ガランド・マカロン「特別な人編」

さすらいの侍

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第X章

狂言

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 それから十月に三回目の試合にも出場したが、何もないまま気づけば、捜査開始から十ヶ月も経っていた。潜入する為には地道な道のりが必要とはいえ、まだ何も始まっていないことに十才は焦りが募り始める。
 いくら試合に勝っても、賀野は来歴不明な十才をあくまでも準構成員としか認めず、このままでは進展しそうにもないので、彼の信頼を得られるようにとある計画を立てた。
 それは敵対関係にある大友会おおともかいに港の位置と停船の日時を教え、襲撃させるというもの。その時に賀野を庇って功績を立てれば、親子盃を交わしてもらえると考えたのだ。実際、ことは思いどおりに運んだ。
 十二月。
 クリスマスパーティーを兼ねた航海を終えて戻って来た豪華客船から客が降りた後、賀野を含む執行部・幹部が下船する。彼らを見送る為に組員がずらりと並び、選手として呼ばれていた十才も端に立った。
 その時、突如として銃声が響いた。
 「親父を守れ!」
 若頭の武田が叫ぶ。
 組長付きのいわゆるボディガードたちが賀野を取り囲む間、十才が飛び出して自ら進んで銃弾の餌食となった。ただし、本当に当たればしばらくは使い物にならなくなる為、ぎりぎりを見極めて擦る程度で済ませた。彼はコンクリートを転がる。
 「門間の所に連れて行け!」
 賀野が大声で命じた。
 車に押し込まれた十才は、ガラス越しに賀野が港を氷で覆ったのが見えた。
 相島が車をこれでもかと飛ばして、門間診療所まで運んでくれる。
 「先生!待鳥がやられたんだ、助けてやってくれ…!」
 「大丈夫、落ち着いてください」
 彼は慣れた様子で応対した。銃弾が擦っただけなので、門間は素早く処置を施し終えた。
 「お大事にね」
 「あざっす」
 十才は外で待っていた相島に連れられて、診療所を後にした。これで賀野が認めてくれると彼は人知れず笑ったが、ここから計算が狂い始める。
 門間は処置をしていたその時、十才の傷口から流れる赤々とした鮮やかな血を見て、以前採血した彼の血と全く違うことに気づいていた。正反対の明るい色で、さらさらだった。
 気になった門間はガーゼに付着した血から改めて健康状態を診ようと、さまざまな数値を含め、血液型も調べた。そして驚愕の事実を知ってしまう。
 「嘘…でしょ」
 にわかには信じられなかった。
 それは超能力者であることを示すP型だった。
 残念ながら、以前採血した血は廃棄済みでその血液型を調べることは叶わないが、おそらくあれは別人の血だ。彼の腕に手術をしたような痕が残されていたが、偽の血管を埋め込んだせいだろう。
 医者なのにそんな単純なやり口に引っかかったのは、とんだお笑い種だ。門間は指を噛んだ。
 賀野に報告すべきなのか、それとも知らないふりをすべきなのか。
 もし報告せずに賀野がこの事実を知った場合、門間は責められるだろう。それなら早めに自分の過ちを認めて教えた方がいい、その方がまだ取り返しがつくような気がした。
 いら立ちが徐々に収まると、急いで賀野に連絡をした。
 「待鳥の様子はどうだ?何か問題でも?」
 「いえ、擦り傷でした。ただ…実は待鳥さんは、超能力者だったみたいで…」
 事細かに説明し終えると、賀野の声が低くなった。
 「…本当か?」
 電話越しに苦しそうな呻き声が聞こえて来たが、門間は怖くて何も聞けなかった。
 「はい、間違いありません」
 「そうか、奴はこのことは?」
 「知りません。賀野さん意外、誰にも話してません」
 「そうか、よくやった。あいつは超能力者だったのか」
 賀野がにやりと笑った。
 「おまえは知らないふりをすることもできたが、覚悟を決めて全てを話してくれた。正直者で嬉しいよ」
 「いえ、こちらこそすみませんでした」
 賀野は電話を切ると、暴力を浴びせ続けていた子分たちに声をかけた。
 「もういい、やめろ」
 「ですが、親父!」
 「親父!」
 納得がいかない彼らに、賀野が落ち着きを払って諫める。
 船に逆戻りした賀野組一行は、格闘試合の舞台で襲撃者たちを拷問にかけている最中であった。
 「そいつらは多分嘘は吐いてない。大友会に、こちら側の情報を漏らした奴がいるのは、確かだ」
 男たちは謎の差出人から大友会に書簡が届き、港の位置と賀野が現れる時間を知ったと説明したが、謎の差出人は恐らく待鳥 十才だろう。賀野組を襲撃させて、己が賀野を庇うという筋書きが為に。
 彼が飛び出したのはあまりにも完璧なタイミングだった。まるで予め来ることが分かっていたかのような。
 超能力者は生まれた時から国に管理される。自分が超能力者である自覚を持たないまま一般人として生きていくのはほぼ不可能に等しいし、賀野や恵那のように国が取りこぼした超能力者たちは、必ず犯罪集団に属している。
 しかし、待鳥 十才なんていう男を裏社会で聞いたことはない。
 ということは施設育ちで間違いないのだろう。待鳥は自分の本当の身分を隠して天童会に近づいていたのだ。
 十才に初めて会った時のあの違和感は気のせいなどではなかった。
 十才が賢そうに見えたのは、最高水準の教育を受けていた為。本職の格闘家にも負けない戦闘能力を誇るのは、訓練されていた為。そして、わざわざ弾を受けたのも賀野の信頼を勝ち得る為…。
 その目的は十中八九、天童会の資金源たる覚醒剤だというのは容易に推測できた。賀野に対抗する為、国は普通の人間ではなく、超能力者を送り込んで来たのだろう。超能力者には超能力者をというわけである。
 まちどり、まっとり、。その名のとおり、彼はこの任務にふさわしいと判断された。
 だが、もしそれを逆手に取って、十才をこちら側に抱き込むことができたとしたら、どんなに愉快だろうか。
 思いのままに操り、利用できる超能力者の駒は大変貴重だ。十才ならば安定して賭博で利益を上げてくれるし、何かシノギを任せてもいいかもしれない。
 とはいえ、金や権力に靡く男ではないことは分かっている。記憶を消して関係を築いた方が手っ取り早いように思われた。いつだったか、記憶を消す薬の話を聞いたことがある。それを飲ませれば…。
 その前に十才を用いて国に被害を与え、二度と密偵なんかを寄越す気にならないように教育してやろう。
 「親父、こいつらどうしますか?」
 「こうする」
 賀野はそれぞれに氷弾を撃ち込んだ。瞬時に心臓を凍らされた二人組はそのままあの世に旅立った。
 「後は私が処理する。君たちはもう帰れ」
 トランクに男たちを詰め込むと、賀野を乗せた車は港を離れた。
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