1 / 49
第X章
どこまでもおちて
しおりを挟む
今、待鳥 十才は究極の選択を迫られていた。
「おまえは超能力者だ、死なすには惜しいから選ばせてやる。この薬を飲んで私の子分になるか、今この場で死ぬか、どちらか選べ」
手で銃の構えを保ったまま、金髪の男がポケットから小さな瓶を取り出して投げた。
その構えは何も見せかけではなく、普通の拳銃と同じように弾を撃つことができる。指先から氷の破片が飛び出し、体に撃ち込まれたが最後、そこから対象者を凍らせてしまう。まさしく今の十才のように。
先ほど太ももに氷が命中し、もう下半身は凍って使い物にならなかった。立ち上がって攻撃することも叶わない。
憎き男・賀野 凌を睨みつける。覚醒剤を売り捌く暴力団の組長であり、超能力者でもあるこの男をあと一歩というところまで追いつめたのに…。地に這いつくばったまま、十才は歯軋りをした。
小さな瓶がころころと目の前まで転がってこつんと指先に当たる。
十才は冷静になろうと必死に心を落ち着かせた。
……この男はオレがスパイだと知った上で、生かす選択肢を与えるのか。この薬はなんだ?…飲めばどうなる?
どうやらもう逃げられそうにはない。奥歯に隠していた劇薬を噛み砕こうとしたその時、まだ生きたいという思いが強く湧き上がった。
もし敵側に超能力を利用される状況に陥ったならば、自決をせよと幼少の頃より教え込まれていた。だが、それについてまじめに考えたことはなかった。全てはその時の自分次第だろうと思っていたが、いざその時が訪れてもどうすればいいかなんて分からなかった。
「早くしろ」
痺れを切らした賀野が肩にもう一発氷片をぶち込む。
十才は呻き声を上げた。霜が肩から頭までを覆うように広がっていく。脳が完全に凍ってしまう前に、後悔しない答えを導き出さなければ…。
取引に乗ってはいけないと知りつつも、迫りくる冷気に覚悟を決める。
かろうじて動く指を伸ばして、ぐっと瓶を掴み、蓋に噛みついて外すと煽るようにして中身を飲んだ。味は分からなかった。
「……っ…はっ…」
まだ食べたことがない料理があった。
読みたい漫画の続きがあった。
何より恋愛らしい恋愛の一つでもしてみたかった。
やはりこんなところでは死ねない、死にたくない、死んでたまるかと絶望が怒りに変換され、十才を突き動かした。この際潜入捜査官失格でも売国奴と罵られてもいい、オレはオレの為に生きる。
「…かはっ…うっ…」
喉が焼けるように熱い。彼は震える手で喉を押さえつけた。
もしかしてこれは毒で結局オレは死ぬかもしれないと、彼は先ほどとは打って変わって観念した。
最初から「死」しか選択肢はなかったのかもしれない。きっと神様が最期の最期に試そうとしたのだ、愛国心で自決するか悪足掻きして死ぬかで、天国もしくは地獄行きか決まるのだ。
でもね、神様。
オレはまだ二十七歳ですよ。
言いつけを破ってまで生きようとしたっていいじゃありませんか。
そりゃあ、今までめんどうを見てくれた国の為に命なんていくらでも捧げなくちゃいけないんでしょうけど、超能力者の前にオレはただの人間です。
ただの人間としてのオレはまだ生きたいんです。
それにオレが死んだからといって必ずしも状況がこれ以上悪化しない保証もないし、逆にいえば敵の手先に成り下がったとしても、それで何かがいい方向に変わるかもしれないじゃないですか。
死んだら何も解決しなくても、生きてさえいれば、なんとかなるかもしれないじゃないですか。
何がどう転ぶかなんて誰にも分からないわけですから。
ねえ、そうでしょう…。
朦朧とした意識の中で考えているうちに、彼はとうとう目を閉じてしまった……。
「おまえは超能力者だ、死なすには惜しいから選ばせてやる。この薬を飲んで私の子分になるか、今この場で死ぬか、どちらか選べ」
手で銃の構えを保ったまま、金髪の男がポケットから小さな瓶を取り出して投げた。
その構えは何も見せかけではなく、普通の拳銃と同じように弾を撃つことができる。指先から氷の破片が飛び出し、体に撃ち込まれたが最後、そこから対象者を凍らせてしまう。まさしく今の十才のように。
先ほど太ももに氷が命中し、もう下半身は凍って使い物にならなかった。立ち上がって攻撃することも叶わない。
憎き男・賀野 凌を睨みつける。覚醒剤を売り捌く暴力団の組長であり、超能力者でもあるこの男をあと一歩というところまで追いつめたのに…。地に這いつくばったまま、十才は歯軋りをした。
小さな瓶がころころと目の前まで転がってこつんと指先に当たる。
十才は冷静になろうと必死に心を落ち着かせた。
……この男はオレがスパイだと知った上で、生かす選択肢を与えるのか。この薬はなんだ?…飲めばどうなる?
どうやらもう逃げられそうにはない。奥歯に隠していた劇薬を噛み砕こうとしたその時、まだ生きたいという思いが強く湧き上がった。
もし敵側に超能力を利用される状況に陥ったならば、自決をせよと幼少の頃より教え込まれていた。だが、それについてまじめに考えたことはなかった。全てはその時の自分次第だろうと思っていたが、いざその時が訪れてもどうすればいいかなんて分からなかった。
「早くしろ」
痺れを切らした賀野が肩にもう一発氷片をぶち込む。
十才は呻き声を上げた。霜が肩から頭までを覆うように広がっていく。脳が完全に凍ってしまう前に、後悔しない答えを導き出さなければ…。
取引に乗ってはいけないと知りつつも、迫りくる冷気に覚悟を決める。
かろうじて動く指を伸ばして、ぐっと瓶を掴み、蓋に噛みついて外すと煽るようにして中身を飲んだ。味は分からなかった。
「……っ…はっ…」
まだ食べたことがない料理があった。
読みたい漫画の続きがあった。
何より恋愛らしい恋愛の一つでもしてみたかった。
やはりこんなところでは死ねない、死にたくない、死んでたまるかと絶望が怒りに変換され、十才を突き動かした。この際潜入捜査官失格でも売国奴と罵られてもいい、オレはオレの為に生きる。
「…かはっ…うっ…」
喉が焼けるように熱い。彼は震える手で喉を押さえつけた。
もしかしてこれは毒で結局オレは死ぬかもしれないと、彼は先ほどとは打って変わって観念した。
最初から「死」しか選択肢はなかったのかもしれない。きっと神様が最期の最期に試そうとしたのだ、愛国心で自決するか悪足掻きして死ぬかで、天国もしくは地獄行きか決まるのだ。
でもね、神様。
オレはまだ二十七歳ですよ。
言いつけを破ってまで生きようとしたっていいじゃありませんか。
そりゃあ、今までめんどうを見てくれた国の為に命なんていくらでも捧げなくちゃいけないんでしょうけど、超能力者の前にオレはただの人間です。
ただの人間としてのオレはまだ生きたいんです。
それにオレが死んだからといって必ずしも状況がこれ以上悪化しない保証もないし、逆にいえば敵の手先に成り下がったとしても、それで何かがいい方向に変わるかもしれないじゃないですか。
死んだら何も解決しなくても、生きてさえいれば、なんとかなるかもしれないじゃないですか。
何がどう転ぶかなんて誰にも分からないわけですから。
ねえ、そうでしょう…。
朦朧とした意識の中で考えているうちに、彼はとうとう目を閉じてしまった……。
12
お気に入りに追加
38
あなたにおすすめの小説
Take On Me 2
マン太
BL
大和と岳。二人の新たな生活が始まった三月末。新たな出会いもあり、色々ありながらも、賑やかな日々が過ぎていく。
そんな岳の元に、一本の電話が。それは、昔世話になったヤクザの古山からの呼び出しの電話だった。
岳は仕方なく会うことにするが…。
※絡みの表現は控え目です。
※「エブリスタ」、「小説家になろう」にも投稿しています。

いつかコントローラーを投げ出して
せんぷう
BL
オメガバース。世界で男女以外に、アルファ・ベータ・オメガと性別が枝分かれした世界で新たにもう一つの性が発見された。
世界的にはレアなオメガ、アルファ以上の神に選別されたと言われる特異種。
バランサー。
アルファ、ベータ、オメガになるかを自らの意思で選択でき、バランサーの状態ならどのようなフェロモンですら影響を受けない、むしろ自身のフェロモンにより周囲を調伏できる最強の性別。
これは、バランサーであることを隠した少年の少し不運で不思議な出会いの物語。
裏社会のトップにして最強のアルファ攻め
×
最強種バランサーであることをそれとなく隠して生活する兄弟想いな受け
※オメガバース特殊設定、追加性別有り
.

目が覚めたら囲まれてました
るんぱっぱ
BL
燈和(トウワ)は、いつも独りぼっちだった。
燈和の母は愛人で、すでに亡くなっている。愛人の子として虐げられてきた燈和は、ある日家から飛び出し街へ。でも、そこで不良とぶつかりボコボコにされてしまう。
そして、目が覚めると、3人の男が燈和を囲んでいて…話を聞くと、チカという男が燈和を拾ってくれたらしい。
チカに気に入られた燈和は3人と共に行動するようになる。
不思議な3人は、闇医者、若頭、ハッカー、と異色な人達で!
独りぼっちだった燈和が非日常な幸せを勝ち取る話。

組長と俺の話
性癖詰め込みおばけ
BL
その名の通り、組長と主人公の話
え、主人公のキャラ変が激しい?誤字がある?
( ᵒ̴̶̷᷄꒳ᵒ̴̶̷᷅ )それはホントにごめんなさい
1日1話かけたらいいな〜(他人事)
面白かったら、是非コメントをお願いします!
【完結】嘘はBLの始まり
紫紺
BL
現在売り出し中の若手俳優、三條伊織。
突然のオファーは、話題のBL小説『最初で最後のボーイズラブ』の主演!しかもW主演の相手役は彼がずっと憧れていたイケメン俳優の越前享祐だった!
衝撃のBLドラマと現実が同時進行!
俳優同士、秘密のBLストーリーが始まった♡
※番外編を追加しました!(1/3)
4話追加しますのでよろしくお願いします。

【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる