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第Y章
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鸞が賀野組に在籍して三ヶ月が過ぎ、蒸し暑い夏がやって来た。
七月のお披露目当日、夜の本番に備えて鸞は夕方から恵那と共に予行練習を行なっていた。
プリマヴェーラ号の劇場で桑田と組員が見守る中、見事に踊り切ってみせる。それからしばらくは微調整が続き、賀野が控室に行く頃には二人とも舞台衣装へ着替え終わっていた。
「調子はどうだい」
「パパだ…!」
化粧の途中にも関わらず、鸞は椅子から飛び降りて駆け寄る。
「鸞さん、まだ終わってないですよ…!」
「…叔父様」
化粧道具を持ったままメイク担当の赤根が眉を下げる。一方で恵那は鸞と違い、指示には素直に従うので、あらかた準備を終えていた。
上等な生地で作られた黒の踊り子風の衣装は鸞の体にぴったりで、ビーズや刺繍が至る所に施され、かなり丁寧に細部まで拘って作り込まれていることが見て取れた。
一挙手一投足彼の動きに合わせて揺れる飾りが美しい。薄い腹筋が外気に晒される様も色っぽく、新たな魅力を打ち出すことに成功している。
恵那もほぼ同じデザインの白い踊り子の衣装を着ており、フェイスヴェールで顔を隠していた。彼女はもともと華奢だったのに、ドレスを脱いだらさらに一回り小さくなった。
お任せで特注したものだったが、なかなかいい仕事をすると賀野は感心したものの、鸞はそう思わなかったようで、
「こんなおんなみたいなふくやだー、おれもっとかっこいいやつがいい」
服の裾を摘みながら、彼は顔を顰めて文句を言う。だが、今さら衣装の変更は許されない。
「鸞、これは仕事だ、好き嫌いはいけないよ。君もせっかく練習をしたんだし、それにふさわしい衣装を着て見てもらった方がいいと思うのだが」
「…うん…じゃあパパもみててくれる?」
「ああ、見てるよ」
「じゃあがんばる!」
仕上げの途中だった化粧に関しては鸞が頑なに拒む上、賀野としても、濃い化粧を施さない方が青年としての輝きを引き出せるのではないかと思い、
「本人も乗り気じゃないから、化粧はほどほどで構わない。苦労をかけたな」
「いえ、とんでもないです。なるべく早く済ませます」
赤根はてきぱきと下地を塗って、眉を整えるだけにとどめた。
「これで最後だ」
賀野が仕上げに付属の頭飾りをつけてやる。
薄い円盤とビーズを繋ぎ合わせた華美なそれは、彼の頭全体を帽子のようにすっぽりと覆った。正に伝説の「鸞」を表現したと思われるその被り物は、彼の黒髪にはよく映えた。
「とてもすばらしいよ、鸞、恵那。君達は想像以上だ」
「…ありがとうございます」
「ほんとう?へんじゃない?」
「変ではないよ、二人ともとても綺麗だ」
二人を一緒に並べて眺めると、隅々まで手入れされて着飾った鸞と恵那は、まるで別世界の住人のようだった。
「緊張してる?」
恵那は慣れた物で落ち着き払っていたが、鸞はそわそわし始めていた。
「…ちょっと」
彼がこくんと頷く。
「そうか、でもずっと頑張ってきたんだから、きっと上手くいくよ。二人とも期待しているよ」
「うん!」
「はい」
鸞と恵那を送り出すと、賀野も貴賓室に向かった。中ではすでに父の代から付き合いのある久喜が待っていた。
七月のお披露目当日、夜の本番に備えて鸞は夕方から恵那と共に予行練習を行なっていた。
プリマヴェーラ号の劇場で桑田と組員が見守る中、見事に踊り切ってみせる。それからしばらくは微調整が続き、賀野が控室に行く頃には二人とも舞台衣装へ着替え終わっていた。
「調子はどうだい」
「パパだ…!」
化粧の途中にも関わらず、鸞は椅子から飛び降りて駆け寄る。
「鸞さん、まだ終わってないですよ…!」
「…叔父様」
化粧道具を持ったままメイク担当の赤根が眉を下げる。一方で恵那は鸞と違い、指示には素直に従うので、あらかた準備を終えていた。
上等な生地で作られた黒の踊り子風の衣装は鸞の体にぴったりで、ビーズや刺繍が至る所に施され、かなり丁寧に細部まで拘って作り込まれていることが見て取れた。
一挙手一投足彼の動きに合わせて揺れる飾りが美しい。薄い腹筋が外気に晒される様も色っぽく、新たな魅力を打ち出すことに成功している。
恵那もほぼ同じデザインの白い踊り子の衣装を着ており、フェイスヴェールで顔を隠していた。彼女はもともと華奢だったのに、ドレスを脱いだらさらに一回り小さくなった。
お任せで特注したものだったが、なかなかいい仕事をすると賀野は感心したものの、鸞はそう思わなかったようで、
「こんなおんなみたいなふくやだー、おれもっとかっこいいやつがいい」
服の裾を摘みながら、彼は顔を顰めて文句を言う。だが、今さら衣装の変更は許されない。
「鸞、これは仕事だ、好き嫌いはいけないよ。君もせっかく練習をしたんだし、それにふさわしい衣装を着て見てもらった方がいいと思うのだが」
「…うん…じゃあパパもみててくれる?」
「ああ、見てるよ」
「じゃあがんばる!」
仕上げの途中だった化粧に関しては鸞が頑なに拒む上、賀野としても、濃い化粧を施さない方が青年としての輝きを引き出せるのではないかと思い、
「本人も乗り気じゃないから、化粧はほどほどで構わない。苦労をかけたな」
「いえ、とんでもないです。なるべく早く済ませます」
赤根はてきぱきと下地を塗って、眉を整えるだけにとどめた。
「これで最後だ」
賀野が仕上げに付属の頭飾りをつけてやる。
薄い円盤とビーズを繋ぎ合わせた華美なそれは、彼の頭全体を帽子のようにすっぽりと覆った。正に伝説の「鸞」を表現したと思われるその被り物は、彼の黒髪にはよく映えた。
「とてもすばらしいよ、鸞、恵那。君達は想像以上だ」
「…ありがとうございます」
「ほんとう?へんじゃない?」
「変ではないよ、二人ともとても綺麗だ」
二人を一緒に並べて眺めると、隅々まで手入れされて着飾った鸞と恵那は、まるで別世界の住人のようだった。
「緊張してる?」
恵那は慣れた物で落ち着き払っていたが、鸞はそわそわし始めていた。
「…ちょっと」
彼がこくんと頷く。
「そうか、でもずっと頑張ってきたんだから、きっと上手くいくよ。二人とも期待しているよ」
「うん!」
「はい」
鸞と恵那を送り出すと、賀野も貴賓室に向かった。中ではすでに父の代から付き合いのある久喜が待っていた。
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