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12.挿入歌
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※※※双子視点です。
二ヶ月くらい通ってるのに、徒咲学院にはなじめないまま、夏休みになってしまった。
映画の撮影が始まっている。
監督は気を遣って二人一役にしてくれたけど、僕らは一日ごとに交替してるので、結局全部のシーンを覚えている。
記憶力には自信があるけど、演技することはなかなか難しい。
加えて日本の特有の仕草というものもあるから、NGも結構出している。
この映画の仕事を全部こなせたら、本当の日本人に近付けるような気がして、一生懸命やっている。
火曜日の朝食は、母屋で母さんやおばあさまと一緒にとることにしている。
母屋に入る前に、僕らはお互いの顔を見合わせる。
鏡代わりだ。
ああ、朝から疲れた顔してどうするんだよ、もう。
もう一人の僕の頬を両手で包んで、軽くペチペチと叩いてやる。
Wolfyは軽く微笑うと、同じことを僕に返し、ついでと言わんばかりにキスをくれた。
キスを返して、母屋の玄関を開けた。
コーヒーを口にして、母さんが何気ない口調で言いだした。
『ほんの小さな頃からあなたたちはいつでも必要以上に機嫌が良くて、将来を心配したこともあったけれど』
なにかひどい言われ方をされたような気がする。
『そういう顔もできたのねえ』
母さんは感心したような顔をしている。
僕らは顔を見合わせたけど、いつもと変わらなく見える。
母さんが訊いてくる。
『忙しいの?』
母さんはこんなにすごく鋭いくせに、どうして僕らが見分けられないんだろうか。
『特別忙しいわけじゃないけど……』
『夏休みなのにピアノを思う存分弾けない』
『それにロングレッグスハウスにも行きたいのに行けてない』
僕らはため息を吐いた。
夏休み前の疲れも残っている。
『諒』は国際科、『覚』は音楽科に通っているので、毎日入れ替わるためにはその日起こったことや勉強したことをお互い十分に報告しなければいけなかった。
だから、深夜遅くまで二人で勉強したり話し合ったりしていて睡眠不足だった。
夏休みに入ってそれは少なくなったからそのうち疲れも取れてくるだろう。
『次の休暇はいつなの?』
『明日』
おばあさまも訊いてくる。
『じゃあ、明日はロングレッグスハウスに行くのね?』
『うん』
『ところで、同時に喋るのはやめたの?』
『うん。最近できるだけ別々に話すように気を付けてるんだ』
『相手役の佐菜ちゃんが、シンクロしすぎて気持ち悪いって言うんだよ』
『ひどいよね』
僕らがまたため息をつくと、母さんもおばあさまも笑った。
『なにか困ったら、相談しなさいね』
『『はい』』
朝食を終えて、離れに戻って支度を済ませて撮影現場へ向かった。
役者さんたちと雑談するより、ピアノを触っている方が落ち着く。
次のシーンに不安がなければ、休憩時間にはいつもピアノの椅子に座っていた。
スタッフに声を掛けられる。
「あれ、食事はもう済んだの?」
「「はい」」
「まだ人も少ないし、好きに弾いててもいいんだよ。学校の課題とかあるんでしょう?」
「ありがとうございます」
学校の課題は特にここで練習しなくても問題ないけど、弾けるのはうれしい。
ピアノを開けていると、教師役の一志さんが話しかけてきた。
「何か弾くの?」
「はい。何か聴きたい曲がありますか?」
「この映画クラシックばかりで飽きちゃうんだよなあ。なにかクラシック以外の弾ける?」
「邦楽はまだよく知らないです」
「あ、カーペンターズとか聞きたいなあ。最近コンビニで聞いて懐かしくなったんだよね」
カーペンターズと言えば、とりあえず『Top of the World』だろうか。
今日の『覚』が弾いて、『諒』が歌った。
『覚』はコーラスも入れる。
曲を終えて、一志さんを見ると、唖然とした顔をしていた。
「? 何か変でした?」
「君たち、歌も歌えるんだ!?」
変なことを言うなあ、と思った。
歌なんて、耳が聞こえて声が出る人なら誰だって歌えるのに。
「はあ、まあ、声楽もやってましたけど……」
「じゃあね、『Only Yesterday』! それに『I Need to Be in Love』! 『Ticket to Ride』も!」
「え?」
「聞きたいなあ!」
言われた順に演奏して歌って、調子に乗って『Sing』もやった。
そこで、ふと辺りを見渡すと、この撮影に今日関わるほとんどの人が周りに集まってきていて驚いた。
「すみません……もう時間ですよね。気付かなかった」
目の前にいた監督にとりあえず謝った。
監督はなんだか興奮しているような顔をしていた。
「君たち、この映画の挿入歌やってくれないか!?」
くれないか、とは言ったけど、有無を言わせない勢いだった。
「ソーニューカ、って」
「どういう意味ですか?」
「あれ、そういえば通訳の人、今日はいないのか?」
「日本語もだいたいわかるようになってきたので」
「今週からお断りしました」
監督自らソーニューカの意味をわかりやすく説明してくれた。
やってくれ、という雰囲気が満ち満ちていて、断りにくい。
「えっと……作曲して、レコーディングすればいいんですか……?」
でも、そんな時間をどこにねじ込むんだろうか。
「え?」
監督がちょっと驚いた顔をした。
「作詞は英語かドイツ語しか多分無理かと」
僕らが首をかしげると、監督は満面の笑みを見せた。
「とりあえずやるだけやってみようか! おーい、佐藤さん! 金井くん!」
スタッフを呼び寄せて、監督はいろいろ指示を出し始めた。
休みが減ると嫌なので、『覚』が撮影している間に、僕は早速曲をいくつか作った。
今日の撮影が終了した後に、撮影用のピアノを使って、監督他スタッフに作った曲を演奏した。
「うん、すごくいいね、使おう! レコーディングの手配と、所属プロダクションに連絡を。諒くんと覚くんはスケジュール調整するから」
結局、明日の休みはなくなってしまうことになった。
二ヶ月くらい通ってるのに、徒咲学院にはなじめないまま、夏休みになってしまった。
映画の撮影が始まっている。
監督は気を遣って二人一役にしてくれたけど、僕らは一日ごとに交替してるので、結局全部のシーンを覚えている。
記憶力には自信があるけど、演技することはなかなか難しい。
加えて日本の特有の仕草というものもあるから、NGも結構出している。
この映画の仕事を全部こなせたら、本当の日本人に近付けるような気がして、一生懸命やっている。
火曜日の朝食は、母屋で母さんやおばあさまと一緒にとることにしている。
母屋に入る前に、僕らはお互いの顔を見合わせる。
鏡代わりだ。
ああ、朝から疲れた顔してどうするんだよ、もう。
もう一人の僕の頬を両手で包んで、軽くペチペチと叩いてやる。
Wolfyは軽く微笑うと、同じことを僕に返し、ついでと言わんばかりにキスをくれた。
キスを返して、母屋の玄関を開けた。
コーヒーを口にして、母さんが何気ない口調で言いだした。
『ほんの小さな頃からあなたたちはいつでも必要以上に機嫌が良くて、将来を心配したこともあったけれど』
なにかひどい言われ方をされたような気がする。
『そういう顔もできたのねえ』
母さんは感心したような顔をしている。
僕らは顔を見合わせたけど、いつもと変わらなく見える。
母さんが訊いてくる。
『忙しいの?』
母さんはこんなにすごく鋭いくせに、どうして僕らが見分けられないんだろうか。
『特別忙しいわけじゃないけど……』
『夏休みなのにピアノを思う存分弾けない』
『それにロングレッグスハウスにも行きたいのに行けてない』
僕らはため息を吐いた。
夏休み前の疲れも残っている。
『諒』は国際科、『覚』は音楽科に通っているので、毎日入れ替わるためにはその日起こったことや勉強したことをお互い十分に報告しなければいけなかった。
だから、深夜遅くまで二人で勉強したり話し合ったりしていて睡眠不足だった。
夏休みに入ってそれは少なくなったからそのうち疲れも取れてくるだろう。
『次の休暇はいつなの?』
『明日』
おばあさまも訊いてくる。
『じゃあ、明日はロングレッグスハウスに行くのね?』
『うん』
『ところで、同時に喋るのはやめたの?』
『うん。最近できるだけ別々に話すように気を付けてるんだ』
『相手役の佐菜ちゃんが、シンクロしすぎて気持ち悪いって言うんだよ』
『ひどいよね』
僕らがまたため息をつくと、母さんもおばあさまも笑った。
『なにか困ったら、相談しなさいね』
『『はい』』
朝食を終えて、離れに戻って支度を済ませて撮影現場へ向かった。
役者さんたちと雑談するより、ピアノを触っている方が落ち着く。
次のシーンに不安がなければ、休憩時間にはいつもピアノの椅子に座っていた。
スタッフに声を掛けられる。
「あれ、食事はもう済んだの?」
「「はい」」
「まだ人も少ないし、好きに弾いててもいいんだよ。学校の課題とかあるんでしょう?」
「ありがとうございます」
学校の課題は特にここで練習しなくても問題ないけど、弾けるのはうれしい。
ピアノを開けていると、教師役の一志さんが話しかけてきた。
「何か弾くの?」
「はい。何か聴きたい曲がありますか?」
「この映画クラシックばかりで飽きちゃうんだよなあ。なにかクラシック以外の弾ける?」
「邦楽はまだよく知らないです」
「あ、カーペンターズとか聞きたいなあ。最近コンビニで聞いて懐かしくなったんだよね」
カーペンターズと言えば、とりあえず『Top of the World』だろうか。
今日の『覚』が弾いて、『諒』が歌った。
『覚』はコーラスも入れる。
曲を終えて、一志さんを見ると、唖然とした顔をしていた。
「? 何か変でした?」
「君たち、歌も歌えるんだ!?」
変なことを言うなあ、と思った。
歌なんて、耳が聞こえて声が出る人なら誰だって歌えるのに。
「はあ、まあ、声楽もやってましたけど……」
「じゃあね、『Only Yesterday』! それに『I Need to Be in Love』! 『Ticket to Ride』も!」
「え?」
「聞きたいなあ!」
言われた順に演奏して歌って、調子に乗って『Sing』もやった。
そこで、ふと辺りを見渡すと、この撮影に今日関わるほとんどの人が周りに集まってきていて驚いた。
「すみません……もう時間ですよね。気付かなかった」
目の前にいた監督にとりあえず謝った。
監督はなんだか興奮しているような顔をしていた。
「君たち、この映画の挿入歌やってくれないか!?」
くれないか、とは言ったけど、有無を言わせない勢いだった。
「ソーニューカ、って」
「どういう意味ですか?」
「あれ、そういえば通訳の人、今日はいないのか?」
「日本語もだいたいわかるようになってきたので」
「今週からお断りしました」
監督自らソーニューカの意味をわかりやすく説明してくれた。
やってくれ、という雰囲気が満ち満ちていて、断りにくい。
「えっと……作曲して、レコーディングすればいいんですか……?」
でも、そんな時間をどこにねじ込むんだろうか。
「え?」
監督がちょっと驚いた顔をした。
「作詞は英語かドイツ語しか多分無理かと」
僕らが首をかしげると、監督は満面の笑みを見せた。
「とりあえずやるだけやってみようか! おーい、佐藤さん! 金井くん!」
スタッフを呼び寄せて、監督はいろいろ指示を出し始めた。
休みが減ると嫌なので、『覚』が撮影している間に、僕は早速曲をいくつか作った。
今日の撮影が終了した後に、撮影用のピアノを使って、監督他スタッフに作った曲を演奏した。
「うん、すごくいいね、使おう! レコーディングの手配と、所属プロダクションに連絡を。諒くんと覚くんはスケジュール調整するから」
結局、明日の休みはなくなってしまうことになった。
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