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22.防音室
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※※※明日生視点です。
今朝来たとき、広そうな家だなとは思ったけど、門をくぐったら敷地内に家が3軒も建ってて茫然とした。
夜穂先輩がなんだか呆れたような顔で二人に訊いた。
「お前らの家どれ?」
「右。こっちだよ」
入ってすぐ右手にあったその建物は、天井が高い作りになってる以外は一般的な日本の最新の住宅だった。
郷に入れば郷に従え主義なのか、ちゃんと玄関で靴は脱いでスリッパに履き替えている。
「この離れは僕と諒の二人だけで住んでる」
覚さん用の防音室が母屋に作れなかったから離れを建ててそこに住むことになったと諒さんがまだたどたどしい日本語で説明してくれた。
「ここがその防音室だ。どうぞ」
覚さんがひとつの厚いドアを開けて、部屋へ僕らを案内してくれた。
広いけど飾りがない部屋だ。
座って、と言われて良実先輩が手前にあったソファに静かに座った。
20畳くらいはあるだろうか。
まずもちろん、ど真ん中にグランドピアノがあった。
防音室だけど床は明るい色のフローリングになってて、右奥に2間分の大きな窓があって明るく採光できている。
窓の外にひまわりが咲いているのが見える。
おそらく窓から外を見て楽しめるようにきちんと配置を考えて植えられてる。
奥の壁は大きな木製の本棚と多分音楽関係の機材で埋められていて、他の壁際にはイタリア製っぽいソファとミニテーブルがいくつもずらっと並んでた。
グランドピアノの他にも、左奥に娯楽室にもあるタイプの縦型の小さいピアノがある。
そして、部屋の入り口の近くの右にも左にもドアがあった。
夜穂先輩が一つため息をついて、グランドピアノを開けてる覚さんに訊いた。
「なあ、訊いてもいい?」
「なに?」
「なんでピアノ2台もあるんだよ?」
「えっとね。グランドピアノが僕のピアノで、アップライトピアノが諒のピアノなんだ」
諒さんがミネラルウォーターのミニペットボトルをたくさん抱えてやってきた。
「良実ちゃん、冷たいのと冷たくないのとどっちがいい?」
「冷たくない方がいい。ありがとう」
諒さんは僕や夜穂先輩には何も訊かずに冷たい水をくれた。
たしかに良実先輩は冷たいものや熱いものはほとんど口にしない。
諒さんと覚さんはどこまで良実先輩の身体についてわかってるんだろう。
「そんでさ? お前ら二人だけで住んでるのに、なんでこんなにたくさんソファがあんの?」
「……? なんでだろう……?」
「…………聴客用かな? 父さんが用意したみたいだけど、よくわからない」
「……。まあ、すごい音楽家の考えることはきっとすごいんだろうな。そこのドア、なにがあんの?」
「一応こっちが僕の部屋で、こっちは覚の部屋ってことになってるけど」
「僕の部屋は使ってないんだ。諒の部屋を二人で使ってる」
入って左側が諒さんの部屋らしい。
良実先輩が少し調子が良くなったみたいで、普通の表情で話しだした。
「え、一人一部屋あるのに使ってないのか? どうして」
二人は首をかしげた。
「「…………一緒の方が便利だから?」」
すごく不思議そうに二人が言って、良実先輩は二人に訊いた。
「どうしてわざわざ別々の部屋があるのかわからない感じなの?」
二人はうんうんと頷いた。
僕は好奇心が抑えきれなくて、二人に訊いた。
「その部屋見てみたいんですけど、駄目ですか?」
二人はきょとんとして、諒さんが左手の部屋のドアを開けた。
「全然構わないけど?」
きっと、どうしてそんなものが見たいのかわからないって思ってる。
すぐ部屋の中が見えると思って覗き込んだら、そこにはまだもう一つドアがあった。
二重ドアだ。防音のための造りなんだろう。
もう一枚のドアを諒さんが開けて照明をつけ、部屋の中がやっと見えた。
「でけえベッドだなあ……」
やっぱり飾り気がなくてシンプルな部屋だ。
8畳くらいの部屋の右側の壁にくっつけてダブルベッドがひとつあった。
いちばん奥に窓があるみたいだけど、遮光カーテンが閉まってる。
カーペットはブラウンだけど、壁とシーツはアイボリー、カーテンはベージュで、家具はナチュラルカントリー系で統一してあり、部屋のイメージは明るめだ。
壁に間接照明が二つついていて、主な照明はそれだけのようだ。
本がぎっしり詰まった本棚と勉強用の机とデスクトップパソコン用の机が正面に並んでいる。
一番手前の左側にクローゼット、その奥に横に長いチェストタイプのドレッサー、さらに奥にタンスがあってその向こうの壁にカバンがいくつか下がってた。
あれ? 覚さんの部屋は使ってなくって、こっちにベッドがひとつしかないってことは。
「……いつも二人で一緒に寝てるんですか?」
何の戸惑いもなさそうにふたりは頷いた。
「「うん」」
良実先輩が笑った。
「お前ら……ほんとに仲いいなあ……」
夜穂先輩が呆れた声をだし、良実先輩は期待に満ちた声で訊いた。
「入ってもいい?」
「「どうぞ?」」
夜穂先輩に続いて、僕は部屋に足を入れた。
ドレッサーの鏡の前に、大きなガラストップのアクセサリーケースがあって、僕はつい夢中になって覗き込んでしまった。
そんなにアクセサリーをつけてるイメージはなかったけど、たくさんのアクセサリーが並んでいた。
ほとんど貴金属製のペンダントとタイピン、カフスで、銀やプラチナより金が多い。
やっぱり革を使ったものはない。
ブランドにはこだわりはなさそうで、ノーブランド物もある。
ざっと見てこのアクセサリーケースの中身の総額は三百万円くらいにはなると思うけど、すごく無防備に置いてあって少しおかしかった。
「あれ……ブレスレットは着けないんですか?」
ブレスレットはひとつもない。そういえば指輪もない。
「ああ……感覚が狂いそうだから」
「腕や手にものを着けるのは嫌いなんだ」
そういえば二人ともいつも腕時計も着けていない。
それもピアノを弾くためだったんだ……。
「なにか気になるものがあるなら、あげるけど?」
「え? いいえ、そういうわけではないんです」
「明日生はこういうものがあったらとりあえず見なきゃ気が済まないんだよ」
夜穂先輩に笑われた。
「休みの日はしょっちゅうデパートに出かけて一日中服やアクセサリー眺めて過ごしてるんだもんね、明日生」
良実先輩にまで言われて、僕も笑ってしまった。
「「そんなに好きなんだ?」」
二人が興味深そうにぼくを見てた。
「はい……」
「へえ、すごくおしゃれなんだね!」
「いつもなんか凝った服着てるよね」
二人はなぜか感心したような感じの笑顔を見せた。
夜穂先輩に背中を押されて諒さんの部屋から出て防音室に戻った。
今朝来たとき、広そうな家だなとは思ったけど、門をくぐったら敷地内に家が3軒も建ってて茫然とした。
夜穂先輩がなんだか呆れたような顔で二人に訊いた。
「お前らの家どれ?」
「右。こっちだよ」
入ってすぐ右手にあったその建物は、天井が高い作りになってる以外は一般的な日本の最新の住宅だった。
郷に入れば郷に従え主義なのか、ちゃんと玄関で靴は脱いでスリッパに履き替えている。
「この離れは僕と諒の二人だけで住んでる」
覚さん用の防音室が母屋に作れなかったから離れを建ててそこに住むことになったと諒さんがまだたどたどしい日本語で説明してくれた。
「ここがその防音室だ。どうぞ」
覚さんがひとつの厚いドアを開けて、部屋へ僕らを案内してくれた。
広いけど飾りがない部屋だ。
座って、と言われて良実先輩が手前にあったソファに静かに座った。
20畳くらいはあるだろうか。
まずもちろん、ど真ん中にグランドピアノがあった。
防音室だけど床は明るい色のフローリングになってて、右奥に2間分の大きな窓があって明るく採光できている。
窓の外にひまわりが咲いているのが見える。
おそらく窓から外を見て楽しめるようにきちんと配置を考えて植えられてる。
奥の壁は大きな木製の本棚と多分音楽関係の機材で埋められていて、他の壁際にはイタリア製っぽいソファとミニテーブルがいくつもずらっと並んでた。
グランドピアノの他にも、左奥に娯楽室にもあるタイプの縦型の小さいピアノがある。
そして、部屋の入り口の近くの右にも左にもドアがあった。
夜穂先輩が一つため息をついて、グランドピアノを開けてる覚さんに訊いた。
「なあ、訊いてもいい?」
「なに?」
「なんでピアノ2台もあるんだよ?」
「えっとね。グランドピアノが僕のピアノで、アップライトピアノが諒のピアノなんだ」
諒さんがミネラルウォーターのミニペットボトルをたくさん抱えてやってきた。
「良実ちゃん、冷たいのと冷たくないのとどっちがいい?」
「冷たくない方がいい。ありがとう」
諒さんは僕や夜穂先輩には何も訊かずに冷たい水をくれた。
たしかに良実先輩は冷たいものや熱いものはほとんど口にしない。
諒さんと覚さんはどこまで良実先輩の身体についてわかってるんだろう。
「そんでさ? お前ら二人だけで住んでるのに、なんでこんなにたくさんソファがあんの?」
「……? なんでだろう……?」
「…………聴客用かな? 父さんが用意したみたいだけど、よくわからない」
「……。まあ、すごい音楽家の考えることはきっとすごいんだろうな。そこのドア、なにがあんの?」
「一応こっちが僕の部屋で、こっちは覚の部屋ってことになってるけど」
「僕の部屋は使ってないんだ。諒の部屋を二人で使ってる」
入って左側が諒さんの部屋らしい。
良実先輩が少し調子が良くなったみたいで、普通の表情で話しだした。
「え、一人一部屋あるのに使ってないのか? どうして」
二人は首をかしげた。
「「…………一緒の方が便利だから?」」
すごく不思議そうに二人が言って、良実先輩は二人に訊いた。
「どうしてわざわざ別々の部屋があるのかわからない感じなの?」
二人はうんうんと頷いた。
僕は好奇心が抑えきれなくて、二人に訊いた。
「その部屋見てみたいんですけど、駄目ですか?」
二人はきょとんとして、諒さんが左手の部屋のドアを開けた。
「全然構わないけど?」
きっと、どうしてそんなものが見たいのかわからないって思ってる。
すぐ部屋の中が見えると思って覗き込んだら、そこにはまだもう一つドアがあった。
二重ドアだ。防音のための造りなんだろう。
もう一枚のドアを諒さんが開けて照明をつけ、部屋の中がやっと見えた。
「でけえベッドだなあ……」
やっぱり飾り気がなくてシンプルな部屋だ。
8畳くらいの部屋の右側の壁にくっつけてダブルベッドがひとつあった。
いちばん奥に窓があるみたいだけど、遮光カーテンが閉まってる。
カーペットはブラウンだけど、壁とシーツはアイボリー、カーテンはベージュで、家具はナチュラルカントリー系で統一してあり、部屋のイメージは明るめだ。
壁に間接照明が二つついていて、主な照明はそれだけのようだ。
本がぎっしり詰まった本棚と勉強用の机とデスクトップパソコン用の机が正面に並んでいる。
一番手前の左側にクローゼット、その奥に横に長いチェストタイプのドレッサー、さらに奥にタンスがあってその向こうの壁にカバンがいくつか下がってた。
あれ? 覚さんの部屋は使ってなくって、こっちにベッドがひとつしかないってことは。
「……いつも二人で一緒に寝てるんですか?」
何の戸惑いもなさそうにふたりは頷いた。
「「うん」」
良実先輩が笑った。
「お前ら……ほんとに仲いいなあ……」
夜穂先輩が呆れた声をだし、良実先輩は期待に満ちた声で訊いた。
「入ってもいい?」
「「どうぞ?」」
夜穂先輩に続いて、僕は部屋に足を入れた。
ドレッサーの鏡の前に、大きなガラストップのアクセサリーケースがあって、僕はつい夢中になって覗き込んでしまった。
そんなにアクセサリーをつけてるイメージはなかったけど、たくさんのアクセサリーが並んでいた。
ほとんど貴金属製のペンダントとタイピン、カフスで、銀やプラチナより金が多い。
やっぱり革を使ったものはない。
ブランドにはこだわりはなさそうで、ノーブランド物もある。
ざっと見てこのアクセサリーケースの中身の総額は三百万円くらいにはなると思うけど、すごく無防備に置いてあって少しおかしかった。
「あれ……ブレスレットは着けないんですか?」
ブレスレットはひとつもない。そういえば指輪もない。
「ああ……感覚が狂いそうだから」
「腕や手にものを着けるのは嫌いなんだ」
そういえば二人ともいつも腕時計も着けていない。
それもピアノを弾くためだったんだ……。
「なにか気になるものがあるなら、あげるけど?」
「え? いいえ、そういうわけではないんです」
「明日生はこういうものがあったらとりあえず見なきゃ気が済まないんだよ」
夜穂先輩に笑われた。
「休みの日はしょっちゅうデパートに出かけて一日中服やアクセサリー眺めて過ごしてるんだもんね、明日生」
良実先輩にまで言われて、僕も笑ってしまった。
「「そんなに好きなんだ?」」
二人が興味深そうにぼくを見てた。
「はい……」
「へえ、すごくおしゃれなんだね!」
「いつもなんか凝った服着てるよね」
二人はなぜか感心したような感じの笑顔を見せた。
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