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第Y章
鴨
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立派に前座の役目を果たしたということで、鸞の組での地位は急上昇し、久喜に貰った百万円に加えてお小遣いが支給された。
そして何よりも嬉しかったのは、一人での外出が認められるようになったことだった。今まではバークの散歩以外は家から出ることは許されなかったが、これからは稽古の時間以外は好きにしていいと言われた。
ではなぜ賀野がそれを認めたのかといえば、鸞に発信機を埋め込んで常に彼の位置情報を把握できるようにしていたからである(機関が彼に仕込んだチップは、負けた日に取り出して破棄していた)。
仮に逃げても迷子になっても、見つけられるという絶対の自信があった。
ずっと家に縛り付けるよりも、適度に自由を与えた方がよりこちらを信頼するだろうし、頑張ればご褒美が貰えると思わせた方が扱い易いのだ。
これにより、鸞の世界は一気に広がる。
お菓子や漫画を買い漁り、何かにはまるという経験を初めてした。それからゲーム機も買って、犬の散歩そっちのけで攻略に熱中した。
「ばうっ、ばうっ!」
「あー、さんぽ?でもいまいいところだから、あっちにいってて」
バークがどんなにリードを咥えて頭突きをしても彼はたまにしか相手をしなくなり、やがては見向きもしなくなる。
稀に散歩に連れて行ってくれたかと思えば、近所のゲームセンターに寄って長いことバークを待たせるので、彼は毎度毎度うんざりさせられた。
少し前まではあんなに可愛がってくれたのに、ゲームに取り憑かれて頭がおかしくなってしまったのではないかと犬は思う。
だが、鸞が蔑ろにし始めたのはバークだけではなかった。賀野もだった。
「鸞、何をしている?」
日曜日の朝から、鸞はせっせと箱に私物を詰めていた。いつの間にか、賀野の寝室に置かれていた彼の持ち物が全部消えていた。日用品も洋服も、毛布も、何もかも。
「パパ、おれきょうからまたあのへやにもどるね」
「それまたなぜ?君は夜一人では眠れないはずだが」
「ううん、べつにもうへーきだよ?じゃ、おれきのうのつづきがあるから」
最近鸞が夜遅くまでゲームをしているので、賀野が目を悪くすると注意ばかりしていたから、煩わしくなったのだろう。彼は誰にも邪魔をされない環境を求めてもとの部屋に戻ることにした。ゲームの登場により、賀野は御役御免となったわけだ。
「…そうか、好きにするがいい」
箱を抱えて出て行く彼を賀野は引き留めなかった。家出をされるよりずっとましだし、いずれこんな日が来ることも分かっていたからだ。
とはいえ、一抹の寂しさを覚えたのも事実である。
これからもずっと鸞を抱き締めて眠れると思っていたのに、いきなり終わりが訪れるなんて。結局本当の家族でもないし稽古に支障もきたしていないらしいので、叱るのは無粋かと思ってそれ以上は何も言えなかった。
過干渉すると子供に嫌われて、ますます関係が悪化すると聞く。今はとりあえず様子を見よう、そう思っていたが…。
あろうことか鸞はさらに羽目を外して夜遅くまで新宿を彷徨い、日付けが変わる頃にようやく帰って来るという日が次第に増えていく。
泊まりの仕事でなければ賀野は夜の十時には屋敷に戻るのだが、鸞はめったに出迎えてくれなくなった。
中身はただの子供なので、心配になった賀野は上原に鸞の監視をさせることにした。
彼が厄介なことに巻き込まれたと知ったのは、もうすぐ秋口という頃だった。
「『ケンタ』とかいう男に言われるがまま、お金を使っていました…」
上原によると、鸞は稽古終わりに新宿に行ってゲームセンターを練り歩いており、中でも靖国通りに面する「Sanctuary」が一番のお気に入りだと言う。なぜなら、そこにはいつも「友達」がいるから。
従業員に聞き込みをしたところ、どうやら初めの頃は一人で遊んでいたが、常連客になったことから柄の悪い男達と連むようになったそうだ。
ケンタ達はゲーム代を出させるだけでは飽き足らなくなり、やがて居酒屋やカラオケにまで連れ出してことあるごとに奢らせ始めた。上原の見立てが間違っていなければ、一日で数万円は飛んでいるはずだ。
「一応本人にもそんな使い方はやめた方がいいと言ったのですが、聞く耳持たずという感じで…」
「…鸞はまだ分別もつかない子供だからな」
苦労して働いて得た金でもないし、鸞からすれば金さえ払えば一緒に遊んでくれる友達ができて嬉しかったに違いない。鴨にされているとも知らずに…。
柱に縛り付けてでも夜遊びを止めさせようと思えば止めさせられたが、一度他人に利用され裏切られて痛い目を見るのも悪くはないと思ったので、賀野はあえて何も言わなかった。
遊びたければ好きなだけ遊べばいい、どうせそのうち飽きて自分のもとへ戻って来てくれるという自負もあった。
一方で、鸞は同年代の友達ができて毎日が楽しくて仕方がないので、つい求められると散財を繰り返してしまった。それだけでなくゲームや漫画も大人買いしていたので、久喜からのチップとお小遣いが底を尽きるのも時間の問題だった。
それでもお金はないが遊びたいということで、彼はおねだり作戦を決行することにした。
そして何よりも嬉しかったのは、一人での外出が認められるようになったことだった。今まではバークの散歩以外は家から出ることは許されなかったが、これからは稽古の時間以外は好きにしていいと言われた。
ではなぜ賀野がそれを認めたのかといえば、鸞に発信機を埋め込んで常に彼の位置情報を把握できるようにしていたからである(機関が彼に仕込んだチップは、負けた日に取り出して破棄していた)。
仮に逃げても迷子になっても、見つけられるという絶対の自信があった。
ずっと家に縛り付けるよりも、適度に自由を与えた方がよりこちらを信頼するだろうし、頑張ればご褒美が貰えると思わせた方が扱い易いのだ。
これにより、鸞の世界は一気に広がる。
お菓子や漫画を買い漁り、何かにはまるという経験を初めてした。それからゲーム機も買って、犬の散歩そっちのけで攻略に熱中した。
「ばうっ、ばうっ!」
「あー、さんぽ?でもいまいいところだから、あっちにいってて」
バークがどんなにリードを咥えて頭突きをしても彼はたまにしか相手をしなくなり、やがては見向きもしなくなる。
稀に散歩に連れて行ってくれたかと思えば、近所のゲームセンターに寄って長いことバークを待たせるので、彼は毎度毎度うんざりさせられた。
少し前まではあんなに可愛がってくれたのに、ゲームに取り憑かれて頭がおかしくなってしまったのではないかと犬は思う。
だが、鸞が蔑ろにし始めたのはバークだけではなかった。賀野もだった。
「鸞、何をしている?」
日曜日の朝から、鸞はせっせと箱に私物を詰めていた。いつの間にか、賀野の寝室に置かれていた彼の持ち物が全部消えていた。日用品も洋服も、毛布も、何もかも。
「パパ、おれきょうからまたあのへやにもどるね」
「それまたなぜ?君は夜一人では眠れないはずだが」
「ううん、べつにもうへーきだよ?じゃ、おれきのうのつづきがあるから」
最近鸞が夜遅くまでゲームをしているので、賀野が目を悪くすると注意ばかりしていたから、煩わしくなったのだろう。彼は誰にも邪魔をされない環境を求めてもとの部屋に戻ることにした。ゲームの登場により、賀野は御役御免となったわけだ。
「…そうか、好きにするがいい」
箱を抱えて出て行く彼を賀野は引き留めなかった。家出をされるよりずっとましだし、いずれこんな日が来ることも分かっていたからだ。
とはいえ、一抹の寂しさを覚えたのも事実である。
これからもずっと鸞を抱き締めて眠れると思っていたのに、いきなり終わりが訪れるなんて。結局本当の家族でもないし稽古に支障もきたしていないらしいので、叱るのは無粋かと思ってそれ以上は何も言えなかった。
過干渉すると子供に嫌われて、ますます関係が悪化すると聞く。今はとりあえず様子を見よう、そう思っていたが…。
あろうことか鸞はさらに羽目を外して夜遅くまで新宿を彷徨い、日付けが変わる頃にようやく帰って来るという日が次第に増えていく。
泊まりの仕事でなければ賀野は夜の十時には屋敷に戻るのだが、鸞はめったに出迎えてくれなくなった。
中身はただの子供なので、心配になった賀野は上原に鸞の監視をさせることにした。
彼が厄介なことに巻き込まれたと知ったのは、もうすぐ秋口という頃だった。
「『ケンタ』とかいう男に言われるがまま、お金を使っていました…」
上原によると、鸞は稽古終わりに新宿に行ってゲームセンターを練り歩いており、中でも靖国通りに面する「Sanctuary」が一番のお気に入りだと言う。なぜなら、そこにはいつも「友達」がいるから。
従業員に聞き込みをしたところ、どうやら初めの頃は一人で遊んでいたが、常連客になったことから柄の悪い男達と連むようになったそうだ。
ケンタ達はゲーム代を出させるだけでは飽き足らなくなり、やがて居酒屋やカラオケにまで連れ出してことあるごとに奢らせ始めた。上原の見立てが間違っていなければ、一日で数万円は飛んでいるはずだ。
「一応本人にもそんな使い方はやめた方がいいと言ったのですが、聞く耳持たずという感じで…」
「…鸞はまだ分別もつかない子供だからな」
苦労して働いて得た金でもないし、鸞からすれば金さえ払えば一緒に遊んでくれる友達ができて嬉しかったに違いない。鴨にされているとも知らずに…。
柱に縛り付けてでも夜遊びを止めさせようと思えば止めさせられたが、一度他人に利用され裏切られて痛い目を見るのも悪くはないと思ったので、賀野はあえて何も言わなかった。
遊びたければ好きなだけ遊べばいい、どうせそのうち飽きて自分のもとへ戻って来てくれるという自負もあった。
一方で、鸞は同年代の友達ができて毎日が楽しくて仕方がないので、つい求められると散財を繰り返してしまった。それだけでなくゲームや漫画も大人買いしていたので、久喜からのチップとお小遣いが底を尽きるのも時間の問題だった。
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