ガランド・マカロン「特別な人編」

さすらいの侍

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第Y章

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 賀野が歌舞伎町にあるキャバクラ「Platinumプラチナム」のVIPルームで待っていると、間もなくして興奮気味のリサが現れた。
 「賀野さん、どうしたんですか!来るなら来るって連絡してくれればよかったのに!」
 「やあ、久しぶり。驚かそうと思ってさ」  
 賀野が片手を挙げで応える。
 「賀野さん、最近全然来てくれなかったから嬉しい!他に女の子ができちゃったのかと心配したんですよ」
 久しぶりに賀野が現れて、リサは心より喜んだ。
 お隣失礼しますと早口に言うと彼の隣に座り、ぎゅっと腕に抱きついてこれでもかと甘える。
 「まさか、君以外誰とも繋がっていないよ」
 彼は小さく笑んで否定した。
 嘘ではない。
 若い頃は毎晩のように飲み歩いていたこともあったが、結婚してからは酒も煙草も何もかもを辞めた。
 妻が亡くなってからもそれは変わらず、再びキャバクラに入ったのも子分へのご褒美だった。
 なんでも歌舞伎町では知らない者がいないほど超有名なキャバ嬢・華咲かざき リサに会ってみたいとのことで、賀野もどんなものかと思って彼女を指名したのが出会いだった。
 「ご指名ありがとうございます、華咲 リサです!よろしくお願いします!」
 現れたのは明るいミルクティー色の髪を綺麗に巻き、脚を惜し気もなく曝け出したミニドレスがよく似合う女で、作り物のように美しい顔だった。
 見た目は勿論のこと接客技術も一流で、これが歌舞伎町ナンバーワンかと納得した。
 学があるわけではなかったが、リサは色んなことをよく知っていて、賀野たちの話にも楽しそうに相槌を打ってくるくると表情を変えた。
 さすがキャバ嬢なだけあって子分よりも彼の方が大きい魚だと分かると、ヘルプの女の子にさり気なく押しつけてしっかりと彼を落としにかかった。
 賀野も美しく若い女にぐいぐい来られてまんざらでもなかったので、連絡先を交換した。子分からは絶対にもう親父とは店に行かないと恨み言を言われてしまったが。
 それからはリサに誘われるまま同伴したり、店に遊びに行ったりするようになった。
 妻と外食したり、旅行に出かけたりした頃が懐かしくて、賀野はすっかり「Platinum」の常連客になった。組でどうやらキャバ嬢に首ったけで、再婚間近なのではないかと噂が出回るくらいには。
 だが、賀野には再婚するつもりはなく、ただの遊びに過ぎなかった。十五個も離れた彼女はもはや妹のような存在だったのだ。
 しかし、リサは違った。
 呼べばだいたい来てくれるし、同伴中もリサが気になったものをなんでも買ってくれるし、いつも紳士的な賀野を好きにならないわけがなかった。
 リサでなくても女の子なら放っては置かないだろう。男を手玉に取るはずのリサが、気付けばどっぷりと賀野にはまっていた。
 けれども客と嬢という関係である以上、仕事以外で会うことは叶わない。だから、リサは一刻も早く彼の恋人になりたかった。
 賀野はビジネスマンなのか経営者なのかは分からないがかなりの金持ちだ、上手くいけば結婚して専業主婦になることだって夢ではない。
 成功した先輩の多くが起業したり、自分の店を持ったりしているが、リサはそうするつもりはなかった。水商売で稼ぐ能力があるからといって、経営手腕まであるとは限らないからだ。
 接客業と経営業は全く異なるものなのに、勢いだけで起業しようものなら痛い目を見る。もちろん成功している人は成功しているが、逆に借金を背負って全てを失った人も少なくはないと知っているので、そんな危険を冒すくらいならセレブ婚をして、悠々自適な生活を送った方が間違いはない。賀野はまさに理想の相手だった。
 その為に彼女も惜しみなくお金を使ってたくさん贈り物をしたし、相手の好みに近づこうと服装や髪型も変えた。
 だが、恋人に発展することもなく、出会ってから二年が過ぎた。すぐに恋人にしてもらえると思っていたのに、賀野はなかなか手を出そうともしなかった。
 リサも万が一告白して振られれば二度と会えなくなるかもしないと考えると、迂闊なことはできなかったので、ずっと客と嬢のまま現在に至る。
 「本当ですか?随分忙しくしていたみたいだけど…今日はアフターも行ってくれますよね⁉︎」
 リサは彼にめろめろになり、その非の打ち所がない横顔を見つめてほうっと吐息を漏らした。とても四十代とは思えないほど肌が綺麗なので、美容関係の仕事ではないかと思っている。
 そういえば金髪も碧眼も生まれつきだというので、知り合ったばかりの頃にハーフなのかと聞いたことがあったが、賀野は自分はハーフでもクォーターでもないと言った。きっと遠い先祖に外国人がいたから、隔世遺伝によるものだろうとのことだった。
 もちろん、そんなのはどちらでもいいことで、この最強の遺伝子があれば、生まれてくる子も間違いなく美形なんだろうなぁとまさに取らぬ狸の皮算用をしていると、
 「ああ、君の行きたい所に行こうか」
 「やったあ!賀野さん大好き!」
 「ありがとう」
 彼は穏やかに微笑んだ。
 「今までずっとお仕事だったんですか?最後らへんメッセージを送っても返信がなかったので、もう飽きられて来てくれないのかと思った」
 「まあ、仕事というか新人育成で遊ぶどころじゃなかったんだ。…一番高い酒を頼むから、それで許してくれ」
 「えー!いいの⁉︎賀野さんの太っ腹!愛してる…!」
 一番高いシャンパンとなると、百万円越えである。
 もうリサはどう喜んでいいのか分からなくて、その場で腕を震わせ、彼にがばっと抱きついた。賀野は優しく彼女の頭を撫でてやる。
 「でも新人さんが羨ましいなぁ、ずっと賀野さんに手取り足取り教えてもらえるんでしょ?」 
 「そうでもないよ」
 リサは美しい所作でシャンパンを注いで、彼の目の前に置いた。二人で乾杯をしてゆっくりとグラスを傾ける。
 近況報告に花を咲かせる間も、リサはずっと賀野の手を握り締めていた。賀野も恋人繋ぎを振り払うことなく、好きにさせていた。
 「…で、あたし、その映画でぼろ泣きしちゃって…」
 「少しいいかな」
 しばらくして賀野が席を立つ。
 リサもその後をついて行こうとした時、テーブルに置かれた賀野のスマートフォンの画面が光った。ちょうどメッセージが来たようだった。
 「あ、誰かから連絡が来て…」
 賀野に知らせようと端末を持ち上げると、待ち受け画面を見てしまった。
 「何、これ…」
 設定されていたのは綺麗な人の写真だった。
 頭全体を覆う美しい飾りを被っていて、憂を帯びた表情を浮かべる様は、まるで華流ドラマに出て来る少数民族のお姫様のよう。あまりの衝撃にリサは賀野のスマートフォンを握っていることすら忘れかけた。
 かわいい女の子だとばかり思っていたが、落ち着いてよく見ると男だった。
 彼は踊り子のようにへそ出しの黒い衣装に身を包んでいたが、胸に詰め物でもしていたら誰しもが女だと信じて疑わなかっただろう。
 待ち受けにするくらいだ、恋人か何かだろうか。
 今までどんなに積極的になっても靡かなかったのは、彼の恋愛対象が男だったからだ。
 その受け入れがたい事実にリサは爪を噛んだ。
 新人育成なんてただの口実だった。きっとこの男が現れたから賀野は会ってくれなくなったのだと、直感で分かった。
 百歩譲って女ならまだしも、男に負けるわけにはいかないと激しく対抗心を燃やし、彼女は素早く己のスマートフォンで画面を撮影して、何事もなかったかのように賀野の後を追いかけた。
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