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 明日の朝、本当に出て行くのだと思うと、全く眠れなかった。寝返りを何度も何度も打って、ただただ時が過ぎるのを待つしかなかった。

 がちゃり。

 突然部屋の扉が開いた。
 誰かが部屋に入って来るのが分かった。

 「領主様…?シノ…?」

 トオトセはのそのそと上半身を起こした。
 こんな夜中にいったいなんの用だろうか。
 カノは先ほど会ったばっかりだし、礼儀正しいシノがわざわざこんな夜中にやって来るのもどうも不自然だ。
 それになんだか、いつもと気配も違う…。
 その正体を知ると同時に、トオトセは布で口を塞がれて声を奪われてしまった。

 「飛人だ、飛人がいるぞ!」
 「こいつ、もしかして、サーカス団から逃げ出したやつじゃないのか?それとも領主様の趣味でもともと飼っていた奴隷か?」

 この部屋はカノとシノしか出入りしないので、てっきり二人のうちのどちらかだと思っていたが、侵入したのは全く面識のない男達だった。
 トオトセがじたばたと暴れるのも束の間、すぐに骨が折れそうなほど強く抑えつけられる。

 「細かいことはどうでもいいんだよ、俺達はこいつを攫って売りさばけば大金が手に入る」
 「殺さないのか?」
 「ばか、こいつを殺したところで、リサがくれる端金なんかたかが知れてるだろう。それよりも、売った方がよっぽど儲かる。一生遊んで暮らせるぞ」

 それを聞いた途端、体こそ華奢なトオトセだったが、底力を出して必死に抵抗する。
 
 ふざけるな!
 やっと奴隷から解放されたんだ。奴隷落ちなんて二度とごめんだ!

 うつ伏せで抑えつけられたまま、無理矢理ばさばさと大きな翼を動かした。部屋中の空気が振動する。

 「この、おとなしくしやがれ…!」
 「うっとうしいやつめ!」

 痺れを切らした男が、ナイフを翼に突き立てた。

 「ああああああああああああああああ……!」

 トオトセの声にならない声が響く。
 ざく、ざくと翼が切り刻まれる。羽がまるで白い花びらのように、月明かりに照らされて宙を舞う。

 「ばか、何傷つけてるんだよ、価値が下がるだろ!」
 「でも!こいつの翼は、鋭くて、このままでは俺達が先に切り刻まれちまう!」

 彼の言うとおり、トオトセを抑えていた二人とも腕や顔に深い切り傷ができていた。鋭い翼はかするだけでいともたやすく皮膚を切り裂く。

 「やっと、おとなしくなったな」

 すぐにトオトセは暴れるのをやめた。
 翼をめちゃくちゃにされ、痛みと恐怖でもう何もできなかった。
 それでも喉が潰れそうなほど、叫び続ける。

 「ああああああああああああああああああああ!」

 お願い、領主様、早く気づいて!
 オレを助けて…!

 「こいつの価値は下がっちまったが、切った羽でもそこそこの値打ちはするだろう。おい、俺がこいつを縛っておくから、お前はその間に羽を全て集めろ」
 「分かった」
 
 天使の落としもののように、銀色の羽がそこらじゅうに散らばっていた。
 それを見たトオトセは絶望した。
 そんなに切り落とされたら、もう二度と飛べないかもしれない…!

 男が落としものに手を伸ばした時、扉が蹴破られる。

 「…ラン!」

 カノとシノだった。
 トオトセが顔を上げて、苦しそうな声を出した。
 シノがトオトセを抑えつけている男の頭を蹴り飛ばすと、カノが急いで傷だらけの体を抱き起こした。

 「シノ、そいつらを捕まえておけ…!」

 彼はトオトセを横抱きにすると、本邸の自室に向かった。


 ベッドに下ろして口を解放してやると、トオトセが大粒の涙を流しながら、声を出して泣き始める。
 取り乱している彼をそっと抱き締めた。

 「…怖かったな、今はもう大丈夫だ。あいつらは私が責任を持って罰を与えるから、何も考えなくていい」
 「つ、翼があああああ…」

 自分に縋りついて泣く様は、哀れでかわいらしく見えた。もとの半分ほどの大きさになってしまった、ぼろぼろで醜い翼を撫でながら、

 「……私のせいで、君を危険に晒して本当にすまなかった。…ヒロに相談してみよう、もしかしたら魔法でもとどおりになるかもしれない」

 そんな日は永遠に来ないだろうけれど。
 仮にヒロに翼の修復ができたとしても、その魔法を使わせなければいいだけの話だ。
 そうすれば、君はずっと飛べないままだ。
 飛べなければ、ここから出たいとも思わないだろう。翼なんかがあるから、余計なことを考えてしまうのだ。

 カノの胸の内を知る由もないトオトセはそれを聞いて、涙で濡れた顔を上げた。まるで湧き水のようにとめどなく溢れている。
 彼はその赤くなった目尻に唇を落として、涙を拭ってやった…。
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