めて一生懸命体を動かした。他の五人より遅れても、動きがぎこちなくても、とにか身振り手振りを大きくして笑顔を絶やさなかった。
 きっと客は、一人だけ踊りの質が低いことなどとっくに見破っているのだろう。全体的にうろ覚えだし、悪い意味で目立っているのも分かったが、不思議と怖くはなかった。全力の前では何も恐るるには足りないのかもしれない。

 やがてお茶会はお開きとなり、主人公はもっと先に進むことになった。王子役と交代する形で舞台裏に捌ける。十分ぐらいの出番だったが、彼女は疲れて床にへたり込んでしまう。まだ興奮冷めやらぬ心臓が、ばくばくと忙しなく音を鳴らしている。

 メルメナはいつの間にか王子を誑かした悪い女として城の兵士に捕まり、女王に裁かれることとなった。
 しかし、王子が助けてくれたおかげで逃げ出すことができ、二人揃ってもといた世界に帰ることができた…。そこで物語が終了した。
 拍手喝采だった。
 霏々季も手が痛くなるほど拍手をしていると、後ろから押される形で舞台に立ち、役者全員で観客達に深々と頭を下げた。

 「ひびきちゃん!」

 なんと一番前の席にヒューマがいた。
 びっくりしながらも、彼に手を振る。先ほどはそれどころではなかったので全く気づかなかったが、よく見ると列車に乗っていた人が他にもいっぱいいた。
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