上 下
8 / 49
第X章

犬に噛まれる

しおりを挟む
 「失礼しまーす、初めまして、まち…」
 「遅かったじゃねえかよ、新入り!いつになったら挨拶に来るかと今か今かと待っていたのに、結局今頃か、てめえ調子こいてんじゃねえぞ!」
 選手控室に入った十才の挨拶をぶった斬ったのは、暴走族上がりらしい男。ツーブロックで黒い衣装を着ていた。
 聞かなくても分かる、この男が恵那の言っていた金田なのだろう。奥にはもう一人体が大きな男がいた。
 十才はなぜいきなり声を荒げられたのか理解できず、とりあえず下手に出る。
 「えっと、すいません。オレ、調子に乗った覚えはないんすけど…」
 「だぁかぁらぁ!新入りのくせに、なんですぐに挨拶に来なかったのかって聞いてんだよ!試合直前に挨拶に来るっておまえ、なめてんの?」
 「いや、だけど、オレ先輩たちの居場所知らないし、こうして集まっている試合前に、ご挨拶できればいいかなと思ったんすけど…」
 「知らないなら相島さんに聞けよ!新人はまず先輩の部屋を一つずつ回ってでも挨拶するもんだろ!」
 十才は呆れてぽかんとしてしまった。
 彼らを軽んじるわけではないが、わざわざ部屋まで行って挨拶する必要がある相手なのだろうかと、疑問視せざるをえない。助けを求めて大男の方をちらりと見ても、彼は全くの無関心でゲームに夢中のようだった。
 「…すいません、考えが至らず…」
 一部屋ずつ回れって芸能人の楽屋挨拶かよ、あんたはどこかの大御所ですか?と言い返してやりたかったが、十才は素直に謝ってみせた。入ったばかりでいきなり先輩と揉めて、雰囲気が悪くなったら仕事がしにくいだけだ。
 しかし。
 「すいません、すいませんっておまえ、口先だけじゃねえか、本当に謝る気があるなら土下座しろよ!」
 これにはさすがの十才も怒りを爆発させる。
 「…ふざけるな、人がせっかく下手に出てやったのに!あんたこそオレより一つ階級が下なんだから、いちいち先輩面をすんな!ここでは階級が全てだ、先輩とか後輩とか関係ないだろ…!」
 そんなあほらしい言いがかりで土下座をしてたまるかよ。
 百歩譲って頭を下げたとしても、額を床に擦りつけるなんてありえない。理不尽には決して屈してはいけないのだ。
 「てめえ!なめた口を利きやがって!」
 どんっとロッカーに体を押しつけられ、負けじと十才も睨み返す。
 「…放せよ、私闘は厳禁のはずだぞ」
 「よく知ってるじゃねえか、だが下克上ならてめえを堂々とぶっ飛ばせるな?」
 金田がにやりと悪い顔を作った。
 「あんた、まさか…!」
 「そのまさかだ。素直に土下座の一つでもしてくれりゃ、許してやったのによ。てめえがなまを言うから立場を分からせてやるよ、戌から酉に下克上を申し込む!」
 「…っ!」
 最悪だ。
 入ってすぐに下克上を申し込まれるなんて。これでは悪目立ちするだけではないのか。
 今十才がやるべきは悪目立ちすることではなく、着実に試合に勝って賀野に評価されることだ。内輪で揉めるようなだめな人間だと思われたくない。
 だが、あくまでも運営委員長の許しがなければ下克上試合は組まれないはず。まだ正式に決まったわけではないから慌てなくてもいいだろう、今はまだ。
 「どうした?びびってんのか?受けるのか受けないのか、はっきりしろよ」
 「…受けて立つさ。あんたは、せいぜい試合が組まれることを願うんだな」
 十才は彼を押し退けて控室から退出した。
 近くの手洗いに駆け込むと、はあと大きなため息を吐いた。鏡に映るのは元気のない自分だった。
 個室でのろのろと相島に渡された衣装に着替える。出て来て再び鏡の前に立ち、様々な角度から観察すると悪くない気がした。
 白の長袍は袖なしで、黒いズボンと合わせるとどこか現代的な印象を与えた。背中には派手な酉の刺繍も施されている。
 お金は溶かすわ喧嘩は売られるわでろくな一日ではなかったけれど、目の前のことに集中しなければ。
 下克上がなんだ、いざとなったらこてんぱんにして返り討ちにしてやればいいさ…!
 「…よし!」
 己をじっと見つめて奮い立たせると、彼は客席に向かった。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

Take On Me 2

マン太
BL
 大和と岳。二人の新たな生活が始まった三月末。新たな出会いもあり、色々ありながらも、賑やかな日々が過ぎていく。  そんな岳の元に、一本の電話が。それは、昔世話になったヤクザの古山からの呼び出しの電話だった。  岳は仕方なく会うことにするが…。 ※絡みの表現は控え目です。 ※「エブリスタ」、「小説家になろう」にも投稿しています。

天の求婚

紅林
BL
太平天帝国では5年ほど前から第一天子と第二天子によって帝位継承争いが勃発していた。 主人公、新田大貴子爵は第二天子派として広く活動していた亡き父の跡を継いで一年前に子爵家を継いだ。しかし、フィラデルフィア合衆国との講和条約を取り付けた第一天子の功績が認められ次期帝位継承者は第一天子となり、派閥争いに負けた第二天子派は継承順位を下げられ、それに付き従った者の中には爵位剥奪のうえ、帝都江流波から追放された華族もいた そして大貴もその例に漏れず、邸宅にて謹慎を申し付けられ現在は華族用の豪華な護送車で大天族の居城へと向かっていた 即位したての政権が安定していない君主と没落寸前の血筋だけは立派な純血華族の複雑な結婚事情を描いた物語

a pair of fate

みか
BL
『運命の番』そんなのおとぎ話の中にしか存在しないと思っていた。 ・オメガバース ・893若頭×高校生 ・特殊設定有

いつかコントローラーを投げ出して

せんぷう
BL
 オメガバース。世界で男女以外に、アルファ・ベータ・オメガと性別が枝分かれした世界で新たにもう一つの性が発見された。  世界的にはレアなオメガ、アルファ以上の神に選別されたと言われる特異種。  バランサー。  アルファ、ベータ、オメガになるかを自らの意思で選択でき、バランサーの状態ならどのようなフェロモンですら影響を受けない、むしろ自身のフェロモンにより周囲を調伏できる最強の性別。  これは、バランサーであることを隠した少年の少し不運で不思議な出会いの物語。  裏社会のトップにして最強のアルファ攻め  ×  最強種バランサーであることをそれとなく隠して生活する兄弟想いな受け ※オメガバース特殊設定、追加性別有り .

旦那様と僕・番外編

三冬月マヨ
BL
『旦那様と僕』の番外編。 基本的にぽかぽか。

異世界ぼっち暮らし(神様と一緒!!)

藤雪たすく
BL
愛してくれない家族から旅立ち、希望に満ちた一人暮らしが始まるはずが……異世界で一人暮らしが始まった!? 手違いで人の命を巻き込む神様なんて信じません!!俺が信じる神様はこの世にただ一人……俺の推しは神様です!!

恋した貴方はαなロミオ

須藤慎弥
BL
Ω性の凛太が恋したのは、ロミオに扮したα性の結城先輩でした。 Ω性に引け目を感じている凛太。 凛太を運命の番だと信じているα性の結城。 すれ違う二人を引き寄せたヒート。 ほんわか現代BLオメガバース♡ ※二人それぞれの視点が交互に展開します ※R 18要素はほとんどありませんが、表現と受け取り方に個人差があるものと判断しレーティングマークを付けさせていただきますm(*_ _)m ※fujossy様にて行われました「コスプレ」をテーマにした短編コンテスト出品作です

学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語

紅林
BL
『桜田門学院高等学校』 日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である

処理中です...