ガランド・マカロン「特別な人編」

さすらいの侍

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第X章

どこまでもおちて

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 今、待鳥 十才まちどり とおとせは究極の選択を迫られていた。
 「おまえは超能力者だ、死なすには惜しいから選ばせてやる。この薬を飲んで私の子分になるか、今この場で死ぬか、どちらか選べ」
 手で銃の構えを保ったまま、金髪の男がポケットから小さな瓶を取り出して投げた。
 その構えは何も見せかけではなく、普通の拳銃と同じように弾を撃つことができる。指先から氷の破片が飛び出し、体に撃ち込まれたが最後、そこから対象者を凍らせてしまう。まさしく今の十才のように。
 先ほど太ももに氷が命中し、もう下半身は凍って使い物にならなかった。立ち上がって攻撃することも叶わない。
 憎き男・賀野 凌かの りょうを睨みつける。覚醒剤を売り捌く暴力団の組長であり、超能力者でもあるこの男をあと一歩というところまで追いつめたのに…。地に這いつくばったまま、十才は歯軋りをした。
 小さな瓶がころころと目の前まで転がってこつんと指先に当たる。
 十才は冷静になろうと必死に心を落ち着かせた。
 ……この男はオレがスパイだと知った上で、生かす選択肢を与えるのか。この薬はなんだ?…飲めばどうなる?
 どうやらもう逃げられそうにはない。奥歯に隠していた劇薬を噛み砕こうとしたその時、まだ生きたいという思いが強く湧き上がった。
 もし敵側に超能力を利用される状況に陥ったならば、自決をせよと幼少の頃より教え込まれていた。だが、それについてまじめに考えたことはなかった。全てはその時の自分次第だろうと思っていたが、いざその時が訪れてもどうすればいいかなんて分からなかった。
 「早くしろ」
 痺れを切らした賀野が肩にもう一発氷片をぶち込む。
 十才は呻き声を上げた。霜が肩から頭までを覆うように広がっていく。脳が完全に凍ってしまう前に、後悔しない答えを導き出さなければ…。
 取引に乗ってはいけないと知りつつも、迫りくる冷気に覚悟を決める。
 かろうじて動く指を伸ばして、ぐっと瓶を掴み、蓋に噛みついて外すと煽るようにして中身を飲んだ。味は分からなかった。
 「……っ…はっ…」
 まだ食べたことがない料理があった。
 読みたい漫画の続きがあった。
 何より恋愛らしい恋愛の一つでもしてみたかった。
 やはりこんなところでは死ねない、死にたくない、死んでたまるかと絶望が怒りに変換され、十才を突き動かした。この際潜入捜査官失格でも売国奴と罵られてもいい、オレはオレの為に生きる。
 「…かはっ…うっ…」
 喉が焼けるように熱い。彼は震える手で喉を押さえつけた。
 もしかしてこれは毒で結局オレは死ぬかもしれないと、彼は先ほどとは打って変わって観念した。
 最初から「死」しか選択肢はなかったのかもしれない。きっと神様が最期の最期に試そうとしたのだ、愛国心で自決するか悪足掻きして死ぬかで、天国もしくは地獄行きか決まるのだ。
 でもね、神様。
 オレはまだ二十七歳ですよ。
 言いつけを破ってまで生きようとしたっていいじゃありませんか。
 そりゃあ、今までめんどうを見てくれた国の為に命なんていくらでも捧げなくちゃいけないんでしょうけど、超能力者の前にオレはただの人間です。
 ただの人間としてのオレはまだ生きたいんです。
 それにオレが死んだからといって必ずしも状況がこれ以上悪化しない保証もないし、逆にいえば敵の手先に成り下がったとしても、それで何かがいい方向に変わるかもしれないじゃないですか。
 死んだら何も解決しなくても、生きてさえいれば、なんとかなるかもしれないじゃないですか。
 何がどう転ぶかなんて誰にも分からないわけですから。
 ねえ、そうでしょう…。
 朦朧とした意識の中で考えているうちに、彼はとうとう目を閉じてしまった……。
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