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第47話
しおりを挟む(今年もこの時期がやってきた)
今日、私は書類を第一騎士団長に提出する為に王城へと足を運んだ。
毎年ガルシア王国では秋に非公式だが、王都に駐在している騎士達で行われる武道大会が開催される。
この武道大会では剣でも魔法でも何でもありのトーナメント戦になっている。
トーナメント戦を勝ち抜き、優勝した者には第一騎士団長と戦う権利と、報奨として後日一週間の休みが与えられるという催し物だ。
騎士団長はトーナメント戦に不参加になっているが、武道大会が始まる前のデモンストレーションで第二騎士団と第三騎士団の団長同士が打ち合いをする。
私が今持っている書類は、その武道大会についての書類である。
「少し近道するか」
第一騎士団長の執務室へと近道する為に中庭の回廊を歩く。
すると中庭から楽しそうな笑い声が聞こえてきた。
ふと、その声がする方を見ると木と木の間から、ガゼボにいる三人の姿が目に入った。
「レティシアさん…」
そこにいたのはレティシアさんと、第二王子のライムンド殿下と、王女のシャルロット殿下であった。
三人はガゼボで楽しそうにお茶会をしているようだ。
王族が一般の人間が入ってこれる中庭でお茶会など危ないだろうと思ったが、周りを魔力探知で探ってみると何人もの騎士達が影から警備しているので問題はなさそうである。
少し前までは使えなかった魔力探知は、レティシアさんから習った魔力操作のおかげで、細やかな魔力の使い方を会得し使える様になった魔法の1つだ。
この魔法のおかげで周りの情報収集が楽になった。
「それにしても…」
レティシアさんとライムンド殿下の距離がとても近く、胸の奥がざわめいた。
レティシアさんは前に、恋人はいないと言っていたが、本当はライムンド殿下と付き合っているのではないかと錯覚してしまう程の距離感だ。
「敵は手強そうだ」
私は、レティシアさんの事が好きだ。
初めて会った時から好ましい人だとは思っていて、可愛らしい妹みたいだと思い接していた。
だが、オークの事件があってからだろうか、一人の女性として尊敬する様になった。
もう駄目だと思っていたその時、颯爽と助けに入り戦いだした彼女の姿が今でも脳裏に焼き付いている。
王へと謁見した際、彼女達が英雄様方の娘だと聞いて驚いた。
しかしそんな事よりレティシアさんを愛おしそうに見つめているライムンド殿下が気になった。
そしてライムンド殿下の色を身に着けているレティシアさんを見ると胸が苦しくなった。
腰を抱き寄せられエスコートされる姿を見たくないと思ってしまった。
今思えば、その時にはもうレティシアさんの事が好きだったのだろう、だがまだ自覚はしていなかった。
この想いが恋だと気が付き始めたのは、レティシアさんと共に狩りに行った時だろうか。
レティシアさんに情けなくも自分の弱音を吐いてしまったあの時。
不甲斐ない自分にレティシアさんは慰めの言葉だけで無く、これからの事を考え、そして私の為に特訓に付き合ってくれると言ってくれた。
レティシアさんに得など無いだろうに。
レティシアさんの特訓はとてもハードだったが、確実に自分が強くなっていると実感出来る程に上達した。
使えないと思っていた闇魔法も、今では息を吸うように使いこなせる。
何回か狩りを共にした時、どうしてここまで私に良くしてくれるのか聞いてしまった事があった。
その時、彼女はこう答えた。
「どんな事があろうと、ロベルトさんに怪我なく帰ってきてほしいからですよ!
それに私、街の皆の為、仲間の為に強くなろうとしているロベルトさんの事とても尊敬します」
裏表のない、にっこりと笑うレティシアさんに、私は彼女が好きだと自覚したのだ。
私は彼女に自分の事を好きになってもらいたい。
だが、ライムンド殿下があからさまに好きだとアプローチしているのにレティシアさんは、それに気が付いていない様に感じる。
もしかしてレティシアさんは恋愛に鈍感なのでは無いかと思い、少しずつ距離を縮めていこうと思った。
そう思っていた時、建国祭で一人彼女が屋台を見て周っている所に出くわした。
普段着とは違う、綺麗に着飾っている彼女に胸が高まった。
そして、このまま一人にしていては飢えた男共の格好の餌食だと思い、一緒に屋台を周ろうと提案し、どさくさに紛れて手を繋ぎ、赤いクリスタルローズを彼女髪にさした。
これで少しは意識して貰えないだろうかと思ったが、レティシアさんはいつも通りのレティシアさんだった。
少しも進展していないが、レティシアさんは楽しそうにしていたので良しとした…。
「だが…うかうかしてられない」
ライムンド殿下も隙あらばレティシアさんにアプローチを続けている。
今もそうだ。
ガゼボでレティシアさんを愛おしそうに見つめ、そして彼女の口元に付いたクリームを指で拭ったのだ。
流石のレティシアさんも、ライムンド殿下を意識したかと思ったが、杞憂だったみたいだ。
レティシアさんは、ライムンド殿下に普通にお礼を言って、何事も無かった様にまたケーキを食べだしたのだ。
あれ位のアプローチではレティシアさんには通じないみたいなので、これからはもう少し積極的にいってみる事にしようと決意した。
立ち止まっていた足を踏み出し、第一騎士団長の執務室まで向かった。
書類を無事に提出し、さっさと第三騎士団まで戻ろうと廊下を歩いていると、前から第二騎士団の副団長であるパブロ・アロソンが歩いてきた。
「なんだ、ロベルト君じゃないか」
「アロソン様、ご無沙汰しております」
若干……いや、とても苦手な相手なのでやり過ごそうと思っていたのに、相手から話しかけてきた。
「つれない挨拶だな。君も武道大会の書類を届けに来たんだろ?
今年も決勝戦で戦えるのを楽しみにしているよ。
まぁ!勝つのは、この私だがな!せいぜい、私が退屈しないように精進することだ」
声高々に宣言する姿を見て心の中で溜め息をついた。
腕は確かなのだが、侯爵家の三男というだけあって尊大な話し方が鼻に付く人物であり、何かと私に突っかかって来るので相手にしたくない人物No.1だ。
そして、奴は私とすれ違う際に耳元に低い声で囁いた。
「お前に勝って、竜騎士に相応しいのはこの私だと王族の方々に知らしめてやるよ」
パブロ・アロソンは竜のパートナーに選ばれなくて余程プライドが傷ついたのだろう、その言葉には憎悪が篭っていた。
言いたい事を言って、廊下をスタスタと歩いていく彼を横目に見る。
確かに彼は強い、私は一度も勝てたことがない、毎年決勝戦で負けてしまうのだ。
「だが…今年こそは」
去年よりはレティシアさんの特訓のおかげで強くなっていると確信している。
だが、油断は禁物だ。
「レティシアさんが鍛えてくれたこの力…存分に発揮出来るように策を練るとしよう」
あの男に勝てなければ、一生レティシアさんに勝つ事など出来ないだろう。
レティシアさんも自分より弱い男性に告白されても………いや、きっと強さなど気にしないのだろうが、私が嫌だ。
少しは彼女に格好いいと思って貰えるようにより一層努力を積もう。
そう心に誓い、武道大会まで時間があれば森へ向かい魔物と戦う日々が始まった。
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