亡国の系譜と神の婚約者

仁藤欣太郎

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第二章 ギルドの依頼

第九十六話 教本通り

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 ベルナールはダメージこそあったがまだ余力は残っているようで、手をついてすっと起き上がった。

「いってー……。予想外だぜ。見かけによらずつえーな」
「どう? あたしの攻撃は?」
「うん、効いた。なあ、シェリーさん。この勝負、俺が勝ったらデートしてくれよ」
「はぁ!? いきなりなに言ってんのよ、あんた!?」

 ベルナールの唐突な申し出にシェリーは困惑した。

「言葉通りだよ。俺がこの勝負に勝ったら、今度俺とデートしてくれよ。いまので惚れちゃったんだよ」
「ベルナール、試合中だぞ!」

 高弟がベルナールに釘を刺すも、あまり効いてはいないようだ。

「すんません、つい言いたくなっちゃって」

 ベルナールはそう言って軽く頭を下げた。

「はぁ……。いいわよ」
「え!? マジで!?」

 なんとシェリーはベルナールの申し出をすんなりと承諾した。

(どのみち勝てばいいのよ。それに、あたしの体型をバカにしたからにはもう少し痛い目見てもらわなきゃね)

 シェリーはやる気満々だった。ダヴィッドに言われた分の八つ当たりもだいぶ含まれていたが、彼女にとっては今日の鬱憤うっぷんを晴らせればなんでもよかった。

「おーしっ! なんかやる気出て来たー!」
「いいから、早く来なさい」
「はい! それじゃ、行きますよ!」

 ベルナールはそう言うと、それまでとは打って変わって真剣な表情で構えた。その佇まいに目立った隙はなく、当然シェリーもその変化を敏感に察知した。

(なにこいつ、急に人が変わったみたい……。どうやら一筋縄ではいかないみたいね)

 彼女は気を引き締め、まずはベルナールの出方を探るため、左右に移動しながら距離を詰めていった。

(動きは教科書的、足の運び方、目線の送り方、全部お手本をそのままコピーしたみたい。こいつ、もしかして……)

 シェリーはなにかに気付いた。ベルナールの教科書的な動きの向こう側に、彼の決定的な弱点を発見したのだ。

(もしかするとだけど……ちょっと試してみようかな)

 彼女はベルナールに負けず劣らずの、武術の教本そっくりの順突きを放った。するとベルナールも、これまた教本通りの対処をしようとした。

(やっぱり! こいつ器用なだけで経験は浅い!)

 シェリーの勘は当たっていた。ベルナールはセオリー通りの綺麗な型で彼女の突きをいなし、そのまま肩を極めに来た。しかし彼女はすでにそれも読んだ上で次の動作に入っていた。

 ベルナールが手首をつかもうとした瞬間、シェリーは瞬きより早く手を引っ込め、立ち位置を修正し、逆に反対の手で彼の手首を掴んだ。そして瞬時に彼の懐に入り、背負い投げの要領で思い切り投げ飛ばした。彼の身体はパンという綺麗な音とともにマットに叩きつけられた。

「「……」」

 一同、ぽかんとしていた。

「エリック、判定」

 シルヴァン師範が審判をしていた高弟に言った。

「は、はい。一本!」

 判定は異論をはさむ余地がないほど見事な一本勝ちだった。ベルナールは、得意満面に肩を極めようとしながらあっさり返されたのがショックだったのか、しばらく天井を眺めたまま動かなかった。その間、シェリーはすっかり満足した顔で定位置に戻った。

「ベルナール、早く整列しろ」

 審判のエリックがベルナールを叱責しっせきすると、彼は両足を挙げて跳ね起きた。

「ちっくしょー! いけると思ったのになー!」

 そう言って振り返ると、彼は定位置につき、シェリーに向かって深々と頭を下げた。

「参りました」

 そして彼が頭を上げると、審判のエリックが仕切りなおした。

「よし。では二人とも向かい合って……礼!」
「「ありがとうございました!」」

 シェリーの心は晴れていた。イールを出てから魔獣やならず者ばかり相手にしてきた彼女にとって、型通りの綺麗な立ち合いは実に清々しいものだった。脇で見ていたシルヴァン師範とその弟子たちも、お手本のような二人の立ち合いに拍手喝采を送った。
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