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第Y章
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リサは指定された「Platinum」の近くのバーに現れた。
狭い店内の客席が半分ほど埋まっており、彼はカウンター席に座っていた。
「お待たせ」
リサが隣に腰掛ければ、まるで犬のようにぱっと分かりやすく表情が明るくなる。
「よう、お疲れ!どうする、何を飲む?」
「とりあえず赤ワインにしようかな」
「了解!」
おしぼりを渡したり、代わりに注文をしたりして世話を焼いてくれることに気をよくしながら、本題に入る。
「ケンタ、最近どう?急に店に来て、しかもボトルまで入れてくれたからびっくりしちゃった。無理してないよね?」
彼はへらへらとして答えた。
「してない、してない。ていうか、あれ、俺の金じゃないし」
「ヘ?ケンタのお金じゃないってどういうこと、まさか…」
盗んだの?とさすがに口にはしなかったが、彼ならやりかねないだろう。
ケンタは二十代半ばの若者で、高校卒業後は定職につかず、フリーター生活を続けていた。
黒服の仕事も店を転々としており、リサがいたからこそ「Destiny」で一年も勤務できたといっても過言ではない。
リサが移籍した後は、また別の仕事を始めたり辞めたりを繰り返している為常に金欠で、その上毎晩のように不良仲間たちと飲み歩いているから、そう誤解されても無理はなかった。
今までは自分をお姫様扱いしてくれるケンタを切り捨てる気にはなれなかったけれど、盗みを犯したとなると、今後の付き合い方を改めねばなるまい。
「いやいや、やばいことは何もしてないって」
疑われたのにケンタは嫌な顔一つせず、おかしそうに笑いながら否定した。彼女はどこかほっとしつつ、
「だ、だよね、じゃあどこからお金を…」
「いやあそれがさあ、ランから頼めば金を貸してもらえるんだよー。ま、返す気はないけどな!」
なぜランはケンタに金を貸すのか。貸したが最後、戻って来ないというのに。
とりあえず運ばれたワインを一口だけ口に含む。
「ゲーセン仲間って言ってたけど、どこで知り合ったの?」
「ほらあそこの『Sanctuary』でずっと一人で遊んでいたからさ、声かけたら仲良くなって。話してみるとすげーばかなんだわ。頼めばいくらでも奢ってくれるし、金もくれるんだよ」
いや、貸してくれるんだよとケンタはいまさらながらに言い直した。
「本当なの?」
「おう、まじまじ」
ビールを口に含むと、今度は逆にケンタが質問した。
「リサはなんで鸞のことが気になるの?俺がいるじゃん」
「やめてよ、ケンタ。ランのことが気になったのはそういうんじゃないから。…実はランに客を奪られたんだよね」
そこでリサは客である賀野がどうやらランにぞっこんなせいで、ぱったりと通わなくなったことがあると愚痴を溢した。好意があることを伏せて、あくまでも売り上げが落ちて大変だったふりをして。
ケンタもリサとランが同じ客を取り合っているとは夢にも思わず、たいそう驚いていた。
「でも男が男にまじになるか?リサの考え過ぎなんじゃねーの」
「だって待ち受けにしていたのよ、普通好きでもない人を待ち受けにする?ケンタはしないでしょ?」
「まあ、確かに。…ってことは、まじで惚れてんだろうな…」
彼がスマートフォンの画面を見せる。
「ちなみにオレはリサ一筋だから」
「ちょっとやめてよ、あたしの写真を勝手に使わないで」
SNSに上げていた自分の写真をスクリーンショットして、壁紙に設定しているらしい。しかも顔に被らないよう、アプリのアイコンの配置をずらすという配慮つき。
口では嫌がっていても、ここまでされて嬉しくないわけがなかった。これが賀野のスマートフォンだったら、完璧だったけれど。
「…それにしてもリサ様ともあろう女が、客を奪られるなんてなあ」
「そうなのよ、絶対に許せない」
彼女は拳でカウンターをどんと叩く。
「ランってダンサーなんだよね?どこで働いてるか分かる?」
「さあ?詳しくは分かんねーけど、どっかのクラブなんじゃね」
そんなことも分からないなんて役立たず、本当にあいつのことをATMとしか思っていないのねと言ってやりたいところを我慢して、
「他に知ってることはないの?」
「…さあ、男なんかに興味ないからあんまり知らないよ。でもあいつ、リサの客のおじさんとパパ活でもしてんじゃないの。いつもパパからお小遣い貰ってるって言ってたもん。だから、ほいほい俺らに金を渡すんだよ、ただで手に入ったみたいなもんだし」
「おじさんじゃないわよ、まだ若いし、かっこいいし!」
大好きな賀野をおじさん呼ばわりされて、リサは思わず反論した。ケンタが怪訝そうな顔する。
「おいおい、何をむきになってんだよ…。パパ活なんておじさんがやるもんだろ、それに若いとしても俺より年上だったらみんなおじさんだよ。リサだって自分より年上はおばさんだと思ってるだろ、それと一緒だよ」
「おばさんって単語をあたしの前で出さないで…!」
今日はっきりとランにおばさん扱いされたことを思い出して、またいら立ってしまう。
どこかのクラブで出会って、ランは賀野とパパ活をしているらしい。
腹立たしいことこの上ないが、彼女はワインを流し込んで落ち着こうとした。
こうしてはいられない、絶対に賀野を奪い返してやると決意した彼女は、最後にもう一つだけ聞いた。
「ランっていつもどこにいんの?」
「俺らと遊ばない時はだいたいいつも『Sanctuary』にいるよ。会って客から手を引けって言いたいの?俺から言ってやろうか?あ、でもそしたら金が貰えなくなる…」
「そんなことしなくてもいいわよ、ばかね」
リサはくすっと笑った。
ケンタに対する嘲りと、これからランに降りかかる不幸を思うと、にやけずにはいられなかった。
「ごちそうさま!いろいろ教えてくれてありがと。じゃあ、あたしは先に帰るから。ケンタも気をつけて!」
「は?もう帰るのかよ、せっかくのアフターなんだからもっと…」
彼の引き止めも聞かずにリサは店を後にした。
狭い店内の客席が半分ほど埋まっており、彼はカウンター席に座っていた。
「お待たせ」
リサが隣に腰掛ければ、まるで犬のようにぱっと分かりやすく表情が明るくなる。
「よう、お疲れ!どうする、何を飲む?」
「とりあえず赤ワインにしようかな」
「了解!」
おしぼりを渡したり、代わりに注文をしたりして世話を焼いてくれることに気をよくしながら、本題に入る。
「ケンタ、最近どう?急に店に来て、しかもボトルまで入れてくれたからびっくりしちゃった。無理してないよね?」
彼はへらへらとして答えた。
「してない、してない。ていうか、あれ、俺の金じゃないし」
「ヘ?ケンタのお金じゃないってどういうこと、まさか…」
盗んだの?とさすがに口にはしなかったが、彼ならやりかねないだろう。
ケンタは二十代半ばの若者で、高校卒業後は定職につかず、フリーター生活を続けていた。
黒服の仕事も店を転々としており、リサがいたからこそ「Destiny」で一年も勤務できたといっても過言ではない。
リサが移籍した後は、また別の仕事を始めたり辞めたりを繰り返している為常に金欠で、その上毎晩のように不良仲間たちと飲み歩いているから、そう誤解されても無理はなかった。
今までは自分をお姫様扱いしてくれるケンタを切り捨てる気にはなれなかったけれど、盗みを犯したとなると、今後の付き合い方を改めねばなるまい。
「いやいや、やばいことは何もしてないって」
疑われたのにケンタは嫌な顔一つせず、おかしそうに笑いながら否定した。彼女はどこかほっとしつつ、
「だ、だよね、じゃあどこからお金を…」
「いやあそれがさあ、ランから頼めば金を貸してもらえるんだよー。ま、返す気はないけどな!」
なぜランはケンタに金を貸すのか。貸したが最後、戻って来ないというのに。
とりあえず運ばれたワインを一口だけ口に含む。
「ゲーセン仲間って言ってたけど、どこで知り合ったの?」
「ほらあそこの『Sanctuary』でずっと一人で遊んでいたからさ、声かけたら仲良くなって。話してみるとすげーばかなんだわ。頼めばいくらでも奢ってくれるし、金もくれるんだよ」
いや、貸してくれるんだよとケンタはいまさらながらに言い直した。
「本当なの?」
「おう、まじまじ」
ビールを口に含むと、今度は逆にケンタが質問した。
「リサはなんで鸞のことが気になるの?俺がいるじゃん」
「やめてよ、ケンタ。ランのことが気になったのはそういうんじゃないから。…実はランに客を奪られたんだよね」
そこでリサは客である賀野がどうやらランにぞっこんなせいで、ぱったりと通わなくなったことがあると愚痴を溢した。好意があることを伏せて、あくまでも売り上げが落ちて大変だったふりをして。
ケンタもリサとランが同じ客を取り合っているとは夢にも思わず、たいそう驚いていた。
「でも男が男にまじになるか?リサの考え過ぎなんじゃねーの」
「だって待ち受けにしていたのよ、普通好きでもない人を待ち受けにする?ケンタはしないでしょ?」
「まあ、確かに。…ってことは、まじで惚れてんだろうな…」
彼がスマートフォンの画面を見せる。
「ちなみにオレはリサ一筋だから」
「ちょっとやめてよ、あたしの写真を勝手に使わないで」
SNSに上げていた自分の写真をスクリーンショットして、壁紙に設定しているらしい。しかも顔に被らないよう、アプリのアイコンの配置をずらすという配慮つき。
口では嫌がっていても、ここまでされて嬉しくないわけがなかった。これが賀野のスマートフォンだったら、完璧だったけれど。
「…それにしてもリサ様ともあろう女が、客を奪られるなんてなあ」
「そうなのよ、絶対に許せない」
彼女は拳でカウンターをどんと叩く。
「ランってダンサーなんだよね?どこで働いてるか分かる?」
「さあ?詳しくは分かんねーけど、どっかのクラブなんじゃね」
そんなことも分からないなんて役立たず、本当にあいつのことをATMとしか思っていないのねと言ってやりたいところを我慢して、
「他に知ってることはないの?」
「…さあ、男なんかに興味ないからあんまり知らないよ。でもあいつ、リサの客のおじさんとパパ活でもしてんじゃないの。いつもパパからお小遣い貰ってるって言ってたもん。だから、ほいほい俺らに金を渡すんだよ、ただで手に入ったみたいなもんだし」
「おじさんじゃないわよ、まだ若いし、かっこいいし!」
大好きな賀野をおじさん呼ばわりされて、リサは思わず反論した。ケンタが怪訝そうな顔する。
「おいおい、何をむきになってんだよ…。パパ活なんておじさんがやるもんだろ、それに若いとしても俺より年上だったらみんなおじさんだよ。リサだって自分より年上はおばさんだと思ってるだろ、それと一緒だよ」
「おばさんって単語をあたしの前で出さないで…!」
今日はっきりとランにおばさん扱いされたことを思い出して、またいら立ってしまう。
どこかのクラブで出会って、ランは賀野とパパ活をしているらしい。
腹立たしいことこの上ないが、彼女はワインを流し込んで落ち着こうとした。
こうしてはいられない、絶対に賀野を奪い返してやると決意した彼女は、最後にもう一つだけ聞いた。
「ランっていつもどこにいんの?」
「俺らと遊ばない時はだいたいいつも『Sanctuary』にいるよ。会って客から手を引けって言いたいの?俺から言ってやろうか?あ、でもそしたら金が貰えなくなる…」
「そんなことしなくてもいいわよ、ばかね」
リサはくすっと笑った。
ケンタに対する嘲りと、これからランに降りかかる不幸を思うと、にやけずにはいられなかった。
「ごちそうさま!いろいろ教えてくれてありがと。じゃあ、あたしは先に帰るから。ケンタも気をつけて!」
「は?もう帰るのかよ、せっかくのアフターなんだからもっと…」
彼の引き止めも聞かずにリサは店を後にした。
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