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第X章

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 「お疲れ様です、相島さん」
 十才が焼き鳥屋の暖簾を潜ると、そこにはすでに相島がいた。
 「よう、早かったな。ここに座れや」
 ぽんぽんと隣の席を叩かれて、言われるまま十才は席についた。おしぼりで手を清めながら、今日会った医者について尋ねる。
 「あの門間って奴はなんなんすか?めっちゃお喋りだし、変な店だし」
 「まあ、門間先生は変わり者だからな。先生の爺さんもかなりの変人だったから、遺伝じゃないの。爺さんと天童会で長い付き合いがあったんだけど、数年前にぽっくり逝っちまったから、今は先生が跡を継いでるんだ」
 若くても先生は先生ということなのだろう、相島は自分よりも二十近く下の彼を呼び捨てにしたり、悪く言ったりすることはなかった。
 「へえ、門間先生って爺さんの代からうちと関係があったんすね…」
 「健康診断って言っても、何も問題はなかっただろう?極端に悪くなければうちも文句はないんだよ、とかじゃなければな!」
 「相島さん、酔ってます?」
 十才は呆れたように聞いたが、彼のこういうところは案外嫌いではなかった。
 相島は特に何かに秀でているというわけではなかったが、妙に人の心の中に入るのが上手く、また話したいと思わせる不思議な力があった。十才は相島の親戚の叔父さんみたいな親しみやすさを気に入っていた。もし本当に叔父さんがいたら、こんな感じだったのだろうか。
 がつがつ食べて相島をびっくりさせて二度と誘われなくなったら困る為、彼はすでに注文されたねぎまととり皮を一本ずつだけ食べた。
 「おい、遠慮すんなよ!いっぱい食えよ、まだ若えんだから!」
 いやいやいや、オレが本気を出したら破産するよ?と内心呟き、十才はにやりと笑う。
 「後でいただきますよ、それより今日は何か用事があるんすよね?」
 かわいい女の子でなくて申し訳ないけれどと、十才がビールを注ぐ。それで相島がやっと本題を切り出した。
 「…お前さん、金田と揉めたのか?」
 「どうしてそれを…」
 「金田が、賭博の運営におまえさんとの下克上試合を申請したんだ。…そして受理された」
 脅されただけかもしれないと期待していたが、どうやら彼は律儀で有言実行な性らしい。舌打ちをしたくなったが、かろうじてこらえる。
 「安心しろ、何もおまえさんを責めてるんじゃない。あいつは揉め事ばかりを起こしていたから、お前さんが悪くないことはみんな分かってる」
 ふうと彼は煙草の煙を吐き、息を整えてから話を続ける。
 「運営はもともとあいつを見限っていた。だが、追い出すのにも理由がいるだろう?そんな時に自ら申請したものだから、大喜びで受理したのさ。つまり、運営はおまえさんが勝って、あいつを追い出してくれることを期待している」
 「え?運営が?」
 てっきり怒られるのかと思っていたが、そうではないらしい。むしろ、役に立ついい機会を与えられているのではないか。
 「そう。手っ取り早く殺したって構やしないけど、客もあいつの顔を覚えているし、急に死にましたじゃあんまりだろう。それにうちは金にならない殺しはしない主義だしな。どうせ追い出すなら、最後に稼がせるだけ稼がせないと損ってことよ」
 さすがに聞かれてはまずいと思ったのが、相島がぼそぼそと小声になった。
 十才が勝つ前提である為敗北は許されないが、少しずつ認められているようだ。十才は嬉しくなってハイボールを飲み干し、ジョッキをどんとカウンターに置いた。
 「分かりました、オレ、絶対勝ちます!見ててください!」
 「いいぞ、俺も金さえあればおまえさんに賭けたいよ」
 顔をしわくちゃにして笑う相島だったが、今度は言いにくそうに、
 「……だが、もう一つおまえさんに言わなきゃいけないことがあるんだ。…実は下克上は勝てば何も問題はないけど、負ければ身体欠損が待っているんだ。だから絶対に油断するなよ、あいつはどんな手を使ってでも勝ちに来るからな」
 「身体欠損…⁉︎」
 耳を疑うような単語に十才はかっと目を見開いた。ただお金を賭けるだけではなかったのか。
 「さすがにお客様の選手相手にそんな真似はできないけどな、身内だったらどうとでもなるだろう?最初に言ったよな、下克上で敗れたら賭博から永久追放されるって。それは文字どおり、二度と格闘試合なんかできない体にされるから、結果追放という意味なんだ。だから、おまえさんは、万が一にも負けるわけにはいかないんだ」
 「そんな…」
 勝っても負けても地獄ではないか。
 いくら憎たらしい金田といえども、十才が勝ったら体の一部を失ってしまうなんて…。そして考えたくもないが、十才が負けると逆に体の一部を奪われるのだ。
 「……怖いなら正直に言って構わない、俺から運営委員長に断ってもいい。無理強いはしない」
 「……」
 十才はじっと相島を見つめた。
 役には立ちたいが、代償があまりにも大きいのですぐには結論が出せなかった。
 その狭間で揺れ動くことしばし、彼はとうとう覚悟を決めた。
 「大丈夫です、試合には出ます」
 十才にはある考えが浮かんだ。
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