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翌朝目が覚めて、図書室で借りてきた恋愛小説を寝転がったまま読む。
神様と女子高生が恋をする話だ。
生まれてこの方彼氏なんてできたこともないから、ここに書いてあるような切ない気持ちや熱い気持ちに自分もなれるのかと疑問に思うけれど、もし本当にふたりみたいな恋ができるものならしてみたい。
でも学校の男子と恋愛したいとは思わないし、向こうも南野のような美人がいいだろう。
霏々季ももっと見た目に気を遣えば南野にも負けないが、本人は大学からでいいやと諦めてしまっている。
眼鏡からコンタクトレンズに変えるのも母が衛生面でだめだと言うし、美容室に行って髪を整えるのだってお金がかかる。副業が禁止されている私立学校に通う彼女におしゃれは縁のない話だった。
それに彼女は家庭の経済状況が芳しくないのを知っていたので、月々のお小遣いを全て親に返上した上で、今年からはいらないと申し出ているから財布は常に千円以下しか入っていなかった。
特別貧しいわけではないが、おしゃれにお金を回せるほど裕福でもなかった。それに何より、今は気になる人もいないし…。
夢中になって本を捲った。
わたしもこれくらいかわいかったら男子ともうまくやれたのかな…。
美男美女が並ぶ挿絵を眺めていると、怒った様子の母親が入って来た。
「いつまでそうしているつもり?早く着替えて学校に行きなさい」
「わたし、行かないって言った」
「だめ、行きなさい」
「やだ」
堂々巡りが続き、互いをきっと睨む。根負けしたのは母の方だった。
母は深い溜息を吐いた後、厳しい口調で、
「…分かった。学校に行かないならせめて家から出て行って」
「はあ?なんでよ。自分の部屋なんだからいいでしょ?」
「家にいると私の責任になるから、どうしても行きたくないなら家以外のどこかに行って」
「…はあ?うざ」
霏々季は吐き捨てると、適当に着替えて家から飛び出した。
母は自宅兼店舗の惣菜屋を切り盛りしているので、家にいるとずっと険悪な雰囲気のまま過ごさねばならない。それならと言われたとおりに出て行ってやった。
しかし所持金千円にも満たない彼女はどこかに遊びに行く気にも、何かを買って食べる気にもなれなかった。近所をうろつき、公園の椅子に腰掛けてぼうっと植えられた木を眺めた。
お母さんなんてわたしのお母さんじゃない。
いつも肝心な時には助けてくれない。ちょっと学校に電話してわたしを休ませたいと言ってくれればいいのに、それすらも協力してくれない。お母さんなんか大嫌いだ。
わたしなんかいなくなればいいんだ。どうせみんなわたしが嫌いなんだから、いなくなったって誰も心配しない。
むしろせいせいするに違いない。
吉川も小早川も、担任も副担任も、同級生も、お母さんも、みんなそうに違いない。わたしだって好きで「神山 霏々季」に生まれたわけではないのに。
南野さんみたいな女の子に生まれていたら、こんな思いをせずに済んだのかな…。
お嬢様育ちで、いつもきれいな身だしなみで、周囲からはちやほやされて。
きっと誰かに悪口を言われたこともないのだろう。褒められることはあっても、貶されたことなんかないに違いない。なぜなら、粗を探す方が大変なくらいすてきな女の子なのだから。
それに比べてわたしはなぜ、こうもはずれな人生を生きているのだろう。
自分でお母さんのもとに来ることを選んだのか、そういう運命だったのかは知らないけれど、最初から自分の歩む人生がこんなにも暗いものだと分かっていたら、絶対に「神山 霏々季」の人生なんか選ばなかった。
もっと他にいい人生があればそちらを選んでいただろうし、なければ最悪生まれることさえ拒否していたはずだ。
だってそうだろう、苦労してまで生きる意味なんか見い出せない。
できることなら「南野 美愛」みたいな女の子に生まれたかった。男でもいい、皆とうまくやっていけるような人間なら、「神山 霏々季」以外の誰でもいい。
とはいえ、生まれてしまった以上、誰かと人生を交換するなんて不可能だ。霏々季に残された選択肢は二つだけ、このまま「神山 霏々季」の人生を全うするか、自ら命を絶って来世に賭けるか。
もういっそ消えてしまいたい…。
霏々季はそこまで考えた時、携帯端末で「睡眠薬 致死量」と検索してみた。
とてもではないが刃物で自分を刺したり首を吊ったりする度胸はないし、何より痛みに悶え苦しみながら死ぬのは嫌だ。楽に死にたい。
ところが、思うような答えは見つからなかった。なんでも、睡眠薬を大量に飲んでも死ねるのは稀だという。ほとんどが未遂に終わってしまうそうだ。
これでは、死にたくても死ねない。
彼女は携帯端末を衣嚢にしまうと、はあ、と重い重い溜息を吐いた。
…これからどうしようか。
死ねないなら、生きる他道はないということになるが、それでもまたあの地獄のような学校生活に戻らなければならないのだと思うと、憂鬱になった。
どこか遠くに行けたらいいのに…。
新しい場所、誰も冴えない霏々季を知らない場所で、人生をやり直したい。
そこで死を思い断ったばかりの彼女は、新たに「西田蔵駅」に行くことを思い立った。西田蔵駅は、この近くに住む者なら誰でも知っている有名な廃駅だ。
「久しぶりに、行ってみようかな…」
公園を出ると、駅に向かって歩き出す。いつの間にか、昼過ぎになっていた。
神様と女子高生が恋をする話だ。
生まれてこの方彼氏なんてできたこともないから、ここに書いてあるような切ない気持ちや熱い気持ちに自分もなれるのかと疑問に思うけれど、もし本当にふたりみたいな恋ができるものならしてみたい。
でも学校の男子と恋愛したいとは思わないし、向こうも南野のような美人がいいだろう。
霏々季ももっと見た目に気を遣えば南野にも負けないが、本人は大学からでいいやと諦めてしまっている。
眼鏡からコンタクトレンズに変えるのも母が衛生面でだめだと言うし、美容室に行って髪を整えるのだってお金がかかる。副業が禁止されている私立学校に通う彼女におしゃれは縁のない話だった。
それに彼女は家庭の経済状況が芳しくないのを知っていたので、月々のお小遣いを全て親に返上した上で、今年からはいらないと申し出ているから財布は常に千円以下しか入っていなかった。
特別貧しいわけではないが、おしゃれにお金を回せるほど裕福でもなかった。それに何より、今は気になる人もいないし…。
夢中になって本を捲った。
わたしもこれくらいかわいかったら男子ともうまくやれたのかな…。
美男美女が並ぶ挿絵を眺めていると、怒った様子の母親が入って来た。
「いつまでそうしているつもり?早く着替えて学校に行きなさい」
「わたし、行かないって言った」
「だめ、行きなさい」
「やだ」
堂々巡りが続き、互いをきっと睨む。根負けしたのは母の方だった。
母は深い溜息を吐いた後、厳しい口調で、
「…分かった。学校に行かないならせめて家から出て行って」
「はあ?なんでよ。自分の部屋なんだからいいでしょ?」
「家にいると私の責任になるから、どうしても行きたくないなら家以外のどこかに行って」
「…はあ?うざ」
霏々季は吐き捨てると、適当に着替えて家から飛び出した。
母は自宅兼店舗の惣菜屋を切り盛りしているので、家にいるとずっと険悪な雰囲気のまま過ごさねばならない。それならと言われたとおりに出て行ってやった。
しかし所持金千円にも満たない彼女はどこかに遊びに行く気にも、何かを買って食べる気にもなれなかった。近所をうろつき、公園の椅子に腰掛けてぼうっと植えられた木を眺めた。
お母さんなんてわたしのお母さんじゃない。
いつも肝心な時には助けてくれない。ちょっと学校に電話してわたしを休ませたいと言ってくれればいいのに、それすらも協力してくれない。お母さんなんか大嫌いだ。
わたしなんかいなくなればいいんだ。どうせみんなわたしが嫌いなんだから、いなくなったって誰も心配しない。
むしろせいせいするに違いない。
吉川も小早川も、担任も副担任も、同級生も、お母さんも、みんなそうに違いない。わたしだって好きで「神山 霏々季」に生まれたわけではないのに。
南野さんみたいな女の子に生まれていたら、こんな思いをせずに済んだのかな…。
お嬢様育ちで、いつもきれいな身だしなみで、周囲からはちやほやされて。
きっと誰かに悪口を言われたこともないのだろう。褒められることはあっても、貶されたことなんかないに違いない。なぜなら、粗を探す方が大変なくらいすてきな女の子なのだから。
それに比べてわたしはなぜ、こうもはずれな人生を生きているのだろう。
自分でお母さんのもとに来ることを選んだのか、そういう運命だったのかは知らないけれど、最初から自分の歩む人生がこんなにも暗いものだと分かっていたら、絶対に「神山 霏々季」の人生なんか選ばなかった。
もっと他にいい人生があればそちらを選んでいただろうし、なければ最悪生まれることさえ拒否していたはずだ。
だってそうだろう、苦労してまで生きる意味なんか見い出せない。
できることなら「南野 美愛」みたいな女の子に生まれたかった。男でもいい、皆とうまくやっていけるような人間なら、「神山 霏々季」以外の誰でもいい。
とはいえ、生まれてしまった以上、誰かと人生を交換するなんて不可能だ。霏々季に残された選択肢は二つだけ、このまま「神山 霏々季」の人生を全うするか、自ら命を絶って来世に賭けるか。
もういっそ消えてしまいたい…。
霏々季はそこまで考えた時、携帯端末で「睡眠薬 致死量」と検索してみた。
とてもではないが刃物で自分を刺したり首を吊ったりする度胸はないし、何より痛みに悶え苦しみながら死ぬのは嫌だ。楽に死にたい。
ところが、思うような答えは見つからなかった。なんでも、睡眠薬を大量に飲んでも死ねるのは稀だという。ほとんどが未遂に終わってしまうそうだ。
これでは、死にたくても死ねない。
彼女は携帯端末を衣嚢にしまうと、はあ、と重い重い溜息を吐いた。
…これからどうしようか。
死ねないなら、生きる他道はないということになるが、それでもまたあの地獄のような学校生活に戻らなければならないのだと思うと、憂鬱になった。
どこか遠くに行けたらいいのに…。
新しい場所、誰も冴えない霏々季を知らない場所で、人生をやり直したい。
そこで死を思い断ったばかりの彼女は、新たに「西田蔵駅」に行くことを思い立った。西田蔵駅は、この近くに住む者なら誰でも知っている有名な廃駅だ。
「久しぶりに、行ってみようかな…」
公園を出ると、駅に向かって歩き出す。いつの間にか、昼過ぎになっていた。
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