41 / 49
第Y章
◆
しおりを挟む
賀野は鸞が寝たのを確認すると、名残惜しそうにベッドから降りた。
身支度を済ませると、再びベッドに近付く。
彼のあどけない横顔をたっぷりと見降ろした後、布団を掛け直した。
その後、随分と早い主人の目覚めに驚いたバークが一緒に部屋から出ようとしたが、彼に止められると大人しく寝床に戻って行く。
組長付きと車に乗り込み、
「待たせたな、車を出してくれ」
「かしこまりました」
深夜だというのに、全く眠たくはなかった。
だが興奮しているというわけでもなく、冷たい泉のように頭が澄み切り、冴え渡っていた。賀野はなんとはなしに、窓の外の景色を眺め続ける。
やがて幹部達を待たせている港に合流した。
「おはようございます、親父」
「おはよう」
今晩は覚醒剤の取引が沖で行われる予定だった。
絶対に失敗は許されない為、ぴりぴりと空気が張り詰めていた。
「…おはようございます、叔父様」
「おはよう、恵那」
男達の間から、凛とした恵那が現れる。真っ黒なワンピースを着ており、今にも暗闇に紛れてしまいそうだ。
「恵那、今日もよろしく頼む」
「はい」
そう、恵那の本当の役目は余興で舞うことではなく、取引現場を幻覚で隠すことだった。
彼女が想像するだけで、港を含め海一面が霧に覆われる。恵那は細かい幻覚を作り出すのは苦手だったが、代わりに広範囲で使用できたのだ。
「全員揃ったことだし、行くぞ」
「はっ!」
賀野達は小さな船に乗り込むと、待ち合わせ地点にまで向かう。
間もなくして、反対側から同じように小さな船が現れた。彼らは中国マフィアの高龙帮(高龍幇)で、これで四度目となる取引相手だ。
船を近付けると、賀野はそのボス・朱と握手を交わした。
「你好」
「ニーハオ、早速ですがこちらになります」
賀野組から十キロずつに分けられた覚醒剤を一袋ずつ手渡す。
全部で一トン近いそれは末端価格でおよそ六百億円以上にも値した。覚醒剤が一グラム六万円前後で取引されている為だ。
朱が部下に問題がないか隈なく確認させ、やがて頷くと、ジュラルミンケースを次々に運ばせる。賀野組も金額に間違いがないかを確認して取引は成立した。
「合作愉快」
(ありがとうございました)
「ありがとうございました」
二人のボスが再び固い握手を交わそうとしたその時、ぱっと眩しい光が両者を照らし出す。
見ると、いるはずのない第三艘目が向こうから姿を見せた。
「不是说绝对安全吗、怎么被发现了⁉︎」
(絶対大丈夫じゃなかったのか、なぜ見つかった⁉︎)
「どういうことだ、恵那…!」
賀野が振り返って彼女を問いただすも、時、既に遅し。
「どうもこうも、そもそも最初から幻覚なんてないんですよ」
「まさか…!」
「だって恵那ちゃんは超能力を使っていないのだから」
船頭に立っていたのは鸞だった。
「どうしてここに…!」
先ほどまで同じベッドで添い寝していたのに。
賀野がまじまじと目を見開いた。
「さようなら…賀野さん」
近付いた船に恵那が飛び乗り、鸞が抱き留める。
他にも船が続々と集まり、二隻はたちまち包囲された。
「快、快跑!」
(に、逃げろ!)
高龙帮が無理矢理包囲網を突破しようと船を動かしたが、なぜか宙に浮いてしまう。
「怎么回事⁉︎」
(どういうことだ⁉︎)
「是超能力…!」
(超能力だ…!)
騒ぐ彼らをよそに、鸞が賀野の船に降り立った。
「賀野さん、騙していたつもりが騙されて残念でしたね」
聞き覚えのある台詞だった。
それはいつか賀野が十才に言った台詞、鸞がそれを知るはずもない。
つまり目の前にいるのは…。
「大人しく連行されてくれますね?」
二〇二四年の二月、十才は二十八歳になっていた。
身支度を済ませると、再びベッドに近付く。
彼のあどけない横顔をたっぷりと見降ろした後、布団を掛け直した。
その後、随分と早い主人の目覚めに驚いたバークが一緒に部屋から出ようとしたが、彼に止められると大人しく寝床に戻って行く。
組長付きと車に乗り込み、
「待たせたな、車を出してくれ」
「かしこまりました」
深夜だというのに、全く眠たくはなかった。
だが興奮しているというわけでもなく、冷たい泉のように頭が澄み切り、冴え渡っていた。賀野はなんとはなしに、窓の外の景色を眺め続ける。
やがて幹部達を待たせている港に合流した。
「おはようございます、親父」
「おはよう」
今晩は覚醒剤の取引が沖で行われる予定だった。
絶対に失敗は許されない為、ぴりぴりと空気が張り詰めていた。
「…おはようございます、叔父様」
「おはよう、恵那」
男達の間から、凛とした恵那が現れる。真っ黒なワンピースを着ており、今にも暗闇に紛れてしまいそうだ。
「恵那、今日もよろしく頼む」
「はい」
そう、恵那の本当の役目は余興で舞うことではなく、取引現場を幻覚で隠すことだった。
彼女が想像するだけで、港を含め海一面が霧に覆われる。恵那は細かい幻覚を作り出すのは苦手だったが、代わりに広範囲で使用できたのだ。
「全員揃ったことだし、行くぞ」
「はっ!」
賀野達は小さな船に乗り込むと、待ち合わせ地点にまで向かう。
間もなくして、反対側から同じように小さな船が現れた。彼らは中国マフィアの高龙帮(高龍幇)で、これで四度目となる取引相手だ。
船を近付けると、賀野はそのボス・朱と握手を交わした。
「你好」
「ニーハオ、早速ですがこちらになります」
賀野組から十キロずつに分けられた覚醒剤を一袋ずつ手渡す。
全部で一トン近いそれは末端価格でおよそ六百億円以上にも値した。覚醒剤が一グラム六万円前後で取引されている為だ。
朱が部下に問題がないか隈なく確認させ、やがて頷くと、ジュラルミンケースを次々に運ばせる。賀野組も金額に間違いがないかを確認して取引は成立した。
「合作愉快」
(ありがとうございました)
「ありがとうございました」
二人のボスが再び固い握手を交わそうとしたその時、ぱっと眩しい光が両者を照らし出す。
見ると、いるはずのない第三艘目が向こうから姿を見せた。
「不是说绝对安全吗、怎么被发现了⁉︎」
(絶対大丈夫じゃなかったのか、なぜ見つかった⁉︎)
「どういうことだ、恵那…!」
賀野が振り返って彼女を問いただすも、時、既に遅し。
「どうもこうも、そもそも最初から幻覚なんてないんですよ」
「まさか…!」
「だって恵那ちゃんは超能力を使っていないのだから」
船頭に立っていたのは鸞だった。
「どうしてここに…!」
先ほどまで同じベッドで添い寝していたのに。
賀野がまじまじと目を見開いた。
「さようなら…賀野さん」
近付いた船に恵那が飛び乗り、鸞が抱き留める。
他にも船が続々と集まり、二隻はたちまち包囲された。
「快、快跑!」
(に、逃げろ!)
高龙帮が無理矢理包囲網を突破しようと船を動かしたが、なぜか宙に浮いてしまう。
「怎么回事⁉︎」
(どういうことだ⁉︎)
「是超能力…!」
(超能力だ…!)
騒ぐ彼らをよそに、鸞が賀野の船に降り立った。
「賀野さん、騙していたつもりが騙されて残念でしたね」
聞き覚えのある台詞だった。
それはいつか賀野が十才に言った台詞、鸞がそれを知るはずもない。
つまり目の前にいるのは…。
「大人しく連行されてくれますね?」
二〇二四年の二月、十才は二十八歳になっていた。
10
お気に入りに追加
38
あなたにおすすめの小説
Take On Me 2
マン太
BL
大和と岳。二人の新たな生活が始まった三月末。新たな出会いもあり、色々ありながらも、賑やかな日々が過ぎていく。
そんな岳の元に、一本の電話が。それは、昔世話になったヤクザの古山からの呼び出しの電話だった。
岳は仕方なく会うことにするが…。
※絡みの表現は控え目です。
※「エブリスタ」、「小説家になろう」にも投稿しています。
天の求婚
紅林
BL
太平天帝国では5年ほど前から第一天子と第二天子によって帝位継承争いが勃発していた。
主人公、新田大貴子爵は第二天子派として広く活動していた亡き父の跡を継いで一年前に子爵家を継いだ。しかし、フィラデルフィア合衆国との講和条約を取り付けた第一天子の功績が認められ次期帝位継承者は第一天子となり、派閥争いに負けた第二天子派は継承順位を下げられ、それに付き従った者の中には爵位剥奪のうえ、帝都江流波から追放された華族もいた
そして大貴もその例に漏れず、邸宅にて謹慎を申し付けられ現在は華族用の豪華な護送車で大天族の居城へと向かっていた
即位したての政権が安定していない君主と没落寸前の血筋だけは立派な純血華族の複雑な結婚事情を描いた物語
いつかコントローラーを投げ出して
せんぷう
BL
オメガバース。世界で男女以外に、アルファ・ベータ・オメガと性別が枝分かれした世界で新たにもう一つの性が発見された。
世界的にはレアなオメガ、アルファ以上の神に選別されたと言われる特異種。
バランサー。
アルファ、ベータ、オメガになるかを自らの意思で選択でき、バランサーの状態ならどのようなフェロモンですら影響を受けない、むしろ自身のフェロモンにより周囲を調伏できる最強の性別。
これは、バランサーであることを隠した少年の少し不運で不思議な出会いの物語。
裏社会のトップにして最強のアルファ攻め
×
最強種バランサーであることをそれとなく隠して生活する兄弟想いな受け
※オメガバース特殊設定、追加性別有り
.
異世界ぼっち暮らし(神様と一緒!!)
藤雪たすく
BL
愛してくれない家族から旅立ち、希望に満ちた一人暮らしが始まるはずが……異世界で一人暮らしが始まった!?
手違いで人の命を巻き込む神様なんて信じません!!俺が信じる神様はこの世にただ一人……俺の推しは神様です!!
学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語
紅林
BL
『桜田門学院高等学校』
日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ
しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ
そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である
恋した貴方はαなロミオ
須藤慎弥
BL
Ω性の凛太が恋したのは、ロミオに扮したα性の結城先輩でした。
Ω性に引け目を感じている凛太。
凛太を運命の番だと信じているα性の結城。
すれ違う二人を引き寄せたヒート。
ほんわか現代BLオメガバース♡
※二人それぞれの視点が交互に展開します
※R 18要素はほとんどありませんが、表現と受け取り方に個人差があるものと判断しレーティングマークを付けさせていただきますm(*_ _)m
※fujossy様にて行われました「コスプレ」をテーマにした短編コンテスト出品作です
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる