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89.好みのタイプ
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※※※貴也視点です。
マリリン・モンローだってグレース・ケリーだってこんな綺麗な髪じゃないだろ。
一見して、呆然とした。
空いてればどこに座ったっていいんだから、隣に座ってみた。
まさか、声を掛けられるとは思わなかった。
すごく、上品で優しかった。
徒咲の制服だから、いいところのお坊ちゃんなんだろう。
レジの列に並びながら、財布を握りしめた。
やわらかい微笑んだ表情と、穏やかな話し方と、綺麗な、とても綺麗な金色の髪と空色の瞳。
生まれて初めてだ、好みのタイプに出会ったのは。
目があった時、そんな衝撃が走った。
ひたすら、あの人が女性だったらよかったのに、と思う。
むしろ、どうして女性じゃないんだろう、女性なら何が何でも口説き落とすのに。
そんなことを考えてしまうのはやはり失礼なのかな。
買ったコーヒーを持って2階に上がった。
「お待たせしました。どうぞ」
「ありがとう。いただきます」
コーヒーを口にする彼のカッターシャツの胸ポケットのところにバッジが付いている。
『1-A』、紺色の文字のこのバッジ。
確か紺色の文字のバッジは高等部を表す色だったような。
「あの、そのバッジって、学年とクラスを表すバッジなんですか?」
「え?ああ、そうです」
そして、その濃緑のブレザーは国際科の色だよな。
「若桜諒って、僕の友人だよ。知りませんか?」
彼は声を立てずに笑った。
その笑顔に、つい見蕩れる。
そっくりの女兄弟いないのかなあ。
「僕もそうです。よく、諒から国都海の話は聞いてるんです」
「あははは、変な話してないかな、あいつ」
諒の友達なら堅苦しい言葉遣いでなくてもいいだろう。
「アツキって年下の子の話が多いね」
「明日生は、寮の中でも人気者なんだよ。みんなの弟って感じかな」
「そうなんだ。弟って可愛いよね。僕にも一人弟がいるけど、本当に可愛い」
弟か。
「兄弟は弟一人だけ?」
唐突かもしれないけどうまく聞けたかな。
「うん、そうだよ。君の名前を聞いてもいいかな?」
「ああ、うん。僕は貴也って言うんだ、杉江貴也」
「あ! 諒から聞いてるよ。国都海のアイドルだって。なるほど」
「それは夜穂の方だって」
「夜穂ちゃんたちの話も聞いてるよ。僕はね、康成って言います」
やすなり。
諒がこの前話してた名前だ。
かなり仲がいいんだろうな。
「苗字は? なんていうの?」
彼が黙って学生証を見せてくれた。
『川端康成 1989年12月27日生』
外国の苗字を想像してた。
それにしてもノーベル賞作家と同姓同名って。
「本名だよね……?」
「僕もそう訊きたい位困ってるよ」
「だろうね……冬生まれなんだ、そんな感じ」
「?? 冬生まれってどんな感じ?」
「冬生まれだと、なんだか暖かくて優しそうだよ」
突然、康成が黙るから顔を上げてそっちを見た。
ドキッとする。
康成の頬が赤くなってる。
肌が白いと、そんなことまで綺麗なんだ。
よく見ると、顔の作りもかなり整ってて美形の見本みたいだな。
彼女とかいるんじゃないかな。
「うん、優しそうだよ。モテるだろ?」
「モテたことなんて一度もないよ? 杉江くんは、すごくモテそうだね」
『杉江くん』はやめてほしい。
「貴也でいいよ。国都海でモテても意味ないだろ?」
「……男子校なんだっけ」
「うん……」
「えっと、貴也くん」
ほんとにいいところの育ちなんだろうな、名前に君付けでも戸惑ってる。
思わず笑った。
「貴也だけでいいって」
「うん……貴也……何かスポーツやってるだろ? かっこいいもん」
『貴也』だけになった。
素直なのかな。
「ああ……二日前に陸上部をやめたところなんだよ。運動は大好きなんだけどな」
「え? そうなのか、だったらどうしてやめたの?」
「えっと、成績が落ちちゃって……勉強時間つくんなきゃいけなくてさ。英語が苦手なだけなんだけど」
「英語だけなら、教えてあげるのに」
みんなそう言ってくれたんだけどね。
チチオヤにやめろと言われたからもう仕方ないんだ。
ああ、でも。
「教えてくれるんだ、嬉しいな、頼むよ」
こんな穏やかで優しくて綺麗な先生なら、何十時間でも英語やれそう。
「うん……いいよ」
ほら、こんな静かで穏やかな時間って、俺過ごしたことなかった。
静かなのって、心地がいいものだったんだな。
ふと、康成の手元の本に目が言った。
「……何読んでたの? 邪魔しちゃったね」
「ん? なんか、新人賞とった作家の本。文学はあまり読まないんだけど、面白いかも」
「読み終わったら、貸して?」
「うん、本好きなの?」
「好きなほうかな」
「もう、後30分くらいで読めるけど」
本を読み終えて貸してもらうより、話していたいしなあ。
ん?
あと30分……。
「あ! しまった! 帰るの忘れてた!」
「えっ?」
「これから帰省するんだけど、電車の時間、忘れてた! 乗り遅れちゃう!」
「え、片付けておくから、行っていいよ!?」
「ほんと? ありがと! じゃあ、俺行くよ、またな、康成!」
慌てて店を出て、電車に飛び乗った。
すっかり現実を忘れるようなひと時だったな。
夢に見そうな、信じられないほど綺麗な金髪だった。
スカイブルーの瞳も綺麗だった。
柔らかい物腰で、優しそうに笑って、穏やかな口調。
川端康成か。
1989年12月27日だと、良実と5日違いだな。
弟がいて。
コーヒーは微糖派で。
徒咲の国際科で。
本が似合ってて。
うちの寮のことを少し知ってる。
運命的な出会いって、こういうのを言うんだろう。
宝物みたいな友達。
早くまた会いたい。
とっとと実家を引き上げてこよう。
ん?
あれ??
あ!
しまった! 次会う約束してくるの忘れた!!
マリリン・モンローだってグレース・ケリーだってこんな綺麗な髪じゃないだろ。
一見して、呆然とした。
空いてればどこに座ったっていいんだから、隣に座ってみた。
まさか、声を掛けられるとは思わなかった。
すごく、上品で優しかった。
徒咲の制服だから、いいところのお坊ちゃんなんだろう。
レジの列に並びながら、財布を握りしめた。
やわらかい微笑んだ表情と、穏やかな話し方と、綺麗な、とても綺麗な金色の髪と空色の瞳。
生まれて初めてだ、好みのタイプに出会ったのは。
目があった時、そんな衝撃が走った。
ひたすら、あの人が女性だったらよかったのに、と思う。
むしろ、どうして女性じゃないんだろう、女性なら何が何でも口説き落とすのに。
そんなことを考えてしまうのはやはり失礼なのかな。
買ったコーヒーを持って2階に上がった。
「お待たせしました。どうぞ」
「ありがとう。いただきます」
コーヒーを口にする彼のカッターシャツの胸ポケットのところにバッジが付いている。
『1-A』、紺色の文字のこのバッジ。
確か紺色の文字のバッジは高等部を表す色だったような。
「あの、そのバッジって、学年とクラスを表すバッジなんですか?」
「え?ああ、そうです」
そして、その濃緑のブレザーは国際科の色だよな。
「若桜諒って、僕の友人だよ。知りませんか?」
彼は声を立てずに笑った。
その笑顔に、つい見蕩れる。
そっくりの女兄弟いないのかなあ。
「僕もそうです。よく、諒から国都海の話は聞いてるんです」
「あははは、変な話してないかな、あいつ」
諒の友達なら堅苦しい言葉遣いでなくてもいいだろう。
「アツキって年下の子の話が多いね」
「明日生は、寮の中でも人気者なんだよ。みんなの弟って感じかな」
「そうなんだ。弟って可愛いよね。僕にも一人弟がいるけど、本当に可愛い」
弟か。
「兄弟は弟一人だけ?」
唐突かもしれないけどうまく聞けたかな。
「うん、そうだよ。君の名前を聞いてもいいかな?」
「ああ、うん。僕は貴也って言うんだ、杉江貴也」
「あ! 諒から聞いてるよ。国都海のアイドルだって。なるほど」
「それは夜穂の方だって」
「夜穂ちゃんたちの話も聞いてるよ。僕はね、康成って言います」
やすなり。
諒がこの前話してた名前だ。
かなり仲がいいんだろうな。
「苗字は? なんていうの?」
彼が黙って学生証を見せてくれた。
『川端康成 1989年12月27日生』
外国の苗字を想像してた。
それにしてもノーベル賞作家と同姓同名って。
「本名だよね……?」
「僕もそう訊きたい位困ってるよ」
「だろうね……冬生まれなんだ、そんな感じ」
「?? 冬生まれってどんな感じ?」
「冬生まれだと、なんだか暖かくて優しそうだよ」
突然、康成が黙るから顔を上げてそっちを見た。
ドキッとする。
康成の頬が赤くなってる。
肌が白いと、そんなことまで綺麗なんだ。
よく見ると、顔の作りもかなり整ってて美形の見本みたいだな。
彼女とかいるんじゃないかな。
「うん、優しそうだよ。モテるだろ?」
「モテたことなんて一度もないよ? 杉江くんは、すごくモテそうだね」
『杉江くん』はやめてほしい。
「貴也でいいよ。国都海でモテても意味ないだろ?」
「……男子校なんだっけ」
「うん……」
「えっと、貴也くん」
ほんとにいいところの育ちなんだろうな、名前に君付けでも戸惑ってる。
思わず笑った。
「貴也だけでいいって」
「うん……貴也……何かスポーツやってるだろ? かっこいいもん」
『貴也』だけになった。
素直なのかな。
「ああ……二日前に陸上部をやめたところなんだよ。運動は大好きなんだけどな」
「え? そうなのか、だったらどうしてやめたの?」
「えっと、成績が落ちちゃって……勉強時間つくんなきゃいけなくてさ。英語が苦手なだけなんだけど」
「英語だけなら、教えてあげるのに」
みんなそう言ってくれたんだけどね。
チチオヤにやめろと言われたからもう仕方ないんだ。
ああ、でも。
「教えてくれるんだ、嬉しいな、頼むよ」
こんな穏やかで優しくて綺麗な先生なら、何十時間でも英語やれそう。
「うん……いいよ」
ほら、こんな静かで穏やかな時間って、俺過ごしたことなかった。
静かなのって、心地がいいものだったんだな。
ふと、康成の手元の本に目が言った。
「……何読んでたの? 邪魔しちゃったね」
「ん? なんか、新人賞とった作家の本。文学はあまり読まないんだけど、面白いかも」
「読み終わったら、貸して?」
「うん、本好きなの?」
「好きなほうかな」
「もう、後30分くらいで読めるけど」
本を読み終えて貸してもらうより、話していたいしなあ。
ん?
あと30分……。
「あ! しまった! 帰るの忘れてた!」
「えっ?」
「これから帰省するんだけど、電車の時間、忘れてた! 乗り遅れちゃう!」
「え、片付けておくから、行っていいよ!?」
「ほんと? ありがと! じゃあ、俺行くよ、またな、康成!」
慌てて店を出て、電車に飛び乗った。
すっかり現実を忘れるようなひと時だったな。
夢に見そうな、信じられないほど綺麗な金髪だった。
スカイブルーの瞳も綺麗だった。
柔らかい物腰で、優しそうに笑って、穏やかな口調。
川端康成か。
1989年12月27日だと、良実と5日違いだな。
弟がいて。
コーヒーは微糖派で。
徒咲の国際科で。
本が似合ってて。
うちの寮のことを少し知ってる。
運命的な出会いって、こういうのを言うんだろう。
宝物みたいな友達。
早くまた会いたい。
とっとと実家を引き上げてこよう。
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