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第X章
犬に噛まれる
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「失礼しまーす、初めまして、まち…」
「遅かったじゃねえかよ、新入り!いつになったら挨拶に来るかと今か今かと待っていたのに、結局今頃か、てめえ調子こいてんじゃねえぞ!」
選手控室に入った十才の挨拶をぶった斬ったのは、暴走族上がりらしい男。ツーブロックで黒い衣装を着ていた。
聞かなくても分かる、この男が恵那の言っていた金田なのだろう。奥にはもう一人体が大きな男がいた。
十才はなぜいきなり声を荒げられたのか理解できず、とりあえず下手に出る。
「えっと、すいません。オレ、調子に乗った覚えはないんすけど…」
「だぁかぁらぁ!新入りのくせに、なんですぐに挨拶に来なかったのかって聞いてんだよ!試合直前に挨拶に来るっておまえ、なめてんの?」
「いや、だけど、オレ先輩たちの居場所知らないし、こうして集まっている試合前に、ご挨拶できればいいかなと思ったんすけど…」
「知らないなら相島さんに聞けよ!新人はまず先輩の部屋を一つずつ回ってでも挨拶するもんだろ!」
十才は呆れてぽかんとしてしまった。
彼らを軽んじるわけではないが、わざわざ部屋まで行って挨拶する必要がある相手なのだろうかと、疑問視せざるをえない。助けを求めて大男の方をちらりと見ても、彼は全くの無関心でゲームに夢中のようだった。
「…すいません、考えが至らず…」
一部屋ずつ回れって芸能人の楽屋挨拶かよ、あんたはどこかの大御所ですか?と言い返してやりたかったが、十才は素直に謝ってみせた。入ったばかりでいきなり先輩と揉めて、雰囲気が悪くなったら仕事がしにくいだけだ。
しかし。
「すいません、すいませんっておまえ、口先だけじゃねえか、本当に謝る気があるなら土下座しろよ!」
これにはさすがの十才も怒りを爆発させる。
「…ふざけるな、人がせっかく下手に出てやったのに!あんたこそオレより一つ階級が下なんだから、いちいち先輩面をすんな!ここでは階級が全てだ、先輩とか後輩とか関係ないだろ…!」
そんなあほらしい言いがかりで土下座をしてたまるかよ。
百歩譲って頭を下げたとしても、額を床に擦りつけるなんてありえない。理不尽には決して屈してはいけないのだ。
「てめえ!なめた口を利きやがって!」
どんっとロッカーに体を押しつけられ、負けじと十才も睨み返す。
「…放せよ、私闘は厳禁のはずだぞ」
「よく知ってるじゃねえか、だが下克上ならてめえを堂々とぶっ飛ばせるな?」
金田がにやりと悪い顔を作った。
「あんた、まさか…!」
「そのまさかだ。素直に土下座の一つでもしてくれりゃ、許してやったのによ。てめえがなまを言うから立場を分からせてやるよ、戌から酉に下克上を申し込む!」
「…っ!」
最悪だ。
入ってすぐに下克上を申し込まれるなんて。これでは悪目立ちするだけではないのか。
今十才がやるべきは悪目立ちすることではなく、着実に試合に勝って賀野に評価されることだ。内輪で揉めるようなだめな人間だと思われたくない。
だが、あくまでも運営委員長の許しがなければ下克上試合は組まれないはず。まだ正式に決まったわけではないから慌てなくてもいいだろう、今はまだ。
「どうした?びびってんのか?受けるのか受けないのか、はっきりしろよ」
「…受けて立つさ。あんたは、せいぜい試合が組まれることを願うんだな」
十才は彼を押し退けて控室から退出した。
近くの手洗いに駆け込むと、はあと大きなため息を吐いた。鏡に映るのは元気のない自分だった。
個室でのろのろと相島に渡された衣装に着替える。出て来て再び鏡の前に立ち、様々な角度から観察すると悪くない気がした。
白の長袍は袖なしで、黒いズボンと合わせるとどこか現代的な印象を与えた。背中には派手な酉の刺繍も施されている。
お金は溶かすわ喧嘩は売られるわでろくな一日ではなかったけれど、目の前のことに集中しなければ。
下克上がなんだ、いざとなったらこてんぱんにして返り討ちにしてやればいいさ…!
「…よし!」
己をじっと見つめて奮い立たせると、彼は客席に向かった。
「遅かったじゃねえかよ、新入り!いつになったら挨拶に来るかと今か今かと待っていたのに、結局今頃か、てめえ調子こいてんじゃねえぞ!」
選手控室に入った十才の挨拶をぶった斬ったのは、暴走族上がりらしい男。ツーブロックで黒い衣装を着ていた。
聞かなくても分かる、この男が恵那の言っていた金田なのだろう。奥にはもう一人体が大きな男がいた。
十才はなぜいきなり声を荒げられたのか理解できず、とりあえず下手に出る。
「えっと、すいません。オレ、調子に乗った覚えはないんすけど…」
「だぁかぁらぁ!新入りのくせに、なんですぐに挨拶に来なかったのかって聞いてんだよ!試合直前に挨拶に来るっておまえ、なめてんの?」
「いや、だけど、オレ先輩たちの居場所知らないし、こうして集まっている試合前に、ご挨拶できればいいかなと思ったんすけど…」
「知らないなら相島さんに聞けよ!新人はまず先輩の部屋を一つずつ回ってでも挨拶するもんだろ!」
十才は呆れてぽかんとしてしまった。
彼らを軽んじるわけではないが、わざわざ部屋まで行って挨拶する必要がある相手なのだろうかと、疑問視せざるをえない。助けを求めて大男の方をちらりと見ても、彼は全くの無関心でゲームに夢中のようだった。
「…すいません、考えが至らず…」
一部屋ずつ回れって芸能人の楽屋挨拶かよ、あんたはどこかの大御所ですか?と言い返してやりたかったが、十才は素直に謝ってみせた。入ったばかりでいきなり先輩と揉めて、雰囲気が悪くなったら仕事がしにくいだけだ。
しかし。
「すいません、すいませんっておまえ、口先だけじゃねえか、本当に謝る気があるなら土下座しろよ!」
これにはさすがの十才も怒りを爆発させる。
「…ふざけるな、人がせっかく下手に出てやったのに!あんたこそオレより一つ階級が下なんだから、いちいち先輩面をすんな!ここでは階級が全てだ、先輩とか後輩とか関係ないだろ…!」
そんなあほらしい言いがかりで土下座をしてたまるかよ。
百歩譲って頭を下げたとしても、額を床に擦りつけるなんてありえない。理不尽には決して屈してはいけないのだ。
「てめえ!なめた口を利きやがって!」
どんっとロッカーに体を押しつけられ、負けじと十才も睨み返す。
「…放せよ、私闘は厳禁のはずだぞ」
「よく知ってるじゃねえか、だが下克上ならてめえを堂々とぶっ飛ばせるな?」
金田がにやりと悪い顔を作った。
「あんた、まさか…!」
「そのまさかだ。素直に土下座の一つでもしてくれりゃ、許してやったのによ。てめえがなまを言うから立場を分からせてやるよ、戌から酉に下克上を申し込む!」
「…っ!」
最悪だ。
入ってすぐに下克上を申し込まれるなんて。これでは悪目立ちするだけではないのか。
今十才がやるべきは悪目立ちすることではなく、着実に試合に勝って賀野に評価されることだ。内輪で揉めるようなだめな人間だと思われたくない。
だが、あくまでも運営委員長の許しがなければ下克上試合は組まれないはず。まだ正式に決まったわけではないから慌てなくてもいいだろう、今はまだ。
「どうした?びびってんのか?受けるのか受けないのか、はっきりしろよ」
「…受けて立つさ。あんたは、せいぜい試合が組まれることを願うんだな」
十才は彼を押し退けて控室から退出した。
近くの手洗いに駆け込むと、はあと大きなため息を吐いた。鏡に映るのは元気のない自分だった。
個室でのろのろと相島に渡された衣装に着替える。出て来て再び鏡の前に立ち、様々な角度から観察すると悪くない気がした。
白の長袍は袖なしで、黒いズボンと合わせるとどこか現代的な印象を与えた。背中には派手な酉の刺繍も施されている。
お金は溶かすわ喧嘩は売られるわでろくな一日ではなかったけれど、目の前のことに集中しなければ。
下克上がなんだ、いざとなったらこてんぱんにして返り討ちにしてやればいいさ…!
「…よし!」
己をじっと見つめて奮い立たせると、彼は客席に向かった。
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