29 / 49
第Y章
◆
しおりを挟む
人肌恋しい十月を迎えた。
今朝もまた鸞が唇を売りに来る。
毎回だいたい三、四万円も貰っていたのに、彼はほぼ毎日賀野の部屋に通った。
朝がチャンスである。
賀野は必ず毎朝新聞に目を通すので、飲み物とお菓子を届けるついでにキスをするというのが、お馴染みの流れになっていた。
「パパ、おはよ」
「おはよう、おいで」
かちゃっと眼鏡を机の上に置いて、彼を抱き上げて膝に乗せる。
しかしながら、久しぶりに人差し指でチェーンを引っかけようとすると、首もとには何もなくすっきりとしていた。
「…鸞、私が贈ったチェーンは?ずっとつけていただろ」
「あ、あれね、このまえうったよ!」
「は…?」
数秒前までの甘い空気ががらりと変わる。それに気づけないほど幼い彼だけが、にこにことしていた。
悪びれもせずにけろっと言うものだから、賀野は一瞬自分が間違っているのかと錯覚した。
いやいや、やっぱり売るのはおかしいだろう、いったいどういう了見だ。
普通でも親から貰ったものを売るなんて最低な行為だし、それは疑似の血縁関係で成り立つヤクザ社会でも同じこと。天童会でそんなことをしようものなら、即刻破門だ。
「なぜ売った?それにおまえ、身分証明書なんか持ってないだろ、どうやったんだ?」
中古品を売る場合には身分証明書が必須だ。
誰が何を売ったか全て記録され、いざ問題が、例えば盗品だと発覚した場合はそれをもとに捜査する為だ。
しかし、彼にはそんなものはない。
というより存在そのものが法律上存在していないことになっているのだ。かといって、非合法な店を知っているとも思えなかった。
だが、返ってきたのは至極簡単な答えだった。
「ともだちがキャバクラにいこうって。それでケンタのカードをみせてうったよ」
賀野は思わず舌打ちした。
どうやらケンタとやらに唆されて、代わりに売られたらしい。
買った時が三十万円ぐらいだったから、買い取り価格は半額の十五万円以下くらいだろうか。
それがどこぞの女に使われたというのだから、腹立たしいことこの上ない。初めての贈り物にも関わらずあっさり手放した鸞も、彼を財布にしか見ていないケンタも、何もかも。
だが子供相手に怒るに怒れず、彼は肘を突いて痛くなった頭を指で軽く揉んだ。金の波に桜貝が攫われる。
「それで?初めてのキャバクラは楽しかったか?」
「パパ、おこってる…?おれがかってにチェーンをうっちゃったから?」
さすがに自分がやらかしたことに気づいた鸞は、不安そうに賀野を見上げた。だが、今回ばかりはその上目遣いも効き目は薄い。
「チェーンなんかどうだっていいんだよ、君は私の気持ちを踏み躙った。人が人にプレゼントをするのは、それだけ相手を大事に思っているからなんだ。君だってそうだろ、私に何かプレゼントしたのに、私が裏でそれを捨てていたらどう思う?」
「かなしいきもちになる…」
「そうだよな、だけど君はそれよりももっとひどいことをしたんだ。気に入らないから捨てたと言われた方が、まだましだったよ」
「ごめんなさい…」
しゅんとして素直に謝られたら、不思議なことにそれ以上責める気は失せた。はあと小さく呼吸を整え彼を抱き寄せ、小さな頭をよしよしと撫でてやった。
今朝もまた鸞が唇を売りに来る。
毎回だいたい三、四万円も貰っていたのに、彼はほぼ毎日賀野の部屋に通った。
朝がチャンスである。
賀野は必ず毎朝新聞に目を通すので、飲み物とお菓子を届けるついでにキスをするというのが、お馴染みの流れになっていた。
「パパ、おはよ」
「おはよう、おいで」
かちゃっと眼鏡を机の上に置いて、彼を抱き上げて膝に乗せる。
しかしながら、久しぶりに人差し指でチェーンを引っかけようとすると、首もとには何もなくすっきりとしていた。
「…鸞、私が贈ったチェーンは?ずっとつけていただろ」
「あ、あれね、このまえうったよ!」
「は…?」
数秒前までの甘い空気ががらりと変わる。それに気づけないほど幼い彼だけが、にこにことしていた。
悪びれもせずにけろっと言うものだから、賀野は一瞬自分が間違っているのかと錯覚した。
いやいや、やっぱり売るのはおかしいだろう、いったいどういう了見だ。
普通でも親から貰ったものを売るなんて最低な行為だし、それは疑似の血縁関係で成り立つヤクザ社会でも同じこと。天童会でそんなことをしようものなら、即刻破門だ。
「なぜ売った?それにおまえ、身分証明書なんか持ってないだろ、どうやったんだ?」
中古品を売る場合には身分証明書が必須だ。
誰が何を売ったか全て記録され、いざ問題が、例えば盗品だと発覚した場合はそれをもとに捜査する為だ。
しかし、彼にはそんなものはない。
というより存在そのものが法律上存在していないことになっているのだ。かといって、非合法な店を知っているとも思えなかった。
だが、返ってきたのは至極簡単な答えだった。
「ともだちがキャバクラにいこうって。それでケンタのカードをみせてうったよ」
賀野は思わず舌打ちした。
どうやらケンタとやらに唆されて、代わりに売られたらしい。
買った時が三十万円ぐらいだったから、買い取り価格は半額の十五万円以下くらいだろうか。
それがどこぞの女に使われたというのだから、腹立たしいことこの上ない。初めての贈り物にも関わらずあっさり手放した鸞も、彼を財布にしか見ていないケンタも、何もかも。
だが子供相手に怒るに怒れず、彼は肘を突いて痛くなった頭を指で軽く揉んだ。金の波に桜貝が攫われる。
「それで?初めてのキャバクラは楽しかったか?」
「パパ、おこってる…?おれがかってにチェーンをうっちゃったから?」
さすがに自分がやらかしたことに気づいた鸞は、不安そうに賀野を見上げた。だが、今回ばかりはその上目遣いも効き目は薄い。
「チェーンなんかどうだっていいんだよ、君は私の気持ちを踏み躙った。人が人にプレゼントをするのは、それだけ相手を大事に思っているからなんだ。君だってそうだろ、私に何かプレゼントしたのに、私が裏でそれを捨てていたらどう思う?」
「かなしいきもちになる…」
「そうだよな、だけど君はそれよりももっとひどいことをしたんだ。気に入らないから捨てたと言われた方が、まだましだったよ」
「ごめんなさい…」
しゅんとして素直に謝られたら、不思議なことにそれ以上責める気は失せた。はあと小さく呼吸を整え彼を抱き寄せ、小さな頭をよしよしと撫でてやった。
11
お気に入りに追加
38
あなたにおすすめの小説
Take On Me 2
マン太
BL
大和と岳。二人の新たな生活が始まった三月末。新たな出会いもあり、色々ありながらも、賑やかな日々が過ぎていく。
そんな岳の元に、一本の電話が。それは、昔世話になったヤクザの古山からの呼び出しの電話だった。
岳は仕方なく会うことにするが…。
※絡みの表現は控え目です。
※「エブリスタ」、「小説家になろう」にも投稿しています。
天の求婚
紅林
BL
太平天帝国では5年ほど前から第一天子と第二天子によって帝位継承争いが勃発していた。
主人公、新田大貴子爵は第二天子派として広く活動していた亡き父の跡を継いで一年前に子爵家を継いだ。しかし、フィラデルフィア合衆国との講和条約を取り付けた第一天子の功績が認められ次期帝位継承者は第一天子となり、派閥争いに負けた第二天子派は継承順位を下げられ、それに付き従った者の中には爵位剥奪のうえ、帝都江流波から追放された華族もいた
そして大貴もその例に漏れず、邸宅にて謹慎を申し付けられ現在は華族用の豪華な護送車で大天族の居城へと向かっていた
即位したての政権が安定していない君主と没落寸前の血筋だけは立派な純血華族の複雑な結婚事情を描いた物語
霧のはし 虹のたもとで
萩尾雅縁
BL
大学受験に失敗した比良坂晃(ひらさかあきら)は、心機一転イギリスの大学へと留学する。
古ぼけた学生寮に嫌気のさした晃は、掲示板のメモからシェアハウスのルームメイトに応募するが……。
ひょんなことから始まった、晃・アルビー・マリーの共同生活。
美貌のアルビーに憧れる晃は、生活に無頓着な彼らに振り回されながらも奮闘する。
一つ屋根の下、徐々に明らかになる彼らの事情。
そして晃の真の目的は?
英国の四季を通じて織り成される、日常系心の旅路。
いつかコントローラーを投げ出して
せんぷう
BL
オメガバース。世界で男女以外に、アルファ・ベータ・オメガと性別が枝分かれした世界で新たにもう一つの性が発見された。
世界的にはレアなオメガ、アルファ以上の神に選別されたと言われる特異種。
バランサー。
アルファ、ベータ、オメガになるかを自らの意思で選択でき、バランサーの状態ならどのようなフェロモンですら影響を受けない、むしろ自身のフェロモンにより周囲を調伏できる最強の性別。
これは、バランサーであることを隠した少年の少し不運で不思議な出会いの物語。
裏社会のトップにして最強のアルファ攻め
×
最強種バランサーであることをそれとなく隠して生活する兄弟想いな受け
※オメガバース特殊設定、追加性別有り
.
異世界ぼっち暮らし(神様と一緒!!)
藤雪たすく
BL
愛してくれない家族から旅立ち、希望に満ちた一人暮らしが始まるはずが……異世界で一人暮らしが始まった!?
手違いで人の命を巻き込む神様なんて信じません!!俺が信じる神様はこの世にただ一人……俺の推しは神様です!!
恋した貴方はαなロミオ
須藤慎弥
BL
Ω性の凛太が恋したのは、ロミオに扮したα性の結城先輩でした。
Ω性に引け目を感じている凛太。
凛太を運命の番だと信じているα性の結城。
すれ違う二人を引き寄せたヒート。
ほんわか現代BLオメガバース♡
※二人それぞれの視点が交互に展開します
※R 18要素はほとんどありませんが、表現と受け取り方に個人差があるものと判断しレーティングマークを付けさせていただきますm(*_ _)m
※fujossy様にて行われました「コスプレ」をテーマにした短編コンテスト出品作です
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる