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わくらば編

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 本当だったら中学校卒業後に、祓除高等文科学校に入学したかったのだが、母親からはせめて高校卒業するまでは佐賀で一緒に暮らしてほしいと言われて断念した。
 祓高は全国でも大阪校と東京校の二校しかなく、どちらに通うにせよ、佐賀から遠く離れなければならなかったので、母親はまだ十五歳の一人息子が知らない土地で生活することを心配したのであった。
 火としては、大阪だろうが東京だろうが、恐るるには足りないと思っていた。いずれは月本に行くつもりなのだ、日本国内なんてたかが知れていると。さんざんな目に遭わされた地元にも未練はなかったし、さっさと家を出て、母の負担を軽くしたかった。
 詳細を調べるとかなりの高待遇らしい。
 生徒でありながら特別職国家公務員に当たるため、学費・寮費が無料の上、毎月手当が九万円ももらえるし、卒業後もすぐに祓除隊に入隊できて就職問題も解決できる。間違いなく母も賛成してくれると信じて疑わなかった。もう仕事を掛け持ちして、くたくたに疲れている姿は見たくなかった。
 ところが、彼女は行かないでと言うばかりだった。
 月本に行きたい気持ちは分かるけれど、何もそこまで焦らなくてもいいのではないかと。お願い、私を一人にしないでと言われた時、父親と全く同じことをしようとしているのだと気づいた。
 夫に捨てられ、息子にも早々と家を出て行かれて、寂しさに耐え得ることができる女性がこの世に何人いることだろうか。
 結局、火は佐賀の名門公立高校進学を選択した。
 けれどもその後、文系でも一番の成績優秀者だったにもかかわらず、どこの大学も受験しなかった。前代未聞であった。
 担任からは、そんなに祓除官になりたいのならば、祓除大学校を受験するべきだと何度も説得されたが、全て余計な世話だと跳ね除けた。
 確かに祓大卒(または一般の大卒)の方が組織内での出世に有利だが、そんなものはどうでもよかった。
 別に結婚願望はないので、出世しようがしまいが関係ないからだ。もし家庭を持つのであれば、妻子を養うために死に物狂いで昇進を目指すべきだろう。
 だが、そもそも半異人の自分と結婚してくれる女性なんていないだろうし、いたとしても結婚は避けるべきである。きっと半異人と結婚した妻は母と同じように、世間から白い目で見られるに違いない。そして異人の血を受け継いだ我が子も、自分と同じように差別の的になるかと思うと、とてもではないがこの世には送り出せない。親の惚れた腫れたで勝手に産んでおいて、そんな目に遭わせるのは無責任だ。
 だからおれは出世競争になんて参加しないし、大学にも行かない。誰かを好きになることもないし、好かれることもない。
 月本にさえ行ければなんでもいい。ある程度お金が貯まったら、独立して無所属の祓除師(free lance)にでもなればいい。そうすればもう自由だ。普通の暮らしができるだけのお金が稼げればそれで十分なのだ。
 それに、あと四年も悠長に学生生活を送るつもりもなかった。たとえ二年だけしか短縮できないとしても構わないと、火は福岡県祓除学校へ入学した。他の46都道府県全てに祓除学校はあったが、佐賀県にだけはなかったので、福岡の祓除学校を選んだのだ。近いとは言わないけれど、いつでも母に会える距離だったゆえ、彼女も了承してくれた。
 それが一年前のことである。

ーーーーー

【補足】
 祓除高等文科学校や祓除大学校、都道府県祓除学校は実は、その名前に学校こそついているものの、学校教育法上の学校(一条校)ではない。生徒の身分は共通して特別職国家公務員(祓除官ではなく祓除隊員)。内閣府直轄の組織の一つに祓除庁がある。
・祓除高等文科学校(三年制):通信制高等学校と提携して高卒資格取得、少年期からの人材育成が目的。
・祓除大学校(四年制):学位認定がある省庁大学校、幹部候補の育成が目的。
・都道府県祓除学校(二年制):研修施設、様々な人材募集が目的。
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