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羽切りトトセ
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気づけば、すぐそこまで秋が迫っていた。
トオトセの傷はすべて消えて、体調もとてもよくなっていたが、彼はなぜかまだこの屋敷に残っていた。
これもひとえに、名残惜しくてカノに旅立つことを伝えられないせいであった。ずっとなし崩しに、ずるずると居候し続けている。
もう少しだけ、もうちょっとだけのつもりが、結局だらだらとここまで来てしまったのだ。
今のうちに別れを告げないと、冬が来てしまったらいよいよ旅立つのが難しくなってしまうのに。まだ暖かいうちに、故郷にたどり着かなければならないのに。
頭の中ではそうと分かっていても、なかなか切り出せなかった。
「…何を考えているのだい?」
後ろからそっと抱きしめられ、窓枠に置いていた手の上にもカノの大きな手が重ねられた。
薬から卒業して以来、カノは真夜中よりも早い時間帯に、つまりトオトセが人間の姿である時間帯に、彼の自室に通うようになっていた。
何か人に言えないようなことをするわけではないけれど、やはり毎晩欠かさず来てくれるのだ。
トオトセは窓の外から視線を逸らし、恥ずかしさのあまり俯いてしまった。
どきどきと鳴り響く心臓がうるさい。
「…夜景は気に入ったかい?」
「…ああ、とても。こんなに美しい街は初めてだ…」
かろうじてそれだけ答えた。
本心だった。
夜の街には魔法できらびやかな明かりがたくさん灯されて、とても幻想的だった。
「…そう、それはよかった。…そんなに気に入ったのならここに残ればいい、そうすればまたいつでも見られる」
項に柔らかい感触が伝わる。
あの形のよい薄い唇が、そっと寄せられているらしい。
トオトセの肩が少しだけ跳ね上がった。
「…っ!」
彼はたった今、口説かれているのだと分かった。オレ達は両思いだったのだと。
あの日の出会いは運命の出会いで、今までの悲惨な人生が帳消しになるくらいの幸運だった。拾われたのがカノで本当によかった。
だから、彼の気持ちに応えないという選択肢はないのだ。
本来ならば。
トオトセはゆっくりと領主の手の下から、自分の手を引き抜いた。
くるりと向きを変えて、覚悟を決めて真正面から彼を見上げる。
「……残りたいのはやまやまだけど、いつまでもあんたの世話になるわけにもいかないだろ…」
「…どうしても行くと言うのだね?」
カノがそっと頬に触れた。
その目はとても悲しそうだった。トオトセも思わず残ると言ってしまおうかと考えてしまうほどに。
「……ごめん、飛人の里に帰らなくちゃいけないんだ…」
もしかしたら家族に会えるかもしれない。
「…だから、明日の朝に出て行こうと思う」
ついに言ってしまった。
「…そう。…ならば、今夜は早く休むといい」
「…ありがとう、領主様」
カノはそれ以上引き留めなかった。
彼があまりにも寂しそうに微笑むので、トオトセは背伸びをして顔を寄せた。すると、カノもそっと寄せてくれたので、ぴとりと二人のおでこが合わさる。
そのまま美しい顔を両手で包むと、ぐりぐりとおでこを擦り合わせる。少しでも「大好き」が伝われと。
ありがとうならいくらでも言えるが、大好きだけは言ってはいけない気がした。
言ったところで、オレ達が一緒になることはないからだ。
トオトセは男で子は産めないし、学もないから領主である彼の役には立たない。彼は気にしないと言ってくれるだろうけれど、男を囲っていることが広まれば、悪評が立つのは避けられないだろう。
それに、そもそも種族が違うし、住む世界も違う。本当だったら、出会うことすらなかったはずだ。
ならば、彼が早く忘れられるように、大好きなんて言わない方がいい。お互い忘れた方が身のためである。
これは儚い恋の物語として、死ぬ直前にでも思い出してくれれば十分なのだ。
それでもおでこを離した時に我慢できなくて、頬に口づけを贈った。この恋のように、純粋で優しいキスを…。
「…オレにはこんなことしかできないけど…」
「…君は優しい子だね、ありがとう」
カノはトオトセをぎゅうと抱き締めた。
トオトセの傷はすべて消えて、体調もとてもよくなっていたが、彼はなぜかまだこの屋敷に残っていた。
これもひとえに、名残惜しくてカノに旅立つことを伝えられないせいであった。ずっとなし崩しに、ずるずると居候し続けている。
もう少しだけ、もうちょっとだけのつもりが、結局だらだらとここまで来てしまったのだ。
今のうちに別れを告げないと、冬が来てしまったらいよいよ旅立つのが難しくなってしまうのに。まだ暖かいうちに、故郷にたどり着かなければならないのに。
頭の中ではそうと分かっていても、なかなか切り出せなかった。
「…何を考えているのだい?」
後ろからそっと抱きしめられ、窓枠に置いていた手の上にもカノの大きな手が重ねられた。
薬から卒業して以来、カノは真夜中よりも早い時間帯に、つまりトオトセが人間の姿である時間帯に、彼の自室に通うようになっていた。
何か人に言えないようなことをするわけではないけれど、やはり毎晩欠かさず来てくれるのだ。
トオトセは窓の外から視線を逸らし、恥ずかしさのあまり俯いてしまった。
どきどきと鳴り響く心臓がうるさい。
「…夜景は気に入ったかい?」
「…ああ、とても。こんなに美しい街は初めてだ…」
かろうじてそれだけ答えた。
本心だった。
夜の街には魔法できらびやかな明かりがたくさん灯されて、とても幻想的だった。
「…そう、それはよかった。…そんなに気に入ったのならここに残ればいい、そうすればまたいつでも見られる」
項に柔らかい感触が伝わる。
あの形のよい薄い唇が、そっと寄せられているらしい。
トオトセの肩が少しだけ跳ね上がった。
「…っ!」
彼はたった今、口説かれているのだと分かった。オレ達は両思いだったのだと。
あの日の出会いは運命の出会いで、今までの悲惨な人生が帳消しになるくらいの幸運だった。拾われたのがカノで本当によかった。
だから、彼の気持ちに応えないという選択肢はないのだ。
本来ならば。
トオトセはゆっくりと領主の手の下から、自分の手を引き抜いた。
くるりと向きを変えて、覚悟を決めて真正面から彼を見上げる。
「……残りたいのはやまやまだけど、いつまでもあんたの世話になるわけにもいかないだろ…」
「…どうしても行くと言うのだね?」
カノがそっと頬に触れた。
その目はとても悲しそうだった。トオトセも思わず残ると言ってしまおうかと考えてしまうほどに。
「……ごめん、飛人の里に帰らなくちゃいけないんだ…」
もしかしたら家族に会えるかもしれない。
「…だから、明日の朝に出て行こうと思う」
ついに言ってしまった。
「…そう。…ならば、今夜は早く休むといい」
「…ありがとう、領主様」
カノはそれ以上引き留めなかった。
彼があまりにも寂しそうに微笑むので、トオトセは背伸びをして顔を寄せた。すると、カノもそっと寄せてくれたので、ぴとりと二人のおでこが合わさる。
そのまま美しい顔を両手で包むと、ぐりぐりとおでこを擦り合わせる。少しでも「大好き」が伝われと。
ありがとうならいくらでも言えるが、大好きだけは言ってはいけない気がした。
言ったところで、オレ達が一緒になることはないからだ。
トオトセは男で子は産めないし、学もないから領主である彼の役には立たない。彼は気にしないと言ってくれるだろうけれど、男を囲っていることが広まれば、悪評が立つのは避けられないだろう。
それに、そもそも種族が違うし、住む世界も違う。本当だったら、出会うことすらなかったはずだ。
ならば、彼が早く忘れられるように、大好きなんて言わない方がいい。お互い忘れた方が身のためである。
これは儚い恋の物語として、死ぬ直前にでも思い出してくれれば十分なのだ。
それでもおでこを離した時に我慢できなくて、頬に口づけを贈った。この恋のように、純粋で優しいキスを…。
「…オレにはこんなことしかできないけど…」
「…君は優しい子だね、ありがとう」
カノはトオトセをぎゅうと抱き締めた。
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