ガランド・マカロン「特別な人編」

さすらいの侍

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第Y章

もういちど、もういっかい、でもまだたりない

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 また二ヶ月時が流れた。
 心身共に傷が残ることもなく鸞は元気に回復して、賀野は心より安堵した。
 けれどももう二度とあんな思いはしたくなかったので、付き添いなしの外出は一切許さなくなった。しかも夜の八時には必ず家に帰って来なければならないという門限付き。バークの散歩にも遊びにも、常に上原がついて回った。
 やがて監視生活に嫌気が差したからか、鸞はだんだんと出掛けることが少なくなって行く。
 休日も遊びに行こうとはせず、かと言ってずっとゲームに打ち込むということもなくなった。
 規則正しい生活を送って恵那と稽古をし、それが済めばバークの散歩をする。それだけの単調な日々が続いた。
 誰もが反省しているから文句一つ言わずに、なんでも賀野の言うとおりに従っているのだと信じて疑わなかった。鸞は以前とは打って変わって落ち着きすら見せ始めていたのだ。
 これにはバークも大いに喜んだ。
 きっともう一人のご主人は正気に返ったのだと思った。訳の分からないゲームなんかより、自分の魅力に気付いて戻って来てくれたのだと。また撫でてくれるし、散歩にも連れて行ってくれるし、おざなりに扱ったことはもう、許してもいいだろう。
 勿論賀野との関係も良好である。ギプスが取れた後もなるべくそばにいるようになった。
 賀野が出掛ける直前には準備を手伝ってバークと見送り、帰って来ればまた一緒に出迎えて荷物や上着を受け取る。さながら本当の家族のように振舞った。
 そして、今も。
 「鸞、最近一人で外に出してあげられなくてごめんな…私のこと、嫌いになったかい?」
 もうすっかり二人で同じベッドで眠ることが、習慣となっていた。バークは床の寝床ですやすやと眠っている。
 「ううん、家の中も楽しいよ!パパがいっぱいゲームを買ってくれたし、バークとごろごろするのも好き!」
 「そうか、他に欲しいものがあればなんでも言ってくれ、全部買ってやる」
 こうして夜鸞を抱き締めて寝ないと、逆に賀野の方が眠れなくなっていた。
 また夜遊びをしているのではないか、事件に巻き込まれたのではないかと心配してしまうのだ。たとえ、ありえないと分かっていても。
 「ううん、パパ以外何もいらない!」
 「鸞、君ってやつは…!」
 賀野は嬉しくなって思わずキスをした。すると、鸞がすかさず掌を差し出して何かを要求。
 「千円ちょうだい!」
 「…まだあの遊びのことを覚えていたのか。それにさっき私以外何もいらないと言った言葉と矛盾しているじゃないか」
 「それとこれとは別だもん!千円くれないなら返して!」
 鸞はふざけているのか、けらけらと楽しそうに笑う。それに釣られて賀野も呆れたように笑った。
 「はいはい、返してやるよ」
 そう言って再び口付ける。
 離れると、二人は見つめあった。
 ただいつもと違って鸞は恥ずかしがることなく、真っすぐに賀野を見返していた。
 彼のちかちかと輝く目があまりにも美しくて、賀野もじっと覗き込んでいると、いきなり唇を奪われた。
 鸞からキスをしたのはこれが初めてだった。
 「…!」
 賀野は何か言う隙も与えられず、何度も唇を塞がれた。気付けば鸞に覆い被さられる。
 「…珍しいな、何かあったのか?」
 手首も押さえ付けられているので、あたかも押し倒されたかのようだ。
 もちろん彼のように華奢な男なんていつでも払いのけられるが、大胆になった彼をもっと見てみたくて、あえて好きにさせてやる。
 「…」
 「どうした?まさかもう終わりか?」
 賀野はこの状況を楽しんでいるらしく、にやにやと下から煽った。
 だが鸞はそれを無視して、
 「…期待してるところ悪いけど、この前のお返し!」
 片手を寝間着の間から侵入させて、彼の脇腹を擽った。油断していた賀野はまさかの攻撃にあっさりと降参する。
 「やめ、そこは…っ」
 「やめない」
 鸞は白い首筋に顔を埋めてキスを繰り返す。
 顔を上げると、賀野はうっすらと涙さえ浮かべていた。磨かれ抜いた石が濡れたみたいに、しっとりと潤んでいる。
 「君、案外根に持つタイプなのか」
 「知らなかったの?」
 彼が少し荒い息で言うと、今度は鸞がにやにやと見下ろした。
 「パパもこんな顔するんだぁ」
 「こんなとはどんなだ、私は至って普…」
 普通だと言い返そうとしたら、また唇を食まれた。まるで口答えは許さないとでも言わんばかりに、強引な口付け。子供のくせに生意気なとは思う一方で、主導権を握られるのも案外悪くないのだと知った。
 どれほどそうしていたのかは分からない。ただ呼吸が苦しくなるのも構わずに、二人は何度も何度も唇を重ねた。
 「…おやすみ」
 「おやすみなさい」
 鸞が離れがたそうにしつつも、上からどいてころんと横に倒れたことで、それはようやく終わった。
 二人はいつものように向き合って手を繋ぐと、目を閉じた…。
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