【ガランド】羽切りトトセ「その愛は、手段を選ばない。」

さすらいの侍

文字の大きさ
上 下
14 / 15

羽切りトトセ

しおりを挟む
 気づけば、すぐそこまで秋が迫っていた。
 トオトセの傷はすべて消えて、体調もとてもよくなっていたが、彼はなぜかまだこの屋敷に残っていた。
 これもひとえに、名残惜しくてカノに旅立つことを伝えられないせいであった。ずっとなし崩しに、ずるずると居候し続けている。

 もう少しだけ、もうちょっとだけのつもりが、結局だらだらとここまで来てしまったのだ。
 今のうちに別れを告げないと、冬が来てしまったらいよいよ旅立つのが難しくなってしまうのに。まだ暖かいうちに、故郷にたどり着かなければならないのに。
 頭の中ではそうと分かっていても、なかなか切り出せなかった。

 「…何を考えているのだい?」

 後ろからそっと抱きしめられ、窓枠に置いていた手の上にもカノの大きな手が重ねられた。
 薬から卒業して以来、カノは真夜中よりも早い時間帯に、つまりトオトセが人間の姿である時間帯に、彼の自室に通うようになっていた。
 何か人に言えないようなことをするわけではないけれど、やはり毎晩欠かさず来てくれるのだ。

 トオトセは窓の外から視線を逸らし、恥ずかしさのあまり俯いてしまった。
 どきどきと鳴り響く心臓がうるさい。

 「…夜景は気に入ったかい?」
 「…ああ、とても。こんなに美しい街は初めてだ…」

 かろうじてそれだけ答えた。
 本心だった。
 夜の街には魔法できらびやかな明かりがたくさん灯されて、とても幻想的だった。

 「…そう、それはよかった。…そんなに気に入ったのならここに残ればいい、そうすればまたいつでも見られる」

 項に柔らかい感触が伝わる。
 あの形のよい薄い唇が、そっと寄せられているらしい。
 トオトセの肩が少しだけ跳ね上がった。

 「…っ!」

 彼はたった今、口説かれているのだと分かった。オレ達は両思いだったのだと。
 あの日の出会いは運命の出会いで、今までの悲惨な人生が帳消しになるくらいの幸運だった。拾われたのがカノで本当によかった。
 だから、彼の気持ちに応えないという選択肢はないのだ。
 本来ならば。
 
 トオトセはゆっくりと領主の手の下から、自分の手を引き抜いた。
 くるりと向きを変えて、覚悟を決めて真正面から彼を見上げる。

 「……残りたいのはやまやまだけど、いつまでもあんたの世話になるわけにもいかないだろ…」
 「…どうしても行くと言うのだね?」

 カノがそっと頬に触れた。
 その目はとても悲しそうだった。トオトセも思わず残ると言ってしまおうかと考えてしまうほどに。

 「……ごめん、飛人の里に帰らなくちゃいけないんだ…」

 もしかしたら家族に会えるかもしれない。

 「…だから、明日の朝に出て行こうと思う」

 ついに言ってしまった。

 「…そう。…ならば、今夜は早く休むといい」
 「…ありがとう、領主様」

 カノはそれ以上引き留めなかった。
 彼があまりにも寂しそうに微笑むので、トオトセは背伸びをして顔を寄せた。すると、カノもそっと寄せてくれたので、ぴとりと二人のおでこが合わさる。

 そのまま美しい顔を両手で包むと、ぐりぐりとおでこを擦り合わせる。少しでも「大好き」が伝われと。
 ありがとうならいくらでも言えるが、大好きだけは言ってはいけない気がした。
 言ったところで、オレ達が一緒になることはないからだ。

 トオトセは男で子は産めないし、学もないから領主である彼の役には立たない。彼は気にしないと言ってくれるだろうけれど、男を囲っていることが広まれば、悪評が立つのは避けられないだろう。

 それに、そもそも種族が違うし、住む世界も違う。本当だったら、出会うことすらなかったはずだ。
 ならば、彼が早く忘れられるように、大好きなんて言わない方がいい。お互い忘れた方が身のためである。
 これは儚い恋の物語として、死ぬ直前にでも思い出してくれれば十分なのだ。

 それでもおでこを離した時に我慢できなくて、頬に口づけを贈った。この恋のように、純粋で優しいキスを…。

 「…オレにはこんなことしかできないけど…」
 「…君は優しい子だね、ありがとう」

 カノはトオトセをぎゅうと抱き締めた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

龍神様の神使

石動なつめ
BL
顔にある花の痣のせいで、忌み子として疎まれて育った雪花は、ある日父から龍神の生贄となるように命じられる。 しかし当の龍神は雪花を喰らおうとせず「うちで働け」と連れ帰ってくれる事となった。 そこで雪花は彼の神使である蛇の妖・立待と出会う。彼から優しく接される内に雪花の心の傷は癒えて行き、お互いにだんだんと惹かれ合うのだが――。 ※少々際どいかな、という内容・描写のある話につきましては、タイトルに「*」をつけております。

【完結】オーロラ魔法士と第3王子

N2O
BL
全16話 ※2022.2.18 完結しました。ありがとうございました。 ※2023.11.18 文章を整えました。 辺境伯爵家次男のリーシュ・ギデオン(16)が、突然第3王子のラファド・ミファエル(18)の専属魔法士に任命された。 「なんで、僕?」 一人狼第3王子×黒髪美人魔法士 設定はふんわりです。 小説を書くのは初めてなので、何卒ご容赦ください。 嫌な人が出てこない、ふわふわハッピーエンドを書きたくて始めました。 感想聞かせていただけると大変嬉しいです。 表紙絵 ⇨ キラクニ 様 X(@kirakunibl)

今夜のご飯も一緒に食べよう~ある日突然やってきたヒゲの熊男はまさかのスパダリでした~

松本尚生
BL
瞬は失恋して職と住み処を失い、小さなワンルームから弁当屋のバイトに通っている。 ある日瞬が帰ると、「誠~~~!」と背後からヒゲの熊男が襲いかかる。「誠って誰!?」上がりこんだ熊は大量の食材を持っていた。瞬は困り果てながら調理する。瞬が「『誠さん』って恋人?」と尋ねると、彼はふふっと笑って瞬を抱きしめ――。 恋なんてコリゴリの瞬と、正体不明のスパダリ熊男=伸幸のお部屋グルメの顛末。 伸幸の持ちこむ謎の食材と、それらをテキパキとさばいていく瞬のかけ合いもお楽しみください。

君に望むは僕の弔辞

爺誤
BL
僕は生まれつき身体が弱かった。父の期待に応えられなかった僕は屋敷のなかで打ち捨てられて、早く死んでしまいたいばかりだった。姉の成人で賑わう屋敷のなか、鍵のかけられた部屋で悲しみに押しつぶされかけた僕は、迷い込んだ客人に外に出してもらった。そこで自分の可能性を知り、希望を抱いた……。 全9話 匂わせBL(エ◻︎なし)。死ネタ注意 表紙はあいえだ様!! 小説家になろうにも投稿

完結・オメガバース・虐げられオメガ側妃が敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン王から溺愛されました

美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!

合鍵

茉莉花 香乃
BL
高校から好きだった太一に告白されて恋人になった。鍵も渡されたけれど、僕は見てしまった。太一の部屋から出て行く女の人を…… 他サイトにも公開しています

僕たち、結婚することになりました

リリーブルー
BL
俺は、なぜか知らないが、会社の後輩(♂)と結婚することになった! 後輩はモテモテな25歳。 俺は37歳。 笑えるBL。ラブコメディ💛 fujossyの結婚テーマコンテスト応募作です。

【BL】こんな恋、したくなかった

のらねことすていぬ
BL
【貴族×貴族。明るい人気者×暗め引っ込み思案。】  人付き合いの苦手なルース(受け)は、貴族学校に居た頃からずっと人気者のギルバート(攻め)に恋をしていた。だけど彼はきらきらと輝く人気者で、この恋心はそっと己の中で葬り去るつもりだった。  ある日、彼が成り上がりの令嬢に恋をしていると聞く。苦しい気持ちを抑えつつ、二人の恋を応援しようとするルースだが……。 ※ご都合主義、ハッピーエンド

処理中です...