上 下
20 / 49
第Y章

しおりを挟む
 鸞が賀野組に在籍して三ヶ月が過ぎ、蒸し暑い夏がやって来た。
 七月のお披露目当日、夜の本番に備えて鸞は夕方から恵那と共に予行練習を行なっていた。
 プリマヴェーラ号の劇場で桑田と組員が見守る中、見事に踊り切ってみせる。それからしばらくは微調整が続き、賀野が控室に行く頃には二人とも舞台衣装へ着替え終わっていた。
 「調子はどうだい」
 「パパだ…!」
 化粧の途中にも関わらず、鸞は椅子から飛び降りて駆け寄る。
 「鸞さん、まだ終わってないですよ…!」
 「…叔父様」
 化粧道具を持ったままメイク担当の赤根あかねが眉を下げる。一方で恵那は鸞と違い、指示には素直に従うので、あらかた準備を終えていた。
 上等な生地で作られた黒の踊り子風の衣装は鸞の体にぴったりで、ビーズや刺繍が至る所に施され、かなり丁寧に細部まで拘って作り込まれていることが見て取れた。
 一挙手一投足彼の動きに合わせて揺れる飾りが美しい。薄い腹筋が外気に晒される様も色っぽく、新たな魅力を打ち出すことに成功している。
 恵那もほぼ同じデザインの白い踊り子の衣装を着ており、フェイスヴェールで顔を隠していた。彼女はもともと華奢だったのに、ドレスを脱いだらさらに一回り小さくなった。
 お任せで特注したものだったが、なかなかいい仕事をすると賀野は感心したものの、鸞はそう思わなかったようで、
 「こんなおんなみたいなふくやだー、おれもっとかっこいいやつがいい」
 服の裾を摘みながら、彼は顔を顰めて文句を言う。だが、今さら衣装の変更は許されない。
 「鸞、これは仕事だ、好き嫌いはいけないよ。君もせっかく練習をしたんだし、それにふさわしい衣装を着て見てもらった方がいいと思うのだが」
 「…うん…じゃあパパもみててくれる?」
 「ああ、見てるよ」
 「じゃあがんばる!」
 仕上げの途中だった化粧に関しては鸞が頑なに拒む上、賀野としても、濃い化粧を施さない方が青年としての輝きを引き出せるのではないかと思い、
 「本人も乗り気じゃないから、化粧はほどほどで構わない。苦労をかけたな」
 「いえ、とんでもないです。なるべく早く済ませます」
 赤根はてきぱきと下地を塗って、眉を整えるだけにとどめた。
 「これで最後だ」
 賀野が仕上げに付属の頭飾りをつけてやる。
 薄い円盤とビーズを繋ぎ合わせた華美なそれは、彼の頭全体を帽子のようにすっぽりと覆った。正に伝説の「鸞」を表現したと思われるその被り物は、彼の黒髪にはよく映えた。
 「とてもすばらしいよ、鸞、恵那。君達は想像以上だ」
 「…ありがとうございます」
 「ほんとう?へんじゃない?」
 「変ではないよ、二人ともとても綺麗だ」
 二人を一緒に並べて眺めると、隅々まで手入れされて着飾った鸞と恵那は、まるで別世界の住人のようだった。
 「緊張してる?」
 恵那は慣れた物で落ち着き払っていたが、鸞はそわそわし始めていた。
 「…ちょっと」
 彼がこくんと頷く。
 「そうか、でもずっと頑張ってきたんだから、きっと上手くいくよ。二人とも期待しているよ」
 「うん!」
 「はい」
 鸞と恵那を送り出すと、賀野も貴賓室に向かった。中ではすでに父の代から付き合いのある久喜くきが待っていた。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

目が覚めたら囲まれてました

るんぱっぱ
BL
燈和(トウワ)は、いつも独りぼっちだった。 燈和の母は愛人で、すでに亡くなっている。愛人の子として虐げられてきた燈和は、ある日家から飛び出し街へ。でも、そこで不良とぶつかりボコボコにされてしまう。 そして、目が覚めると、3人の男が燈和を囲んでいて…話を聞くと、チカという男が燈和を拾ってくれたらしい。 チカに気に入られた燈和は3人と共に行動するようになる。 不思議な3人は、闇医者、若頭、ハッカー、と異色な人達で! 独りぼっちだった燈和が非日常な幸せを勝ち取る話。

年上の恋人は優しい上司

木野葉ゆる
BL
小さな賃貸専門の不動産屋さんに勤める俺の恋人は、年上で優しい上司。 仕事のこととか、日常のこととか、デートのこととか、日記代わりに綴るSS連作。 基本は受け視点(一人称)です。 一日一花BL企画 参加作品も含まれています。 表紙は松下リサ様(@risa_m1012)に描いて頂きました!!ありがとうございます!!!! 完結済みにいたしました。 6月13日、同人誌を発売しました。

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

いつかコントローラーを投げ出して

せんぷう
BL
 オメガバース。世界で男女以外に、アルファ・ベータ・オメガと性別が枝分かれした世界で新たにもう一つの性が発見された。  世界的にはレアなオメガ、アルファ以上の神に選別されたと言われる特異種。  バランサー。  アルファ、ベータ、オメガになるかを自らの意思で選択でき、バランサーの状態ならどのようなフェロモンですら影響を受けない、むしろ自身のフェロモンにより周囲を調伏できる最強の性別。  これは、バランサーであることを隠した少年の少し不運で不思議な出会いの物語。  裏社会のトップにして最強のアルファ攻め  ×  最強種バランサーであることをそれとなく隠して生活する兄弟想いな受け ※オメガバース特殊設定、追加性別有り .

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

隠れSubは大好きなDomに跪きたい

みー
BL
⚠️Dom/Subユニバース 一部オリジナル表現があります。 ハイランクDom×ハイランクSub

処理中です...