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 「今から街に行こう、君の服や日用品を買いに行こう」
 「いいのか…!」

 街に出かけるのはいったい何年ぶりだろう。
 奴隷だった頃は、一日中檻の中で過ごさねばならず、せいぜい移動中にちらりと街の風景を眺められたぐらいで、自分とはなんの関係もない世界だと思っていた。
 しかし、今なら堂々と街を歩くことができる!

 すぐに支度を整えて、カノとトオトセは馬車に乗り込んだ。今分かったことだが、トオトセの部屋は本邸から少し離れた別邸にあった。
 ゆっくりと馬車が走り出す。
 檻以外の狭い空間に閉じ込められたのは初めてだったので、トオトセはせわしなくきょろきょろとしていた。全く覚えていないが、拾われた日もこうやって馬車に乗せられて、屋敷まで連れて行かれたらしい。

 「…大丈夫?もしかして酔ったのかい?」
 
 向かい合うようにして座っていたが、不安になったカノは彼の隣に移動して顔を覗き込む。
 よかった、顔色は悪くない。

 「ううん、大丈夫だよ。ただちょっと贅沢だなと思っただけ」
 「…何が?」
 「オレは今まで檻に閉じ込められていたから、荷車に乗せられて馬に運ばれたことはあっても、こんなふうにお客さんみたいに馬車に乗って運ばれたのは初めてなんだ。馬に運んでもらうっていう意味ではどちらも同じことなんだろうけど、贅沢だなと思ってさ」

 座り心地もいいし、クッションもあるし。何より、カノの魔法で車内が涼しく保たれているため、夏だというのにとても快適だった。この魔法で屋敷全体の温度管理も行っているという。
 トオトセがぎゅうとクッションを抱きしめているのを見下ろしながら、カノがその小さな頭を撫でてやった。
 
 「…また近いうちに、必ず出かけよう」
 「それ、帰って来る時に言った方がよかったんじゃないの?」
 「それもそうだな」

 その時、がたったと車体が大きく揺れた。
 トオトセがカノの方に倒れ込む。
 整備された道を走っているとはいえ、車輪が大きな石につまずくことだってあるだろう。

 「ごめ…!」
 「謝ることはない」

 そっとカノに抱き寄せられ、その肩に頭を乗せてしまった。彼の長くつややかな金髪からはいい香りがして、思わず顔が赤くなる。

 どうしよう、街に着くまで、オレ達はこのままずっと密着しているのか?何か喋ったほうがいいのか?
 そしてあれこれ考えているうちに、今度は手まで握られて、完全に逃げられなくなった。

 「…っ!」

 彼を見ると、目を閉じていた。
 トオトセを見なくても困っていることが分かったのだろう、代わりに遊びで手を強く握られた。まるで「今は静かにしてくれ」と言われているみたいだった。
 それで、トオトセも手をぎゅううっと握り返した。
 街に着くまで、車内には沈黙が流れていた…。
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