ガランド・マカロン「特別な人編」

さすらいの侍

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第Y章

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 九月下旬、「Platinum」にて。
 「リサさん」
 「はーい、ちょっと失礼しますね」
 黒服に呼ばれてリサはグラスの中身を飲み干すと、中年の客ににこっと愛嬌のある笑みを残して席を立つ。指示された卓に向かえば、意外な人物がいた。
 「よう、リサ、久しぶり!売り上げはどうよ?今日は貢献しに来たぜ」
 「ケンタ!どうしてここに…!」
 彼とリサはかつて同じ店「Destiny」で働いていた。彼女が「Platinum」に入る前のことである。
 黒服と嬢の恋愛は絶対禁止だったが、彼の方から度々言い寄っていたという経緯から二人は距離が近くなった。もちろん、金もない・見た目もだらしない男に興味などなかったので眼中にはなかったが、リサをちやほやしてくれるので悪い気はしなかった。お互い店を辞めた後もだらだらと連絡を取り合う関係が続いていた。
 けれども、こうやって店に来るのは初めてで、いったいどういう風の吹き回しだろうか。
 ところが、驚くのはまだ早かった。
 もう一人男がいた。
 薄暗い店内でもはっきりと分かるほど整った顔立ち、リサが躍起になって探していたあの踊り子の男だった。
 彼女はケンタそっちのけでまじまじと見てしまう。
 今日はあのお姫様のような格好ではなく、白いパーカーと黒いスキニーパンツで至って普通だ。強いて言うならハイブランドのパーカーを着て歌舞伎町にいるので、若手ホストのように見える。
 まるで失せ物探しのようだと思った。
 こちらが必死になって探し回っているうちは絶対に見つからないのに、諦めて暫く経った頃にぽっと現れる。
 それにしても自らあたしの前にしゃしゃり出るなんて、本当に間抜けな男。せっかく見逃してやったのに、自分からのこのこやって来るとは。
 「ケンタ、指名ありがとう!二人は友達?」
 ヘルプの後輩に場所を譲ってもらい、ケンタと踊り子の間に座る。後輩は踊り子の隣に収まった。
 「おうよ、俺らゲーセン仲間。こいつはラン」
 「華咲 リサです、よろしくお願いします」
 すぐにでも賀野とどういう関係なのか問いただしてやりたかったが、あくまで今は客として来店しているので、営業スマイルを作り名刺を差し出す。
 表面が光に反射して煌めく加工が施されている、顔写真入りの派手なものだ。
 「おばさんのカードつよそうだね!」
 おばさん。
 鸞以外の三人の時が止まった。この場におばさんと呼ばれるような人間はいないはず。
 だが、どう考えてもリサに喧嘩を売っているとしか思えなかった。彼女はしてやられたと思った。
 彼はまるでレアカードのように強そうだと思ってそう言ったところ、三人が固まってしまったのできょとんとした。
 別に意地悪で「おばさん」と呼んだわけではなく、中身が幼いからそれが失礼に当たることを分かっていなかっただけに過ぎず、むしろ誉めたつもりさえあった。
 「ばか、そこはお姉さんだろ!ごめんな、こいつばかだからさ。まじで悪気はないんだよ、ほんとごめん!」
 ケンタが鸞の肩を叩き、代わりに頭を下げた。
 「あ、いいのよ、全然!面白い冗談ですね、あはははは」
 無邪気に笑う横面をひっぱたいてやりたい衝動に駆られつつ、彼女はなんとか凍った空気を解す。
 リサと言えども、おばさん呼ばわりされて引き攣った笑みしか浮かべられなかった。
 新人の頃に垢抜けてないだのださいだの散々嫌な事は言われたことはあっても、おばさんと言われたのは初めてだった。それがひどく彼女の自尊心を抉った。
 そこでリサは確信する。
 賀野に本気なのは自分だけではないということを。
 きっとこの男も賀野が親しくしているキャバ嬢がいったいどれほどのものなのか確かめてやろうと、店に乗り込んできたのに違いない。リサが男を潰したいと思うように、この男もリサを潰そうと思っているのだ。でなければわざわざ挑発するようなことは言わないはず。
 自分がかなり整形をしているので、相手が整形しているかどうかは顔を見ればだいたい分かるが、彼は一切手を加えていない天然もののようだった。
 だから、ナンバー・ワン・キャバ嬢相手にも不遜な態度が取れるのだろう。たとえどんなに手を加えて美しくなっても、生まれつき美しい自分には誰も及ばないと思い上がっている。
 でも生まれつきの美しさが必ず勝つとは限らない。
 そちらがその気なら、喧嘩を買ってやろうじゃない。笑っていられるのも今のうち、そのご自慢の顔をぐちゃぐちゃにしてやるわ。あたしをばかにしたらどうなるか教えてあげる…。
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