恋するピアノ

紗智

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56.ユニット

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※※※双子視点です。




日本の冬は暖かかった。
突っ走るように忙しい日々を過ごしていたら、もう春だった。
「ユニット?」
ミーティングでまた新しい話が出てきた。
「『ミカエル』というアーティストがいるのだけど、知ってるかしら?」
「いいえ」
横で一緒に話を聞いているAmadeoも頭を横に振った。
「デビューしたてで知名度は高くないけど、かなりの実力派よ」
少しだけ、その『ミカエル』の曲を聴かせてくれた。
とても心地のいい二人の女声の和音が耳に残る。
メインヴォーカルの人は多分声楽をやってたんだろう、基本の発声が一般的なポップスの歌手と違う。
でも声楽の発声よりずっとパンチが効いてて耳に残るし、斬新だ。
ギターもいい意味で個性的なのに、声の邪魔にならない。
でも俺なら、もっと声の特性を引き立てる曲にする。
オケがごちゃごちゃしすぎてて声が生かしきれてないし、コード進行もがらっと変えた方がこの声質に合う。
そう思わせてくれるところが面白いなと思った。
それをかいつまんで言ったら、じゃあやってくれるのね、と返ってきた。
「何を?」
「ユニットよ。この『ミカエル』と覚くんで組んで1年半の間活動してほしいんです」
「1年半?」
「期間限定ユニットなの。限定の方がプレミアもつくし、ずっと続けるには方向性も違うと思うわ」
「まあ、違いますよね」
だって俺はクラシックピアニストを目指してるのだから。
「『ミカエル』は実力があるのに知名度が低いのが悩みなの。知名度がある覚くんの課題は、活動の幅を広げること。組合わせればお互いもっといいところへ行けるわ」
知名度があるのに幅を広げたいってことは、今の路線ではそんなに収益が見込めないということか。
俺は知名度は特にほしくはないけど、こうしてスタッフが動いて企画が進んでる以上ある程度売れてもらわなければ困る。
「作曲と編曲は誰が担当ですか?」
曲が駄目ならやってもうまくはいかない気がする。
この声を活かす曲。俺なら作れると思う。
「出来るなら覚くんに。『ミカエル』の方は作曲が得意ではないらしいの」
「ではやりましょうか」
スタッフが一気に活気づいた。
「向こうはもうOKが出てるから、決まりね。GW前から本格的に動いてもらうことになると思います」
4月の半ばなら1か月ないな。
もっと忙しくなるんだろうか。


ミーティングの後に時間があったからロングレッグスハウスで車から降ろしてもらった。
ここへ来るのはかなり久しぶりだ。
春休みに入ってから時間が出来たので明日生や甲斐はうちに遊びに来てくれて、少しは会えていた。
会えているのに、明日生の姿を見るたび胸が震える。
冬のもこもこした感じの服装も可愛かったけど、優しい色遣いの春物が意外と黒髪によく似合ってる。
『ミカエル』のことを訊ねると、甲斐が頷いた。
「『ミカエル』? 知ってますよ」
夜穂ちゃんは部活で貴也は帰省しててやっぱりいない。
良実ちゃんも答えてくれた。
「知ってるよ」
明日生は時々メンズファッション誌に視線を落としながら会話に加わっている。
「僕は知りません」
「明日生くんが知ってたら驚きですよ。女性の二人組ですから」
明日生は女性芸能人には興味がないらしい。
以前好きな映画俳優を訊いた時も男の名前が返ってきたくらいだ。
「何歳くらいの人たちなのかな?」
「10代だったと思いますけど」
「高校生くらいだったような」
想像はしてたけど、年上か。
「『ミカエル』がどうしたんですか?」
「ユニットを組むんだって。1年半限定の」
「へえ……」
「また忙しくなりそうですね」
明日生が残念そうに言った。
「「うん……」」
胸に締め付けるような苦しさを感じる。
明日生も俺たちに会えないことを残念に思ってくれているみたいだ。
それは、一体どういう意味で残念なんだろう。
「1年半なら、終わった頃にはお二人は高校1年生ですよ」
高校生になった自分たちをまだ想像すらできない。
「二人はまだまだ背がのびそうだよね」
「父さんも母さんも背は高いから伸びるとは思うけどね」
「かっこよくなりそうですよね!」
そう言われて明日生を見ると、なんだか目を輝かせてニコニコしていた。
今はかっこよくないってことなのかな……?
「そうそう、4月の4日! 俺たち予定空いてるんだよ!」
「明日生、入学式なんだろ?」
「「お祝いしようよ!」」
「え、ありがとうございます。でもお祝いって何するんですか?」
「え……」
「考えてなかった」
笑われた。
「「えっと、食事とかどう?」」
甲斐がため息を吐いた。
「あなたたち、外食はあまりできないのに……また三軒茶屋まで行くんですか?」
甲斐は外出があまり好きじゃないみたいだから渋い顔をする。
「ああ、僕、自由が丘にいいお店見つけましたよ」
「「じゃあ、そこ行こうよ?」」
「僕は構いませんけど……」
明日生は良実ちゃんを見た。
「俺はいかない。気にせずに楽しんでおいでよ。多分やすも行かないと思う」
「そっか……。貴也は?」
「それまでに戻ってきてたら誘いましょうか」
「「うん。明日生、俺たち早く来るから学ラン姿見せてね」」
「……は!? どうして!?」
意表を突かれたような様子でも、やっぱり綺麗だ。
「「見たいから」」
「なんでそんなところばかりシンクロするんですか?」
「「とにかく見たいから」」
「……まあ、どうせそのうち見るんでしょうし、構いませんけど」
少しだけ恥ずかしそうに明日生は言った。
「でも、食事の後にピアノ聴かせてください」
やっぱりそれなんだな。
笑って、もちろんと答えた。
春か。
桜を取り扱った曲が日本にはたくさんあるから、何か覚えてこようかな。
だってお祝いだからね。
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