恋するピアノ

紗智

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48.試練

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※※※夜穂視点です。


すっかり暗くなった中にキラキラと飾りが映える駅前を通りすぎて、住宅街に入る。
双子も気が利いてる。
クリスマスイブに遊びに来いって話だったけど、22日が良実の誕生日だと言ったら、二日早くしてくれた。
良実と甲斐と明日生は昼過ぎにもう双子の家に着いてるはずだ。
でっかい門に付いてるインターホンを押して名乗ると、しばらくして若桜教授が門を開けてくれた。
「あ、教授。こんばんは」
「牧川くん、いらっしゃい。今月は受診に来てくれなかったけど、調子はどう?」
そういえば、今月はテストとかあって行くの忘れてたな。
特におかしいところはないつもりだけど、国都海の方針でひどく虐待を受けていた生徒は大学病院の精神科を毎月受診することになってる。
決まりだから、行かないのはまずかったかもしんない。
「変わりなく元気ですよ」
誤魔化し笑いをすると、教授は優しそうに微笑んだ。
双子はよく似てるな、と改めて思う。
「どんな小さいことでも相談に来なさい。今晩はゆっくりして行ってね」
「ありがとうございます。おじゃまします」
庭から見える離れの防音室の中にみんながいるのが見えた。
玄関を入って防音室の扉を開けると、大音量のピアノの音と歌声が聞こえてちょっとびっくりした。
よく街で耳にするクリスマスソングだ。
良実がすごく楽しそうに聴いてる。
扉を閉めた時、歌ってる双子の片方がシャウトした。
見事としか言いようがないんだけど、いったいどこからあんな声が出てるんだ?
ちょうど曲が終わったところだったから、そのまま近付いて腹のあたりに抱きついてみた。
「「夜穂ちゃん、おつかれさま」」
「おう。お邪魔すんぜ。どっからあんな声が出るんだよ?」
「身体から?」
「まあ、そうだよな」
とつぜん襟首を後ろから掴まれた。
明日生だ。すんげえ無表情。
なんかめちゃくちゃ怒ってる気がするの、気のせいじゃねえな。
そのまま壁際のソファまで引きずって行かれた。
「なにやってるんですか。邪魔しないでくださいよ」
明日生にしては珍しい、低い唸るような声。迫力がある。
「曲終ったとこだったから、いいかと思ったんだけど……」
「僕的には全然良くないです」
「まあ……悪かった」
首をすくめて謝った。
「明日生、まあ、俺たちいつでもまたやるからさ?」
「夜穂ちゃんも来てくれたし、夕食にしようか」
甲斐が立ち上がって部屋の出口に向かった。
「そうしましょう。ここのお宅のお食事美味しいんですよね!」
なるほど、すげえ美味そうな料理が並んでいる。
みんなでいただきます、と言って手を付け始めた。
「ああ、腹減った。バイト行くとすぐ腹減るんだよな」
左手で腹を押さえて言うと、さっき歌ってた方が訊いてきた。
「夜穂ちゃん、どんなバイトしてるの?」
「この年末は荷物の仕分け」
「……あれ? 日本って中学生でも働けるのか」
ジャーマンポテトを大皿から取りながら、甲斐が呟く。
「例外以外は働けませんよ。でも、あなたたちも働いてるじゃないですか」
「ああ……そういえばギャラもらってるんだっけ」
「そうだったね。忘れてた」
さっき、明日生は何をそんなに怒ってたんだろう。
歌ってる方に抱きついたから? 曲の邪魔にはなってないと思う。
俺が人に抱きつくのなんていつものことだよな。
「そいえば、訊くの忘れてたけど、赤い方が諒? 覚?」
「俺、諒」
さっき、ピアノに座ってた赤いセーターを着た方が手を挙げた。
さっきおれが抱きついた、緑のシャツの方は覚なのか。
覚がふと席を立って、ダイニングルームを出て行った。
「どうしたんだろ、覚」
「飲み物取りに行ったんだよ。飲むんだろ?」
甲斐が微妙な顔をしてる。
「アルコールですか?」
覚はワゴンにシャンパンとビールとジュースとミネラルウォーターを載せて運んできた。
「ちょっとだけね。せっかくのお祝いなんだし」
良実が少し笑った。嬉しいんだろう。
今日は良実の誕生日で特別なんだから、酔っぱらわないように飲まなきゃ。
缶チューハイとかじゃないんだな……。すべて瓶入りだ。
みんなで、誕生日おめでとう、メリークリスマス、と言いながらグラスに口を付けた。
「そうそう! 夜穂ちゃんも泊まって行くんだよね?」
「え? 今日って泊まりだったのか? 俺届けだしてないし、帰んなきゃ」
「夜穂ちゃんの帰省届けなら出しておきましたけど」
……俺、帰省先いつもバラバラなんだけど……甲斐はいったいどこの住所書いて出したんだ。
「ここね、泊まってもらう部屋が三つしかなくてさ」
「だれか二人に一緒に寝てもらわなきゃいけないんだけど、ダブルベッドだから」
同じ布団で寝ろってことか? 俺には無理だな。
「夜穂ちゃんと良実ちゃん、一緒に寝る?」
覚……無邪気な顔で恐ろしいことを言うな。
「……甲斐と明日生が一緒に寝ればいいじゃん。幼馴染なんだから」
突然、双子が無表情になった。
「…………幼馴染だったんだ」
「……ふうん」
「誰かと一緒に寝ても構わない人同士をくっつけたらどうですか?」
「ああ、甲斐、さすが!」
「誰かと一緒に寝てもいい人は?」
良実だけが手を挙げた。
「一人しかいないんじゃ、どうしようもないじゃないですか」
明日生が笑った。
「じゃあ、良実ちゃん、俺たちと一緒に寝る?」
「三人だけど、寝れなくはないと思うよ」
「双子は何時に起きるの?」
「「5時くらい」」
「ごめん、早すぎる、無理」
「俺たちが起きても寝てればいいよ?」
「目が覚めちゃうよ」
良実は睡眠が浅い上に寝不足だと調子を崩すから、双子が5時起きならもちろん避けた方がいいだろう。
「では私と一緒に寝るのも無理ですか」
「甲斐も6時前に起きるじゃないか。いやだな」
「なら、明日生くんと夜穂ちゃんとお好きな方をお選びくださいな」
選ばせるなああ、甲斐のボケ!!!
どっちにしたって相手はゲイだぞ!?
「睨まないでくださいよ、ふたりとも。今日は良実ちゃんのお誕生日ですからね」
それはそうだけどよ!?
「やすがいい」
はあっ!?
「…………なんで……? 明日生の方が寝坊じゃん?」
「やすのほうが暖かそうだから」
暖かいとわかるほどくっついて寝るつもりなのか、こいつは!?
『試練』って言葉が脳裏に浮かんだ。
明日生、そんな同情しきった目で俺を見るんじゃねえ。
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