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西田蔵駅には都市伝説がある。
なんでも別世界に繋がる列車が時折運行しているのだという。
実際に七年前にそこで女子小学生が行方不明になるという事件も起こり、危ないから絶対に立ち入り禁止だと小学校では厳しく指導されていた。
学校でこっくりさんが流行ったように、西田蔵駅も例外なく子供たちの興味関心を惹き付けた。霏々季もそのうちの一人で、本気で信じて一度近くまで友達と見に行き、結局怖くなって逃げ帰ったことがある。だから、六年ぶりでもあっさりと見つけ出すことができた。
相変わらず廃れたままの駅はいうまでもなく不気味だった。
雑草は生え放題で壁もぼろぼろと崩れ落ちていた。携帯端末の明かりを頼りに足を踏み入れる。さくさくと砂利を踏む音だけが隧道に響く。
当然、頭の中では分かっていた。
こんな所に来たとしても結局は今まで通り一人ぼっちで、言いたいことも言えないだめな奴のままで、簡単に変われるわけがないと。
だが、それでもよかった。
どうしてここに来ようと思ったのかは自分でもはっきりとは説明がつかなかったが、きっと現実逃避したかったからなのだと思う。
ありえないと分かっていながらも、もし本当に別の世界に行けるのならという淡い期待を抱いていたのだ。あとは十代特有の勢いと怖いもの見たさとやけである。
外とは違って、じめじめひんやりしており、当たり前だがそこには列車なんて停まっていなかった。線路に沿って歩いていたが、もうこれ以上奥に行っても何もないだろうと引き返そうとしたその時。
ぱっと向こうから光が暗闇を照らし出した。音が鳴り響き、どんどん近づいて来るのが分かる。
もしかして本当に列車が来てしまったのだろうか?とっくに廃駅になったはずなのに?
いや、別世界へ繋がる列車ならば走っていてもおかしくはない。なんにせよ、轢かれる前に早く逃げなければ。
霏々季は慌てて乗降場によじ登った。かけらがぽろぽろと落ちる。
十数秒後に列車は彼女の前に停まった。それは汽車の形をしていたが、白い蒸気を吐かず、赤い車体と黒い車輪を持ち、細部は金色でとてもおしゃれだった。
一度も乗ったことはないが、現代の豪華寝台列車にも負けない高級感がひしひしと感じられた。扉が独りでに開く。中はすでにたくさんの乗客で賑わっていた。
「割り込み乗車をしないでくださる?」
後ろから声をかけられてびくっとした。振り返るより先に、私こそがこの列車にふさわしいのよと言わんばかりの金持ち風の婦人が、霏々季の前に出て説教した。
「皆さん並んでいるんです、おどきなさい」
「ご、ごめんなさい。そういうつもりじゃ…」
彼女の言うとおり、ずらっとひとが並んでいた。
霏々季は道を譲るために、同化しそうなほど壁に背中をくっつけて、通り過ぎる彼らを眺めた。最後にくまのぬいぐるみがとことこと歩き、乗り込もうとしていた。
ぬいぐるみが動くなんて…!
彼女が目を丸くして微動だにできずにいると、目が合ってしまった。無機質な黒い飾り玉は確かに目として機能し、彼女を捉えているようだった。
「おねえちゃんはのらないの?」
今度は喋った!
ぬいぐるみは短い手を口元に添え、首を傾げた。
その完璧な仕草により、ぬいぐるみはさらに愛くるしさを強調することに成功していた。霏々季はぎゅっと胸が締め付けられた。
どう見ても、呪われた人形にしてはかわい過ぎる。何よりもその円らな瞳が悪いものの類には見えない。これはきっと、ただのかわいいぬいぐるみに違いない!
「わたしも乗っていいの?」
「うん、いっしょにあそぼう!」
くまのぬいぐるみに手を引かれて彼女はよろめきながら、つい乗車してしまった。背後から扉が自動で閉まる音がした。
中を見てもかなり豪華な造りになっていた。通路には暗赤色の絨毯が敷き詰められ、黒い座席の上には座布団が配置されている。頭上には派手な照明器具が等間隔に埋め込まれていた。
「こっち、こっちー」
そのまま幼子が大人の手を引いて走るように、席に連れて行かれた。ぬいぐるみはぴょんと霏々季の膝に飛び乗った。
わけも分からず乗ってしまったが、これが別世界に通じる列車なのだろうか?ぬいぐるみがお客さんになり得る列車なのだから。
「ね、ねえ。これからどこに行くの?」
「うーん、わかんない。でもすごくとおいところで、しんだらそこにいくんだって」
「死んだら…!」
「うん」
ぬいぐるみは背中のファスナーを下ろすと、一枚の紙を差し出した。それはどうやら切符らしく、
サノ ヒューマ サマ
サイダクラ→ヨミノクニ
「黄泉の国…!」
ということは乗客は死者しかいないのか。
彼女はぐるりと車内を見渡した。あの説教してきた婦人も、お爺さんも青年も、幼い女の子も皆、死んでいる…。
信じがたいことに、この列車は別世界は別世界でもあの世行きの列車だったらしい。
黄泉は死者の国だ。生者が行くべき場所ではないし、何より死にたくない。
どきどきわくわくするような世界に行きたかっただけなのに、よりによって一番行っては行けない世界に行こうとしているだなんて。
わたしが死にたいと願ってしまったから、こんなことになったのだ。
いざ死が間近に迫ると、やはり生きたいと本能が強く訴えかけてくる。
神様、もう死にたいだなんて思わないから、「神山 霏々季」としてちゃんと生きていくから、せめて、せめてわたしをもとの世界に返してください…!
なんでも別世界に繋がる列車が時折運行しているのだという。
実際に七年前にそこで女子小学生が行方不明になるという事件も起こり、危ないから絶対に立ち入り禁止だと小学校では厳しく指導されていた。
学校でこっくりさんが流行ったように、西田蔵駅も例外なく子供たちの興味関心を惹き付けた。霏々季もそのうちの一人で、本気で信じて一度近くまで友達と見に行き、結局怖くなって逃げ帰ったことがある。だから、六年ぶりでもあっさりと見つけ出すことができた。
相変わらず廃れたままの駅はいうまでもなく不気味だった。
雑草は生え放題で壁もぼろぼろと崩れ落ちていた。携帯端末の明かりを頼りに足を踏み入れる。さくさくと砂利を踏む音だけが隧道に響く。
当然、頭の中では分かっていた。
こんな所に来たとしても結局は今まで通り一人ぼっちで、言いたいことも言えないだめな奴のままで、簡単に変われるわけがないと。
だが、それでもよかった。
どうしてここに来ようと思ったのかは自分でもはっきりとは説明がつかなかったが、きっと現実逃避したかったからなのだと思う。
ありえないと分かっていながらも、もし本当に別の世界に行けるのならという淡い期待を抱いていたのだ。あとは十代特有の勢いと怖いもの見たさとやけである。
外とは違って、じめじめひんやりしており、当たり前だがそこには列車なんて停まっていなかった。線路に沿って歩いていたが、もうこれ以上奥に行っても何もないだろうと引き返そうとしたその時。
ぱっと向こうから光が暗闇を照らし出した。音が鳴り響き、どんどん近づいて来るのが分かる。
もしかして本当に列車が来てしまったのだろうか?とっくに廃駅になったはずなのに?
いや、別世界へ繋がる列車ならば走っていてもおかしくはない。なんにせよ、轢かれる前に早く逃げなければ。
霏々季は慌てて乗降場によじ登った。かけらがぽろぽろと落ちる。
十数秒後に列車は彼女の前に停まった。それは汽車の形をしていたが、白い蒸気を吐かず、赤い車体と黒い車輪を持ち、細部は金色でとてもおしゃれだった。
一度も乗ったことはないが、現代の豪華寝台列車にも負けない高級感がひしひしと感じられた。扉が独りでに開く。中はすでにたくさんの乗客で賑わっていた。
「割り込み乗車をしないでくださる?」
後ろから声をかけられてびくっとした。振り返るより先に、私こそがこの列車にふさわしいのよと言わんばかりの金持ち風の婦人が、霏々季の前に出て説教した。
「皆さん並んでいるんです、おどきなさい」
「ご、ごめんなさい。そういうつもりじゃ…」
彼女の言うとおり、ずらっとひとが並んでいた。
霏々季は道を譲るために、同化しそうなほど壁に背中をくっつけて、通り過ぎる彼らを眺めた。最後にくまのぬいぐるみがとことこと歩き、乗り込もうとしていた。
ぬいぐるみが動くなんて…!
彼女が目を丸くして微動だにできずにいると、目が合ってしまった。無機質な黒い飾り玉は確かに目として機能し、彼女を捉えているようだった。
「おねえちゃんはのらないの?」
今度は喋った!
ぬいぐるみは短い手を口元に添え、首を傾げた。
その完璧な仕草により、ぬいぐるみはさらに愛くるしさを強調することに成功していた。霏々季はぎゅっと胸が締め付けられた。
どう見ても、呪われた人形にしてはかわい過ぎる。何よりもその円らな瞳が悪いものの類には見えない。これはきっと、ただのかわいいぬいぐるみに違いない!
「わたしも乗っていいの?」
「うん、いっしょにあそぼう!」
くまのぬいぐるみに手を引かれて彼女はよろめきながら、つい乗車してしまった。背後から扉が自動で閉まる音がした。
中を見てもかなり豪華な造りになっていた。通路には暗赤色の絨毯が敷き詰められ、黒い座席の上には座布団が配置されている。頭上には派手な照明器具が等間隔に埋め込まれていた。
「こっち、こっちー」
そのまま幼子が大人の手を引いて走るように、席に連れて行かれた。ぬいぐるみはぴょんと霏々季の膝に飛び乗った。
わけも分からず乗ってしまったが、これが別世界に通じる列車なのだろうか?ぬいぐるみがお客さんになり得る列車なのだから。
「ね、ねえ。これからどこに行くの?」
「うーん、わかんない。でもすごくとおいところで、しんだらそこにいくんだって」
「死んだら…!」
「うん」
ぬいぐるみは背中のファスナーを下ろすと、一枚の紙を差し出した。それはどうやら切符らしく、
サノ ヒューマ サマ
サイダクラ→ヨミノクニ
「黄泉の国…!」
ということは乗客は死者しかいないのか。
彼女はぐるりと車内を見渡した。あの説教してきた婦人も、お爺さんも青年も、幼い女の子も皆、死んでいる…。
信じがたいことに、この列車は別世界は別世界でもあの世行きの列車だったらしい。
黄泉は死者の国だ。生者が行くべき場所ではないし、何より死にたくない。
どきどきわくわくするような世界に行きたかっただけなのに、よりによって一番行っては行けない世界に行こうとしているだなんて。
わたしが死にたいと願ってしまったから、こんなことになったのだ。
いざ死が間近に迫ると、やはり生きたいと本能が強く訴えかけてくる。
神様、もう死にたいだなんて思わないから、「神山 霏々季」としてちゃんと生きていくから、せめて、せめてわたしをもとの世界に返してください…!
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